行き止まりsanity point
ランダがその場に倒れ込む。魔力を使い過ぎてしまったのだ。ヴィヴィアンが放ったハスターの風は彼女たちの戦場にも届いていたのである。ランダは自身と姫を守る為、大量の魔力を使用して障壁を展開していた。運が悪い事に、立花の方へは風が逸れていたのを確認している。立つ位置さえ違っていれば、そこで仕留められた。ランダは強く、唇を噛み締める。
「姫っ」
巻き起こる煙、砂の山が崩れ天地問わず周囲に散らばっていた。
「分かっています」
立花の姿は見えない。姫はスパルトイを再召喚して彼女を探させる。骸骨たちは目が見えない。鼻が利かない。ただ、生者の反応には敏感だった。
姫が駆ける。スパルトイが煙の中に消え、崩れていくのを感じた。立花はそこにいる。溜めに溜めた。待ち続けた。堪えて、抑えて、もう、我慢出来ない。胸に渦巻く憎悪を、体の隅々にまで行き渡った感情を解き放つ時を。その時だけを。
立花はスパルトイを切り裂きながら、先の風は何だったのだろうと推察する。
ヴィヴィアンがハスターを呼び出した時、立花は雷切を砂地に突き立てて、体が浮くのだけは堪えたが、あちこちが痛くなっていた。この視界では姫たちもおいそれと攻撃を仕掛けては来ないだろう。骸骨がこちらにやってきたのはたまたまだと、立花はそう判断していた。
だから、
「なん、でっ……!?」
影が揺らめくのに気付かない。砂煙を切り裂くようにして、その姿を覗かせた姫を見て、立花は驚愕する。まず、何故彼女が前に出てきたのかを。そして次に、彼女の腕を見て意表を突かれる。
「立花ぁ……!」
「う、うわっ」
姫が振り上げたのは腕だ。が、彼女のそれは、肩から先が西洋の剣、レイピアに変質している。立花は姫の拙い攻撃を避け、彼女から距離を取った。構わず、姫は追撃する。
「何っ、何だよそれえ!?」
レヤック。
ランダに仕える魔女とされ、魔術を使い、生き物や物体に変身する事が出来る。
そも、『館』のメンバーで本物なのは既にそこを抜けているヴィヴィアンと、長を務めるランダだけだ。パシパエも、キルケも、カリュプソも、能力だけを与えられた、魔術の素養があった人間である。『館』を名乗れるのは全て、そうなのだ。
立花は、姫がレヤックと名乗っていたのを忘れていた。彼女もまた、魔女に準ずる存在だったのを忘れていたのである。
「お前がっ、お前がっ!」
だが、姫はあくまで魔女見習い。つい先日までは一般人で、ただの女子高校生に過ぎなかった。彼女の繰り出す攻撃は滅茶苦茶である。レイピアを使う上での基本は、相手を突く事なのだ。刀身が細過ぎる為に、斬りつければ曲がり、折れる。にも関わらず、姫はレイピアと化した腕を振り回し続けた。斬り、時には突きも混ぜるが立花には届かない。
立花は手が出せなかった。姫の、稚拙ながらも鬼気とした攻勢に弱っていたのではない。彼女を傷つける事を恐れていたのだ。雷切は未だ使いこなせていない。目測よりも遠く、予測よりも早く、動く。手加減など出来ない。隙だらけの姫を切るのは容易い。しかし、それでは彼女の命まで奪ってしまいそうだった。
避け、受け、弾く。立花は後退しながら、姫に対して呼びかけた。
「どうしてこんな事するんだよっ」
「どの口で言うのかと思えばっ」
姫の全身が赤い光を帯びる。彼女の腕は元に戻り、次に爪が変化し始めた。左右十指の爪が細長く、硬い針に姿を変える。
「ボクはけん君を殺してなんかいないのに!」
止むを得ず、立花は針の先端を狙って雷切を払った。十本全ての針が両断され、砂の上に落ちていく。姫は苦悶の表情を浮かべ、その場から立ち退いた。彼女の周囲を赤い、淡い光が包んだ瞬間、針、だったものは彼女の爪に変わっていく。
