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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
百鬼夜行
236/328

クレイジークレーマー



「あ、ひ、ひ……」

 闇を闊歩するモノがある。

 他に人の通らない、冷たい路上に尻餅をついた男は、ただ、それが進む様を見ていた。

 奇形の禿頭、袈裟の姿をした老人。目もなく、耳もなく、顔に白粉を塗ったような男。襤褸を纏った老婆。三味線を持ち、二本足で歩く猫。巨大な鼠。宙を浮く鼬が三匹。海老のような体に、蟹のような鋏を持つ生き物。ぽつぽつと、蒼白い炎、巨大な火の玉が飛び交っている。炎に包まれた、二股の尾を持つ巨大な猫。額に角の生えた小人。首がだらりと伸びた女。三本指の鋭い爪を光らせる獣。長い髪を引きずり、大口を開けた顔。太い鉤爪を持つ巨大な牛。真っ黒な体の仏像。一つ目の坊主。黒い靄に覆われた獣が大きな舌を覗かせる。牛の首を持ち、蜘蛛の胴体を持つ化け物が進む。毛むくじゃらの男。頭に二つの角を生やし、金棒を引きずる男。雀が低く空を飛ぶ。蝙蝠を従えた老婆。車輪の中央に、男の顔がある。骸骨が乾いた音を立てる。蛇のような体躯の鳥が、翼を広げる。空を滑るように飛ぶ獣。巨大な蜘蛛が跳躍する。大型の猿が金きり声を上げる。

 男は失禁していた。これは夢なのだと言い聞かせて、狂った笑みを顔に張り付かせる。

 数え切れない火の玉が、次から次へと男の前を通り過ぎていく。数え切れない化け物が、男の前を通り過ぎていく。やがて、目の前にある現実に耐えられなくなった彼は意識を手放した。



 白い息を吐きながらで駒台の町並みを歩くのは、オンリーワン北駒台店のアルバイト店員、一である。彼はビニール袋の持ち手を指に引っ掛けながら、先よりも深く息を吐き出した。

 十二月も数日が過ぎ、寒さが身に染みる。今回は無事に年を越せるのか、一は鬱々とした顔で、とぼとぼと歩き続けた。

「ダメな奴だなあ、オマエは」

「シルフか」

 先ほどから頭上にいた存在に声を掛けられ、一は立ち止まる。

 今日のシルフは子供の姿をしていた。彼は中空であぐらをかき、つまらなさそうに一を見つめる。

「そんな顔してたら、幸せだって逃げちゃうぞ。シルフサマみたいに笑ってなきゃ」

「何か菓子食うか?」

「あっ食べる食べる。……どっか行くのか? 面白そうなところなら、シルフサマも連れてけよ」

 一はビニール袋から飴玉を取り出し、それをシルフに手渡した。

「面白くはないな。ほら、エレンさんって女の人がいる、お前も前に行っただろ」

「……あそこか。オマエさ、行かない方が良いぞ」

 シルフは飴玉を口の中に入れ、一を指差す。

「あそこは、本当に良くないんだってば」

「何が良くないんだ?」

「はあ? だって気持ちが悪いだろ、あそこは、ぜーんぜん風が吹かないんだ。なんて言うのかな。たぶん、オマエらニンゲンの住めるような場所じゃない。あそこにいるのは、きっとニンゲンじゃなくて、あそこにいるとニンゲンじゃいられないんだ」

 そんな場所に今から行く自分を、一はどこか遠いところから見つめるような気持ちになっていた。彼にも、シルフの言いたい事が少しは分かっている。きっと、あそこはぎりぎりの場所なのだ、と。

