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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
百鬼夜行
239/328

Weapons of mass destruction



 前に進めば足が削がれる。退く事を知らない異形たちは自ら死地へと飛び込んでいく。喚き散らしながら、血肉を撒き散らしながら糸に絡め取られる。切り刻まれた四肢は地を余すところなく覆い、その血で濡らす。百鬼夜行の前進は阻まれ、参列したモノたちは絶命していく。

 百鬼夜行、その現象と相対する女は笑っていた。彼女が指を小刻みに動かすだけで、銀色の光が闇夜を切り裂く。中空に奔る線は、触れたモノに対して容赦しない。

「げはーっはっはっはっは! やっぱ良いわっ、超最高! 何なのこいつら、雑魚なの? 群れんなって一直線にこっち来て! レミングかっつーの!」

「いいえ糸原さん、レミングは集団自殺をしているのではなく、稀に群れの一部が海に落下し、溺死しているだけなのです。そもそも、レミングは泳ぎの得意な生物です。自殺ではなく事故でしょう。更に言えばレミングと言うのは」

「どっちにしたってひたすら前へ行くだけでしょうが。壁に当たったらUターンでもすんの? しないわよね、だったら百鬼夜行だってレミングだって変わりゃしないわよ。さ、どんどん来なさい。私は一歩たりとも動いてやんないから」

 楽しそうな糸原を見て、一は何度も頷いた。

「しかしマスター、我々の出番は皆無になりそうですね。糸原さんのアレは、百鬼夜行に対して効果が絶大過ぎます。仕掛けた糸の結界は、障壁であると同時に武器にもなりえます。加えて、糸原さんの士気も上がっているようです。当分はここで説明役をしていましょう。あるいは私とマスターで仲睦まじくしていましょう。ビニールシートでも持参していれば良かったですね」

 ナナは装備を確認し、糸原の後姿を見つめる。百鬼夜行は後から押し寄せてくるが、波のような攻撃は全て糸原が押さえ込んでいた。つまるところ、今のところ、一とナナにすべき事はない。

「塞ぎ込んでいた糸原さんが嘘のようだ……つーか別人としか思えん。このまま俺たちが帰っても気付かなさそうだ」

「ではそうしましょうか」

「腕を取ろうとするな。冗談に決まってんだろ。あの人置いていったら後で何をされるか分かんねえ」

「……それに」ナナが顔を上げる。彼女の視線の先には、二匹の怪物がいた。

「アレは糸原さんだけでは辛そうです」

 思わず、一は顔をしかめる。巨大な棍棒を持った牛頭人身の怪物が見えたのだ。その横には、同じく棍棒を手にした馬頭人身のソレがいる。二足歩行の二匹のソレは、糸原に狙いをつけているようだった。彼女自身は全く気付いていない様子だった。

「牛頭です」

「ご……あいつらじゃあねえのか」

 ナナが指差す怪物は牛頭と呼ばれるソレである。以前、一が戦ったミノタウロスやモロクよりも体付きは小さいが、それでも彼よりは幾分か大きい。

「馬の方が馬頭、牛頭馬頭とセットで出現するのが殆どです。地獄で亡者を責め苛む獄卒ですね。言わば拷問のプロです。百鬼夜行の中でも厄介なソレかと思われます」

「分かった。ありゃ、俺向きの相手だ」

 牛頭が地を蹴る。一が駆け出す。ソレは糸原の横合いに回り込み、突進を仕掛けるが、一の突き出したアイギスによって阻まれる。激しい衝撃が彼の両腕を襲うも、

「思ったよりかは楽だなてめえは!」

 決して、体勢を崩す事はなかった。牛頭は一旦引き、馬頭と合流する。

「たっのしいいいいいいい! ……ありゃ、一、あんたそこで何してんの?」

「遊んでるように見えるんですか」

「私といるといつだって楽しい思いが出来るわよ」

「ナナ、馬は頼む」

「かしこまりました。では、攻撃を仕掛けます」

 ナナが踏み込む。一足で懐に潜り込む。馬頭の胴体に彼女の拳が突き刺さり、ソレは雄叫びを上げる。牛頭は棍棒を振り下ろすも、やはり一がアイギスで防いだ。ナナは牛頭の背後に回り、跳躍して頚部に蹴りを叩き込む。彼女は、呻き、よろけた牛頭の体躯を両の掌で吹き飛ばす。

