Weapons of mass destruction
前に進めば足が削がれる。退く事を知らない異形たちは自ら死地へと飛び込んでいく。喚き散らしながら、血肉を撒き散らしながら糸に絡め取られる。切り刻まれた四肢は地を余すところなく覆い、その血で濡らす。百鬼夜行の前進は阻まれ、参列したモノたちは絶命していく。
百鬼夜行、その現象と相対する女は笑っていた。彼女が指を小刻みに動かすだけで、銀色の光が闇夜を切り裂く。中空に奔る線は、触れたモノに対して容赦しない。
「げはーっはっはっはっは! やっぱ良いわっ、超最高! 何なのこいつら、雑魚なの? 群れんなって一直線にこっち来て! レミングかっつーの!」
「いいえ糸原さん、レミングは集団自殺をしているのではなく、稀に群れの一部が海に落下し、溺死しているだけなのです。そもそも、レミングは泳ぎの得意な生物です。自殺ではなく事故でしょう。更に言えばレミングと言うのは」
「どっちにしたってひたすら前へ行くだけでしょうが。壁に当たったらUターンでもすんの? しないわよね、だったら百鬼夜行だってレミングだって変わりゃしないわよ。さ、どんどん来なさい。私は一歩たりとも動いてやんないから」
楽しそうな糸原を見て、一は何度も頷いた。
「しかしマスター、我々の出番は皆無になりそうですね。糸原さんのアレは、百鬼夜行に対して効果が絶大過ぎます。仕掛けた糸の結界は、障壁であると同時に武器にもなりえます。加えて、糸原さんの士気も上がっているようです。当分はここで説明役をしていましょう。あるいは私とマスターで仲睦まじくしていましょう。ビニールシートでも持参していれば良かったですね」
ナナは装備を確認し、糸原の後姿を見つめる。百鬼夜行は後から押し寄せてくるが、波のような攻撃は全て糸原が押さえ込んでいた。つまるところ、今のところ、一とナナにすべき事はない。
「塞ぎ込んでいた糸原さんが嘘のようだ……つーか別人としか思えん。このまま俺たちが帰っても気付かなさそうだ」
「ではそうしましょうか」
「腕を取ろうとするな。冗談に決まってんだろ。あの人置いていったら後で何をされるか分かんねえ」
「……それに」ナナが顔を上げる。彼女の視線の先には、二匹の怪物がいた。
「アレは糸原さんだけでは辛そうです」
思わず、一は顔をしかめる。巨大な棍棒を持った牛頭人身の怪物が見えたのだ。その横には、同じく棍棒を手にした馬頭人身のソレがいる。二足歩行の二匹のソレは、糸原に狙いをつけているようだった。彼女自身は全く気付いていない様子だった。
「牛頭です」
「ご……あいつらじゃあねえのか」
ナナが指差す怪物は牛頭と呼ばれるソレである。以前、一が戦ったミノタウロスやモロクよりも体付きは小さいが、それでも彼よりは幾分か大きい。
「馬の方が馬頭、牛頭馬頭とセットで出現するのが殆どです。地獄で亡者を責め苛む獄卒ですね。言わば拷問のプロです。百鬼夜行の中でも厄介なソレかと思われます」
「分かった。ありゃ、俺向きの相手だ」
牛頭が地を蹴る。一が駆け出す。ソレは糸原の横合いに回り込み、突進を仕掛けるが、一の突き出したアイギスによって阻まれる。激しい衝撃が彼の両腕を襲うも、
「思ったよりかは楽だなてめえは!」
決して、体勢を崩す事はなかった。牛頭は一旦引き、馬頭と合流する。
「たっのしいいいいいいい! ……ありゃ、一、あんたそこで何してんの?」
「遊んでるように見えるんですか」
「私といるといつだって楽しい思いが出来るわよ」
「ナナ、馬は頼む」
「かしこまりました。では、攻撃を仕掛けます」
