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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
レヤック
209/328

令嬢たちはソファにて



 魔女の世界は黄衣の王が消し去った。

 雑居ビルの一室に立つのは、雷切を構えた立花と、空手の姫である。彼女らは向かい合い、互いを強くねめつけていた。しかし、誰が見ても勝敗は明らかだった。第三者の援助がない以上、二人は自らに備わった力のみで戦うのを強いられる。

 姫にはもう魔力が残されていない。骨を出せず、体を変化させる事は不可能だ。彼女にはもう力が残されていない。

 立花もそれを分かっているから、戦闘を躊躇っていた。

「躊躇う必要は、ありません。ここで『館』を潰さなきゃ……」

 見逃せば、『館』は、姫はまた襲ってくる。今度はなりふり構わず、もっと多くの犠牲者が出るかもしれない。立花は息を呑み、姫を見据える。彼女は退く素振りを見せなかった。

「……待って、おくれ」

 緊迫し、膠着した状況下、ランダが辛そうに口を開く。立花は平伏した彼女に視線を遣った。

「姫を、殺さないで……」

「なっ、お師匠!?」

 姫は屈み、信じられないといった様子でランダを見る。

「あんただって分かるだろ。もう、勝ち目はないんだよ……」

「魔女が頭を下げるなんて、そんなっ」

「まさか、見逃せと? 今までに……今までやってきた事を水に流してくれなんて、虫が良過ぎます。虫酸が走ります」

「ああ、ああ、だから、タダで見逃せなんて言わないよ。『館』はもう、あんたらには関わらない」

 ナコトは鼻で笑う。舐めるなと、その目が言っていた。

「飲めませんね。あたしはあなたたちを裁く為にフリーランスになったんです。さようならなんて寂しいじゃないですか」

「お師匠、私も無理です。仇を討てないんなら、ここで殺される方がずっと良いです」

「……魔力の回復にはどれくらいの時間が掛かるの?」

 立花が問う。彼女は決めかねていた。まだ、簡単には選べない。

「……あたしも、姫も、時間は掛かる。三日はこのままさ」

 自嘲気味に笑い、ランダは痩せ細った腕を上げてみせる。

「私は一日も掛からないわ半日ゆっくり眠っていれば十割といかなくても六割は回復出来る」

「化け物め」ナコトは毒づき、ヴィヴィアンを睨んだ。

「姫を助けてくれるなら、あたしの命を差し出しても良い。だから、この子には……」

「お師匠やめてっ、こんな、この女に情けを掛けられるぐらいなら!」

 雷切を握る手に力が入った。立花は改めて理解する。この場を掌握しているのは自分なのだと。

「立花さん、迷う必要はありません。その二人を始末するべきです」

「でっ、でも」

「また一さんが巻き込まれても? 一さんがこいつらに殺されても構わないって言うんですか?」

「ボクは……けど、ボクは……」

 選び、決めろ。腹の底から声が聞こえてくる。今までの自分を消して、呪縛から解放された自分が声を荒げていた。

「……はじめ君を二度と巻き込まないで欲しい」

 ナコトは目を見開いた。立花が言わんとしているのは『館』への譲歩。彼女は眼前の敵を見逃したいと思っている。

「分かった。あの坊やは二度と巻き込まないよ」

「他の皆もだよ。ボクの友達に手を出したら、次は本当に許さない」

 ランダは頷くが、ナコトは納得出来なかった。

「甘い真似をっ。そんなの、一さんだけで充分です。ここでやらなきゃあなたがやられるんですよ」

「良いんだ」

 立花は姫を見下ろしてから、鞘を拾う。

「ボクが気に入らないなら、ボクだけ狙いなよ」

「……必ず、殺してやりますから」

 暗く、鋭い眼差しが立花を射抜いた。姫はランダに肩を貸して立ち上がる。

