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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
タロス
173/328

コッペリアパーティ



「遅いっ」

「悪い悪い、さ、次はオンリーワンの支部だってよ」

 全く悪びれた様子を見せない一に、シルフは気を悪くした。

「オマエさ、シルフ様に悪いなーとか思ってないのかよ」

「へ? 思ってるよ」

「おっ、思ってるなら、何かあるんじゃないのか」

 何かとは何だろうサムシング。一は首を傾げて、シルフを訝しげに見遣った。

「ごめんなさいの印だよ。シルフ様はすっげーエライ風のせーれーなんだぜ」

「はあ、つまり何かよこせとおっしゃいますか」

「おっしゃる! お菓子で良いよ、お菓子で」

「安っぽい奴だな」

 ぼそりと呟く一を、シルフはぎらりと睨み付ける。

「……シルフ様はお菓子で良いって言ってんだ。オマエが悪いって思ってる、その気持ちを物に変えるのが、いやっ、違うな、変えようって気持ちが大事なんじゃないのかよ」

「じゃあお菓子じゃなくても良いんだな?」

「うっ、いや、そーゆーわけじゃないような……」

 目を泳がせるシルフを見て、一は腕を組む。思えば、彼女には随分と世話になっていた。果たして菓子程度の物で許されるのだろうか、許されても良いのかと、彼は考えてみる。

「悪いけど、今は我慢してくれ。終わったら、そうだな、何かやるよ」

「何かって何さ?」

「……まあ、楽しみにしててくれ」

「ケーキとかが良いなー!」



 天津の号令に応じて対物ライフルが振動し、凶暴な咆哮を上げる。建物内の人間は耳を塞ぎ、サポートに来ていた医療部の者は身をも震わせた。

 弾丸はソレの額に当たり、しかしソレが頭を上げた直後に上空へと弾き返されてしまう。恐るべき性能で、こんなものを野放しにしている自分たちを、天津は強く恥じた。

 しかし、予想通り。悲しいかな予定通り。

「ソレの右を狙ってっ」

 ソレの注意を引き付ける囮を買って出た天津。彼が建物の外に飛び出すより先、技術部の人間数名が拳銃の引き金を引く。尤も、彼らの標的はソレではない。そのすぐ傍の地面である。

 ソレが、着弾した音に気を取られたのを確認して天津が駆け出した。

「ぼ、く、ガ……」

 外にいる人間。つまりは外敵、侵入者。ソレは天津の姿を認め、掴んだままのナナを一瞥する。手を離せと、その様子を見ていた者たちは祈った。

 果たして、その祈りが通じたのか定かではない。祈りを聞き届ける神がいるかどうか定かではないのだ。しかし、ソレはナナを手放している。彼女を捨てたのは移動の、新たな侵入者を捕獲するのに邪魔になったからだろう。あるいは、動かないナナからは脅威を感じなかったのかもしれない。

「分かっているね!」

 近付いてくるソレから距離を取り、天津は待機している者たちに向かって叫んだ。

 ソレは首を巡らし、猫背になって歩き出す。天津はソレとナナとの間隔を開ける為、更に後方へと下がっていった。

「タロウっ、どうした、君の任務は侵入者の排除だろう!?」

「まず、タア……?」

「そうだ、僕を捕まえてみせろ」

 天津はソレの後ろ、うつ伏せで倒れているナナに目を向ける。距離はもう充分に稼いだ。ならば――――。

 ナナの救出に当たっていた技術部の三名が、遂に覚悟を決めた。彼らはソレに気付かれないように、足音を殺して外に出ていく。ソレとの距離は十メートル弱。これ以上待てばソレを挟んで孤立している天津の帰還は難しくなり、ソレがここから離れてしまうかもしれないのだ。ソレがオンリーワンの者しかいない支部の周辺を離れ、一般に被害を与えるような事は許されない。