ナナが踏み込む。一足で懐に潜り込む。馬頭の胴体に彼女の拳が突き刺さり、ソレは雄叫びを上げる。牛頭は棍棒を振り下ろすも、やはり一がアイギスで防いだ。ナナは牛頭の背後に回り、跳躍して頚部に蹴りを叩き込む。彼女は、呻き、よろけた牛頭の体躯を両の掌で吹き飛ばす。
「ひゅー、やるじゃん、ナナちゃん」
「ありがとうございます。糸原さんも、中々にやるじゃん、です」
「何か面白くなったわねー、あんた。一、何か仕込んだの?」
「ほっといても勝手に覚えてくるんですよ」
そっか、と、糸原は嬉しそうに呟いた。彼女は一を見遣ってから、百鬼夜行に視線を戻す。
「ところでさ、聞かないのね、あんた」
「何をですか」
「あいつの事。来てるかどうか、気になってるんじゃないの?」
ああ、と、一は息を吐き出した。
「信じてますから」
一が言い切った瞬間、百鬼夜行の最後尾から火柱が立ち上った。
銃弾が飛ぶ。剣が舞う。
風が走る。風を切る。
百鬼夜行の中をジェーンが走る。立花が外側から切り刻む。押し寄せる波を掻き分けるようにして、二人はソレの命を狩っていく。もはや、そこに意志はない。疾走するのは一つの弾丸であり、一振りの刀でしかない。数十を越えるソレの死骸を越え、肉を踏み、血を浴び、尚も殺戮を続ける。
だが、何事にも限界はある。ジェーン、立花の両名は百鬼夜行を消耗させていたのと同時、自らも疲弊していた。気力で以って、足を動かしていたのである。彼女らは、一度でも止まってしまえば、次に駆けるのが難しくなるのを知っていた。
「あ、ごめん、もう駄目」
「アアっ!? な、何してんのヨ!」
立花がゆっくりと速度を落とし、剣を振るのを止めてしまう。彼女はジェーンに対して申し訳なさそうな顔をしながらも、飛び掛かるソレに反応して切り払った。
「……うううっ、もう!」
迷ったが、ジェーンは立花の元に駆け寄る。一の事が気になっていたが、今だけは彼をナナに任せようと決めた。
「早く行かなきゃってのに、何をスロウリィなコトを」
「ご、ごめん。でも、足がぱんぱんになってきちゃって。あっちに着いても、お手伝いが出来ないんじゃ……」
「早くお兄ちゃんに会いたいのに! アタシの気持ちっ、どこに向ければ!?」
「あ、後ろにソレが」
銃声が立花の耳をつんざく。ジェーンは芝居掛かった動作で、銃口から上る硝煙を息で吹き消した。
「とにかく歩きなさい。これはシャイン命令なんだから」
「えっ、ジェーンちゃんって社員さんだったっけ」
「クビ」
「や、やだなあ、冗談だって」
鬼を斬る。魔を撃つ。世間話でもするかのような気軽さで命を奪う。二人は、足の鈍った百鬼夜行と共に歩き、目に付いたモノを殺す。
ジェーン、立花、二人の背後を巨大な影が覆った。まだ息絶えていなかった、大首と呼ばれる顔だけの化け物が起き上がり、背中を向けている二人に襲い掛かる。彼女らは振り向き、それぞれの得物を構えた。刹那、視界を覆ったのは紅蓮である。赤々とした炎が大首を舐め、燃やし尽くそうとしていた。突発的に発生した炎の熱を受け、ジェーンは顔を腕で庇い、目を瞑る。
炎は勢いを増し、近くにいたソレを巻き込み、周囲をその色で以って染め始めていた。
「これって……!」
立花はジェーンの肩を何度も揺さぶる。そうして、指を差す。彼女の示す方には、赤いジャージを着た女が煙草を銜え、立ち上る火柱を見つめていた。
女は立花の視線に気が付くと、火柱から目を逸らす。すると、ごうごうと燃え盛っていた炎の勢いが、自然に弱まり始めた。火の気が完全になくなると、百鬼夜行の最後尾にいたソレの殆どが焼け死に、その骸を晒していた。