「仕事だからな、行かなきゃ駄目だ。しかし、あー、さぶい」

「へえ、寒いのか? だったら南に連れてってやるよ」

「そうか。お前は暑さ寒さを感じないんだったっけ。羨まし……くもないか」

「南ー、南ー、行こうよ行こうよー」

 本当に連れて行ってもらいたかったので、一は答えない。彼はシルフに背を向けて歩き始める。その後ろ姿を、シルフが追いかけた。

「なあシルフさんや」

「何だ?」

「何かさ、欲しいもんとかあるか?」

「お菓子っ」

 一は短く唸る。シルフの出した分かり切った答えを聞いて、難しそうな顔を作った。

「菓子以外で。ほら、ええと、たとえば、服とか?」

「別にそういうの興味ないし。シルフサマは甘いものが良い」

「安上がりな奴め。……生贄とか、そういうのはいらないのか」

「イケニエ? 別に、いらない。シルフサマに会うには、高い場所に行けば良いのさ。塔のてっぺんとか、山の頂上とか」

 それだけで良いのかと、一はシルフを見遣った。シルフは首を傾げて、彼を見返す。

「でもさ、別に俺、高いところに行ってないよな?」

「結局、会うか会わないか決めるのはこっちだもん。会いたい奴がどこにいたって、あんまし関係ない」

「さすが、風の精霊。気まぐれっつーか、なんつーか」

「へへ、嬉しいだろー? あ、そうだ。オマエさ、あんまし外うろつくなよ」

「……なんで?」

 シルフは地面に音もなく降り立ち、一をじっと見上げた。

「嫌な風が吹いてる。もっと、向こうの方から」

「まさか、何かが来るのか」

「たぶん。シルフサマは、その事を言いに来たんだ」

「わざわざ、俺に、か?」

「そうだ」と、シルフは一もニもなく頷く。

 嫌な風。シルフはそう形容したが、人間である一には何も感じ取れない。彼はただ、シルフの言葉を信じるのみだった。

「そっか、ありがとな。なるべく気ぃ付けるよ」

「おう。そんじゃ、シルフサマはぶらぶらしとこっかなー。それとも、また付いてってやろうか? オマエ一人じゃ心細いだろ?」

「いや、大丈夫だよ。慣れてるし。そっちこそ気を付けろよ。カラスに襲われて泣きついてくんなよ」

「なんでさ! カラスくらいで誰が泣くもんか! バーカ! じゃあな!」



 長い長い階段を下り、薄暗い廊下を進んだ先に、赤錆びた扉がある。その扉は、部屋の主が招待した者だけを通す。一が歩を進めれば、その分だけ扉が独りでに開き始めた。彼は驚かない。ここは、そういう場所なのだ。彼女の支配する空間である事を、一は既に理解させられている。

