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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
タロス
172/328

アナログcpu



 オートマータはオンリーワン近畿支部技術部の、技術の粋を集めた最高傑作である。人間より人間らしくをモットーに作り上げられた究極の発明品だ。

 天津は、後悔している。

 そのオートマータを自らの手によって、壊さねばならない事を。

「主任、情報部から連絡来ました」

「首尾はどうだい?」

「二キロ周囲の安全確認、支部周囲の人払い、終わったようです」

「僕たちの首尾は?」

 問われた技術部の男が、口角をつり上げる。

「完全、完璧、完膚なきまでに、です」

 天津は頷き、タロウと、彼に囚われたままのナナに視線を遣った。

「……通用するかな」

「主任、アンチマテリアルライフルの準備出来ました! いつでもいけますよ」

 そちらに目を向けると、巨大な銃が視界に飛び込んでくる。全長は二千ミリメートルを超え、外見は無骨で、複雑そのもの。

「これで駄目なら、もうどうしようもないって代物だね」

 ――――対物(アンチマテリアル)ライフル。

 かつては対戦車ライフルとも呼ばれた大型の銃だ。対物ライフルは大口径弾を使用する。大口径弾は重く、風の影響を受けない。優れた弾道直進性を活かして、一般の小銃弾を使用する狙撃銃を上回る距離で狙撃を行えるのだ。また、大口径弾の貫通力を活かして車両への攻撃にも使われ、土嚢や壁などの障害物に隠れる敵の殺傷も可能である。尤も、今回に限って難しい狙撃は必要ない。ただ、トリッガーを引くだけだ。何せ、ターゲットはすぐそこにいるのである。重要なのは、その火力、貫通力。

「心配いりませんよ、主任」

 バイポッドで支えられたボルトアクションの対物ライフル。伏せ撃ちの体勢に入っていた技術部が気楽そうに笑う。

「有効射程は二千三百メートル。十四、五ミリ口径からぶっ飛ぶ弾を喰らって平気な奴はいないでしょうよ」

「ショックアブソーバーを内蔵した、化け物よりも化け物らしいライフルです。問題ありませんよ、さあ、主任」

 早く撃たせてくれと急かされ、天津は目を瞑った。

「体のどこにでも良い、とにかく当てるんだ。連射はしないでくれよ、弾の行方を情報部が確認した後、二射目の合図は僕が出す」

「主任、七号の救出とタロウの破壊、どちらを優先するんですか?」

「無論、ソレの破壊だよ。隙さえ作れば、七号も自分で脱出するだろうと思うし」

 思う、と言うよりは願いである。天津は、ナナが動かない事を何となく察していたのだ。

「全員、イヤマフ付けて。……撃つんだっ」

 天津が手を上げた瞬間、振動と轟音がロビーを覆う。



 オンリーワン近畿支部の屋上にドレッドヘアー、グレースーツの男が立っている。名を氷高(ひだか)、情報部の彼は感情の宿らない瞳で眼下を見下ろしていた。が、耳を塞ぎたくなるような音と僅かな振動に顔をしかめる。技術部が対物ライフルを遂に使ったのだ。

「嘘だろ」

 超射程、高威力。対物ライフルがどんなものなのか、氷高は知っている。しかし、実物どころか、それが実際に使用されているのを見るのは生まれて初めてだった。……確かに、技術部の作ったオートマータはとんでもない代物だろう。それでも、あの武器ならば。

 そう思ったのが間違いで、技術部の力を見誤っていたのだと気付いたのは、直撃を受けたように見えたソレが、何事もなく立っているのを確認した時だった。



「どうなってんですかぁ!? アレは!?」

「二射目用意急いでっ」

「弾はっ!?」

 天津はイヤマフを外すのも忘れて叫んだ。ソレの肩に命中した弾が後方に弾かれていったのも確認している。ソレが僅かにたじろいだだけなのも見えていた。それでも、信じられなくて叫ぶ。

