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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
タロス
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太陽の産声


「ご満足いただけましたか?」

「ああ、正直驚いたよ」

 空になった椀を眺め、一は注がれたお茶をゆっくりと飲み干した。

「料理、出来たんだね」

「失敬な」と、ナナは拗ねたように一を見遣る。

「私は言わばメイドの中のメイドなのです。メイドオブオールワークオブメイドオブオールワークなのです」

「……メイドオブオールワーク?」

「家中の全ての仕事をこなすエキスパートです」

 メイドも奥が深いんだなと思いつつ、一は腹を摩った。彼はまだ口寂しかったのだが、わがままを言うのはどうかと判断したので黙っておく事にする。

「ところで一さ……マスター」

「あ、はは、呼びやすい方で良いよ」

 と言うより、ナナが突然、自分をマスターと呼んだのか一には分かっていない。

「では、一さん」

「うん」少し残念だった。

「二ノ美屋店長にははぐらかされてしまったのですが、本当の事を教えていただきたいのです。昨日出現したソレの正体とは、一体何でしたのでしょう」

 一は少しだけ目を細める。店長がはぐらかすような事を自分が教えても良いのかどうか迷ったのだ。

「ゴルゴンだよ」

 しかし、店長の意を汲むつもりはない。一は口の端をつり上げて、何でもない風に口を開く。

「ゴルゴン……? あの、ギリシャ神話の、ですか?」

「そ。蛇のアレね。ナナも知ってたのか?」

「私のデータベースにはソレのデータが詰まっているのです。いえ、データベースを参照しなくてもゴルゴンなんて有名な怪物を知らない方がどうかと……それよりも、本当ですか?」

「何が?」

「一さんがゴルゴンを倒したのが、です。正直な話、俄かには信じられないと言うのが本心です」

「自分でも信じられないけどさ、これが本当なんだよね」

 ナナは疑り深く一の全身を見回した。彼は居心地悪そうに視線を逸らす。

「どのようにソレを倒したのか、詳しくお聞かせ願えますか?」

「えー、もうそういう話は良いじゃんか。勘弁してくれ」

「これも次の戦闘に活かす為、明日を生きる為なのだと思って、どうかお願いします。……マスター」

「ナナ、ジャンケンって知ってるだろ?」

 小手先、口先の技だが一は易々と、嬉々として引っ掛かる。

「はい、勿論です。グーで殴ってチョキで目潰し、パーで平手打ちを繰り出す変幻自在の拳法ですね」

「……まあ、通じるか。とにかく、俺とゴルゴンとの戦闘はジャンケンみたいなものだったんだよ」

 ナナは小首を傾げた。

「と、言いますと?」

「俺がグーでゴルゴンがチョキだっただけだよ。ただ、運が悪かったんだ。俺は他の奴と当たったらパーを出されて死んでたし、ゴルゴンも俺以外の相手なら負ける事はなかった。相性が良かったんだと思う」