「……こんにちは」

 狭い部屋には机と椅子以外、殆ど何もない。その部屋の主は、室内だと言うのに目深にフードを被り、決して顔を見せない。一は今までで一度も、彼女の目を見ていない。

「お久しぶりね、ハジメ」

「ええ。あ、どうぞ。頼まれてたものです」

「あら、ありがとう」

 一は机の上にビニール袋を置き、椅子を引いてそこに浅く腰掛けた。

 エレンは袋の中身を確かめ、満足そうに微笑む。

「やっぱり、少年漫画の男の子は良いわね」

「はあ、そうなんですか?」

「だって可愛らしいもの。馬鹿で、単純で。でも、女の子は駄目ね。女と言うのは、もっと浅ましいものよ」

 一は素直には頷けなかった。

「ところで、色々と大変だったようね。……お仲間が死んで、あなたは眠らされて、悪魔にも出会って」

「また、どっから話を聞いてるんですか。ちなみに、円卓にも会いましたよ」

「ザッハークね。どうだった?」

「どうだったって、まあ、笑うしかないですよ」

 ザッハークを中内荘の住人たちで倒してから、一は勤務外として働いていない。まだ、新たなソレが出現していないのだ。

「いつもいつも綱渡りしてるような気がしてます。エレンさんがもっと分かりやすいヒントをくれたら助かるんですけどね」

「嫌味? 私としては、人として苦しむあなたが見たいのだけれど」

 エレンは口元を歪める。

「勘違いしないで。ただ、私の言葉でハジメの運命が決まるような事、面白くないと思うから。人でありたいなら、自分で考えて動かなくちゃいけないもの」

「……まるで自分が人じゃないんだって、そう聞こえますけど」

「ふふ、どうかしら。ね、ハジメ、もらった力は上手く使えているようね」

「お陰様で、ですね。でも、ザッハークは『名前を教えてくれなかった』んです。俺の力が、円卓にバレてるみたいで」

 アイギスの力だけでは、この先を戦い抜く事が出来ないだろうと一は予測している。メドゥーサがなければ、自分は身を守るだけの存在と成り下がってしまうのだ、と。

「そうね、ハジメにとって名前は大事よ。それさえ分かってしまえば、全てハジメの思い通りになるんだもの。相手が誰だって、ね」

「……円卓って、何なんですか。あいつら、何がしたいんですか」

「私に聞かれても困るわ」

 エレンは頬に手を当て、息を吐き出す。

「でも、そうね。タルタロスには気を付けなさい」

「や、エレンさんだってタルタロスの人じゃないですか」

「ああ、そうだったわね」

 他人事のようにエレンが言うので、一は彼女の真意をはかりかねた。彼が何を言うか迷っている内、低い唸り声のような音が響いてくる。一は思わず、窓を見た。そこには何もない。ただ――――。

「今、何か聞こえませんでしたか」

「ああ、犬よ」

「犬、ですか?」

「そうよ。ここで飼ってるの。私のペット」

 こんな場所で犬を? 一は戸惑うが、エレンはそれ以上答えてくれなかった。

「ハジメは私を楽しませてくれるわね。あなたがいなければ、ここはつまらない世界になっていたでしょう。本当、ここ最近は、ハジメの話を聞くのが楽しみでしようがないわ」

「話、聞くだけで良いんですか?」

「どういう意味かしら」

「ここから出ないんですか?」

 一が何度も言い続けてきた質問に、エレンは微笑で返す。

「出られない訳ではないんでしょうに。引きこもっているより楽しい事があると思いますよ」

「でも、外に出た事で辛い目に遭う事もあるでしょう。……そう言うと、ハジメは困った顔をするのね。ふふ、いつもと同じ。良いのよ。私は多くを望まない。欲張りな女は嫌われてしまうもの」

「エレンさんは欲張りなんかじゃありませんよ」

「本性を隠しているだけよ。それに、ずっとここにいるから、外に出たら眩しくて、私はきっと耐えられない。期待してしまうわ。それは、良くない事だから」

 期待する事の、何が良くないのだろう。一はいつの間にか、凝り固まったエレンの考えを変えたいと思い始めていた。

「俺が街を案内しますよ」

「……だから……」

「折角生きてるんです。やりたい事やらない内に死ぬのは勿体ない」

「ハジメにしては強引ね」

「迷惑でしたか」

「迷惑よ」

 エレンはくすくすと笑う。

「私を哀れんでいるのかしら?」

「そんなんじゃないです」

「ええ、分かっているわ。あなたは、そんな人じゃないもの。だから駄目」

 何事かをエレンが呟くと、扉が音を立てて開いていく。

「今日はもう、帰ってもらえないかしら。気を悪くしているんじゃないのよ。ただ……」

 一は諦めたかのように息を吐き、席を立った。

「すみません。今日は、あなたを楽しませる事が出来なかった」

「いいえ、充分。……また、来てくれるかしら?」

「また来ても良いんですか?」

「意地悪ね。ねえ、ハジメ。あなたには味方してくれるモノが多いわ。けれど、そうでないモノも多いの」

「あなたは、俺の味方でいてくれますか」

 ずるい聞き方だと分かっている。しかし一は、どうしても期待してしまっていた。タルタロスに属するモノは、きっと自分を害するものなのだろう。それでも、彼はエレンだけには……。