「七号動きません! 主任、指示をっ」

「情報部から通達、支部前方の道路に着弾っ、人的被害はなしです!」

 とんでもないモノを作ってしまったと悔やむ暇はない。天津はようやくになってイヤマフを外し、床に投げ捨てる。

「ダメージはないのか?」

「……少なくとも、私にはそう見えています。ソレ、依然として健在です」

 何一つ変わらない。虎の子の対物ライフルを持ち出し、あまつさえソレはその攻撃を受けたと言うのに、状況は変わっていない。

「やはり、無理なのか……? いや、待てよ」

 天津は腕を組み、右往左往する部下たちを見回した。

「誰かっ、タロウを作った者はいるかい!」

 すると、肩を震わせて俯く者が見える。それも二人だ。彼らはロビーの隅で所在なさげに突っ立っていた。天津はその二人の傍まで近付き、彼らをきつく睨み付ける。

「君たちだな。アレは、どういう事だ?」

「あ、い、いや、俺たちは……」

「どういう事だと聞いているんだっ」

 半ば八つ当りに近い事だと、天津は自身の行為を内心で恥じている。しかし、これは異常だ。事前に渡された資料を読んで把握している限り、タロウがあの攻撃を受けて全くの無傷というのは有り得ない。ならば、虚偽の報告をされていたに違いない。そう思った彼は、ぼさぼさの髪、汚れた白衣を着た、深い隈を作った二人に詰め寄る。

「明らかにオーバースペックだ。実戦に出ている七号ならともかく、起動したばかりのタロウが、どうしてなんだ!?」

「そ、それは……」

「答えてくれ、どうせ、責任は僕ら技術部全員にある。そして責任を取るのは僕だ。……このままじゃ、皆危ない。僕に責任を取らせてくれよ。だから、答えてくれ」

 天津に頭を下げられた二人は顔を見合わせ、口を開く。

「……あの、実は、加治さんが……」

 ――――加治が?

「昨夜、起動の前に来て、その、少しだけで良いからいじらせてくれって……」

「あの老人は……」

 この二人がこの場を逃れたいが為に嘘を吐いたのでなければ、確かに納得出来た。加治がタロウに何かしらの手を加えたのなら、対物ライフルを通さない装甲になっているのも頷けた。技術部の長である彼ならば、人知を越えた未知の物質を所持していても不思議ではない。ミスリル銀、賢者の石、ヒヒイロカネ、あるいはオリハルコンですらも。

「納得したよ。なら、僕たちの優先すべき事柄は変わってくる」

「タロウを、破壊しないのですか?」

「いや」と、天津は首を横に振る。

「アレはもはや人類の敵だよ。破壊しなくてはならない。けど、加治さんが手を加えたのなら、人間である僕たちには荷が重い。七号の救出を最優先、目には目を、だよ」

 人形には人形を。ソレを打倒しうるのは、彼女しかいない。

「あちらが神の息子なら、こちらには僕たちの娘がいる。七号を助けるぞ、人間の叡智を馬鹿にされたままでは引っ込めないからね」



 オンリーワン北駒台店に向かうべく、一は部屋を出て歩いていた。が、風邪のせいか体が鈍い。思うように動いてくれない。息はすぐに上がり、顔が熱い。

「……や、べえ」

 一は塀に背を預けて息を吐く。もう歩けない。動きたくない。ずきずきと痛む頭に手を遣り、彼は遂に、その場に座り込んでしまった。

 このままでは店へ着く前に全ての片が着いてしまう。何も知らないまま、何も出来ないまま。もう、嫌だった。自分の目が届くところでならまだしも、知った者が目の届かない、手の届かないところで苦しむのは。