「少し分かりにくい例えですが、なるほど、納得しました。しかし相性や運で片付けるのはどうかと思いますよ」

 ナナはチョキの形を作って一に見せ付けた。

「私のチョキは石をも砕きますからね。相性が悪くても、他者を圧倒するパワーを有してさえいれば、打倒するのも難しくはないでしょう」

「……ああ、そうだな」

 一の脳裏を過るのはあの日、暴君とでも呼ぶべき力の権化に蹂躙されたあの時。まだ、あの絶望は網膜に、鮮明に焼き付いている。

「ま、勝ちは勝ちだよ。風邪を引いちまったけど、俺はこうして生きてんだからさ」

「仰る通りです。……では、私はそろそろ戻るとしましょう」

 ナナは食器を持って立ち上がる。

「え、もう帰っちゃうのか?」

「二ノ美屋店長の指示とは言え、これでも勤務中ですので」

「……ああ、そうだったのか。それは、ごめん。悪い事しちゃったな」

「とんでもない」と、ナナは流しに食器を置き、水を張った。

「オートマータの意義は人に使われる事、メイドの意味は人に仕える事ですから。一さんは気にせず、せめて今日ぐらいはゆっくりしていらしてください」

「ナ……いや、うん、ありがとう」

 一は力なく微笑み、布団の上に戻る。ナナは頭を下げると、振り返らずに部屋を出ていった。



 走る、走る。

 息はすぐに切れてしまった。顎を上げると、伸びた舌が湿っぽい空気を舐めとった。

「急げ、総員第一種戦闘配備だ!」

「いっ、言いたいだけでしょう……!」

 オンリーワン近畿支部技術部に、かつてない危機が襲い掛かろうとしていた。

 否、既に、そこにいる。

「被害はどう、なってるん、ですか?」

 地上へと続くエレベータ。そこに続く薄暗く、長い廊下を白衣を着た男たちが走り抜けていく。

「社員が一人骨を折られたらしい!」

「一般には?」

「一般の被害はゼロだ!」

「ならばよし!」



 支部のロビーは閑散としており、そこには技術部の者が息を潜めて集まっている。

「遅いぞ」と、背の高い男が遅れてきた者たちを一瞥した。

「済まない。状況は?」

「負傷した社員が泣きながら医療部に運ばれていったよ。それ以外には何も変わっていない」

「タロウは?」

「素晴らしいね、プログラム通りに動いているよ。僕たちの命令を無視するってところ以外はね。涙が出そうだ」

「ん、おいっ、戦闘部は誰も出ていないじゃないか」

 一人の男が外を指差す。彼だけでなく、ここにいる者の殆どが焦りを覚えていた。

「相変わらず別件に駆り出されてるよ。昨日出たソレに関しての事後処理にも追われているってさ」

「飛び回るのは良いが、留守を狙われてちゃ話にならないね。ここを落とされたら終わりだって分かってるのか?」

「頭使えないから体張っているんだろ。それより、今、どうするか、だ。上に話を通してるのか?」

「いや、情報部は勝手に動いてるだろうし、医療部は非戦闘員を安全な場所に逃がしたらしいけど」

「僕たちだって戦闘員じゃないぞ!? 加治さんは何をやってるんだっ」

 男は床に拳を叩きつけようとして、やはり止めた。喚き、苛立ちを声に出すに留める。

「戦闘部もいない。上に話が通らない。どうするんだよ、かなりやばいんじゃないのか?」

「……まあ、確かに。今、俺たちは相当やばい状況に立たされていると思って間違いない」

「どういう事だ? ここから顔を出さなきゃ襲われる心配だってないだろう」

「まだ気付いてないのか君は。命なんかどうでも良いよ。問題は、誰が責任を取るかってところだ。タロウを作ったのは他でもない僕たち技術部なんだから」

「……やばいじゃないか」

「やばいんだよ!」

 技術部の者たちは輪になって頭を抱えた。

「やはり、壊すしか……?」

「……誰がやるんだ? アレは僕たちが心血注いだ今までで最高の発明品じゃないか。戦闘部にもタロウを壊せる奴なんて、いや、戦える奴なんていやしない」

「全く、厄介なモノを作ってくれたよ」

「右手作ったのはお前だろっ、さりげなく責任逃れするんじゃない!」

「しかし、壊すにはあまりに惜しい出来栄えだぞ。もう一度手直しして調整を加えれば、強力な味方になる」

「その力で僕たち大ピンチな訳だけど」