「だらだらやってンじゃねェよ、ガキの遊び場かっつーの」
「やっぱり! ふゆちゃんだあ!」
「よう、チビ、女子高生。元気そうで何よりじゃねェか」
「……ハァイ、イエロー。今日も今日とてバーバリアンね、アナタは」
ジェーンの言葉を受け、三森は顔をしかめる。彼女は短くなった煙草を、掌から生み出した炎で黒焦げにし、残った灰は風に任せた。
「ふーゆーちゃーん!」
立花が抜き身の刀を持ったまま、かちゃかちゃと音を鳴らして駆け出す。
「ンなもん振り回して来ンじゃねェよ!」
「ボクね、ボクねえ! 頑張ったんだ、頑張ってたんだよう!」
「分かった、分かった、後で聞いてやっから!」
くるくると遊びまわっている三森を冷たい目で見遣り、ジェーンは俯いた。
「ミツモリ、アナタは、聞かないノね」
「あ? 何を?」
「お兄ちゃんが来てるかどうか、気になってるんでしょ」
ああ、と、三森は息を吐き出した。
「そりゃ来てるに決まってンだろ」
三森が言い切った瞬間、百鬼夜行の先頭から光輝が発生し、暗闇を灼いた。
店長は時計を確認し、それから、百鬼夜行の全滅を確認した。掛かった時間は一時間弱、人的被害はゼロ。殺したソレは数え切れない。道路の上、人家の屋根、至るところに異形の死骸が転がっていた。壮観だと、彼女は思う。
命を奪い尽くした勤務外たちは、今、血に塗れて笑い合っている。生還の喜びを、再会の喜びを噛み締めている。
「……あなたのお眼鏡に適いましたか。彼らは」
「堀か。……さあ、どうだろうな。お前の目から見て、どう思う」
「私は、良いと思いますよ。とても、良いじゃないですか」
「良い、か」
口の中でもう一度呟き、店長は煙草に火を点けた。そして、一を見る。彼は言っていた。『全員』と、強く意識していた。ざまあみろと、彼女は思う。一は、自分を馬鹿にし過ぎなのだと内心で嘲る。
「楽しそうですね」
「そう見えるなら、お前の目は節穴だな」
立ち尽くす。血の香に包まれ、周囲を見回す。これが、自分たちのやった事なのかと、一は改めて確認する。霞がかかったように、頭の中がはっきりとしない。
「やりましたね、マスター」
ああ、と、生返事で返した。
「はじめ君、ボク頑張ったよ?」
うん、と、短く返した。
「ヘーイ、タチバナそこでストップ。お兄ちゃん、一番がんばったのはアタシだからね」
「ちょっとー、折角久しぶりに出てきたのに私の待遇悪くなーい?」
紫煙が一の鼻腔を擽る。彼が煙の流れてくる方に目を向けると、三森と視線が合った。彼女は何か言いたげにしていたが、すぐに視線を逸らしてしまう。
「……よう、元気だったか」
「すげえ元気ですよ」
微笑んだ一だが、彼の腰は抜けていた。自分でも何がどうなったのか良く分かっていないらしく、一は不思議そうに自らの体を眺めている。
「マスター、どこか痛むのですか?」
「い、いや、大丈夫だけど」
「アレじゃない? そこのヤンキーにガンつけられてインネンつけられたからじゃない?」
「くだンねェ。燃すぞキツネ女」
「こんこんっ。まあ、アレじゃない。気でも抜けたんじゃないの」
「だらしねェなあ、お前は」
三森がしようがなさそうに言って、一に手を差し出した。彼はその手をまじまじと見つめ、自分の手をそこに重ねようとする。
瞬間、一の視界が歪んだ。気が遠くなったのではない。視界に映ったモノが、そうさせた。未だ命のあったソレが断末魔を上げて絶命する。そこかしこから奇声、悲鳴が轟く。周囲を歪曲させるほどの何かが近くにあった。そこに、いた。彼は声を出す事を忘れて、ただ硬直した。確かに認めたのである。あの日、あの夜にも見た、暴君の姿を。