これが、姫の能力の正体だった。
身体の一部を変化させる魔の法である。彼女がやってみせたように、腕は剣に、爪は針に。単純だが、その分攻撃には使い易い。何せ得物は自らの肉体なのだ。が、効果が切れれば変化した部位は元に戻る。その際に剣が砕ければ、針が折られれば、その部位にも反動が返ってくる。尚且つ、精密な機械や複雑な仕組みのものには形を変えられない。それでも、充分に人を外れていた。
彼女は本物の魔女ではない。魔術の素養があったとして、魔導書も、力を得る為に積み重ねた経験もない。姫が魔法を行使出来るのは、体に刻まれた魔法の式のお陰だった。言わば、彼女は自らに魔導書のページを刻んでいる。無論、代償はあった。式を刻まれる際には並々ならぬ苦痛が襲う。失神と覚醒を繰り返し、絶叫で喉が嗄れた。全ては立花を葬る為、姫は人の規を捨てたのだ。
「その刀を振るったらどうなんですか!」
防戦一方の立花に苛立ち、姫が叫ぶ。距離を取る彼女に対し、姫は再び能力を発動した。
姫は一切の躊躇いを見せずに髪の毛を数本、引き抜く。淡い光がそれを包み、果物ナイフに変異した。投擲されたナイフは立花に全て切り払われる。
「ボクには勝てないんだよ!?」
「勝てなくてもっ」
砂地に手を入れ、姫は立花を睨みすえた。背後から、スパルトイが駆け寄ってくる。その後ろでは、ランダが蒼い光を放っていた。
「私が死んでもっ、あなたを殺せれば! それで!」
スパルトイに注意を払っていた立花、彼女の足首が強い力で引っ張られる。目を落とせば、そこには五本のロープが絡まっていた。姫が自らの指を変化させていたのである。
「それだけで!」
気付いた時にはもう遅い。更に、姫は余った五指をもロープに変化させた。自らの手で立花のバランスを崩し、彼女に地を舐めさせる。スパルトイが姫の脇を駆け抜けると、彼女は魔法を解いた。
ランダの意思に従い、五体のスパルトイが倒れた立花に剣を振り下ろす。彼女は不安定な姿勢ながらも、それら全てを返してみせた。立ち上がり、最も近い場所にいた骸骨の頭部を刎ねる。
「詰めが……」
立花を仕留めるなら、スパルトイを正面に並べるのではなく囲むべきだった。ランダは舌打ちし、再度、骨の剣士を召喚する。
「お師匠っ」
「あいよう!」
スパルトイをランダが七、姫が十体召喚した。残っていた四体に加えて、計二十一のソレが立花目掛けて走り出す。更に加えて、ランダも地を蹴った。
赤い光が魔術式を通して姫の体に流れ込む。彼女の背には堕天使を思わせる、黒い羽が一対生えた。否、姫は背中の肉を羽に変化させたのである。彼女は中空に舞い、毛髪を刃物に変質させた。
骨が舞い散る。砂に埋もれて消えていく。立花が雷切を振るう度、スパルトイがその数を減らしていった。が、いつまでも攻撃を続けられない。徐々に包囲は狭まりつつある。前後、左右から間断なく容赦なくスパルトイは反撃に転じていた。
「そうらっ! あたしの相手もしてくれないかい!」
骸骨に紛れてランダが得物を突き出す。その一撃は立花の背を捉えて、彼女の息が一瞬止まった。姫が放った刃は立花には当たらないが、それでも立花から怯えの表情を引き出す。
逃げ腰になった立花へ、スパルトイが二体、同時に攻撃を仕掛けた。右から、左から。彼女はその斬撃の片方を雷切の腹で受け止め、弾き、もう片方を足を上げ、靴の裏で払う。息を吐く暇はない。次いで、前後から同時に剣が迫る。立花は動きを止めないまま前方に宙返り、砂に足を取られて両膝で着地した。スパルトイの剣は空を切る。骨たちの勢いは止まらない。四方から立花の首を狙い、それぞれの得物が振るわれた。彼女は咄嗟に寝転がり、四体の骸骨、その下肢部分を順々に切り捨てていく。立ち上がり、振り返らずに駆け出した。追い付いたモノから相手をし、どうにか一対一の状況を作ろうとする。