「じゃあ壊せば良いじゃないか! 勝手にしろよもう!」

「ああ、また楢崎が壊れた」

「ハートが弱いんだよな。これだから公立出の奴は駄目なんだよ」

 楢崎と呼ばれ蔑まれた男は白衣が汚れるのも構わずに床に大の字になって暴れ回った。

「僕たちだけじゃどうしようもない。タロウを壊すのも、止めるのも」

「……勤務外。北駒台に頼るしかないか」

「しかし、あそこは今まともに機能していないと聞いたぞ。……あ、いや、待てよ」

「そうだ、忘れてた。今朝送り出したばかりだったが……」

「もはやそれしかないだろう。試作七号機、僕たちの可愛い娘を呼び戻すぞ」



 褒めて欲しい。声を掛けて欲しい。主人を呼ぼうと口を開いても、そこからは歪な音が漏れるだけ。

 どうして、どうして僕は。

「……あ、お、おぉ……」

 足りないのだ。まだ、主人が満たされるような事を成し遂げていない。まだ、侵入者をたった一人撃退したに過ぎない。

 ならば、もっと。もっとだ。敵を倒さなければ。殺さなければ。



 嫌な予感は当たるものだ。

 店に掛かってくる電話の内容は大きく三つに分けられる。一つは一般からのクレーム。一つはアルバイトからシフトについて。もう一つは、情報部から掛かってくるソレ出現の一報である。店長は長い経験から、今掛かっている電話が最後の三つ目、情報部のものからだと感付いた。

 電話は切れない。早く出ろ受話器を取れと急かしている。店長は煙草を銜えながらで受話器を取った。

『ソレが出ました。場所は……』

「またか」

 自分が誰かも名乗らずに用件を切り出してくる。心当たりは一人、一つしかない。

『正確には、ソレではないのかもしれませんが』

「何だ、それは?」

『非常に腹立たしい事なのですが、現れたモノというのは技術部の発明品でして』

「……これだから前線に出てこない奴は嫌いなんだ。こそこそと、くだらん事に取り組みやがる」

『自虐ですか。それとも我々への嫌味ですか』

「どっちもだ」と言い掛けて、店長ははたと気付く。

「随分と余裕があるように感じるが」

『ああ、実はルールさえ守れば襲われない事に気付きまして。どうもそいつは侵入者を撃退する為に作られた門番、見張りのような役目を与えられたモノとして作られたらしく。基本的には支部の回りをうろうろしているだけなんですよ』

「支部? 支部にソレがいるのか? いや、そうか。最初からそこにいたと言うべき、か」

『残念ながら』と、無機質な声が返ってきた。

「……なるほど。門番なら、支部から出なければ襲われないか」

『外から来るモノには容赦ないですけどね。社員が一人やられましたし。周囲に誰も近付けさせないよう警戒していますが、安全な距離ってのがイマイチ分かっていません。どこまで動くのか、それは奴の視認可能な範囲なのか、見たモノをどこまでも追い掛けるのか、自分に、あるいは支部に近付いたモノに襲い掛かるのか。何一つ』

「ソレから離れていれば問題ないだろう。遠距離からしこたま撃ち込んでやれば良い」

『駄目ですね。装甲が厚過ぎるんです。その辺の銃火器じゃびくともしません』

「では動かなくなるのを待つか。言ってみれば、そいつも自動人形に近いモノの筈だ。永久機関なんて笑い話が実現していない以上、いつかは止まる。だろう?」

『……では百六十八時間ほど待ちますか? どうやら、そいつは試作七号機とは違って単純な事しか出来ないらしいんですけれど……』

 店長は短くなった煙草を恨めしそうに見つめ、灰皿で火種を揉み消した。

「その分バッテリーは持つ、か。……もう一週間待った方が良いような気がしてきたな」

『ただでさえまともに機能していない支部を潰すつもりですか。技術部が作ったモノだとして、彼らの命令に背くのであればソレと変わりありません。さあ、二ノ美屋店長』

「待て。ナナを行かせるのは良いとして、勝算はあるのか? 彼女が倒れれば、うちから勤務外がいなくなる」

『問題ないでしょう。アレは人間ではなく人形なのですから。壊れたって修理すれば良い。第一、もう技術部とは話が付いているんですよ。あなたは横合いから口を出せる立場じゃあないんです。それとも、まさか、支部の人間に逆らうつもりでも?』