一も、三森も、ジェーンも、立花も、ナナですら動けない。皆、塞がった筈の傷を、癒えた筈の痛みを幻か、現か、判断出来ないでいた。
一は口を開閉させる。空気を取り込もうと、声を上げようとしたのだ。赤いフードを着た少女は、闇に姿を溶かす。次に彼女が現れた時、自身がどうなるかを想像してしまい、震える。
「何をしている。『全員』、雪辱を果たせ。屈辱を晴らせ」
ゆっくりと首を巡らせば、腕を組んだ店長が偉そうにしていた。一は誰の手も借りずに、一人で立ち上がる。心臓が、どくんと高鳴った。
――――楽しそうにしてやがる。
一は口の端をつり上げようとした。歪んだ表情を誰にも見られることなく、彼は精一杯の虚勢を張った。
「皆、来るぞ」
「それで良い。やり返せ」
一が声を発した。彼以外の勤務外全員が、金縛りから解けたかのように動き始める。
誰よりも先んじて戦闘を始めたのは、糸原だった。彼女は新たな得物、ドローミを振るい、糸による結界を構成する。全方位に張り巡らされたドローミは侵入者の存在を見逃さない。
「固まったらやられンぞ、散って全部見渡せ」
三森の言葉に頷き、一は店側に目を向ける。開け放たれたドアの近くには店長が、彼女の傍には険しい表情をした堀が立っていた。
「糸原さん、マジで頼みますよ」
「黙って、気ぃ散る」
糸原は腕を伸ばし、十指を伸ばし、真正面を睨んで構えている。……この中で、彼女が最も赤い少女に対して恐怖心を抱いていた。宙に浮かされ、地に叩き付けられた記憶は、感触は、まだ残っている。怖い。だからこそ、動かない事が恐ろしい。ここで戦わなければ、今度こそ殺されてしまうのだと、糸原は分かっていた。
どんな小さな物音も聞き逃すまいと、ジェーンと立花は耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ませている。一は息を殺し、自身が空気と同化したような感覚すら覚えていた。
「……あ」と、糸原が口を小さく開ける。戦場の臭いを運ぶ風が勤務外たちの間を吹き抜ける。全員の体が僅かに重くなる。
「かかった」
そこかしこに仕掛けているドローミから伝わる微かな感触、それを受けた糸原が息を呑んだ。
「み……っぎから!」
右。その言葉にいち早く反応したのはジェーンである。彼女はホルスターから抜いていたリボルバーを、糸原の右方に向けた。人狼である彼女は鼻が利き、目が利く。視界の端に赤いものを確認し、狙いをつけないままに引き金を引いた。
銃声が聞こえると同時、ジェーン以外の全員が弾の行方を目で追いかける。闇に吸い込まれる弾丸は何者をも捉えられない。だが、何者かの存在を皆に伝えた。
「どなたか、指示をっ」
ナナが一を見遣ってから叫ぶ。だが、彼は声が出なかった。その代わりに店長が手を叩いて音を発し、次に口を開く。
「店長、早く中にっ」
「黙れ堀。ゴーウェストはそのまま牽制しろ、距離を取りつつ初撃は受けるな。攻撃は受けるな、必ずかわせ」
早口での指示を頭の中で反芻し、一たちは首肯した。
「接近された後、一だけが受けろ。各自考えるな、動け。とにかく殺せ」
ジェーンが弾丸を装填する。その間隙に、影が飛んだ。電信柱がひび割れる。衝突音が右、左から聞こえる。駐車場のフェンスが歪み、空気が曲がる。一がアイギスを構えるも、少女がどこから来るのかが分からない。右か、左か、上か、下か前か、後ろか。彼の思考は定まらない。
「正面っ!」
「――――っ! お、おおおおお!」