「ひゅー、やるじゃん、ナナちゃん」

「ありがとうございます。糸原さんも、中々にやるじゃん、です」

「何か面白くなったわねー、あんた。一、何か仕込んだの?」

「ほっといても勝手に覚えてくるんですよ」

 そっか、と、糸原は嬉しそうに呟いた。彼女は一を見遣ってから、百鬼夜行に視線を戻す。

「ところでさ、聞かないのね、あんた」

「何をですか」

「あいつの事。来てるかどうか、気になってるんじゃないの?」

 ああ、と、一は息を吐き出した。

「信じてますから」

 一が言い切った瞬間、百鬼夜行の最後尾から火柱が立ち上った。



 銃弾が飛ぶ。剣が舞う。

 風が走る。風を切る。

 百鬼夜行の中をジェーンが走る。立花が外側から切り刻む。押し寄せる波を掻き分けるようにして、二人はソレの命を狩っていく。もはや、そこに意志はない。疾走するのは一つの弾丸であり、一振りの刀でしかない。数十を越えるソレの死骸を越え、肉を踏み、血を浴び、尚も殺戮を続ける。

 だが、何事にも限界はある。ジェーン、立花の両名は百鬼夜行を消耗させていたのと同時、自らも疲弊していた。気力で以って、足を動かしていたのである。彼女らは、一度でも止まってしまえば、次に駆けるのが難しくなるのを知っていた。

「あ、ごめん、もう駄目」

「アアっ!? な、何してんのヨ!」

 立花がゆっくりと速度を落とし、剣を振るのを止めてしまう。彼女はジェーンに対して申し訳なさそうな顔をしながらも、飛び掛かるソレに反応して切り払った。

「……うううっ、もう!」

 迷ったが、ジェーンは立花の元に駆け寄る。一の事が気になっていたが、今だけは彼をナナに任せようと決めた。

「早く行かなきゃってのに、何をスロウリィなコトを」

「ご、ごめん。でも、足がぱんぱんになってきちゃって。あっちに着いても、お手伝いが出来ないんじゃ……」

「早くお兄ちゃんに会いたいのに! アタシの気持ちっ、どこに向ければ!?」

「あ、後ろにソレが」

 銃声が立花の耳をつんざく。ジェーンは芝居掛かった動作で、銃口から上る硝煙を息で吹き消した。

「とにかく歩きなさい。これはシャイン命令なんだから」

「えっ、ジェーンちゃんって社員さんだったっけ」

「クビ」

「や、やだなあ、冗談だって」

 鬼を斬る。魔を撃つ。世間話でもするかのような気軽さで命を奪う。二人は、足の鈍った百鬼夜行と共に歩き、目に付いたモノを殺す。

 ジェーン、立花、二人の背後を巨大な影が覆った。まだ息絶えていなかった、大首と呼ばれる顔だけの化け物が起き上がり、背中を向けている二人に襲い掛かる。彼女らは振り向き、それぞれの得物を構えた。刹那、視界を覆ったのは紅蓮である。赤々とした炎が大首を舐め、燃やし尽くそうとしていた。突発的に発生した炎の熱を受け、ジェーンは顔を腕で庇い、目を瞑る。

 炎は勢いを増し、近くにいたソレを巻き込み、周囲をその色で以って染め始めていた。

「これって……!」

 立花はジェーンの肩を何度も揺さぶる。そうして、指を差す。彼女の示す方には、赤いジャージを着た女が煙草を銜え、立ち上る火柱を見つめていた。

 女は立花の視線に気が付くと、火柱から目を逸らす。すると、ごうごうと燃え盛っていた炎の勢いが、自然に弱まり始めた。火の気が完全になくなると、百鬼夜行の最後尾にいたソレの殆どが焼け死に、その骸を晒していた。