「私は、ここから出ないわ」

 エレンは漫画に手を伸ばしかけて、視線を落とす。

「そして、ハジメの味方でいたいと思っているわ」

 全てをうやむやにし、はぐらかしてしまうような彼女にしては珍しく、素直な答えだった。



 一が店に戻ると、フロアには誰も立っていなかった。不思議に思いながら、彼はバックルームの扉を開ける。

「あっ、お兄ちゃん。遅かったのネ」

「……ジェーン? どうしたんだ……って、皆、お揃いで」

 一が店を出た時には、自分以外誰もいなかった。バックルームにはジェーンだけでなく、立花とナナもいる。

「店長、これは?」

 腕にまとわりつこうとする立花とナナから距離を取り、一は店長を見遣った。彼女は煙草を吹かしつつ、座ったままの姿勢でくるりと椅子を回転させる。

「ソレが出たんでな。呼んでおいた」

「えへへ、はじめ君はじめ君。こないだね、お母さんから手紙が来たんだよ。今度さ、はじめ君を家に連れてきても良いんだって。お母さん、料理を習い始めたから、是非食べて欲しいって」

「ちょうど良かった。マスター、今晩は私が夕食を作らせてもらいます。今の内にリクエストがあればおっしゃってください。ナナ、頑張ります」

「緊張感ねえ!」

「全くだ」

 店長は一を白い目で見遣り、紫煙を吐き出した。

「これだからパートタイマーは……ボス、みんな来たから、話を聞かせてちょうだい」

「ああ。一、百鬼夜行を知っているか?」

「そいつが、今回現れたってソレなんですか?」

 書類に目を通しながら、店長は眉間に皺を寄せる。

「まあ、な。ただ、厳密に言えば百鬼夜行はソレの名前ではない。現象のようなものだ」

「現象ですか。ちょっと分かりづらいんですけど、災害みたいなもん、ですかね」

「どう言えば良いものか。ナナ、説明を頼む」

「承りました」ナナは恭しく頭を下げ、一に向き直った。

「マスター、僭越ながら私から説明させていただきます。百鬼夜行とは、鬼や妖怪の群れであり、それらが行進する様を指すのです」

 妖怪の群れ。一はその光景を想像する。

「おぞましいな」

「異形の集まりであり、百鬼夜行に遭ったなどと表現されますね。また、決まった日に百鬼夜行が現れる、百鬼夜行日というものがあり、それに出くわすと死ぬ、という話もあります」

「見ただけで死ぬのか?」

「でも、夜にそんなの見たらびっくりしちゃうよね。ショックで心臓が止まっちゃうのかもしれないよ?」

 立花は緩みきった顔で、そんな事を告げた。

「でも、アレだろ。妖怪の集団が歩いてるだけだろ?」

「今のところはな。だが、そいつらの進路上にいれば無事では済まない」

「退けば良いじゃないですか」

「知るか」店長が毒づいたところで、電話が鳴る。彼女は恨めしそうにそれを見つめ、鬱陶しそうに受話器を取った。

「……ヒャッキヤコーと同じようなものに、ワイルドハントってのもあるワ」

 ジェーンはバックルームの中央でパイプ椅子を組み立ててそこに座る。

「ワイルドバンチ?」

「ネジドメか! じゃ、ナイ! ノー、バンチ。イエス、ハント。ワイルドハント、ね。ヨーロッパのtradition。たくさんのリョーシがウマや、イヌを連れていくの」

「猟師? 別に、普通じゃないか」

「そいつらのボスがモンスターや、ヒーロー、ゴッドだとしても?」

「さっぱり分からん。何だ? つまり、百鬼夜行と同じなのか? そのワイルドハントってのも、化け物の群れだって事かよ」

 得意げに胸を張り、ジェーンは一を指差した。

「北欧の神話では、主神がワイルドハントのボスなノ。場所が変われば、フランシス・ドレイクがボスになってたり、どこかのキングがボスになってたり。ドラゴンやデビルを連れているって話もあるんだカラ。で、それを見たら死んじゃうの。ワオ」

