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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
タロス
176/328

それでも彼を思っている



 ノックを四度しなければ神経質な上司は怒りを露わにする。くだらないと思いつつ、それでも上司の機嫌を損ねる意味はない。天津は息を吐き、ドアを叩いた。返事はないが、彼はきっとてぐすね引いて待ち構えているのだろう。

「失礼します」

 形だけの言葉だが、これも口にしなければ彼は怒る。オンリーワン近畿支部、技術部の長である神経質な老人が。

「そろそろ来ると思っていたよ」

 車椅子に乗った大柄な老人が笑みを作る。しわがれた声が天津の耳の内にじっとりと絡み付いた。

「加治さん、実は……」

「いや、大体なら分かっているよ」

 加治と呼ばれた老人はくつくつと笑い、傍らの秘書らしき女性に顔を向ける。

 秘書、らしき、である。女性の格好は公の場には相応しくないものであった。メイド服を着た彼女に、天津は気付かれないように嫌悪する。

 メイド服はメイド服でも、女性の着ているものはフレンチメイドと呼ばれる種類のそれであった。ノースリーブにマイクロミニ。機能性よりもデザインを追求したものであり、天津から言わせればこれはメイドであってメイドではない。

 何よりも、これは加治の趣味が悪いと天津は睨んでいる。いい年をした老人が若い女性を侍らすようにしているのは、見ていて気持ちの良いものではなかった。

「アレが暴走したのだろう。いや、良く治めてくれた」

 加治は執務机に手を乗せて、天津をじっと見据える。

「全く、予想通りではあるが」

「予想通り、ですか?」

「予定通りかな。似たような意味だから、どちらを取ってもらっても構わんがね」

 背筋に嫌なものが伝った。天津は唾を飲み下し、加治を見返す。

「アレを破壊する事によって、技術部の声も通りやすくなるだろう。しかし気付かなかったかな、この加治が手を加えたと知ったなら、アレの踵を狙えば良かったものを」

「どういう意味ですか?」

「君ほどの聡明な男が気付いていない筈はあるまい。誤解を恐れず単刀直入に言えば、アレの暴走は仕組まれたものだったのだよ」

 何が、誤解だ。天津は俯き、歯を食い縛る。

「誰が仕組んだものとは言えんが、既にアレはギリシャ神話のタロスとなり掛けていたのだろうなあ。勿体ない。あるいは、君たちが良くやったと言うべきか」

「ええ、本当に。流石はお姉さま」

 くすくすと、加治の傍に立つ女性が笑った。

「おお、パァラもそう思うかね」

「ええ、マスター」

 パァラと呼ばれた明るい茶髪の女性は、一頻り笑ってから天津に視線を向ける。彼はその視線を受ける事なく、加治を見据えた。

「つまり、あなたの仕業だと?」

「あなたとは。この加治に対して、随分と他人行儀じゃないか」

「茶化さないでもらえませんか。今の話が本当なら、あなたは全て仕組んでいて、分かっていて黙って見ていた事になる」

 自分たちの行為は、とんでもなく馬鹿げたものになる。技術部だけでなく、医療部や何も知らない勤務外までもを巻き込んだ茶番劇だ。開幕を告げたのが他ならぬ自身の上司だと言うのなら、これ以上の屈辱はない。

「いやいや、私ではないよ。誰もそんな事を口にしておらんではないか。滅多な事を口にしては、何が起こるか分からんよ、天津君」

「加治さん、あなたは……っ!」

「――――天津君」

 加治は目を細めて、天津を見遣った。

「君はこの加治を敵に回すつもりかね?」

 瞬間、パァラが懐に手を入れる。彼女の視線は天津を捉え続けており、室内には剣呑な雰囲気が立ち込めた。

 ぴんと張り詰めた空気の中で、天津はゆっくりと息を吐く。

「……いえ、まさか」

「うん、だろうね。部下からすれば、上司は神にも等しい存在だ。発言には充分気を払いたまえ」

 天津は低頭し、彼に背を向けた。



 加治の部屋を出た後、天津はロビーに向かった。そこには、片付けられていないコンクリートの破片や、対物ライフルの残骸が散らばったままである。ソレが破壊されてから数時間、陽は暮れ掛けて、橙色の光がここには差し込んでいた。