「だらだらやってンじゃねェよ、ガキの遊び場かっつーの」

「やっぱり! ふゆちゃんだあ!」

「よう、チビ、女子高生。元気そうで何よりじゃねェか」

「……ハァイ、イエロー。今日も今日とてバーバリアンね、アナタは」

 ジェーンの言葉を受け、三森は顔をしかめる。彼女は短くなった煙草を、掌から生み出した炎で黒焦げにし、残った灰は風に任せた。

「ふーゆーちゃーん!」

 立花が抜き身の刀を持ったまま、かちゃかちゃと音を鳴らして駆け出す。

「ンなもん振り回して来ンじゃねェよ!」

「ボクね、ボクねえ! 頑張ったんだ、頑張ってたんだよう!」

「分かった、分かった、後で聞いてやっから!」

 くるくると遊びまわっている三森を冷たい目で見遣り、ジェーンは俯いた。

「ミツモリ、アナタは、聞かないノね」

「あ? 何を?」

「お兄ちゃんが来てるかどうか、気になってるんでしょ」

 ああ、と、三森は息を吐き出した。

「そりゃ来てるに決まってンだろ」

 三森が言い切った瞬間、百鬼夜行の先頭から光輝が発生し、暗闇を灼いた。



 店長は時計を確認し、それから、百鬼夜行の全滅を確認した。掛かった時間は一時間弱、人的被害はゼロ。殺したソレは数え切れない。道路の上、人家の屋根、至るところに異形の死骸が転がっていた。壮観だと、彼女は思う。

 命を奪い尽くした勤務外たちは、今、血に塗れて笑い合っている。生還の喜びを、再会の喜びを噛み締めている。

「……あなたのお眼鏡に適いましたか。彼らは」

「堀か。……さあ、どうだろうな。お前の目から見て、どう思う」

「私は、良いと思いますよ。とても、良いじゃないですか」

「良い、か」

 口の中でもう一度呟き、店長は煙草に火を点けた。そして、一を見る。彼は言っていた。『全員』と、強く意識していた。ざまあみろと、彼女は思う。一は、自分を馬鹿にし過ぎなのだと内心で嘲る。

「楽しそうですね」

「そう見えるなら、お前の目は節穴だな」



 立ち尽くす。血の香に包まれ、周囲を見回す。これが、自分たちのやった事なのかと、一は改めて確認する。霞がかかったように、頭の中がはっきりとしない。

「やりましたね、マスター」

 ああ、と、生返事で返した。

「はじめ君、ボク頑張ったよ?」

 うん、と、短く返した。

「ヘーイ、タチバナそこでストップ。お兄ちゃん、一番がんばったのはアタシだからね」

「ちょっとー、折角久しぶりに出てきたのに私の待遇悪くなーい?」

 紫煙が一の鼻腔を擽る。彼が煙の流れてくる方に目を向けると、三森と視線が合った。彼女は何か言いたげにしていたが、すぐに視線を逸らしてしまう。

「……よう、元気だったか」

「すげえ元気ですよ」

 微笑んだ一だが、彼の腰は抜けていた。自分でも何がどうなったのか良く分かっていないらしく、一は不思議そうに自らの体を眺めている。

「マスター、どこか痛むのですか?」

「い、いや、大丈夫だけど」

「アレじゃない? そこのヤンキーにガンつけられてインネンつけられたからじゃない?」

「くだンねェ。燃すぞキツネ女」

「こんこんっ。まあ、アレじゃない。気でも抜けたんじゃないの」

「だらしねェなあ、お前は」

 三森がしようがなさそうに言って、一に手を差し出した。彼はその手をまじまじと見つめ、自分の手をそこに重ねようとする。

 瞬間、一の視界が歪んだ。気が遠くなったのではない。視界に映ったモノが、そうさせた。未だ命のあったソレが断末魔を上げて絶命する。そこかしこから奇声、悲鳴が轟く。周囲を歪曲させるほどの何かが近くにあった。そこに、いた。彼は声を出す事を忘れて、ただ硬直した。確かに認めたのである。あの日、あの夜にも見た、暴君の姿を。

