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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
モロク
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 満月を見たら狼に? へえ、じゃあボールとか見たらどうなんの? ……あっ、そう。



 地を這うジェーンに対して、ジャネットが後退した。尚も、ジェーンは彼女を追いかける。ジャネットは旗を回した。はためく布が注意を引きつけ視界を奪う。

「The cheek!」

 ジェーンはリボルバーを抜いていない。この先へ進む、進んでやる。その意思は確かにある。だが、心のどこかでは友人を相手に出来ないとも思っていたのだ。抜けば弾散る銀の銃。飛び出す弾丸に手心は加えられない。当たれば、確実に命を奪う。彼女は徒手空拳でジャネットに立ち向かっていた。

 ジャネットが持つ旗は一メートルと七十五センチ。旗竿は鉄で作られており、竿の先端に付いた布には拙い字で、

「世界平和ときたもんだ」一は旗に書かれた字を読み取って顔をしかめた。

 一からは、ジャネットに特別な能力が備わっているように見えない。彼女の操る旗は棒術の類なのだろうが、彼にはその巧拙が判断出来ない。一方のジェーンは果敢にも肉弾戦を挑んでいた。目にも止まらぬ速度で竿の突きを掻い潜り、揺れる布に姿が隠れる。ジャネットは後退し、彼女の攻撃をいなし、躱し続けていた。

 ジャネットの異常さに一が気付いたのは、戦いが始まって数分の事である。当たらないのだ。彼女はまだ一度たりとも攻撃を食らっていない。ジェーンはいわば放たれた矢、意志を持って疾走する弾丸なのだ。華奢な体付きとはいえ手数も多く、その全てを捉えられるとは思えない。しかし、やはり、当たらない。

 実際、ジェーンは死角から、フェイントを織り交ぜた連係を組み立てていた。単調で読みやすいと、以前、『騎士団』のディルに指摘された欠点である。だから読まれるのはともかく、見える筈がないのだ。

 ジャネットは視線を固定させたままである。彼女はずっとジェーンの目を追っていた。だと言うのに攻撃を避けている。

「聞こえる?」

 体勢を整えようとジェーンが距離を取った時、そのタイミングを見透かしたようにジャネットが口を開いた。

「見える? 私には聞こえる。見える。天使様がこうしろって教えてくれるの」

「エンジェルってのはあなたのストーカーなのかしら」

「悪く言わないで」

 ジャネットが突きを繰り出す。ジェーンは右に回避するが、

「やっぱり!」

 空を切った旗竿が右に流れた。ジャネットがその方向に体を回転させたのである。彼女の得物は、完全に避け切れたと思っていたジェーンのこめかみに激突する。旗とはいえ、ぶつかったのは鉄の棒と変わらない。彼女は苦痛に顔を歪めて飛び退いた。その表情には困惑の色も混じっている。