「俺は……」

 あの絶望は忘れられない。たった一つの暴力に、勤務外全員が地に伏した瞬間は、一の脳裏に焼き付いて、彼の網膜から離れない。

 強い風が吹き、一は目を瞑る。

「ようニンゲン、もう動いて大丈夫なのか?」

「……あ」

 顔を上げると、中空に胡坐をかいたモノがいた。彼女は無警戒な、人懐こい笑みを一に向けている。風の精霊、シルフがそこにいた。

「ん? なんだよ、まだしんどそうじゃんか。何やってんのさ、遊びにでも行くつもり? シルフ様も混ぜろよー、混ぜてー、混ぜろったら混ぜろ!」

「いや、遊びに行くんじゃなくて……」

「あはははっ、オマエっ、すげー声変だぞ」

「うるせえな」

 シルフは一の真上に陣取り、彼の頭に腰を下ろす。

「退けよ、邪魔くせえな」

「えー、良いじゃんか。別に重くないだろ? それよりさ、どこ行くのさ、なあ、なあっ」

「店だよ」と、一はシルフを退かして立ち上がる。

「店……? 買い物? じゃあさじゃあさ、シルフ様お菓子食べたいなー」

「違う。働きに、だよ」

「むうー、オマエ、びょーにんじゃん。知ってるぞ、ニンゲンってのはしんどかったら寝てるだけで良いんだ」

 一は薄く笑い、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。

「なあおい、無理すんなよニンゲン」

「は、心配してくれてんのか?」

「……だって」

 シルフは一の前に着地して、彼の顔をじっと見つめる。

「オマエは昨日、あんなにがんばってたじゃん。ぶっ倒れるまで戦ってさ。だから、もうがんばんなよ」

「……かも、しんない。だけどさ、じっとしてられないんだ」

「じっとしてろよっ、ほら、オマエふらふらじゃんか! そんなんじゃ何も出来ないに決まってる!」

 店に行ったところで、フロアに立つどころか何も出来ないかもしれない。店長から話を聞いてナナの元に向かったところで、役に立つどころか足を引っ張るだけかもしれない。それでも、何か出来るかもしれない。せめて、一つの終わりを見届けたい。だから、一は歩く。

「お、おいっ。……うう、ううううっ、ああ、もう!」

「なんだよ」

「見てらんないって言ってんのさ!」

「言ってねえじゃん」

「言ったもん!」

 シルフは一の腕を強引に掴み、引っ張り上げた。

「う、おっ」

「ほら行くぞ、あの店まで飛べば良いんだろ?」

 宙に浮いていく感覚にはもう慣れている。一はさして取り乱すでもなく、遠くなる地面を見下ろした。

「……ああ、その、なんつーか、悪いな」

「ふん、シルフ様はただ、ふらふらしてるオマエを見てイライラしただけだよ」



 ソレを倒す為の頼みの綱はナナしかいない。しかし、彼女は今にも切れてしまいそうな、危うい状況にある。

「皆も分かったと思うけど、アンチマテリアルライフルでソレは倒せない。僕たちに残された手は、七号だけだ」

 天津は技術部の面々を見回して、一度言葉を区切った。

「でも、七号は動けない。いや、動くつもりがないんだ」

「……動くつもりが? しかし主任、七号はまだ機能停止に陥るほどの損傷を受けた訳では……」

「うん、だからだよ。現に七号はずっと、ああしている。何か理由があるんだとは思うけど。けど、ここであの子を失っては駄目なんだ」

「それでは、どうするのですか?」

 部下に尋ねられ、天津は外に目を向ける。ソレは動かなくなったナナに興味を失い、再び支部の正面玄関付近を徘徊していた。

「七号を助ける。いや、連れ戻すと言った方が正しいかな」

「七号は動かないのに?」

「だから、こっちから出向いて引っ張ってくるしかないね」

 天津の発言を受け、場が俄かにざわめく。

「……まあ、言いたい事は分かるけどね。誰も死にたくはないだろうし」

「まさか、外に出ろ、と?」

「僕たちでは倒せない。だけど隙を作る事は出来る。誰かがソレの気を引いて、誰かが外に出て七号を引っ張ってくる、と。全く捻りがないけれど、これでいこう」

「って、誰が行くって言うんですか?」

 どこか他人事のように言ってのける天津に非難の視線が降り掛かる。が、彼には決してそのようなつもりなどなかった。

「ライフルだけじゃ心許ないからね、僕が囮になるよ。ソレを引き付けておくから、七号を頼む」

「なっ、馬鹿な! 主任、あなたは自分の立場を分かっているんですか!?」

「……分かっているから行くんだよ。何度も言うけど、僕たちに責任がある。僕たちが何とかしなきゃならない。だったら、ここで引きこもるのは嘘だろう。ここで命ぐらい懸けないで何が出来るって言うんだい」