「主任、どうでした?」

 声を掛けられて振り向くと、額に大袈裟とも言える絆創膏を貼られた男がいる。彼は技術部の者で、先の戦闘で一番軽傷で済んだ者でもあった。

「どうって、何がだい?」

「加治さんのところに行ってたんでしょ。あの爺さん、何か言ってました?」

「……仮にも上司で。仮にも僕たちは社会人なんだから、言葉遣いには気を付けようよ」

「あー、つい」と、男は悪びれた様子を見せずに笑む。

「で、どうなんですか」

「特には何も。これからも頑張ってくれ、だってさ」

「なんすか、そりゃ」

 天津は苦笑し、転がっていた一人掛けのソファを起こし、そこに座った。

「それより、皆はちゃんと病院に行ったんだろうね?」

「炉辺さん率いる医療部に睨まれちゃあ行かざるを得ませんよ」

「ああ、あの人は案外押しが強いから」

 ふと、天津は部下の絆創膏に目を向ける。

「君さあ、まだ病院に行ってないだろ。と、言うか、他の奴も行ってないと見たね」

「は、いや、まさか。主任にはこの絆創膏が目に入らないんですか」

 目に入るからこそ、どうにもわざとらしく思えて仕方がない。

「ふうん。ああ、そう言えば七号はどうなったんだい?」

「医療部んところです」

「医療部の?」 と、天津は目を丸くさせた。

「ほら、あの勤務外が倒れちゃって。七号は彼の見舞いに」

 随分と変わったものである。男児よりも女児の成長の方が早いとは聞くが、と。天津は的外れな事を考えて苦笑、

「……見舞いだって?」

 しなかった。彼は眉根を寄せて、男を睨む。

「何かおかしいところでも?」

 おかしいところしかない。ソレを破壊した後のナナは、他者を見舞えるほどの状態ではなかった。一刻も早い修理が必要だったのである。察した天津は、ソファに体を預けて、力なく笑った。