「七号、起きてくれっ」

「駄目だ、先に中へ運ぶんだよ」

「……重……っ」

 頭、胴、足。三人がかりでナナを持ち上げて運ぼうとするが、素早くは移動出来ない。

「主任は?」

 問われ、ナナの足を持っていた男が天津の様子を確認する。

「まだ無事だよ。タロウの足が遅いお陰だな」

「……何だかんだで起動したばかりだ。体の動かし方を分かっていないんだろう。急ごう、それもいつまで続くか分からない」



 体が持ち上がった感覚にナナは目を開ける。閉じていた瞼は妙に重く、開いた時、陽光がやけに眩しく感じられた。

 自分を運んでいるのは三人の男、生みの親の技術部の人間である。そう認識した瞬間、ナナの体から力が抜けた。一体、自分は何をやっているのだろう、と。ソレを打倒するべく生まれ、人を守護し、人に奉仕する為に作られたモノが人に救われている。彼女は自由になっていた両腕をだらりとぶら下げ、僅かに首の位置を動かした。

「七号……? 目が覚めたのか?」

 目なら最初から覚めている。人形の自分が眠る事などない。死ぬ事もない。本来なら、命令を無視して倒れたままというのも有り得ない。

 ――――そう作ったのはあなたたちでしょう。

「……申し訳、ございません」

「良いから、気にしないで」

「ほら、支部の中は安全だから」

 ようやくになってナナが下ろされたのは、ロビーの床だ。そこには彼女の帰還を待ち望んでいた者が多くおり、喝采を上げ、あるいは安堵の息を漏らす者もいる。それら全ての人間を見回し、ナナは俯いた。

「ナナちゃん、怪我はない? 大丈夫?」

「私はオートマータですから怪我をしません。問題、ありません」

 駆け寄ってきた炉辺を一瞥し、ナナは素っ気なく返答する。

「まだ、戦うの?」

 それが任務だ。それが意義だ。それだけが許可されているのだ。ナナは立ち上がり、支部の外を見遣る。

「当然です。私はその為に作られましたから。……それより、何故天津さんが外におられるのですか」

「君を助ける為、引いては、自分たちが助かる為だよ。七号、本当に戦えるのかい?」

「整備、調整は不要です。このまま行きます。このままで行けます」

 背を向けるナナに、彼女を運んできた技術部の男は疑いの視線を向ける。

「じゃあ、どうして倒れていたんだ。どうして動かなかった。何か不都合があったんじゃないのかい?」

「……スラスター。脚部に、違和感を覚えました」

「そう、なのか。今は?」

「何一つ問題ありません。では、ナナは任務に復帰します」

 嘘を吐いた。どうしてなのか、ナナには分からない。そも、どうして動かなかったのか、抵抗しなかったのか、それすらも分からないのだから。

「……済まない、七号。こんな事になってしまって」

「お気になさらず」

「君に与えられる策も武器もない。許してくれ、僕たちは……」

「お気になさらず」

 そう、彼らは、人間は無力だ。しかし人間は無知ではない。自分たちが無力だと知っていたから、力のあるモノを作った。自分を、生んだ。人間には出来ない、やりたくない事をさせる為に。ソレと戦わせる為に。ソレを殺す為に。ソレに壊されても構わないように、人形を作ったのである。

 恨みはしていない。呪いはしていない。嫉みも、嫉みも、辛みも苦しみも。全て出来ない。自分には許されていないのだから。

 人形である為に人形を壊す。自身の存在を確かめる為に他者の存在をこの世から――――。



「何か、出来ないのか」

 呟き、男は座り込む。ソレに向かうナナの背を見て、彼は涙を堪えた。……あまりにも、その後ろ姿が悲しいものに見えてしまう。

 ナナは人形だ。しかし、男にはどうしてもそう思えないのである。

「何か、他に装備はなかったか……?」

「七号は手持ちを使い切ってるし、ソレには効果もなかった。無理だよ、他のアタッチメントにも、奴の装甲を貫けそうなものなんか……」

 ――――本当に何もないのか?

 ならば、自分たちはどうしようもない役立たずでしかない。ソレに対抗する為に作ったモノが、ソレよりも厄介なモノになっている。

「俺たちは、何をやってたんだ。何を作ってきたんだよっ!」

 男は叫ぶ。自分たちは人間を苦しめる為に技術部を名乗っているのではない、と。

「違うだろ! そうじゃない、俺たちにはまだ何か残ってる! 倉庫掻き回してっ、それでも何もないなら何か作るんだよ!」

「……けど、今からじゃあ……」

「――――そんな事分かってるんだよ!」

 倉庫を探しても何も見つからないだろう。もう遅い。何を叫んだところで時間は戻らない。遊びでやってきた訳ではなかった。しかし、何も思いつかないのである。男にはもう、声を荒げる事しか残っていなかった。