「姫、下がらせるんだよ!」
スパルトイの行進が止まった。残った数は十と一。半数近くも減らされた事に気付いて、ランダは面倒くさそうに息を吐く。内訳は彼女の骨が四、姫が七。
ランダがその場に留まり、姫が中空から立花の背後に着地する。彼女らはまた、囲みを形成するらしかった。
立花は止めていた息を吐き、雷切を杖代わりに肩で息を繰り返す。動きづらい砂の上というのもあって、疲労が蓄積されつつあった。足が重く、心臓が早鐘を打ち続ける。今までとは違い、彼女の精神も酷く磨耗していた。死にたくないと、恐怖と焦燥が少しずつ心を削っていく。
「そんな調子で、いつまで刀を振れますか?」
「……姫ちゃんが、諦めるまでは」
「もしくは、一さんが死んじゃうまで、ですか?」
姫は羽を戻し、髪の毛をナイフに変えた。
「随分頑張るんですね。そんなにあの人が大事なんですか」
立花は答えない。背後のスパルトイたちに注意を払いながら、姫をじっと見据える。
「だったら、気を抜かないでくださいね。あなたが死ねば、魔法は解けない。一さんも眠り続ける事になり、そのまま死に至ります」
「そんな事は……」
「ええ、させませんよ」
姫は無造作にナイフを放った。殆どが狙いとは違う方へと逸れていき、立花は近くまで飛んできた一本だけを切り落とす。
「そんな優しい死に方は認めませんから」
「姫、あんまり挑発すんじゃないよ」
「本当に、兄さんが救われない。浮かばれない。兄さんはずっとあなたを見てきたのに、あなたは、兄さんを見ていなかった。あなたは別の男をずっと見てきた。兄さんは、何なんですか」
俯き、姫は呪いのような言葉を紡ぐ。
「兄さんが可哀想。あなたのような女と出遭った兄さんはっ、兄さんは!」
「……君が何を言っているのか、ボクには分からないよ」
「分からなくても! いいえっ、分かられるものですか! あなたを引き裂いた後はっ、一さんを目覚めさせて、ゆーっくりと、嬲り殺しにして差し上げます。立花真、あなたのせいで彼は死ぬ。殺されちゃうんですよ?」
ああと息を漏らし、
「それは、分かった」
雷切を引き抜く。立花は鈍い動作で歩き始めた。
「ボクは、分かった」
日脚が伸びて刀を照らす。陽光を反射した刀身は、立花の横顔を映した。
烏が、跳ぶ。
姫は背中の肉を翼に変えて、何も考えずに上空へと逃げた。気付けば、額から冷や汗が流れている。彼女はそれを拭い、鼓動が早まるのを感じた。見下ろせば、立花に向かったスパルトイが次々と骨を散らせている。
ランダは動けない。スパルトイに新たな指示を下すのすら忘れていた。骸骨に交じれば、確実に殺される事を理解していたのである。
「はじめ君は殺させない」
頭蓋骨が高く、高く舞い上がった。それは姫のすぐ横を過ぎ、地へと落ちていく。
「もう、手加減なんかしない。はじめ君を殺すって言うなら、ボクは……」
十一のスパルトイが地に伏した。倒れ、動く事はない。
「君を殺してでも……!」
これが『立花』。これが、彼女の本性。否、新たに得た感情なのだ。姫はそう認識して、腹を揺すって笑う。愉しくて愉しくて、嬉しくて嬉しくて仕方がない。
「まだ、まだそんな顔を隠してたんですね!?」
「許さないっ、許すもんか! ボクは君をっ!」
「あなたが言える立場ですか!」
ランダの止める声も聞かず、姫は一直線に立花へと降下する。瞬間、彼女らは音を聞いた。