 一も、三森も、ジェーンも、立花も、ナナですら動けない。皆、塞がった筈の傷を、癒えた筈の痛みを幻か、現か、判断出来ないでいた。

 一は口を開閉させる。空気を取り込もうと、声を上げようとしたのだ。赤いフードを着た少女は、闇に姿を溶かす。次に彼女が現れた時、自身がどうなるかを想像してしまい、震える。

「何をしている。『全員』、雪辱を果たせ。屈辱を晴らせ」

 ゆっくりと首を巡らせば、腕を組んだ店長が偉そうにしていた。一は誰の手も借りずに、一人で立ち上がる。心臓が、どくんと高鳴った。

 ――――楽しそうにしてやがる。

 一は口の端をつり上げようとした。歪んだ表情を誰にも見られることなく、彼は精一杯の虚勢を張った。

「皆、来るぞ」

「それで良い。やり返せ」



 一が声を発した。彼以外の勤務外全員が、金縛りから解けたかのように動き始める。

 誰よりも先んじて戦闘を始めたのは、糸原だった。彼女は新たな得物、ドローミを振るい、糸による結界を構成する。全方位に張り巡らされたドローミは侵入者の存在を見逃さない。

「固まったらやられンぞ、散って全部見渡せ」

 三森の言葉に頷き、一は店側に目を向ける。開け放たれたドアの近くには店長が、彼女の傍には険しい表情をした堀が立っていた。

「糸原さん、マジで頼みますよ」

「黙って、気ぃ散る」

 糸原は腕を伸ばし、十指を伸ばし、真正面を睨んで構えている。……この中で、彼女が最も赤い少女に対して恐怖心を抱いていた。宙に浮かされ、地に叩き付けられた記憶は、感触は、まだ残っている。怖い。だからこそ、動かない事が恐ろしい。ここで戦わなければ、今度こそ殺されてしまうのだと、糸原は分かっていた。

 どんな小さな物音も聞き逃すまいと、ジェーンと立花は耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ませている。一は息を殺し、自身が空気と同化したような感覚すら覚えていた。

「……あ」と、糸原が口を小さく開ける。戦場の臭いを運ぶ風が勤務外たちの間を吹き抜ける。全員の体が僅かに重くなる。

「かかった」

 そこかしこに仕掛けているドローミから伝わる微かな感触、それを受けた糸原が息を呑んだ。

「み……っぎから!」

 右。その言葉にいち早く反応したのはジェーンである。彼女はホルスターから抜いていたリボルバーを、糸原の右方に向けた。人狼である彼女は鼻が利き、目が利く。視界の端に赤いものを確認し、狙いをつけないままに引き金を引いた。

 銃声が聞こえると同時、ジェーン以外の全員が弾の行方を目で追いかける。闇に吸い込まれる弾丸は何者をも捉えられない。だが、何者かの存在を皆に伝えた。

「どなたか、指示をっ」

 ナナが一を見遣ってから叫ぶ。だが、彼は声が出なかった。その代わりに店長が手を叩いて音を発し、次に口を開く。

「店長、早く中にっ」

「黙れ堀。ゴーウェストはそのまま牽制しろ、距離を取りつつ初撃は受けるな。攻撃は受けるな、必ずかわせ」

 早口での指示を頭の中で反芻し、一たちは首肯した。

「接近された後、一だけが受けろ。各自考えるな、動け。とにかく殺せ」

 ジェーンが弾丸を装填する。その間隙に、影が飛んだ。電信柱がひび割れる。衝突音が右、左から聞こえる。駐車場のフェンスが歪み、空気が曲がる。一がアイギスを構えるも、少女がどこから来るのかが分からない。右か、左か、上か、下か前か、後ろか。彼の思考は定まらない。