「いや、あるんじゃないか」

 口を開いた者を全員が注視する。まるで、神様でも見るような、胡散臭い目付きで。

「確か、七号の開発初期に凍結させた装備があった筈だ。……使い物にならないって理由でな」

「使い物にって……」

「使いどころが見つからなかったんだよ。七号の汎用性とは掛け離れたアタッチメントだったからな」

「そんなものあったのか?」

 皆が顔を見合わせる中、思い出したように手を打つ男が一人。

「……そうだ、主任だ」

「主任、だって? まさか、あの人勝手に……」

「ああっ」と、別の男が声を上げる。彼はしてやられたとでも言いたげに拳を握り締めた。

「開発費だよっ。ほら、やけに金が飛んでった月があったじゃないか。しかも用途不明だって上からめちゃめちゃ怒られたアレ」

 一同がその日を思い出す。実に理不尽で唐突な災難を。

「そうか、あの金は主任が趣味に使っていたのか……あの野郎」

「ま、まあ、そのお陰でどうにかなるかもしれないんだし」

「しかし開発はどこまで進んでいるんだ? 既に完成しているんだろうな。と言うか、そんなものどこに隠してあるんだ?」

「主任を呼び戻すしかないみたいだね。……どうしようか」



 天津に気を取られているソレの背後に立つのは容易だ。問題はそのあと、いかにダメージを与えるかである。ナナにはソレに通用する武装がない。

「……やはり、やる事は一つですか」

 さっきから何一つとして変わっていない。この拳を以て、壊し壊されるしかないのだ。

「七号っ」

 天津が叫び、ナナは駆け出す。ソレの頭部に飛び掛かり、全体重を両膝に乗せた。それでも、敵はびくともしない。

「お、マエ……」

 ソレが腕を振り回す。ナナは意に介さず、ソレの頭髪を掴んだまま膝を叩き込み続けた。不安定な姿勢ながら、彼女は尚も攻撃を止めようとしない。

「七号無事なのか!?」

「私は問題ありません。天津さんは早く支部にっ」

 天津は頷き、ソレの脇を抜けようとする。が、

「……っ、いけません!」

 ソレはナナを振りほどき、天津を追った。さっきまでの鈍重な動きとは違う。ぎこちなかった動作は消え失せ、それが本来の動きだと言わんばかりに、軽やかに。

「伏せてくださいっ」

 ナナの指示に従い、天津はその場に倒れ込む。瞬間、彼の頭上を凄まじい音と風圧が通り抜けた。ソレが天津を払おうと腕を振ったのである。

 尚も、ソレは止まらない。

「しンにゅシャ、ここ、だメ」

「タロウ……!」

 天津が自分を生み出した者だと気付いてはいないのだろう。ソレは腕を大きく振り上げ、下ろす。

「あなたはぁぁあ!」

 ナナが天津を庇うべく彼の前に立ち、下ろされた腕を受け止めた。衝撃で彼女の足元にあるコンクリートがひび割れる。

「か、完全に起動しつつあるんだ。これがタロウの、本当の……」

「早く逃げてください!」

 しかし、天津は立ち上がらない。自分たちが生み出したモノの力に見惚れてしまっている。無力な自分は、強力なモノを作れるのだと、そう思ってしまった。

「……持た、ない」

 既にナナの頭は下がりつつある。彼女の力なら押し退けるのは簡単だ。だが、天津がいる。彼を逃がすまではこの状況を維持し続ける必要があった。

「オマえ、にてる」

 ソレが不意に口を開く。ナナはその意味を捉えられない。

「オまエ、ボクと、そっくリ」

 顔を上げると、笑っていた。ソレは、にいいと口角を上げて目を細めている。

「ちっ、ちが……」

 ソレが力を込める。ナナはその力に付いていけず、膝を曲げる事でどうにか耐えていた。

「ボクとおナじ、オマえ、ニンゲンジャアない」

「ちが……」

「おマエ、ぼクの、なかマ」

「違うっ」

 力を込める。押し退けろ。ぶち壊せ。自らが壊れても構わない、動けなくなっても知るものか。ナナはソレの拳を少しずつ持ち上げていく。

「私とあなたは違う……っ!」

「オナじ……」

「私はあなたとは違う!」

 ソレの巨躯が宙に浮いた。ナナは彼の腹部に強烈な掌底を両の手で見舞う。短く呻き、ソレは地面を転がった。

 ナナは、惚けていた天津の手を取って無理矢理に立ち上がらせる。

「早く、中へ」

「あ、ああ……」

 走り出す天津とソレの間に立ち、ナナは起き上がろうとする敵を見据えた。ダメージなどない。ただ、吹き飛んだだけなのである。しかし、これで誰かを気にしないで済む。何も気にせず、戦闘にだけ集中出来るのだ。