ヴィヴィアンが笑う。指を差す。アレを見ろと、楽しそうに。
ナコトは目を開けて、立ち上がってそれを見た。砂漠が割れている。つい先程まで存在していた砂の山は崩れ、今も尚、巻き上げられた砂が空から降っていた。
ハスターの力を、自分よりも確かに顕わせた魔女を一瞥し、ナコトは長い息を吐く。ヴィヴィアンが自分ではなく、立花たちのいる方へと撃った理由が分かって、
「あたしを狙わなかった事、あなたは、いつか必ず悔いますよ」
好戦的な笑みを浮かべた。
「それも面白いありえるならば面白い私が悔いるなんてイメージしただけでも胸が踊りそうだもの」
ヴィヴィアンは自慢したかったのである。ナコトが行使した風の支配者を、より強く、より大きく、より上手く使えるのだと示したのだ。
「……頭は冷えましたか」
呟き、ナコトは砂を払い落とす。飛ばされていった帽子を探したが、どこにも見当たらなかった。
ヴィヴィアンは踊るように歩を進め、ナコトに向かって手を伸ばす。老婆、童女、若い女に姿を変える。
「次は何を何をしてくれるのかしら黄衣ナコトまだ残っているのでしょう手が打つ手が策が魔女を捕らえる妙案が」
ハスター、ロイガー、ツァール、バイアクヘー、鎖、全てを出した。手を打ち尽くして、やっとダメージが通った。ヴィヴィアンが油断し、慢心していたからこその結果である。それでも、やはり、仕留められない。落ち着かれればナコトに勝ち目はなかった。一度構えられてしまえば、繰り出す攻撃は全て防がれるだろう。力の差は歴然としていた。
魔導書が光る。ナコトの傍に、砂を被ったバイアクヘーが降り立った。彼女は乱暴な動作でそれに乗り、ヴィヴィアンをねめつける。最後に残った手段、命を燃やす時が来たのだと決意した。反転し、魔女に背を向ける。
「あなたの魔術は魔法にも及ぶかもしれない私には劣るけど強い心を持っている次はおいかけっこありきたりでつまらないけれど付き合うわ」
バイアクヘーが風を切る。向かう先には一人の剣士。ナコトはしかと前を見据え、鎖を放った。
「ふあ?」
立花の胴体に鎖が巻き付く。バイアクヘーが高度を下げ、彼女の体が低く浮いた。両足は砂に埋まりかけたままで、立花は引きずられていく。
残された姫とランダは、こちらに向かってゆっくりと歩いてくるヴィヴィアンを見つめた。
魔女たちから離れたところでバイアクヘーが緩やかに速度を落とす。ナコトは鎖を戻し、立花は頭から砂に突っ込んだ。
「うっ、うう? ボク、空を飛んで……口の中がじゃりじゃりするう!」
雷切を振り回し、立花は砂を吐く。ナコトは何事もなかったように彼女へと笑いかけた。
「まだ死んでなかったんですね。健康って素晴らしい。羨ましいですよ、正直」
「訳わかんない! 何なんだようっ、もう!」
立花は叫び、バイアクヘーを見てもう一度叫んだ。
「おっきいカレイだ!?」
「あなたの頭にはお花畑が咲き誇っているんでしょうね。あたしにも植えさせてくださいよ、すずらんとか」
「こっ、これ? これが飛んでたの?」
指を差されたバイアクヘーはきゅうと鳴く。
「ええ、あたしのしもべです。……黄金の蜂蜜酒も石笛もありませんから、完全には力を使えないんですけど」
「ふーん? ボクには分からないけど、その子、味方って事で良いんだよね」
「はい。それより、困りました。もう、出来る事がありません」
あっけらかんと、空っぽな笑みでナコトは言い放つ。
「うわ、全然困ってなさそう。……あ、邪魔しないでよね。やっと、捕まえられそうだったのに」
立花が雷切を握り締めた。彼女の纏う殺気を見抜き、ナコトはやれやれといった風に溜め息を洩らす。