「まあ、皆が無事ならそれで良いさ」

 今は神を敵に回す事は出来ない。だが、自分たちを弄んだ報いは、いつか必ず受けてもらう。受けさせる。だから、今だけは、ゆっくりと休みたい。



 真っ白い壁に、天井。汚れ一つないシーツに、枕。

 目を開けた一は、ここはどこだと体を起こす。

「お目覚めになりましたか、マスター」

 未だ寝ぼけ眼の一に声を掛けるのは、ベッドの傍の丸椅子に座るナナだ。彼女はフルリムの眼鏡の位置を押し上げて、静かに微笑む。

「……ナナ? ここ、どこ?」

「支部の中にある医療部の一室です。マスターが倒れてしまいましたから、ここにお連れしました」

 どうやら、本当に自分はナナの足を引っ張っただけで終わったらしい。一は溜め息を吐いて、もう一度枕に後頭部を預ける。

「悪い。結局、邪魔しただけだったな」

「いいえ、マスターがいなければ、私も、技術部の皆さんも無事ではいられなかったでしょう。全て、あなたのお陰です」

「言い過ぎ。あ、それより、シルフは?」

「……風の精霊なら」

 一は不思議そうに目を細める。何故だか、シルフの話題を出した途端、ナナの機嫌が悪くなったように思えたからだ。

「マスターの無事を確認した後、どこかへ飛び立ってしまいました。申し訳ございません、お引止めしていれば……」

「ああ、良いよ良いよ。多分、あいつはそういうの嫌がりそうだし」

 満足に礼も言えないまま、今度はいつ、どこでシルフと出会えるのか。一の気はますます重くなってしまう。

「やはり、まだ、お体の調子が……?」

「あ、いいや、思ってたよりも良いかな。動いたから汗かいて、熱が引いちゃったのかもしんない」

「そうですか?」

 ナナは顔を近付けて、一の目をじっと覗き込んだ。彼は驚いて、しかし身動きが取れないので彼女のなすがままである。

「なるほど、嘘を吐いているようには見えませんね」

「えっ、分かるのか?」

「いいえ」と、ナナは口元を緩める。

「冗談です。ですが、先よりも顔色は良くなっているように見受けられます」

 くすくすと、ころころと、表情を変えるナナは、まるで童女のようだった。一は思わず、彼女の笑顔に見とれてしまう。

「何か、ナナ……」言い掛けて、一は止めた。しかし、ナナは彼の続きを予想していたようで、ゆっくりと口を開く。

「人間みたい、でしたか?」

 見事に言い当てられて、一は困ったような顔になった。

「構いません。私が何者であろうと、ソレを倒す事さえ出来れば……」

「……俺は、そういうつもりで言おうとしたんじゃなくて……」

「……それから」

 ナナは言葉を区切り、微笑む。

「マスターの傍にいられるのなら、人形でも構いません」

 言葉に詰まった。一は何も言えず、ただ目を泳がせる。まっすぐに見つめられ、まっすぐに向けられた気持ちが心地悪く、恥ずかしく、それでいて妙に気分が良かった。

「あ、あのさ。さっきから気になってたんだけど」

「はい」

「マスターって、もしかして。ああ、いや、勘違いだったらごめん。マスターって、俺の事?」

「はい」

 即答され、一は頭に手を遣る。

「当然です。一さんは、ナナのマスターですから」

「当然、なんだ」

「それはもう」

「あー、でもさ、昼に会った時はそうでもなかったような……」

「ご迷惑ですか?」

 ――――ずっ……!

「一さんは、私がマスターと呼ぶのを迷惑に思っているのでしょうか?」

「全然」

 ――――ずるくねえ!?

「全然迷惑じゃないよ。ただ、驚いただけだから」

「良かった」と、ナナは心底から安堵したように呟いた。彼女の変わりように一は目を丸くさせて、目を泳がせて、それでも流されてしまうのだろうと思った。

「あ、マスター、一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「……あっ、ああ、良いけど」

 一は間を空けて答える。自分がマスターだと呼ばれている事実を改めて確認、自覚していても、まだこそばゆい。いつになったら慣れるのだろうと思うより先、いつになったらナナが飽きるのだろうと、そう思う。

「私がソレを破壊したところをご覧になりましたか?」

 残念ながら見ていない。あの時、ナナが何か物騒なものを手に姿を見せたと同時、一は意識を手放してしまったのだ。

「かっこ良かったよ」

「ふふ、マスターは嘘吐きです。実は、新しいアタッチメントを天津さん……技術部の主任を務めている方から頂いたのです」

「ああ、そいつを使ってやっつけたのか。何か、でっかい銃みたいな奴で」

「見た目だけはそれらしいのですけれど。銃のようで、銃ではないのです。アレは、男の浪漫だそうですよ」

 男の浪漫なら既に見ている。感じている。一は満足げに頷いた。

「今は壊れてしまって、技術部の方たちが新しいものに作り変えているとおっしゃっていました。名前は、一途と言います」

「一途……? えっと、武器の名前?」

「はい」と、何故か、ナナは嬉しそうに相槌を打つ。

「一途です」

「あ、ああ、そうなんだ。一途、なんだ」

「はい、一途ですから」

 噛み合っているようで、実はどこかちぐはぐな会話だと一は心のどこかで思った。が、あえて口にはすまい。と言うか口にするのが怖かった。

「ん。んん、じゃ、俺はそろそろ帰るよ」

「そうですね。陽も落ちてきましたから」

「あ、店長には何て言おう。店に行った方が良いのかな」

「ご心配なく。既に私が報告を済ませておきました。『ご苦労。堀が来たからお前らは休んで良し』との事です」

 手回しの良い事だと感心しながら、一は体を起こしてベッドから降りる。

「ナナはどうするんだ?」

「勿論、マスターが帰られるのなら私も帰ります」

「そっか。じゃあ、また今度な」

 知らない場所だが、適当にうろつけば帰れるだろう。少し不安になりながらも、一はドアに向かって歩き出す。ナナが後ろから付いてくるのが見えたのだが、彼女も途中まで一緒に行くのだろうと、彼は特に気にしなかった。