「スペックは互角、でしたか。……どうやら本当に、仕掛けるなら自滅承知の、超マジ(・・・)なアタックしかないようですね」

 両足を地に、踏み均すように、踏み砕くように叩きつける。両腕を上げ、ソレの姿を正面に捉えた。



 戻ってきた天津にはささやかな罵声と非難が待っていた。彼は訳が分からず、部下たちに囲まれて弁解を試みる。

「いっ、いきなり何を! 君たちは!」

「さっさと出してくださいよっ、あなたがこそこそと遊んでたのは知ってるんだから!」

「何をだっ」

「こっちがそれを聞いてるんです!」

 噛み合わない会話に辟易としながらも、天津は囲みを抜け出した。

「何を出せと言うんだ……」

「七号の武器ですよ。あるんでしょう」

 はてと天津は首を傾げる。

「この期に及んでっ、しらばっくれ出来る場面ではないでしょうが!」

「凍結させてた七号のアタッチメント! その開発費で俺たちがキレられたのを忘れてんのかコラ!」

 迫られて、天津はようやく思い出した。

「あー、そういえば……」

「てめえふざけんなや!」

「だっ、だってあの頃は加治さんのヘンタイな発明に付き合わされて……ええいっ、忘れていたんだから仕方がないじゃないか!」

「逆切れしてんじゃないぞ! このクズが!」

「そうだネクラ!」

「早く主任を辞めろ!」

 どさくさ紛れのただの悪口にも触れられないで、天津は段々と壁際に追い遣られていく。

「分かったっ、分かったよ! 持ってくるから! だからもう責めないでくれ!」

「完成してるんだろうな!」

「あ、いや、まだ調整とか……」

「ノロマがっ」

「そんなだから結婚出来ないんだぞ!」

「僕は技術と結婚するんだっ」

「技術どころかネジにすら嫌われてんだよあんたは!」

「給料泥棒!」

 炉辺が止めに入るまで、天津は罵られ続けていたという。



 火花が散る。視界を横切るそれは標的の顔を一瞬間だけ隠した。攻撃を繰り出すのに声を放つ必要はない。ただ、人間なら思いを乗せて、届かせる為に、貫く為に叫ぶのだろう。だから、自分には必要ない。

 ソレの繰り出す拳に合わせて、自らの拳をぶつけていく。がきりと音が鳴り、聴覚を騒がせた。お互いにダメージはない。黙々と攻撃を交換して少しずつ装甲を削っていく。並のソレなら、普通の人間ならとっくに息絶えていてもおかしくない攻防は尚も続いた。両者は決定打を与えられないまま、足をその場に縫い付けるかのように、立ち止まって攻撃を繰り返す。防御はしない。回避はしない。愚直に、機械的に、悪魔的に淡々とした殴り合い。ペースは乱れず、常に一定の速度で攻撃を続ける。

 ナナは一度だけ支部に視線を遣った。これが望みなのだろうと、技術部の者を見遣った。彼らはこの為に、これだけの為に自分を、自分たち人形を作ったのである。戦っている間は、自分でいられるのかもしれない。彼女はソレを見つめて、相手の腹を殴り付けた。その後、頭部を殴り付けられる。見ているだけで気が狂いそうになる戦闘をナナたちは止めなかった。止められないのである。

 敵を倒せと、組み込まれた、埋め込まれた何かが騒ぐのだ。そうしろと、そうしなければ、自分ではないのだと。

 右腕で腹を、返す刀で頬を殴り付ける。甲高い音が響き、ソレの装甲が僅かに削られた。

 重い一撃を額で受け止める形になり、ナナはソレを睨み付ける。彼女は相手の顎を下から打ち上げた。ソレの顔が跳ね上がり、向こうの攻撃が止まる。

 ナナは一歩踏み出し、ソレの胸元を、後退りする標的の腹部を叩いた。

 ソレは片膝を着き、ナナを見る。彼女は腕を振り上げてその顔面を打ち下ろした。

 何度も、何度も、何度も。

 一気呵成に攻め立てるナナだが、彼女はソレの不可解な行動を認めて動きを止めた。

 ソレは反撃を試みずに、コンクリートに手を当てている。指を立て、力を込めている。何をとは問うまい。ソレが腕を上げ指を引き抜くと、彼の五指には刳り貫かれたコンクリートが突き刺さっていた。