「主任がやらなくても、囮なら情報部に頼んだ方が……」

「彼らだってそこまではしてくれないだろうし、させる訳にはいかないよ」

「しかし……」

 食い下がる部下を見遣った天津は首を横に振り、諦めたかのように微笑んだ。

「七号を引っ張ってきてくれる人はいないかな?」

 返答はない。天津の言う通り、技術部の者たちは自分たちに責任があり、何らかの方法で責任を取らなければならないのだとは理解している。しかし、死ぬのは恐い。上司が率先して死地に行こうとしているのに、どうしても足が進まない。声が出せない。圧倒的に覚悟が足りていない。

「私が行く」

「な……、いや、あなたは……」

 その場にいた全員が目を剥く。

「私がナナちゃんを助けるから」

 手を上げたのは技術部の人間ではない。サポートとして待機していた医療部の長、炉辺である。

 天津は髪の毛を掻き、困った風な顔を作った。

「いや、流石にそれは……」

「そっ、そうです。炉辺さんが行くくらいなら私たちが行きますから」

 医療部の者たちに囲まれながらも、炉辺は前を見据える。

「だって、誰かが行かなきゃ始まらないんなら」

「あなたは医療部だ。これは技術部の問題です。したがって……」

「……っ! 誰も手を上げないっ、誰も、何も言わないのに? あなたたちは本当にナナちゃんを助ける気があるのっ!?」

 涙声の炉辺から視線を逸らした天津は、案外痛いところを突く女性だと、彼女についての評価を改める。そして、感謝した。

「……俺、行きます」

 おずおずと手を上げる者が一人、

「わ、私も行きましょう」

 また一人。

 無関係の炉辺が命を張ると言っている。なのに、自分たちが何もしなくて良い筈がない。技術部の人間は我先にと手を挙げ声を上げ、勇気を奮って立ち上がる。

 ――――いや、勇気じゃあない。

 これは、自棄だ。皆、投げ遣りになっている。生きるのに、責任を取るのに。しかし、これで良い。これが良いのだと天津は思った。

「アンチマテリアルライフルで口火を切るよ。その射撃に乗じて囮が飛び出すから、残った者は七号の救出と後方から援護を。何、大丈夫さ、建物に入ればソレは追ってこない」

 銃を手に取り、天津は皆を気負わせないように笑う。その笑みが少しぎこちなくなっている事に大半の者が気付いていたが、誰も、何も言わなかった。



「遅かったじゃないか、一」

 バックルームに来た一を見遣り、店長は薄笑いを浮かべた。

「これでも、かなり飛ばしてきたんですけどね」

「そうか。それじゃあ、早速働いてもらうとしよう。レジくらいなら打てるな?」

 何を今更。一は店長を無視して自分に割り当てられたロッカーを開ける。

「ソレはどこに出たんですか?」

「それを聞いてどうするつもりだ?」

 一はロッカーに立て掛けてあるビニール傘を引っ掴み、店長を見つめた。

「店長が言ったんですよ、ナナの盾になれって」

「病人を戦場に送るつもりはない。一、何かしたいと言うのなら店にいろ。お前の出番はない」

 店長は紫煙を燻らせ、一を見据える。反論は許さないと、その目が言っていた。

「ソレとの戦闘に関して、お前がナナよりも優れているところがあるとは思えん。それに、あいつは人形だ。人間じゃない。任せておけば良いんだ」

「……ナナが人形だろうと何だろうと、あいつは、俺を心配してくれた。助けてくれたんです」

「だから? 助けになってやりたいと?」

「いけませんか?」

「心配するのは勝手だが、今のお前がナナの助けになれるとは思えないな」

 一は病み上がりどころか未だ病んでいる最中なのだ。店長の言う通りに大人しくしているのが一番である。彼だって頭のどこかではそう思い、分かってもいた。

「行ってみなくちゃ分からないでしょう」

「分かり切ってる。くだらん事を言うな。……それとも何か、お前、調子に乗っているのか? たかがソレを、たかがギリシャ神話の怪物を、たかが不死身の蛇姫を倒したくらいで、自分が英雄にでもなったつもりでいるのか?」