「正面っ!」

「――――っ! お、おおおおお!」

 声に反応し、一が前方にアイギスを突き出す。何かが当たった。彼がそう認識したと同時、体は宙に浮いている。見えていた景色が上下左右に引っ繰り返り、胃の中がぐるりと回る。衝突の際の衝撃で、自分が吹き飛ばされたと気付いた時、一はアスファルトに全身を預けていた。

「はじめ君が狙われてるっ」

「早く起きなさいよ何やってんのよ間抜け!」

 頬が冷たい。ひんやりとして気持ち良い。このままここで目を瞑ってしまえば、どうなるだろうか。……夢想はすぐに掻き消える。一は体を起こし、アイギスを確認した。ビニール傘はどこも破れておらず、どこも壊れていない。

「はっ、ははっ、だよな! そうだよな!?」

「頭下げてろ!」

 一が咄嗟に下を向くと、頭のすぐ上を何かが通り抜けていくのが分かった。焦げた髪の毛を力任せに引き抜くと、彼は弾かれるようにして振り向いた。

 火球が勢いを失い、消える。三森は駆けながら、新たに炎を生み出す。掌から立ち上るそれを丸め、座り込んでいる一を飛び越え、炎の塊を放った。彼女は一を庇うようにして右腕から炎を放出させる。そして、見た。猫のような耳のついたニット帽、真っ赤なダウンジャケットを。

「何してンだ、早く立ちやがれ」

 少女は三森の炎を嫌がったのか、飛び跳ねるような動きで後方に下がった。

「まるでケダモンじゃねェの、なァ?」

「いや、なあとか言われても」

「遊んでんじゃないわよ、あんたら。こっちの苦労も知らないで」

 舌打ちし、糸原がドローミの感触を確かめる。

「イトハラ、次はどっち?」

「右、左……後ろ、あ、右いった」

「遊んでないで方向を教えてくださいよ!」

「動きが速いんだからしようがないじゃん! 文句あんならあんたがやんなさいよ!」

 立花は持っていた日本刀を鞘に戻し、地面に置いた。彼女は提げていた竹刀袋から雷切を取り出し、抜く。抜き身の刃を認め、立花は長く、深く息を吸い、吐く。呼気が立ち上り、彼女は目を瞑った。前回、立花は刀を振るどころか、抜く事すら出来ないままに倒されている。赤い少女にのこのこと近づき、無様に仕留められたのだ。立花は赤い少女を許せない。立花の誇りが赤い少女を許さない。

 再度、呼吸。全神経を研ぎ澄ませる。

 目の端に何かが映る。立花の瞳が、上下左右、好き勝手に動く少女を捕らえた。首筋にちりちりとした感覚を受け、真上に雷切を向ければ、少女はそこにいた。彼女は中空にいる状態から、既に拳を突き出している。

「そこっ」

 糸原が叫んだ。立花は地面を転がるようにして少女の攻撃をかわしている。立ち上がる事をすぐには選べず、立花は寝たままの体勢で刀を振るった。赤い少女はそれを嫌がるかのように後ろへ下がる。

 しかし、少女が後退した先にはナナが待ち構えていた。彼女は肩から少女にぶつかり、体勢を崩そうとする。が、少女はびくともしない。全くの無表情でナナを見上げていた。

「……ならばっ」

 ナナは少女の関節を極めようとする。背後に回り、両腕で少女の首を締め上げた。窒息させるのではなく、骨を砕くつもりだったが、少女はびくともしない。苦しそうに呻く事すらしなかった。そればかりか、彼女は締められたまま力を入れ、ナナのパーツを破壊しようとしている。