「何か、勘違いしていますね。とは言え、さっきまではあたしも流されていたんですけど。んっんー、あたしたちの目的、忘れてませんよね?」
「姫ちゃんを……えっ、なんで叩くの?」
「それはついでです。あたしたちは『館』を潰しに来たのではありません。一さんを起こす為に来たのです」
「う」と、立花は言葉に詰まる。詰ってやろうかとナコトは考えたが、その資格がないと気付いていた。
「神野姫の復讐に付き合わなくても結構です。全く、あなたはいつまで遊んでいるのですか」
謝りかけた立花だが、姫との戦闘になったのはナコトが裏切ったからなのだと思いだす。
「元はと言えばそっちのせいじゃないか。何だよ、魔女にこてんぱんにやられちゃってるくせに」
「いやいや、やられてませんから。何を言ってるんですか、捏造しないでくださいよ。腹立たしい。そっちこそ、小娘相手に苦戦していたみたいですけど?」
「二対一だし、骨出してくるんだもん。仕方ないじゃんか。ボクを悪く言うのは止めてよ」
「はー、出た。出ましたよ言い訳。潔く己の非を認めないからこうなるんです。ふざけないでくださいよ、砂漠なんぞに連れてこられて帽子まで飛ばされちゃったって言うのに」
ナコトはわざとらしく肩を落とした。
「ここ、どこなんだろうね。あの、ヴィヴィアンって人が作ったのかなあ」
「さあ、作ったのか繋げたのか……それはどうでも良いんです。とにかく、あたしたちには出来る事がなくなってきてるってのが重要なんですから」
この世界からは逃げられない。主であるヴィヴィアンをどうにかしない限り、自分たちはここで終わる。喉の渇きが辛い。体力と精神力はもう持たない。
「どうすれば良いんだろう」
「手はあります。あなたには時間稼ぎをお願いしたいのです」
「まさか、ボク一人で『館』を相手にしろって言うの?」
ナコトは舌を出して親指を立てる。どこまでも人を舐め切っていた。
「一さんを起こす。この世界から抜け出す。この二つを達成しない限り、あたしたちに意味はありません。ここまで来たのも、戦ったのも。方法は一つ、ヴィヴィアンの魔力を枯渇させる事です」
「魔力? えーと、魔力って?」
「精神力、心の力のようなものです。……一さんに掛けた、永続的な睡眠を促す魔法。そしてこの世界、作成したのか、召喚したのか、どちらとも取れますが、大掛かりなものに違いはありません。彼女が積極的に戦闘に参加せず、一気呵成、攻勢に転じなかった理由はここにあると見て間違いないでしょう」
「……う、うーん? えと、もう魔力を使っちゃってる、から?」
頷き、ナコトはバイアクヘーの頭部を踏みつける。そこに意味はない。
「ええ、ヴィヴィアンにどれだけの余力があるのかは分かりませんが」
「だったら、魔法を使わせまくっちゃえば良いんだね」
「しかし、あたしたちでは耐え切れないでしょう」
ヴィヴィアンは魔女だ。人間のナコトたちを侮っている。その為に、無駄とも言える魔法を使ってきた。砂漠の世界を用意して、ナコトの魔術を様々な魔法で防ぐ。最後には顕現したハスターの力を誇示し、せせら笑った。
「無駄に魔力を使ってくれるのは有難いのですが、先のアレを見たでしょう。一撃でも食らえば、ただでは済みません。戦闘の続行はおろか……まあ、普通に死んじゃうでしょうね。普通に」
立花は今更ながらに震える。自分が相手をしているモノの力、肌で感じてしまったのだ。
「どうしよう?」
「攻撃にではなく、防御に魔力を回させます」
ナコトは『黄衣の王』を目で示す。
「あたしに任せてください。それまでは、あなたに任せます」
「魔女、三人……」
体が震えた。武者震いだと強がるつもりはない。立花は、死ぬのが怖かった。