「……ワオじゃねえよ。でも、なるほど。要は化け物の集団で、そいつを見たら死ぬって事だな。あれ? やばくねえ? 見たら死ぬような奴ら、どうやって相手にすんだよ」

 一は目隠しして戦う自分を想像した次の瞬間、百鬼夜行に巻き込まれて死ぬ自分を想像する。そも、それではメドゥーサの発動すら出来ないのだ。

「うーん、大丈夫じゃないかなあ」

「あら、タチバナはポジティブなのね」

「だってさ、見たら死んじゃうモノを誰が伝えてきたの? 見た人は死ぬんだから、百鬼夜行もワイルドハントも、本当は誰も知らないって事だよね」

「お、おお、そういやそうだ。立花さん、鋭いね」

 立花は照れ臭そうにしてから、ふと、一に向かって頭を差し出す。

「ん? どうしたの?」

「褒めてくれても良いんだよ? 撫でてくれても良いんだからね?」

 立花の頭をナナが軽く叩き、ジェーンは満足げに頷いた。

「その辺りに関してはバジリスクと同じですね。マスター、見ただけで死をもたらす力を持つ、蛇の王と呼ばれる怪物がおりました。バジリスクは猛毒を所持する蛇で、通った跡には致死性の毒液が付着し、また、バジリスクに見られたということは、その猛毒と同等の危険性があります。殺害しようと槍で刺しても、毒が槍を伝わり刺した者を殺すほどの危険な怪物です。口から火炎を放射し、視線を合わせた者は石化し、その声を聞いただけで即死し、間接的に接触するだけでも死に至るのです」

「何だその無敵生物は。ふざけきってやがるな」

「しかし、それほどまでに危険な存在であれば、バジリスクを見て帰還した者は存在しない筈です。つまり、バジリスクについて語れる者も存在しないのです。……つまり、虚偽の存在なのです。危険であればあるほど、その存在は不確かなものになるのですから、百鬼夜行も同じでしょう」

「大袈裟に伝えられたって事か」

 それなら大丈夫そうだと、一は胸を撫で下ろす。

「さて、それはどうかな」

「あ、店長。何の電話だったんですか? またクレームですか?」

「情報の提供だ。これでもう、何件目になるか。……百鬼夜行は二日前の深夜に出現したと思われる。その日から、目撃情報が多く寄せられるようになったからな。だが、基本的には『夜中、化け物を見た』だ。その内容自体は役には立たないが、大まかなコースは割り出せている」

 店長は一たちに紙を配り始めた。そこには、駒台の地図が載っている。

「……この、赤い線が百鬼夜行の行進したっていうコースなんですね」

「ああ。目撃者の発言と住所から当たりはつけておいた。中には二日連続で電話をかけてきた者もいてな、百鬼夜行の進路に大きな差異はないだろう」

「あら、ボス。ウチの店の前も通ってるのネ。……その時、誰か気付かなかったのカシラ?」

 地図を眺めながら、ナナが小さく頷いた。

「そう言われれば、そうですね。深夜なら、フロアにはナナがいましたから。百鬼夜行のようなモノが通れば、見逃す筈がないのですが」

「とは言え、常に外を見張っていた訳でもないのだろう? そもそも、店の前を通っていなかったかもしれないし、見逃した可能性もあるということだ」

「はあ。で、どうすんですか」

「勿論、どうにかするのがお前らの仕事だ。今回は『全員』で対処してもらう。堀が車を出すから、ゴーウェストと立花が先行し、百鬼夜行の頭数を削れ。出来ればそこで仕留めろ。残りは一とナナがやれ。あるいは先行した者と合流して、やれ」