「約束して。『館』はボク以外を狙わないって」

「ああ、分かったよ。姫、良いね?」

「お師匠のばか」

「どっちが。ここで死んでもしょうがないだろ。プライドだけ高くても……」

「分かりましたから、無理に話さないでください」

 話が済んだと見るやいなや、ヴィヴィアンが歩きだす。彼女はランダと姫の肩に手を置いた。二人の魔女の姿が消える。転移魔法で逃がしたのだとナコトは気付いた。

「まだ、残ってるじゃないですか……」

 ヴィヴィアンは微笑む。

「でもあと一回分しか使えないそれで本当にさようならもう当分会う事はないでしょうね」

 つまり、ヴィヴィアンはいつでも逃げられるのだ。ナコトも立花も戦意を失い、その場に座り込む。

「何故、すぐに逃がさなかったんですか。『館』が不利になるような交渉を持ちかけられる前に」

「黄衣ナコトと立花真二人の頑張りに免じて人間なのにあんな戦いを見せてくれたんだものそれにあの二人は腑甲斐なかったわペナルティを与えたくなるくらいにね」

「あ、ありがとう」

「何を礼なんか言ってるんですか」

 最初から最後まで、ヴィヴィアン以外の者は、彼女の掌でいいように踊らされていたのだ。ナコトはつまらなさそうに息を吐く。

「頑張りなさい黄衣ナコトあなたが魔女を裁くと言うのなら私の望みはそれだものそれだけだから死に物狂いで私を殺してちょうだい」

「……言われずとも」

「そう良かった」

 ヴィヴィアンは窓の傍まで歩いていく。彼女は若い女から老婆に、童女に、最後に、ナコトに姿を変えた。

「またね」手を振り、魔女の体が掻き消える。残された二人は息を吐き出し、顔を見合わせた。

「似てたね」

「あたしの方が倍可愛いですから。と言うか、やってくれましたね」

 じろりと、ナコトは目の前のお人好しをねめつける。

「だって、やっぱり無理だもん。それにボクだけを狙うって約束してくれたじゃないか」

「相手は魔女ですよ? 口約束がどこまで信じられるか。明日にでも、何かしでかすかもしれません」

「そしたら、斬るよ。もう躊躇わないって決めたんだ」

「……まあ、神野姫に襲われるのはあなたですから。好きになさってください」

 ナコトは立ち上がり、帽子を拾い上げた。扉を開け、立花を促す。

「ただ、ヴィヴィアンが来たら教えてくださいね」

「助けてくれるの?」

 抱きつこうとする立花に肘鉄を放つが避けられる。ナコトは彼女を押し退ける力は残っておらず、なすがままにされた。

「あたしの目的はあいつですから。あなたは適当に斬っててください」

「ナコトちゃんって、あの人を知ってたよね。何かあったの?」

「デリカシーのない……別に、魔女だなんて調子に乗ったモノが気に食わないだけですよ。神野姫も、ランダも、何だかムカつきました」

 立花は小首を傾げる。

「あの二人、あたしとキャラが被ってます」

「えー、そうかなあ?」

「そうなんです。それよりも、早く一さんの間抜け面を見に行きましょう」

「うん、そうだね! えへへ、ボク頑張ったんだーって褒めてもらおうっと」

「じゃあ、あたしは何か買ってもらうとしましょう」

 手が出ない高価な本を買ってもらおう。新しい帽子も良いかもしれない。ナコトは頭の中でめぼしいものをリストアップしていく。

「じゃ、じゃあボクははじめ君とデートするもん」

「張り合っているつもりですか? どうぞどうぞ、メリーゴーランドではしゃいでてください」

「遊園地かあ、それも良いなあ……」

「付き合いきれませんね」



「お師匠」

 ランダは顔だけを上げる。

「ここ、どこですか」

 姫は辺りを見回した。真っ暗で、月はおろか星の光りさえ存在しない。風も吹かず、地面の感触がない。地に立っているのか浮いているのか判然としない。唯一、蛍のようなか細い明かりがぽつぽつと漂っていた。