「は、まさか」

 二本目の煙草に火を点けたところで、バックルームの扉が開いたのを横目で確認する。

『どうしました?』

「ナナが戻ってきた。どうする、直接伝えるか?」

『それこそまさか、ですよ。人形とお喋りなんて、想像するだけでおぞましい。では、よろしくお願いしますよ』

 通話が終わり、店長はゆっくりと息を吐き出した。

「お疲れのようですね。肩でもお揉みしましょうか?」

「有難いが、またの機会に頼む。それよりも、済まないが仕事だ。お前には支部に行ってもらう」

「支部、ですか。……支部にソレが出たのですか?」

「詳しい話は向こうで頼む。技術部がお前を待っているそうだ。ああ、裏口から入るようにとの事らしい」

「畏まりました。それでは行って参ります」

 ナナはお辞儀をして、バックルームを出て行こうとする。

「ああ、そうだ。一はどうだった?」

「ここに来られるほど元気ではないご様子でした」

「……そうか、では連れてきてくれ。私が電話をしても逃げられてしまうだろうからな。ナナ、お前が直接伝えてくれ」

「あの、ですから……」

 振り向いたナナは店長の視線に射竦められてしまった。

「お前がいなくなると、レジを打つ奴がいなくなるからな。体調が万全ではないとしても、一なら一通りの一般業務をこなせるだろう。それに、万が一の時はお前の盾にもなる人材で、遊ばせておくには惜しい状況だ。だろう?」

「あの……」

「ん、何か言いたい事でもあるのか?」

「いいえ、では行って参ります」

 ナナは首を横に振り、今度こそバックルームを後にする。



 まどろんでいる時が一番気持ち良い。自覚しながらだと尚更だ。一はだらだらとした時間を目一杯堪能している。どうせ、明日には店に呼び出されてしまうのかもしれない。ならばせめて今日だけでも惰眠を貪るべきで、意味のない時間を過ごすべきなのだ。自分に言い聞かせて、自堕落な時を満喫する。

「最高じゃないか」

 呟くと、気分は落ち込んだ。

 もう一眠りして、チアキたちが帰ってくるのを待とうと思い、一は枕に頭を預ける。瞬間、ドアがノックされた。

「……はーい」

 のろのろと起き上がり、玄関に向かう。扉を開けると、そこには店に戻ると言って出て行ったばかりのナナがいた。

「あ、れ? どうしたんだ、忘れ物?」

 ナナは俯き、それから、一の顔をじっと見つめる。

「あ、いえ、忘れ物、では……」

「何か用事?」

「その……」

 口を開き掛け、閉じる。その動作を何度も繰り返して、ナナは微笑んだ。一は向けられた笑みを見て、僅かに怯む。

「ナナ……?」

「体、しっかり休めてくださいね、と。二ノ美屋店長が仰っていました」

 わざわざそれだけを伝えに? 一は注意深くナナの様子を観察するが、何も分からなかった。何も、見えなかった。

「あ、おいっ」

「失礼します」



 マスターの命令に従えなかった。

 マスターの期待に応えられなかった。

 マスターを、裏切ってしまった。

 生まれて初めて、この世に生まれた意義を見失った。

 どうして、彼をあの部屋から連れ出せなかったのだろう。

 どうして、何も言えなかったのだろう。

 無理矢理にでも引きずれば、力ずくで言う事を聞かせれば良かった筈なのに。

「……私は……」

 何故、動いている。

 人形ではない自分は、人間に従うのが当然じゃないか。

 今まで、そうしてきた筈じゃないか。

 自身に問うても答えは返ってこない。その答えを持っていないから、人形なのである。

 ナナは俯き、それでも下されたもう一つの命令を実行する為に歩き出した。



 オンリーワン近畿支部の建物が見えたところで、ナナは足を止める。良くないものを感じ、そして、見えた。

 正面玄関の辺りをうろつく、二メートルを優に超える体躯を持つ大男が。剥き出しになった上半身、肌は浅黒く、恵まれた肉体を惜しげもなく披露している。ジーンズを穿いているが、そこにもはちきれんばかりの筋肉が確認出来た。彼はしきりに首を巡らして、周囲に視線を配り続けていた。