「言った通りだった! 聞こえるって言ったじゃない! 天使様が正しいって言ったよね!?」

 ジャネットは興奮した様子で大声を放つ。彼女の頬は上気していた。夢心地な、惚けたようでもある。

「ジェーン、行ったらもっと痛い思いをする。もっと辛い思いをするよ。私を信じなくても良い。でも、天使様を信じて?」

「絶対にノー。アタシはゴッドもブッダも信じない。信じてるのは……」ジェーンは一を一瞥するが、彼には何も言わなかった。

「じゃあせめて全部が終わるまではっ」

 ジャネットはジェーンを失神させるつもりで旗を振りかぶる。甘い。ジェーンは痛む頭に鞭打って、空いたスペースに飛び込んだ。懐に潜り込み、顎を蹴り上げるつもりだった。

「ノエル!」

「――――!?」

 蹴り上げた足が掴まれる。旗が地面に落ち、高く、乾いた音を立てた。ジャネットはジェーンの足を持ったまま、彼女に笑い掛ける。ジェーンは自らの得物に手を伸ばしていた。



「青髭のモデルとなった人物、か」

「はいっ」と、ナナは楽しそうに頷いた。

「店長はご存じですか?」

「ご存じない。……しかし、モデルというと、それは実在した者なのか」

 ナナは両手を組み、俯く。笑うのを堪えようとしているらしかった。

「私と話すのがそんなに嬉しいのか?」

「……話をするのが嬉しいのです。マスターはこうした話がお好きではないので。取得した知識は披露したいと思うのが普通だと思うのですが、おかしいでしょうか」

 おかしくない。ただ、ナナがオートマータという事に目を瞑れば。店長は煙草に火を点けた。

「モデルとは有名な奴なのか?」

「無論です。青髭のモデルとなったのは、何を隠そう、あのジル・ド・レイなのですから」

「知らないな」

 ばっさりと切られて、ナナは泣くような真似をしてみせた。

「おっと、目にオイルが…………本当にご存じないのですか? 百年戦争ですよ? ジャンヌ・ダルクの右腕的存在ですよ?」

「ジャンヌ・ダルクなら知っている。この前テレビで映画をやっていた」

「ジルはジャンヌの仲間です。オルレアンの私生児ことジャン・ド・デュノワやラ・イールと同様に」

「フランスを救った英雄か。……だが、ジャンヌ・ダルクたちはオルレアン奪還以外はパッとしなかったな。結局焼かれるし」

「その点について質問があるのですが、何故、ジャンヌたちは勝利出来たのでしょうか? 確かに彼女は兵士の士気を高揚させましたが、戦略や戦術の一つすら所持しておらず、挙句、戦場では旗しか持たなかったそうではないですか」

 店長はナナの質問を真摯に受け止めようとしたが、また話が逸れているのに気付いてしまう。

「その当時は大した作戦が必要ではなかっただけだ。物量で力押しが一番強く分かりやすい。が、だからこそ士気が重要だったかもしれん。必ず勝つ、殺す。大した事をやってなかったから、精神論が効いていたんだろうな」

「根性ですね」

「ジャンヌ・ダルクが今出てきて何か喚いても遠くから撃ち殺せば終わりだな」

「ロマンがないですね」

「オートマータが何を言うか」

 ナナの口が達者になってきた。彼女と話していると一の姿がダブって見える時がある。不愉快だった。

「しかし分からんな。何故、ジル・ド・レイが青髭になる。あの話の青髭はまるで悪役だぞ。英雄と呼ばれた男が悪役になるものか?」

「なるのです。ジルの晩年を知れば考えも変化します。何せ、彼の所業は青髭よりも惨たらしいのですから」

 眼鏡の位置を丁寧に押し上げると、ナナは真剣な顔つきになる。

「ジルはジャンヌ・ダルクを敬愛していました。いえ、あるいはもっと。彼女を信仰する、敬虔な信者と呼べるくらいに。彼はジャンヌ自身に神を、救済を見出だしたのかもしれません」

 他者に救われたい。そう願うのは不思議ではない。店長は黙して話の続きを促した。

「しかし、ジャンヌは異端者として処刑されてしまいます。この辺りには語りたい事が山ほどあるのですが……」ナナは探るようにして店長に視線を送る。

「またの機会に頼む」

「はあ、仕方ありません。ジル・ド・レイについて、だけ話しましょう。……信じていたモノを異端として焼かれ、失ってしまった彼の情緒は不安定になります。精神的な支えをなくしたのだから当然かもしれませんね。私で言えばマスターを失うという事に、ああっ、想像しただけで!」