 が、ドアを開け、廊下に出て、階段を下り、右往左往してロビーに出て、ナナが技術部の者と会話して、自分と一緒に外へ出てくるところで、一はようやく気が付いたのである。

「……気のせいか、俺に付いてきてないか?」

「いえ、誰も私たちの後を付ける者はいません」

「たちって。いや、じゃなくて。ナナが、俺に付いてきてるって事を尋ねたんだけど」

「マスター、何故そのような事を尋ねるのでしょうか? ナナには良く分かりません」

 一は頭を抱えた。嫌な予感と言うものは、やはり往々にして的中するものである。

「分かった。じゃあ改めて聞く。どうして、俺に付いて来るんだ?」

「一さんがマスターで、私がメイドだからです。メイドたるものが主人の傍に控えていないで、どうして奉仕出来ましょうか」

「いや、大丈夫。しなくて良い」

「いえ、します」

 きらりと、ナナの眼が光った。ように、一には見えた。

「まさか家まで来る気か?」

「行きます」

「……来なくて良い」

「行きます」

 一言一句はっきりしっかり区切って声を発したナナは、眼鏡の位置を押し上げる。

「マスターは病み上がりなのですから、誰かが傍に付いていないと危険なのです」

「本当に大丈夫だからっ」

心配なんです(・・・・・・)

「なっ……!」

 まさか、ナナからその言葉が聞けるとは。一は絶句し、彼女の顔をまじまじと見つめた。

「何か、おかしな事でも?」

「あ、いや、別に」

「では参りましょう」

「参らない。それとこれとは話が別だ」

 一は早足で歩き出す。が、ナナは悠々と彼の隣に並んだ。

「マスター、私とマスターでは身体能力のスペックに大きな差が開いています。それはもう、改めてお教えする事はないかと思いますが。それでも申し上げるなら蟻と象。いえ、月とすっぽん。いえ、量産型モビルスーツと黒歴史のアレぐらいの差が……とにかく、マスターが私を振り切る事は不可能でしょう。そして、力ずくで逃走を図るのも諦めた方が合理的かと。何と言ってもマスターは貧弱極まりないのですから。それとも、歴然とした力の差を理解した上で私をお止めになりますか?」

「なるよ!」

「では私は乙女になります」

「うわあ! ナナが壊れちゃった!」

「む。幾らマスターと言えども聞き捨てなりません。さあ、私が速やかな奉仕を行えるように鍵をお渡しください」

 ナナが差し伸べた手を無視して、一は立ち止まる。

「……どこが、メイドだ」

「私に到らないところがございましたら、すぐに、何なりとお申し付けください。カイゼンは日本の誇る技術のモットーですから」

「到り過ぎてて至らない」

「申し訳ございませんマスター。マスターのおっしゃっている事が良く分かりません」

 笑顔で告げるナナに、一は苦笑いで返した。

「はあ、なるほど。今まで気付かなかったよ、随分とまあ、良い性格じゃねえか」

「お褒め頂き、光栄です。身に余る……」

「ああ、もう。とにかく、駄目。駄目だからな」

「頑なですね」

「お前もな」

 一とナナは暫くの間、お互いを見つめ――――睨み合う。

 が、先に折れたのはナナの方だった。彼女は眼鏡のつるに手を当てて、やれやれと言った風に、やけに人間臭い所作で息を吐く。

「では、せめて夕食だけでも作らせてはいただけないでしょうか。……それが聞き届けられないのであれば、私は……」

「おい。おい、止めろ。掌を閉じたり開いたりするな。分かった、分かったよ。晩御飯だけだぞ。それだけだからな」

「ありがとうございます」

 綺麗な角度でお辞儀すると、ナナは幸せそうな笑みを見せた。

「さあ一さん、まいりましょー」

 言いつつ、ナナは一の後ろを歩き続ける。さっきまではそんな素振りを一切見せなかったというのに、マスター(・・・・)の隣に並ぶ事を遠慮しているのだろうか。彼はその、いかにもな態度が気に入らなくて、あまりにもいじらしく思えて、

「ほら、メイドなんだから、ご主人の手ぇぐらい握ってエスコートしろよ」

「……それは、メイドの領分ではないのですが」

 彼女に、手を差し出した。



まずは、やれば出来るものですね。8日間連続で更新出来たのは初めてではないでしょうか。その間、多くの方がこいつを読んでくださったらしく、非常に嬉しく、有難く思っております。ありがとうございます。


サブタイトルはもっとメイドっぽいモノから持ってこようと思ったのですが、タイトルがどうしようもないモノが多かったので、使いづらかったのが悔やまれます。


銃火器を上手く書ける人は素直に尊敬出来ます。と言うかします。いや、実に難しい。なんて言い訳ではないですけれど。


前話で終わらせても良いかと思ったのですが、割といけたので最後の更新完了です。次章は泣き虫の女子高校生がメインになるかと思います。出来ましたらまた、お付き合いください。

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