「裏口からとは、こういう事でしたか」

 姿かたちが人間でも、アレは違う。ナナは確信した。支部にソレが出現したのだと。何故に支部を襲わないのかが理解出来なかったが、好都合でもある。彼女はこっそりと裏口に回って、技術部の者たちがいるロビーに向かった。



「おお、七号!」

「良く来てくれた!」

 疲れた様子の生みの親たちを見遣って、ナナは頭を下げる。

「行ったり来たりさせてごめんな、七号」

「いやあ、やっぱり可愛いなあ。眼鏡は良い。メイドも良い。眼鏡を掛けたメイドは癒しの象徴だよ」

「ありがとうございます。あの、状況の説明をお願いしたいのですが」

「ああ」と、一人の男が咳払いをした。彼の姿を認めたナナは、先よりも深い角度で頭を下げる。

天津(あまつ)さん、お久しぶりです。確か、私の起動実験の時以来ですね」

 天津と呼ばれた痩身の男は両手を上げた。青白く、細長い腕が袖から覗いている。

「……勤務外はどうだい?」

「はい、北駒台店の皆さんはよくしてくれるので、何も問題はありません」

「そう、か。……それじゃあ状況を説明するよ」

 天津は外に目を遣り、疲れた風に息を吐いた。

「オンリーワン近畿支部にソレが現れた。見ての通りだけどね」

「何故、あのソレはここを襲わないのでしょうか? 先ほどから支部の周囲を徘徊しているだけで、こちらを見向きすらしません」

「そういう風に作られているからね。まあ、そのお陰で被害は皆無に近いよ。ただし、やはり危険な存在であるのに間違いはないんだ」

「では……?」

「七号、君には勤務外としてアレを倒してもらうよ。動きを止めるんだ。完全に、完璧に、完膚なきまでに」

「畏まりました」と、ナナは頷く。

「では、裏口から外に回り、交戦を開始します」

「ああ、ちょっと待って」

 歩き掛けたナナを天津が呼び止めた。彼だけではなく、他の技術部の者も何か言いたげな様子である。

「充分に気を付けて欲しいんだ。彼のスペックは君とほぼ同等なのだからね」

 思考は止まらない。何かがおかしいとは気付いていた。ソレがいる。すぐ目の前に存在している。だと言うのに、支部の者たちの落ち着きようはなんだ?

「スペック、ですか?」

「うん。正確に言えば、アレはソレじゃあないからね。七号、君と同じオートマータだ」

「私と、同じ……」

「そうだ」と天津は首肯する。

「ただ、アレは失敗作だけどね。暴走しちゃって、僕たちの命令を聞かないんだ。あのままではいつか一般人にも被害が出る。人間の役に立たない人形はもう、ソレなんだよ」

 自動人形。自分以外にも作られている事には気付いていたが、まさか、アレがそうだとは思いもしなかった。ナナは眼鏡の位置を押し上げて、情報を咀嚼する。

「七号、思考する必要はないよ。君はただ、アレを破壊してくれば良いんだ。それ以外には何も考えず、何もしなくて良い。分かったね?」

「いえ、しかし……」

「そうじゃないだろ。七号、復唱はどうしたいんだい? 君は、何をするべきなんだ?」

「……承りました。私は、ソレを撃破します」

「それで良い。さ、行くんだ」



 ナナがロビーから立ち去った。瞬間、天津はその場に座り込む。

「ずるいんじゃないの?」

「え、何がです? それより主任、可哀想に。七号に嫌われちゃいましたね」

「君たちのせいじゃないか! 僕だって好きで嫌われたんじゃないよっ」

 天津は技術部の人間を手当たり次第に睨み付けるが、誰も取り合ってはくれない。

「くそう、主任になんてなるんじゃなかった……」

「そのお陰でメイド服プラス眼鏡を押し通せたくせに何を言ってるんですか」

「チャイナドレスの下にスクール水着よりはマシだよ。ここには変態しかいないのかい」

「どうでしょうね。それより、七号に殆ど何も伝えないで良かったんですか?」

 問われて、天津は難しい顔をしてみせる。

「彼女にしてみれば相手は同じ自動人形だからね。思うところがない、って訳にもいかないだろうさ。それに、七号には自我が芽生え始めているんだろう?」

「ええ、まあ」

「僕たちは技術部だが、ここにいる皆、情報とはとても大切なものだと思っている筈だよ。でも、言わなくても良い、知らなくても良いって事もあるとも思っている筈さ。違うかい?」