「ヴィヴィアンの作った世界さね」

「日本? いえ、地球ですか?」

「さて、ね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 ランダは臆せず、その場に寝転がった。姫は立ち尽くし、先の見えない闇を見通そうとする。だが、見えない。距離感の狂いそうな漆黒の世界。まるで、今の自分と同じだと、彼女は諦めたように笑った。

「おい、馬鹿弟子」

「はい、なんですか」

「魔力が回復するまではこっから出られない」

「回復したらあの女を襲える訳ですね」

 ランダは眉根を寄せる。

「ゆっくり休みな。ついでに頭を冷やしながらね」

「冗談ですよ。……今の私じゃ、立花真には勝てません。それどころか勤務外にも、フリーランスにも、誰にも」

「言っとくけど、あたしゃもうヤだよ。馬鹿の面倒を見るのは疲れる。あんなの一度きりでこれっきりだからね」

「手伝ってくれるんじゃないんですか」

 姫は瞳を潤ませてランダに媚びた視線を送る。

「男なら引っ掛かるんだろうけどねえ」

「兄さんは引っ掛かりませんでしたよ」

「賢い子だ」呟き、ランダは姫から顔を背ける。

「せめて、私に魔法を教えてください」

「藁人形と五寸釘買ってきな」

「丑の刻参りなんて地味なの嫌です。労せず奴を殺せるのを教えてください。お師匠、そういうの得意でしょう」

「あんたじゃ無理だよ」

 姫はランダの腰に指を添えた。

「お客さん、凝ってますね。もういいお年でしょう。魔女なんか引退して、弟子に全てを譲ってはどうですか」

「二百年早い。あんたには魔法以外に教える事が山ほどあるんだよ」

「私、学業は優秀だったんですけど」

「はん、お勉強出来るからって魔女にはなれないよ。もっとイイ女になりなって言ってんだ。ちんちくりんのくせに一丁前の口を……っだっ、いだっ!」

 指に力を込め、姫は笑みを作る。

「お師匠の馬鹿! 若作りナイスバディ!」

「やめろってば揉み返す! 揉み返すから!」



 夢を見ていた。

 砂と空が広がり、他には何もない世界。暑くも、寒くもない。何も感じられない。そこに自分が所在なげに立っている夢だった。

 何もしていない。ただ、突っ立っているだけだ。

「もう何もしなくて良いのよ」

 柔らかな感触が背中越しに伝わる。だが、冷たい。女の体は氷のように冷たかった。

「あなたはここで何もないこの世界で何もしなくても良いの」

 女の声は甘く、胸の内にずぶずぶと沈んでいく。

 いつまで、そのままでいただろうか。遠くの方に人影が二つ、見えた。誰だろう。そう思い、足を踏み出すも、女がそれを拒んだ。

「行かなくて良い見なくて良い考えなくて良い思わなくて良いあなたはもう二度と動かなくて良いの」

「……いや、行かなきゃ」

 何故だろう。その二人には会って、伝えるべき事があるのだと確信していた。女は首元に腕を巻きつかせるが、それを払う。

 守ってくれていたのだと、思った。



「…………ん」

 目覚めると、仮眠室の天井が目に入ってきた。随分長い間眠っていた気がする。体がやけに重い。一はぼんやりとした頭で、状況を確認する。頭を掻こうとして、腕が上がらないのに気付いた。というより、何かに掴まれているような感覚である。彼は視線を下げ、黒と白のセーラー服を確認した。心地良さそうに寝息を立てる、二人の女の子を確かに認めた。