「良いから続きを話せ」

「分かっています。それからジルは錬金術にのめり込むのです。フランソワ・プレラーティに唆されて、黒魔術にも興味を示したと言われていますね」

「待て」と、店長はナナの話を遮った。彼女は短くなった煙草を灰皿の上で揉み消す。

「フランソワ・プレラーティとは誰だ」

 ああ、と。ナナは小さく漏らした。

「魔術師ですよ。尤も、ただの詐欺師に過ぎないとも言われていますが。魔導書の一つ、ルルイエ異本の一部をイタリア語に翻訳した事でも知られていますね」

「黒魔術に錬金術、か。人間とは変わるものだな」

「ジルは数百人もの幼い少年たちを拉致し、殺害しました」

「黒魔術に必要だったのか?」

「半分は、でしょうね」

 ナナは眉根を寄せる。吐き気でも堪えているかのような、苦しそうな表情をしていた。

「もう半分はジルの趣味でしょう。彼は男色でしたから、殺害する前に充分愉しんだと思います」

「なるほど、充分悪役してるじゃないか」

「その後は告発されて、絞首刑の後、死体を火刑に処されます」

 戦場で血を浴び続け、戦いが終わっても尚それを求めた。凄まじい人生だと、店長は思う。

「……駒台では子供がいなくなっていたな。それも、幼い少年と呼べる年頃の者ばかりが」

「『円卓』の青髭、その正体がジル・ド・レイだとおっしゃりたいのですか?」

「そう思ってもおかしくはないだろう。結びつけない方がどうかしている」

「では、仮に青髭の正体がジルだとして、子供をさらっているのは?」

 答えなら既に出ている。店長は喉の奥で笑った。

「愉しむ為じゃないのか」

「黒魔術の線はいかがでしょう」

「だが、いなくなった子供の数は数百どころか十にも及ばんぞ」

「そもそも、青髭がジル・ド・レイではないのかもしれませんし」

「面倒な話だ。ジャンヌ・ダルクがいてくれれば、ジル・ド・レイを止めてくれるのかもな」

「ジャンヌが現れても狙撃されて終わりなのでは?」

 そうだった。店長は笑って、溜め息を吐いた。



 ジェーンの引き抜いたリボルバー、その銃口がジャネットの額に向いていた。引き金に置く指。それを少し動かせば、簡単に命を刈り取れる。

「撃てないよ」

 ジャネットは笑んだ。頭にきたジェーンは、

「そこまで」

 やはり、引けなかった。一が間に入る形で、ジャネットからジェーンを解放する。

「……ジャマするなって言ったじゃナイ」

「手ぇ出すって言ったろ。そいつを抜いちゃあ止めるしかない」

 一はジェーンから銃を取り上げた。予想以上に重くて、彼女はいつもこんなものを持ち歩いているのかと、複雑な気持ちになる。

「お兄さん、私の勝ち?」

「ん」ジャネットに肩をつつかれて、一は困ったように笑った。

「ああ、君の勝ちで良いよ」

「ふふっ、じゃあ、ここでさようなら」

 いやいやと、一は首を横に振る。

「行くから。先に。悪いけど、ジェーンを止めるなら次は俺も相手になるよ」

「……約束が違う」

「約束とパイの皮は破る為にあるって誰かが言ってたっけなあ」

 ジャネットは地面を足で踏みつけた。

「大人気ないっ」

「大人じゃないしー? ほらジェーン、行くぞ」

 一はジェーンの手を握る。彼女はぼうっとしていたが、焦った様子で彼を振り解いた。

「返してよ」

「はいはい」銃を差し出すと、ジェーンはそれを元の位置に戻す。

「それがお兄さんのやり方なんだ。行けば辛い目に遭うのに、ジェーンを連れて行くんだ?」

 ジャネットは旗を一に向けようとして、腕をゆっくりと下ろした。

「そう、天使とやらが言ってたのか?」

 声が聞こえるのだとジャネットは言う。ジェーンの攻撃を回避し続けられたのは『そいつ』のお陰だと。本当かもしれない。だが、一は信じない。読みが鋭い、あるいは勘。何か他に理由が、力がある。そうやって自分を納得させる。