「まさか。俺は英雄になんてなれないし、なれたとしてもごめんこうむりますよ。……俺はただ、この話の顛末を見届けたいだけなんです。それで、ついでにナナの助けになれればラッキーって、その程度の考えしか持っていないんですよ」

「ふざけるなよ」と店長は苦笑し、「ふざけてませんよ」と一が返した。

 お互いがお互いを馬鹿にしたような素振りの会話に、店長は目を瞑って頭を押さえる。

「どうしても行くのか?」

「ええ、行きたいですね」

「一つ、約束しろ」

「生きて帰れ、ですか」

 店長は冷ややかな視線を一に送った。

「死ね」

「ヤ、です」

「……だったらナナの邪魔だけはするな。死にたくないなら、そうしろ」

「勿論。……ソレはどこに出たんですか?」

 短くなった煙草を灰皿で揉み消し、店長は眉根を寄せる。

「支部だ。オンリーワンの近畿支部にソレはいる。いや、最初からいたと言うべきか」

「どういう、意味ですか? ソレが支部にいたって、んな馬鹿な」

「正確に言うなら、ソレはソレじゃない。今現在我々が敵として見定めているのは、技術部の作った自動人形だ。そいつが暴走して、支部の周囲で暴れ回っている」

 一は思わず息を呑む。

「……自動人形って、そんな、それじゃあナナは……」

「お仲間、いや、家族のようなモノと戦っている訳だ」

「そんなの……」

 そんな話があってなるものか。一は唇を強く噛み、ナナを思った。

「可哀相だと思うか? 思うな。同情するなよ、それがナナの仕事で、作られた理由でもあるんだからな」

「でもっ」

「遅いんだ、馬鹿者が。起こってしまった事は仕方ない。一、お前は時間を巻き戻せるか、巻き戻した上で、ナナが悲しまないような世界に作り替えられるのか?」

 出来ない。出来る筈がない。一は俯き、傘の柄を強く握り締めた。

「……まあ、しかし、お前にしか出来ない事もあるかもな」

 店長は机の上に置いてあった紙の束を手に取る。

「アイギス、メドゥーサの力が心を持たない無機物に通じるかは分からん。が、何も持っていかないのでは心許ないだろう」

「……それは?」

「タロス。ギリシャ神話において、鍛冶神ヘパイストスに作られた自動人形。これが、お前らの相手だ」

「ギリシャ神話の、自動人形……」

「オリジナルではないが、暴走した自動人形のモデルとなったモノらしい。ご丁寧にも、情報部が資料を送ってきたんだ」

 店長は紙束の中から数枚を抜き取った。

「クレタ島を知っているか?」

 一は首を横に振る。

「私も知らなかったが、ギリシャ神話の主神がとある人間の女に一目惚れした。その女の名はエウロペ。ヨーロッパの語源となった女だ」

「はあ、それで」

「その神様がエウロペを連れて行ったのがクレタ島だ。そこで、神はその島と、その女を守る為にタロスを置いていったんだろう」

「はあ、つまり、番人って奴ですか」

「少々攻撃的過ぎるきらいはあるがな。島に近付く船には岩を投げ付けて破壊し、近付く人間には、体から高熱を発して、抱き着いて焼き殺すそうだ。……タロスとは、クレタの言葉で太陽を意味するらしい。現地の人間が、タロスが侵入者を焼き殺す様子を見て、そう名づけたのかもしれないな」

 そこで、一は首を傾げた。

「島の人間には攻撃をしなかったんですかね」

「知らんが、そうじゃないのか。あくまで侵入者、外敵に対してのみ攻撃を加えるよう言われていたのだろう。所詮は人形、ガキの使い以上の事は出来なかったと考えるのが自然だな」