「ナナちゃん、どいて!」

「くっ、お任せします」

 立花が刀を突き出していた。ナナが少女の体から離れた瞬間、刀は空を切る。眼球を狙った鋭く、素早い突きは、更に素早い動きによって回避されていた。

 少女が立花の背後に回る。回り込まれた彼女が振り向くより先、銃声が響いた。弾丸は掠りもしなかったが、その音に反応した少女は飛び退き、またも闇の中に姿を隠す。

「スロウリィね、タチバナ」

「あの子が速いんだ。僕は絶対遅くなんか……」

「ほらほら来てるっ無駄話!」

 ジェーンが引き金を引き、三森が練り出した火球を放った。マズルフラッシュと炎に照らされ、少女の姿が映し出される。少女の攻撃を一が防ぎ、彼は地面を転がっていく。

「いつまでグダグダやってンだ! さっさと誰か押さえてろ!」

「だったらあんたがやんなさいよ。吠えるだけ吠えて大事なとこは私と一に振ってるくせに」

「私だってなァ!」



 完璧ではない。一挙手一投足を追えている訳ではない。それでも堀は少女の動きを目で捉えていた。彼は、一たち勤務外が彼女の挙動についていけず、右往左往する有様を歯痒く思っている。

 そして、

「……あなたは」

「何だ?」

 隣に立つ女を、恐ろしく思った。

 店長は煙草を吹かしながら、何気ない風に目を動かす。その視線を追ってみれば、少女がいるのだ。……つまり、少女の姿を完全に捕捉している。その動きの一から十を捉えている事に他ならない。

「何者ですか?」

「雇われの店長だ」

「何故、彼らに伝えないんですか。あなたがもっと指示を出せば、あの子たちはまともに戦える筈だ」

「それでは意味がないだろう。自分たちでやらなけりゃこの先辛くなる」

 その言い草に、堀の頭に血が上りかけた。自身もまた、少女の標的になりうるのだと思い出す事で堪える。

「忘れたんですかあの時を。あなたはまたそうやって追い込んで、誰かを殺すんですか」

「まるで、全部私が悪いみたいな言い方じゃあないか。酷いな」

「……神野君のご家族の前で同じ事が言えますか?」

「突っ掛かるじゃないか。……安心して見ていろ。何事にも限度があるものだ。ああ、そら、見た事か」



 ジェーンの視界に少女が映る。遂に動きを捕らえた。ジェーンは銃口を向け、片目を瞑って銃撃を始める。

「左にいってる!」

「だったらボクだ!」

 雷切が閃く。疾走する刃風が少女の頬を撫でた。彼女は後方に退こうとするが、膝が震えて僅かに体勢が崩れる。その隙を見逃すほど糸原は甘くない。勝負どころと考えたのだろう、彼女は周囲に張り巡らせていたドローミを手元に戻し、少女の足元に向けて放った。

 ナナと三森が同時に地を蹴る。飛来する炎の塊が少女の視線を奪った。ドローミが彼女の足元に絡み付こうとする。離れた位置にいる一ですら直感した。彼は叫ぶ。ここだ、と。

 糸が奔る。

 銀の弾丸が装填される。

 刀の切っ先が夜風を受ける。

 力を込めた足がアスファルトを砕く。

「避けんじゃないっつーの!」

 ドローミから逃れようとした少女が後ろを向いた。

 弾丸を背に受け、少女の体がつんのめる。

 追ってきた刀を避けようとして、少女が地面を転がった。

 機械の体が少女の体を踏みつける。

「俺かよクソが!」

 一がアイギスを構えた。少女は彼の脇を抜けようとするが、一は彼女に対して自ら突っ込む。それを嫌がった少女はアイギスを殴り、一の体を突き飛ばした。濡れた地面を転がりながら、彼は見た。この世界を焼き尽くさんばかりの、美しい火を。

「後はお願いしまあああああす!」

「もう逃がさねェ!」

 炎を纏った三森の拳が少女の腹部に突き刺さった。鈍い音が鳴り、一撃を受けた少女は中空に舞う。

「入った!」

「いや、まだ動いてる!」

 少女は目を見開き、手足を伸ばし、動かした。アスファルトを削るような勢いで着地し、ダメージを受けた様子もなく三森に向かって駆け出す。

「おいマジかよ!? 聞いてねェぞ!」

 そして、少女は頭から倒れた。地面に突っ込むようにして。

「……お、おい、マジかよ、聞いてねェぞ、ンなの」

 三森は少しずつ後退りして、その場にしゃがみ込む。一たちは固まって、倒れた少女を見つめるしか出来なかった。

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