「……恨まれるかもしれませんよ?」

 天津は一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直した。

「人間を恨む人形、か。技術者としては本望だよ。だけど、親としては悲しいかもね。とにかく、七号には余計な事を知って欲しくなかったんだ」

「アレがオートマータだって事をばらさなければ良かったのでは?」

「僕も今そう思ったところだけど、けど、あの子にはなるべく嘘を吐きたくなかったし、出来るなら隠し事もしたくないとも思ってる。矛盾だってのは承知しているけど……失敗だったかな」

「でしょうね。ま、俺たちはあの子の帰りを待ちましょう」

 天津の部下は軽い口調で言い放つ。

 何もしないで。何も言わないで。天津には、そう聞こえた。



 相手が人間であろうと、自分と同じ自動人形であろうと、関係ない。倒せと、壊せと、叩き潰せと言われたのなら、それを実行するだけだ。

「……ほぼ、同じスペック」

 ナナは物陰からソレを覗く。

 人間と変わらない姿は、自分と違わない。短い黒髪も、ぎょろぎょろとした目玉も、落ち着きなく動く男は人間にしか見えない。だが、人形なのだ。そして、命令に従わないモノはソレでしかない。

 援護はない。必要ない。ナナは物陰から飛び出して、コンクリートを砕く勢いで踏み抜く。

 姿を見せたナナを侵入者と、敵と認識したのだろう。ソレは低く唸り、拳を振り上げた。

「失礼します」

 ナナは頭を下げて振り回された拳を回避。踊るようなステップを踏み、ソレの腹部に正拳突きを放った。が、固い。自分とほぼ同じスペックだと言うのを実際に体験し、理解する。貫けない装甲ではないが、その分こちらの装甲もただでは済むまい。ならばと、ナナは距離を取って右腕を振る。金属の擦れるような音が鳴り、メイド服の袖口からは抜き身になったブレードが飛び出した。

今剣(いまのつるぎ)の破片を再構成した業物ならばっ」

「ぼ、おぉっ」

 鈍重な大振りの攻撃を避け、ナナはそれの突き出した腕を切り付ける。しかし、手応えはない。上がった火花を横目で一瞥し、彼女はソレの背後に回った。

 ソレが叫び、裏拳気味に拳を薙ぐ。風が起こり、ナナの髪を後方に巻き上げた。

「拳も刀も通じない……」

 ナナは左腕を振る。袖口から飛び出すのは小型化されたガトリング砲のようなものである。弾丸がぶら下がっており、それを腕にはめて、彼女はトリッガーを引いた。けたたましい駆動音が轟き、無数とも思える弾幕が形成されていく。空薬莢が地面に落ち、乾いた音を立てていた。

「……無駄ですか」

 それでも、ソレにダメージが通った様子はない。そも、ナナも、ソレも自動人形である。彼らに痛覚は存在しない。戦闘においてマイナス要素となり得るありとあらゆる無駄な要素は省かれている。

 動きを止めるなら、破壊するなら、最初からやる事は決まっていたのだ。

 足を奪い、腕をもぎ、最終的には四肢を断裂させなければ終わらない。人形同士の戦闘は中途半端には終わらない。退却は許されていない。どちらかが完全に機能を停止するまで、この戦いは続くのである。

「私の全てをもって、お相手いたしましょう」

 この先も人形であり続けたいのなら、下された命令は完遂せねばならない。

 ナナは今ある装備を外し、また腕を振る。戦いはまだ始まったばかりなのだ。

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[一言] ナナに言ったセリフの後の温度差よ
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