声に反応し、一が前方にアイギスを突き出す。何かが当たった。彼がそう認識したと同時、体は宙に浮いている。見えていた景色が上下左右に引っ繰り返り、胃の中がぐるりと回る。衝突の際の衝撃で、自分が吹き飛ばされたと気付いた時、一はアスファルトに全身を預けていた。
「はじめ君が狙われてるっ」
「早く起きなさいよ何やってんのよ間抜け!」
頬が冷たい。ひんやりとして気持ち良い。このままここで目を瞑ってしまえば、どうなるだろうか。……夢想はすぐに掻き消える。一は体を起こし、アイギスを確認した。ビニール傘はどこも破れておらず、どこも壊れていない。
「はっ、ははっ、だよな! そうだよな!?」
「頭下げてろ!」
一が咄嗟に下を向くと、頭のすぐ上を何かが通り抜けていくのが分かった。焦げた髪の毛を力任せに引き抜くと、彼は弾かれるようにして振り向いた。
火球が勢いを失い、消える。三森は駆けながら、新たに炎を生み出す。掌から立ち上るそれを丸め、座り込んでいる一を飛び越え、炎の塊を放った。彼女は一を庇うようにして右腕から炎を放出させる。そして、見た。猫のような耳のついたニット帽、真っ赤なダウンジャケットを。
「何してンだ、早く立ちやがれ」
少女は三森の炎を嫌がったのか、飛び跳ねるような動きで後方に下がった。
「まるでケダモンじゃねェの、なァ?」
「いや、なあとか言われても」
「遊んでんじゃないわよ、あんたら。こっちの苦労も知らないで」
舌打ちし、糸原がドローミの感触を確かめる。
「イトハラ、次はどっち?」
「右、左……後ろ、あ、右いった」
「遊んでないで方向を教えてくださいよ!」
「動きが速いんだからしようがないじゃん! 文句あんならあんたがやんなさいよ!」
立花は持っていた日本刀を鞘に戻し、地面に置いた。彼女は提げていた竹刀袋から雷切を取り出し、抜く。抜き身の刃を認め、立花は長く、深く息を吸い、吐く。呼気が立ち上り、彼女は目を瞑った。前回、立花は刀を振るどころか、抜く事すら出来ないままに倒されている。赤い少女にのこのこと近づき、無様に仕留められたのだ。立花は赤い少女を許せない。立花の誇りが赤い少女を許さない。
再度、呼吸。全神経を研ぎ澄ませる。
目の端に何かが映る。立花の瞳が、上下左右、好き勝手に動く少女を捕らえた。首筋にちりちりとした感覚を受け、真上に雷切を向ければ、少女はそこにいた。彼女は中空にいる状態から、既に拳を突き出している。
「そこっ」
糸原が叫んだ。立花は地面を転がるようにして少女の攻撃をかわしている。立ち上がる事をすぐには選べず、立花は寝たままの体勢で刀を振るった。赤い少女はそれを嫌がるかのように後ろへ下がる。
しかし、少女が後退した先にはナナが待ち構えていた。彼女は肩から少女にぶつかり、体勢を崩そうとする。が、少女はびくともしない。全くの無表情でナナを見上げていた。
「……ならばっ」
ナナは少女の関節を極めようとする。背後に回り、両腕で少女の首を締め上げた。窒息させるのではなく、骨を砕くつもりだったが、少女はびくともしない。苦しそうに呻く事すらしなかった。そればかりか、彼女は締められたまま力を入れ、ナナのパーツを破壊しようとしている。
「ナナちゃん、どいて!」
「くっ、お任せします」
立花が刀を突き出していた。ナナが少女の体から離れた瞬間、刀は空を切る。眼球を狙った鋭く、素早い突きは、更に素早い動きによって回避されていた。
少女が立花の背後に回る。回り込まれた彼女が振り向くより先、銃声が響いた。弾丸は掠りもしなかったが、その音に反応した少女は飛び退き、またも闇の中に姿を隠す。
「スロウリィね、タチバナ」
「あの子が速いんだ。僕は絶対遅くなんか……」
「ほらほら来てるっ無駄話!」