「言われた事以外をやっちゃう人よりマシだとは思いますけどね。店長、タロスに弱点はないんですか?」

「そんな都合の良いものが……、あ、いや、あるな」

「本当ですか?」

「ああ」と頷き、店長は資料に目を落とす。

「タロスには神の血、イーコールと呼ばれる液体がその体に流れている。言ってみればガソリンだな」

「ガソリン……」

「車と同じだ。ガソリンがなければポンコツに成り下がる。同じように、タロスから神の血とやらを抜き取れば良い」

「いや、けど、どうやって?」

 相手は車と違い、好き勝手に動き回り暴れ回るのだ。液体を抜き取る方法がないのなら、意味はない。

「抜き取る方法ならある。タロスの体内には一本の管が埋め込まれているんだ。その中を血が流れている訳だな」

「人間でいうと血管ですか。芸が細かいっつーか、無駄に凝ってるっつーのか」

「タロスの踵には栓がしているらしくてな、そいつを抜けば、体内の血が抜けてしまうそうだ」

「……栓が? 俺たちからすれば有り難いですけど、作った人はどうして弱点まで作ったんでしょうね」

「ここを狙えば勝てるぞと、明確な弱点ではないのだろう。製作者自身の為に栓を付けたのだろうな」

 店長は新しい煙草に火を点けて、資料を机の上に放った。

「スイッチだ。もしも人形が命令を無視したりして勝手な行動をした場合、あるいは邪魔になったから機能なりを停止させたい場合の為に、栓を付けたんだろう」

「……電源のオン、オフを切り替えるような感じなんでしょうか」

「そんなところだ。余談になるが、オートマータと同じく人に作られる巨人、ゴーレムというモノもある。こいつにもタロスの栓と同様に、その動きを止める為のスイッチがあるんだ」

 ゴーレムなら聞いた事がある。一は想像力を働かせて、石と泥で出来た巨人を頭の中に描いた。

emeth(真理)。ゴーレムには、そう書かれた羊皮紙が額に貼り付いている。あるいは直接書かれ、刻まれているのが普通だ。動きを止めたい、壊したい時はその文字を削る。エメスのeを削ってmeth(死んだ)と。死を刻むという訳だな」

「店長、博識なんですね。見直しました」

「資料に書いてたんだけどな。まあ、タロスについてはこんなところか」

「つまり、踵にある栓を狙えば良いんですね」

 店長は喉の奥でくつくつと、殺しきれない笑みを漏らした。

「甘いな。今、私が話したのはギリシャ神話のタロスについて、だ」

「えーと……?」

「技術部はタロスをモデルにした自動人形を作った。が、そっくりそのままタロスをコピーしようとするかな? 現に、どうしてソレは動きを止めない? まだ破壊されていない? 踵に付いた栓を抜けば良いんじゃないか?」

「栓を抜くのに手こずっているんじゃあないんですか?」

「……まあ、栓なんてないんだけどな」

 何食わぬ顔で言い放つ。一は店長を睨み付けようとして、逆に睨まれて目を逸らした。

「少なくとも、私は技術部の連中から『栓がある』なんて話を聞いていないし、情報部も同じく『栓がある』なんて話を聞いていないらしい」

「手の打ちようがない気がするんですけど」

「そう悲観的になるな。モノである以上は壊れるようになっている。作られたモノなら、然り、だろう? 大体だな、今までに打てる手を用意して戦場に臨んだ事があるか」

 ほぼ、ない。今まで考えなしに戦って、よくぞこうして生きていられるものだと一は思った。

「向こうにはナナがいる。技術部の連中もいる。お前が考えなくとも、誰かが何か思いつく。駒になって言われるがまま動けば良いんだ」

「……しかし、よくもまあ楽観的っつーか、都合の良いような事を考えられますよね」

「それは私を褒めているんだろうな?」

 鋭い視線を向けられては、そうでなくてもそうだと言わざるを得ない。

「まあ、良い。怪我さえしなけりゃ明日からも……いや、戻ってきてからも働けるんだからな」

「あはは、鬼」

「笑うな天の邪鬼」

「じゃ、行ってきます。最近はこの店も静かになってきましたね。留守番、寂しくないですか?」

「寂しいからさっさと帰ってこいとレジが言ってたぞ」

 一筋縄ではいかない奴だと思いつつ、一はバックルームを抜け出した。

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