「ああ、起きたか」

 仮眠室の扉がノックもなしに開かれる。一はそちらに目を遣った。煙草を銜えた店長が、冷めた目でこちらを見下ろしている。

「これ、どういう状況なんですか……?」

 自分でも覚えていない内に、仮眠室のソファで眠っていたらしく、しかも、起きた時には立花とナコトが寄り添うようにして寝息を立てている。一の頭はパンク寸前だった。

「説明が欲しいか。給料よりもか」

「面倒くさいなら面倒くさいって言ったらどうなんですか」

「睨むなよ。……そいつらに感謝しろよ。お前を起こしてやったんだ」

「起こしたって、もしかして」

 店長は立花の頭を撫で、彼女らとは反対側のソファに座る。

「出番がなくて残念だったな。ま、働き詰めだったんだ。たまには寝ているだけってのも良いだろう。私が許す」

「マジで、戦ってたんですね」

「黄衣と話をしたんじゃないのか?」

「正直、あんまり覚えていないんですよ。寝てたのか起きてたのか、いまいち……」

 苦笑し、一は腕の痺れを感じた。

「『館』のメンバーは逃がしてしまったらしいが、大した怪我もなかった。今は死ぬほど疲れて眠ってる。そのまま、両手の花を離すなよ」

 安堵の息を吐きそうになるが、一は堪える。神野の妹、姫は死なずに済んだ。彼女は立花を殺さずに済んだ。誰も、死ななくて済んだ。姫は魔女で、自分たちと敵対している。それでも、彼女が死んで嬉しがる事はないのだろうと確信していた。

「痺れてるんですけど」

「その二人は命の恩人だぞ。一人につき腕一本ぐらい払ってみせろ」

「……煙草、吸いたいな」

 一は店長をちらっと見る。分かりやすい所作だったので、彼女は煙草の箱をちらつかせた。

「吸わせて欲しいのか?」

「是非」店長は煙草の箱を胸ポケットにしまう。

「お前が喜ぶような真似を私がすると思ったか」

 思っていない。一は落胆した様子もなく、むしろ自然な流れに満足していた。

「こいつ、足引っ張ってなかったですかね」

「黄衣か? いや、立花はむしろ、黄衣がいなければ駄目だったと言っていたぞ。嘘を吐けない奴だからな、信じてやっても良いだろう」

「へえ、こいつが」

 スパルトイの時も、ムシュフシュの時も頼りなかったナコトが、そんな風に言われているのが不思議で、何故だか誇らしい。

「魔導書ってのを上手く使えたんでしょうね」

「黄衣が持っていたもの、アレは本物なのか?」

「えーと、いや、限りなく本物に近いモノって言ってましたね。あー、多分」

「頼りないな」

「ええ、全く」

 店長が頼りないと言ったのは魔導書ではなく、一の不明瞭な発言について、である。尤も、彼本人は気付いていなかった。適当に相槌を打っている。

「しかし、中身に興味はあるな。『人間辞めましょう』とでも書いてあったのか」

「さあ、案外そんな感じじゃあないですかね」

「……お前は読んでいないのか?」

「いや、一緒に読まされましたよ?」

 二人は視線を交わす。内心ではお互いを馬鹿にしていた。

「からかっているのか、一」

「そうじゃなくて、俺には読めなかったんですよ。魔導書ってのは、読む奴が選ぶんじゃない。魔導書が、読ませる奴を決めるらしいんです。だから、俺は選ばれなくて、黄衣は選ばれたんです」

「分かっていて、黄衣はお前と一緒に読んだのか?」

 一はナコトを見遣る。黙っていれば、少しは見られるところもあるじゃないかと思った。奇しくも、同じような事を店長に思われていたのを彼は知らない。

「本人に聞いてくださいよ」

「察しはついてるが、そいつが当たりなら……話してはくれないだろうな」

「へえ、教えてくださいよ」

「本人に聞けば良いだろう」

 二人を視線を交わす。内心ではお互いを罵倒していた。

「ところで一、気分はどうだ」

「あんまし良くないです」

「花が二輪じゃ足りないとでも言うつもりか」

「いや、なんつーか」

 一は立花とナコトを見て、困ったような顔を浮かべる。

「二人が揃うと、葬式みたいだなって」

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