 それを、投げる。

 ソレの狙いはナナではない。支部だ。苦し紛れに繰り出した攻撃なのか、それとも計算して割り出した攻撃なのかは定かではない。

 が、見過ごせない。敵の目論みに気付いた彼女は体を投げ出す。ソレが投げ付けたコンクリートの塊を真正面から食らい、ナナは地面を転がった。砕けたコンクリートが降り注ぎ、彼女を容赦なく打ちのめす。次いで、ソレが走り出す。彼は足を高く上げ、倒れているナナを踏み付けた。

「この……っ」

 脱出しようともがくが、体重差はいかんともしがたい。

「ボく……うれシい、ながま、でキタ」

「違う、違うっ」

 踏み付けられ、歪んだ顔で微笑み掛けられる。何が仲間だ。ナナは頭を振り、両腕で地面に突っ張った。

「ちがワナい」

 ソレは体勢を低くし、地面を殴り付ける。彼が腕を、指を引き上げると、先と同じようにコンクリートの塊が引き抜かれていた。

「……あなた、まさか……」

 ナナの問いに答えず、ソレは無造作に腕を振る。

 そこには、親がいる筈だ。自身を生み出したモノがいる。だと言うのに、ソレは一切の躊躇なく、支部に向かってコンクリートを投擲した。



「皆無事かっ!?」

 ロビーにいた者たちは投げ込まれたコンクリートに戸惑い、逃げ惑う。技術部の誰かが叫び、全員の無事を確認した。しかし、

「これを狙っていたのか……?」

 放たれたコンクリートの塊は対物ライフルに命中している。下敷きになったそれはもう使えない。

「だとすれば、タロウは俺たちの計算通りに学習している事になるな。……今となっては喜ばしくない事だけど」

「高かったのに、これ。主任が戻ったら泣くかも」

 粉々になったライフルを見つめ、技術部は溜め息を吐いた。

「……主任は?」

「まだ掛かるって。それに、七号がいなきゃ取り付けと調整が終わらないそうだよ」

「いや、それは……」

 起動してから徐々に自身の能力を発揮しつつあるソレ。踏み付けられ逃れられないナナ。先刻と似た状況だが、寸分違わず同じではない。悪化しているのだ。

「タロウの動きが速くなっている、か。くそ、さっきと同じ手がそのまま使えるとは思えないな」

「使ったとして、犠牲者が出ないとも……いや、確実に出るだろうなあ。囮はすぐ捕まりそうだし、気を引かせるライフルもない」

「……けど、七号を戻さなきゃどうにもなんないよ」

 やる事は変わらない。変わるのは難易度、その一点。犠牲を払わなければナナを救出出来ない。

「覚悟なら、出来てる、かな」

「まだやりてえ事とかあったんだけどなあ」

「死ぬと決まった訳じゃない。まだ僕たちにも使えそうな装備はあったろ、集められるだけ集めて……」

「どんなもの持ってきたところで、アレの前じゃあ紙に等しいけどな」

「水を差すなよ。つーか、今更死にたくないなんてナシだろ」

 仕方ない。やらなきゃ駄目。ぶつぶつと呟きながら男たちは歩き出す。

「まあ、体張る機会なんてそうはないよな」

「たまには僕たちもソレと戦わなきゃ陰口叩かれるし」

「いやー、もう遅いだろ。知ってるか、戦闘部の奴らは俺らを嫌ってんだぜ」

「ははっ、何それ、お互い様じゃないか。肝心な時に働かないくせに」

「じゃあ吠え面かかせてやろう。あいつらの内、誰かが戻ったら見せてやるんだ。ぶっ壊したソレの上に乗ってさ、『遅かったな』って」

 男たちは走り出す。医療部の制止を振り切って、無茶はしないでと言う炉辺の声を聞き流して。

「『またくだらんもの作ったのか』とか言われるのがオチと見たね」

「うわーっ、ムカつくなそれ!」

「死にたくねえーっ」

「どうせ七号が駄目なら僕らも死んじゃうんだし、そうでなくとも責任取らされて死ぬような目に遭うかもしんない」

「じゃあ格好良く死のうってか?」