「伝えといてくれよ。お前の事は大嫌いだって」

「罰当たり。……私は、天使様とは話せない。声を聞いて、従うだけ」

「従うだけ?」

「そう」と頷き、ジャネットは一たちを見つめる。

「『広場』は神に、天使に従うしもべなの。だから、青髭を追ってる。そいつを殺す為に私たちは……」

「それ、だけ……?」

 一が何か言う前に、ジェーンが声を発した。震えて、か細いそれは確かに届く。

「それだけで、あなたたちは何かを殺すノ? だれかに言われただけで? ……ウソだよ、そんなの」

「天使様が言っている。理由ならそれだけで良い。それだけが良いの」

「ジャネットは! あなたは、アタシを殺せって言われても、そうするの……?」

 そこで初めて、ジャネットの表情が歪む。苦渋の決断を強いられているような、そんな顔をしていた。

「『広場』がやってるのはそういうコトなんだよ? そんなの、おかしい。おかしいよっ」

「……おかしく、ない。青髭は子供たちをさらった。天使様が命じなくても、誰かがやらなきゃいけないの」

「は? 青髭が子供をさらったのか?」

 一が素っ頓狂な声を上げたので、ジャネットは彼に向き直った。

「ん、そう。どうしてかは天使様も教えてくれなかったけど、悪い事でしょ」

「そう、だったのか」

 一は散々迷った後、「ごめん」と頭を下げる。ジャネットは何故謝られたのかが分からなくて、彼をじっと見つめていた。

「誤解してたんだ。君たちの事」

 話が噛み合わない。神を信じるモノたちと反りが合う筈がない。一は『広場』の行動理念を知った。否、行動と呼ぶにはあまりにも他動的で、まるで操り人形のようだった。しかし、ただ一点、彼らが子供に手を出すようなモノではなかったのだと知り、理由が出来る。この先、『広場』は子供を、人間すら殺すかもしれない。だが、今だけは違う。まだ間に合う。そう思ったから、彼は頭を下げた。

「……? お兄さんはどうして謝るの? 病気?」

「まあね」一は苦笑する。お前に言われたくないとも思ったが、妹を必要以上に心配するのは病気に近いものがあるのだろう、とも考えた。

 ジャネットは一に対して柔らかな笑みを見せる。

「良く分からないけど、許す。……『広場』は青髭を追ってる。天使様に言われたから、ね。うん、この街にそいつがいると知って、私は先遣隊? みたいなものとしてやってきた」

「そこでアタシと出会ったのネ」

「だから、仕事はぜーんぜん出来てないんだけどね。ジェーンと遊んでばかりだったから」

「おいおい、良いのかよ?」

「うん。はじめっから、私はそういうの期待されてない」

 一は頭を掻く。きっと、ジャネットの仕事は神の声とやらを聞いた段階で終わっていたのだろう。

「お話はそこで終わり。後は、自分の目で確かめて」

「止めないのカシラ?」

「止めても、気絶させても、ジェーンたちはやっぱり行くんでしょ。だから、もう良い。それに、友達だから……」

 照れ臭そうにジャネットは言う。友人だから、もう戦いたくないとでも言い出しそうだった。彼女は得物と、ジェーンの頭にちらちらと視線を送っている。一は何だか馬鹿らしくなってきた。



 目的地に向かう途中、一はジャネットからソレに関する話を聞き出そうとした。しかし、彼女は青髭について何も知らないと断言し、ジェーンと他愛のないお喋りに興じていたのである。

 一は頭の中で情報を整理し始めた。筋道立てたところで戦う事に変わりないが、何も分からぬまま命を晒すのは耐えられなかったのだ。

 まず、『広場』は子供の失踪とは関係がなかった。ジャネットの話が本当なら、さらったのは『円卓』のメンバー、青髭である。そして『広場』は神の声に従い、青髭を殺す為に動いているらしかった。……ジャネットの話を信じるならば、である。一にはまだ判断がつかない。誰を信じるのか、誰と戦うのか。ただ、彼女は嘘を吐いていないのだと思える。ジャネットの発言には真実みが感じられた。

 ソレの数は二。青髭とヴラド・ツェペシュ。だが、戦闘に参加したのはヴラドだけらしい。影を操る、底知れない力を持っているようだが、ジェーンはアメリカにいた頃、彼と交戦し、打ち負かしている。油断は禁物だが、自分とジャネットを加えれば、実質、『円卓』相手とはいえ三対一なのだ。戦いに関する不安要素は取り除かれている。一はそう考えていた。