ジェーンが引き金を引き、三森が練り出した火球を放った。マズルフラッシュと炎に照らされ、少女の姿が映し出される。少女の攻撃を一が防ぎ、彼は地面を転がっていく。
「いつまでグダグダやってンだ! さっさと誰か押さえてろ!」
「だったらあんたがやんなさいよ。吠えるだけ吠えて大事なとこは私と一に振ってるくせに」
「私だってなァ!」
完璧ではない。一挙手一投足を追えている訳ではない。それでも堀は少女の動きを目で捉えていた。彼は、一たち勤務外が彼女の挙動についていけず、右往左往する有様を歯痒く思っている。
そして、
「……あなたは」
「何だ?」
隣に立つ女を、恐ろしく思った。
店長は煙草を吹かしながら、何気ない風に目を動かす。その視線を追ってみれば、少女がいるのだ。……つまり、少女の姿を完全に捕捉している。その動きの一から十を捉えている事に他ならない。
「何者ですか?」
「雇われの店長だ」
「何故、彼らに伝えないんですか。あなたがもっと指示を出せば、あの子たちはまともに戦える筈だ」
「それでは意味がないだろう。自分たちでやらなけりゃこの先辛くなる」
その言い草に、堀の頭に血が上りかけた。自身もまた、少女の標的になりうるのだと思い出す事で堪える。
「忘れたんですかあの時を。あなたはまたそうやって追い込んで、誰かを殺すんですか」
「まるで、全部私が悪いみたいな言い方じゃあないか。酷いな」
「……神野君のご家族の前で同じ事が言えますか?」
「突っ掛かるじゃないか。……安心して見ていろ。何事にも限度があるものだ。ああ、そら、見た事か」
ジェーンの視界に少女が映る。遂に動きを捕らえた。ジェーンは銃口を向け、片目を瞑って銃撃を始める。
「左にいってる!」
「だったらボクだ!」
雷切が閃く。疾走する刃風が少女の頬を撫でた。彼女は後方に退こうとするが、膝が震えて僅かに体勢が崩れる。その隙を見逃すほど糸原は甘くない。勝負どころと考えたのだろう、彼女は周囲に張り巡らせていたドローミを手元に戻し、少女の足元に向けて放った。
ナナと三森が同時に地を蹴る。飛来する炎の塊が少女の視線を奪った。ドローミが彼女の足元に絡み付こうとする。離れた位置にいる一ですら直感した。彼は叫ぶ。ここだ、と。
糸が奔る。
銀の弾丸が装填される。
刀の切っ先が夜風を受ける。
力を込めた足がアスファルトを砕く。
「避けんじゃないっつーの!」
ドローミから逃れようとした少女が後ろを向いた。
弾丸を背に受け、少女の体がつんのめる。
追ってきた刀を避けようとして、少女が地面を転がった。
機械の体が少女の体を踏みつける。
「俺かよクソが!」
一がアイギスを構えた。少女は彼の脇を抜けようとするが、一は彼女に対して自ら突っ込む。それを嫌がった少女はアイギスを殴り、一の体を突き飛ばした。濡れた地面を転がりながら、彼は見た。この世界を焼き尽くさんばかりの、美しい火を。
「後はお願いしまあああああす!」
「もう逃がさねェ!」
炎を纏った三森の拳が少女の腹部に突き刺さった。鈍い音が鳴り、一撃を受けた少女は中空に舞う。
「入った!」
「いや、まだ動いてる!」
少女は目を見開き、手足を伸ばし、動かした。アスファルトを削るような勢いで着地し、ダメージを受けた様子もなく三森に向かって駆け出す。
「おいマジかよ!? 聞いてねェぞ!」
そして、少女は頭から倒れた。地面に突っ込むようにして。
「……お、おい、マジかよ、聞いてねェぞ、ンなの」
三森は少しずつ後退りして、その場にしゃがみ込む。一たちは固まって、倒れた少女を見つめるしか出来なかった。