 一は店長をねめつける。やれ、と簡単に言われた事に腹を立てたのではない。彼女が全員でと口にした事が気に入らなかった。ここにはまだ、全員が揃っていない。

「質問はあるか?」

「はいっ、どうしてボクたちだけで先行しなくちゃ駄目なの?」

「まだこのコースだと確定した訳ではないからだ。大まかな予想を立てたに過ぎん。今夜、百鬼夜行が気まぐれを起こして別のルートを行く可能性もある。車で動くなら尻尾を掴みやすい。不測の事態が生じたとして、現地組が居残り組みに情報を伝えればどうにかなるかもしれん」

 立花は何度も頷くが、分かったような分かっていないような、複雑な表情を浮かべている。

「ナラ、どうしてアタシとタチバナなのかしら」

「戦力のバランスが良いからだ。この際はっきり言うが、うちの勤務外の中では一が最も足を引っ張っている。また引っ張る可能性が高い。なら、一をカバー出来るのは安定性のあるナナくらいだ」

「そこに関しちゃ、俺の方から異論はないですね」

「イロン、出してよ! お兄ちゃんはアタシといっしょじゃなくてもウェポンなの!?」

「はいはい、平気だよ。平気」

 ナナは必死そうなジェーンの様子を見ては、口元を手で押さえて小刻みに震えていた。

「とにかく、先行組が百鬼夜行を掴んで削って、とどめはここにいる皆で刺すって事で良いんですね?」

「ああ。午前一時にはバックルームにいてもらう」

「……立花さんはよろしいのですか? 確か、高校生の深夜業務は……」

 あっ、と、店長が声を漏らす。全員が彼女を見遣った。

「……立花」

「う、うん」

「今回に限っては、勤怠を登録しなくても大丈夫だぞ」

「鬼か!」

 店長は煙草に火を点け、天井に向かって煙を吐く。完全に開き直っている彼女の所作に、一はあきれ返って頭を抱えた。

「だってしようがないだろう。だったら何か、立花抜きでどうにか出来るのか?」

「は、はじめ君。ボクなら、お金ならいらない。ボクだけ仲間外れも嫌だし、ソレを倒さなくちゃ。……この街を守らなくちゃ駄目なんだ」

「た、立花さん。……店長、もう一度、立花さんの目を見て言ってください」

 純真で無垢な瞳は、店長には耐えられないものだった。

「よせ。分かった。金なら後でどうとでも付け足しておくから。とにかく、そういう事だ」

「うんっ、じゃなくて、はいっ。やったねはじめ君、ボクも一緒だよー」

「そうだね。皆一緒だね。で、店長。百鬼夜行の中身について知りたいんですけど」

「中身? ああ、そういう事か。そうだな、少し待っておけ」

 そう言うと、店長は机の上に無造作に置かれた書類の束へ目を通し始める。

「マスター、百鬼夜行の中身とは?」

「ああ。要はさ、ソレの群れなんだろ。だからどんなソレがいるのか、名前や姿を知っておかないと駄目だと思って」

「……そ、そうでしたか。しかし、あの、マスター」

 ナナは言いよどみ、無駄に眼鏡の位置を押し上げた。

「お兄ちゃん、たぶん、コーカイすると思う」

「どういう意味――――なんですか、これ」

「ん」

 一の顔に紙の束が押しつけられている。店長は面倒くさそうにして、『早く受け取れ』と目だけで訴えていた。

「百鬼夜行にどんなソレが混じっているか、それは実際に確認しないと分からない。だから、候補となる日本の妖怪をリストアップしておいたものがある。情報部から送られてきたものだ。感謝しろ」

「軽く、百枚くらいあるんですけど?」

「まあ、百鬼というくらいだからな。そこに名前と特徴が載ってるから、暗記しておけ」

「これさあ百体以上載ってんじゃねえの!? ふざけんなよ!」

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