「そろそろ」

「ん、ああ」ジャネットが前方を指差す。鉄塔自体は先程から見えていたのだが、建物が少なくなり、視界が開けたのだ。

 そこに、元凶がいる。ジェーンを狂わせたモノがいる。一の体は強張っていた。復讐とは何と甘美なものか。鮮烈に焼きついた記憶と感情が胸の内から溢れ、暴れ出しそうだった。

 間違えてなるものか。一は意志を固める。誰が相手であろうとも、どんな理由があろうとも、そこに何が待ち受けていたとしても、自分は勤務外なのだ。結局、やる事は変わらない。いつもと同じで、可能なら見せ場を作り、そいつを譲るだけだった。

「ジェーン、帰るなら今の内だぞ」

「まさか。そっちこそ、テール巻いて帰れば?」

「そりゃ残念だ」

 ジェーンを止めるのは不可能だった。しかし、彼女の手を汚させるつもりはない。青髭を殺すのは自分だ。一は彼女をじっと見つめる。顔を逸らされて、彼は口元を緩めた。

 少しずつ距離は縮まる。鉄塔前、開けた空間を確認した三人は目眩を起こしそうになった。揺らめく炎と影。店長から聞いていた通り、巨大な祭壇が置かれている。牡牛を模したそれは火に晒されていた。ミノタウロスを思い出した一は顔をしかめる。

「燃えてる」

「いや、燃やしてるんだ。誰かがね」

 青髭が用意したものだと、すぐに察しがついた。しかし、一はその名前を口にするのを躊躇った。

「ジャネット、アレは何?」

「……言ったよ。確かめろって。それから、嫌な目にも遭うって」

 ジャネットがそう言うと、ジェーンは押し黙る。それでも彼らは歩くのを、進むのを止めなかった。

 視線を逸らそうとするが、どうしても炎に目が向いてしまう。一は俯き、自分の爪先を見ながら歩いていた。

「……ヘンなの」

 ジェーンは周囲に目を向ける。雲は月を隠して、辺りには暗がりが広がっていた。離れた場所に枯れ木のようなものが連なって立っているのを見ると、彼女も祭壇に視線を戻す。

 風が吹き、炎の勢いが強まった。が、次の瞬間には何者かの意志が介入したみたいに、それは徐々に弱くなる。俄然、一たちの注意は引きつけられた。

「中、何か入ってる」祭壇の内部は鉄板で仕切られている。小さな部屋が幾つもあり、そこには何かが乗せられていた。

「真っ黒こげじゃナイ。何かなんて、そんなの……」

 一は目を凝らす。長い時間炎に包まれ、熱されたそれは元の形を辛うじて留めているに過ぎない。彼は牡牛の祭壇に近づいていく。

 ジェーンは一に何か言おうとしたが、声は出なかった。その時、彼女はジャネットが自分たちとは別の方角、違うものを見ているのに気付く。

「ジャネット?」

「皆だ」ジャネットの瞳には光が宿っていなかった。ただ、それを見つめている。彼女が見ているのが枯れ木だと分かると、不思議そうにしながらも、ジェーンはジャネットと同じ方に目を向けた。

 刹那、ジェーンは理解する。自分が枯れ木だと思っていたものが、串刺しにされた何者かの死体だという事を。串刺しにされたから死んだのか、あるいは……そんな事はどうでも良かった。黒く、鋭い影のようなものに突き刺さった死体は、皆同じ服を着ている。青と白を基調にしたそれは、ジャネットの格好とも一致していると思えた。彼女が呟いた、その意味をジェーンは理解する。死んだのは、否、殺されたのは『広場』の人間たちなのだと。

 杭状の影は全部で七本、祭壇から少し離れた位置に立っていた。死体はからからに乾いており、血液、その痕跡すら見当たらない。体中の液体を吸い取られているみたいで、だからこそ、ジェーンはそれらが枯れ木に見えたのだ。