「うん、分かった」
だが、それ以上にここで諦めるのが怖い。一を失うのが怖い。
「ボクに任せて」
立花は手を広げて、掲げる。ナコトはそれを見て、不思議そうに小首を傾げた。
「……あれ、知らない? ハイタッチ。しようよ」
「知っています馬鹿にしないでくださいそれぐらいあたしだって知っていますあたしが知りたいのは何故今ここでハイタッチが出てくるのかって事ですよ」
「早口で良く聞こえなかったけど、こういう時はそうするんじゃないの?」
ナコトは立花を睨む。それが気に食わなくて、立花はナコトを強く見据える。
黄衣ナコトは立花真が気に入らないが、彼女の刀を振る才能、モノを切る能力は認めている。自分では倒せないモノですら、立花は何も思わず、何も感じずに切り捨てるのだろう。犬のように媚びた瞳で、誰よりもまっすぐに気持ちを届けられるのだろう。羨ましくて、でも、決して欲しくない。自分は自分なのだから、他人と違って当然だった。
立花真は黄衣ナコトが気に入らないが、彼女の魔を操る才能、モノを考える能力は認めている。自分では敵わないモノにすら、ナコトは鼻歌交じりでやってのけるのだろう。尖った空気で、言葉で、でも、不器用で。だから、誰に対してでもまっすぐな気持ちを届けられるのだろう。少しだけ妬ましくて、眩しくて。
「じゃあ、後にとっとこうか」
「気が向いたら、手、貸してあげますよ」
正反対。対照的。凸凹。表裏。白と黒のセーラー服が、同じ方向を向いた。
姫は頭を抱える。結局、魔女はどこまでいっても魔女なのだ。相手を侮る事で、またも窮地に立たされている。
立花を呼ぶ際、人数に関しての指定は行わなかった。それは協力者、ヴィヴィアンの指示であり、逆らえなかったのである。姫も苦戦するとは思っていなかった。どんな勤務外がやってこようと、湖の貴婦人に触れる事さえ許されない。掻き回されるにしても想定の範囲内、充分に戦況を展開出来る。そう思っていたのだ。が、立花の協力者を甘く見過ぎていた。
黄衣ナコト。彼女の力を見誤っていた。学校に現れた時とは違う。魔導書を手にし、魔術を行使し、あまつさえヴィヴィアンにダメージを与えた。彼女に、触れたのである。
「……話が違うじゃないですか」
ぼそりと、まるで恨み言のように姫は呟いた。ヴィヴィアンは何も言わず、彼女を見ず、バイアクヘーが去っていった方を見つめている。
「うーん、『図書館』が予想以上だったかねえ。魔導書持ちなんて、ありゃ詐欺だよ、詐欺」
「本当に、あいつを殺せるんですか」
「ヴィヴィアンには期待しちゃ駄目だよ。あの人はもう……ま、どっちにしろ『図書館』の嬢ちゃんを任せる手筈さ。あたしらは立花を仕留めりゃあ良い。何も変わっちゃいない。だろ?」
既に、ヴィヴィアンは姫の未来に、姫自体から興味をなくしていた。彼女がどうなろうと、湖の貴婦人は何も思わない。ヴィヴィアンは『黄衣の王』を持つナコトに強い興味を示している。その事実が姫を苛立たせていた。
「馬鹿だねえ、焦らなくて良いんだよ。あたしらは魔女さ、構えてりゃ良い。あの子たちも疲れてる、骨どもはまだ出せるんだろ」
代わり映えのしない人海戦術、ヴィヴィアンはあてに出来ない。姫が焦るのも無理はないと言えよう。が、ランダは気楽そうに口を開いた。
「あんたが望んだ戦いだよ。あたしらがしゃしゃり出たって仕方ない。『館』に招き入れたのがあんたなら、締め出すのも自分で決めるんだね」
姫は頷く。納得いかない部分もあったが、やる事は変わらない。
「ああ、おいでなすった」
ランダが砂地に手を触れる。姫もそれに倣い、青と赤、二つの色が光輝を放った。