 彼らの目はぎらぎらと輝き、異様な雰囲気を漲らせている。皆、戦いの空気にあてられていた。実際にソレとの戦闘に赴かない技術部にとっては初めて触れたモノなのである。だから、狂った。楽しくなってきた。知っていた。聞いていた。ただ、彼らが見ていないだけで、今までずっとそうだったのに、この異常を、この世界を初めて理解した。そんな気分に浸り、酔っている。

「格好悪いよ。自分らの作ったものに殺されるんだから、ある意味自殺だよね」

「結局何したって駄目じゃん!」

「何もしないより死んだ方が良いだろ」

「死にたくねーって!」

「じゃあついてくるな!」

 オンリーワン近畿支部技術部、今日、ここに居合わせた、居合わせてしまった者全員が走っている。役に立たない装備を持ち出す為に、何も出来ないと分かっていながらソレに立ち向かう為に、だからといって立ち止まれないから死ぬ、その為だけに。



 屋根から屋根へと乗り移る。人目を避けて飛び移る。風が吹き、視界が上下に揺さ振られ、一の三半器官は揺さ振られた。

「……あの、もっとゆっくり」

「はあーっ!?」

 一を後ろから抱きすくめるシルフは彼を睨む。

「ちんたら跳んでられないっつーの。つーかさ、オマエそろそろ慣れろよ」

「いや、無理だろ……」

 人間の体は飛ぶようには出来ていない。空中で生きられるように作られていないのだから、そりゃ、こうなる。むしろ酔ってしかるべきなのだと一は言いたかった。

「へへっ、気持ち良いだろ。オマエってすごい運が良いんだぜ」

 しかし言ったところでどうしようもない。一の生死を握っているのはシルフであり、彼女の機嫌を損ねる事は躊躇われた。

「だって、俺ただでさえ風邪引いてやばいってのに……」

「じゃあ行かなきゃ良いじゃん」

「けどさあ」

「行くって言ったのはオマエだろっ、つべこべうるさい」

 このワガママっ、と付け足され、一は反論する気さえ失う。

「シルフ様を乗り物代わりに使いやがって。罰当たりめ。あーあー、昔は良かったなあ」

「昔?」

「魔術師とか錬金術師とか、昔のニンゲンはさ、シルフ様を超敬って奉ってた訳」

「へー、信じらんねえ。……こんなのに会いたいとか、どうかしてたんだな、昔は」

 ぴたりとシルフの動きが止まる。つまり、一も空中で立ち止まる形になった。

「……落とすぞ」

「ごめん」

「今のニンゲンにはシルフ様への感謝? とか、そーゆーのが足りないと思うんだよなー」

「俺は感謝してるよ」

 シルフは一の顔を覗き込もうとして、咄嗟に顔を逸らす。

「嘘だ」

「嘘じゃねえよ、馬鹿じゃねえの?」

「シルフ様さー、たまに思うんだよな。どうしてオマエみたいな奴の言う事聞いてんのかなーって」

「嫌だったら断れば良いだろ。……と言うか、今回に限っては頼んでねえし」

「は? 頼んだだろ」

 頼んだ覚えはないが一は黙る。

「まあ、アレじゃねえ、友達だからじゃないのか」

「シルフ様と、オマエが? ふん、馬鹿だなオマエ。せーれーってのはすごいんだから、すごくないニンゲンなんかと友達になる訳ないじゃないのさ」

「じゃあ下僕とか」

「ふーん。誰が、誰の?」

「……あー、俺がシルフの、です」

「命拾いしたな」と、シルフは嬉しそうに呟いた。彼女は遠くを見つめ、一をちらりと見遣る。

「やっぱし戦うんだよなーオマエ」

「状況によりけりだよ。俺だって好き好んで死のうとは思わないからな」

「でも、オマエは馬鹿だから」

「悪かったな」

「だから、まあ、シルフ様が付いててやらないと死んじゃうかもしんないし。そしたらお菓子食べられなくなっちゃうし」

 シルフは一の頭に顎を乗せ、目を細めた。

「もうちょっとだけ、助けてやるよ」

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