「……ジャン。ジョシュア。ジェイル。ジューン。ジョウガサキ。ジョルノ。ジョーイ」

 ジャネットは死体を指差しながら、物言わぬモノの名前を呼んでいく。彼女にはミイラとなった彼らの区別がついているらしかった。

「おいジェーン、お前ら何やって……」言い掛けた一の傍まで走り寄ると、ジェーンは彼を強く睨みつける。

「……あの子、何やってんだ?」

「……よく見なヨ、お兄ちゃん?」

 ジェーンは嫌味たらしく言ったつもりだが、一は気付いていない。やがて、彼は息を呑む。ジャネットが見ているものの正体を悟ったのだ。

「アレが『広場』か。全滅、したって言ってたっけ」

「まだジャネットがいる」

 ジェーンは目を瞑る。

「ジャネットがいるんだから、ダカラ……」

「アレ、ヴラドってのがやったのか」

「メイビー、そう。シャドウの、前にも見た」

「……いるのか、ここにも」

 ――――相変わらず、鈍い。

 一は妙なところは鋭いくせに、基本的には鈍いのだ。溜め息を吐くと、ジェーンは哀れむように彼を見る。

「アタシもヴラド・ツェペシュのゼンブを知らない。あいつが何かする前にボコボコにしたカラ」

「影、か。……本人がただの、ちょっとイカれた人間だとしても、吸血鬼のモデルになった奴だ。他にも色々持ってそうだな」

「イチイチ言わなくても分かるわよ」

「……突っ掛かりやがって」

 一は舌打ちする。ジェーンもやり返した。不毛なやり取りを続けた後、彼女はジャネットのところに戻る。

「へーき?」

「ん」振り向いたジャネットは薄く笑った。心配掛けまいと思ったのだろうが、この状況では逆効果だった。

「聞いて、知ってたから。でも、実際に目にするのとは違う」

「手」

 ジャネットは小首を傾げる。

「ふるえてる」

「寒いんじゃナイよね」ジェーンはジャネットの手を、自分の五指を絡ませるようにして握った。

「あったかい」

「アタシにおまかせ、ノープロブレムなんだから」

 少女たちは笑い合う。影の杭、乾いた死体の下で。

「あ、そいえば、あそこには何があるの?」

 ジェーンは祭壇を指差す。そこでは一がおっかなびっくり手を伸ばしていた。火勢は弱まり消えてしまいそうだが、熱がこもっている。彼は腕を組んでから、ビニール傘で何かを突いていた。

「Chicken」

「あそこには……」

 ジャネットは一度言葉を区切り、躊躇いがちに言う。

「悪魔への生け贄が」

「サクリファイス? それって」

「青髭は、子供をたくさんさらったけど、その、嫡子? えーと、長男の子だけを狙っていたの」

「……ほわい?」

 長男だろうが次男だろうが少年には違いない。どうしてそんな事をするのだろうかと、ジェーンは再度、祭壇に視線を遣った。中にあるのが――――だと気付き、彼女の表情は青ざめる。

「青髭がその家で一番上の子を狙ったのは、ある悪魔を呼ぶ為」

「エンジェルの次はデビル? ジョークにしては……」

「冗談じゃないよ」

 しっかりと捉えられた。射抜かれるようにして、まっすぐに瞳を。ジェーンは言葉に詰まった。

「悪魔は来る」

 ジャネットがそう言えば、そうなる。そう聞こえるのだから仕方がないと、ジェーンは自身を納得させた。

 ふと、ジェーンは一に目を向ける。いつまで遊んでいるのかと、非難がましい目つきだった。が、彼の絶叫を聞き、咄嗟に銃を抜く。あの様子だと、一は祭壇の中身を知ってしまったらしい。半狂乱にある彼はその場に蹲り、叫び続けている。

「ジェーンっ、お兄さんが!」

 杭の形を留めていた影が消え始めた。突き刺さった死体はゆっくりと地面に下ろされていく。影は消え、次に、中空で一箇所に集まった。霧状になったそれはふらふらとしながらも、一を目指している。

「バカ! お兄ちゃん!」

 引き金を引く。オンリーワン技術部が作製した銀の弾丸が空気を切り裂いていった。霧に命中するも、影を少し散しただけに終わる。

「何やってんの!?」

 一はようやくになって立ち上がったが、すぐ傍にまで影が迫っていた。

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