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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ゴルゴン
168/328

BOYS BE LOCKSMITH.



 アイギスに囲まれているゴルゴンを、北とガーゴイルが押さえていた。

 彼らを囲むアイギスから放たれた輝きが徐々に弱くなっていく。白い光は辺りの闇に溶かされていき、やがて、掻き消えた。夜が強まり、闇が濃くなる。次の瞬間、アイギスの表面に何かが映り込んだ。

「これ、は……」

 誰かが呟き、全員が気付いた。これは、目なのだと。何者かの瞳が、こちらを、こちら側の世界を覗き込むようにして映っている。その目はきっと人のものではない。その視線は人外だけが持ち得る重圧を放っている。

「あ……メ、ドゥ……」

 喉に作られた傷口からは血が泡立ち、黒い血を吐きながらでステンノは弱々しい声を発した。懐かしいその目に、二度と会えないと思っていたから、彼女は再び涙を流す。

 一は苦しそうに喘ぎ、地面に膝を着いた。それでも、ゴルゴンを睨み付ける。敵を、障害となるモノをしっかりと捉えていた。

 信じてと、彼女は繰り返した。だから、信じようと思う。自分が信じなければ、誰が彼女を信じると言うのだと、一は内心で苦笑した。

「開け」

 声は自然と零れてくる。彼の声に従い、アイギスに映っていた全ての目が見開いた。

 何を言えば彼女に届くのか、何をすれば彼女が応えるのか。今の一には全て分かっている。明日には、目を瞑って次に開いた時には忘れてしまうかもしれない。それでも、充分だった。

 ぐるりと瞳が回転して、己が標的を見定める。主の敵を射竦める。

「ああ」

「ああ」

 その視線を受けて、ゴルゴンは笑った。その笑みは、他者を甚振る嗜虐的なものではない。見る者を狂わせる蠱惑的なものでもない。

「せめて」

「せめて」

「あなただけは……」

「あなただけは……」

 彼女たちの笑顔は、姉が妹に向ける、極々一般的な、朗らかなそれであった。



 足元に転がったゴルゴンの石像を見遣って、北は息を吐いた。どうして自分はまだ生きていられるのか、その理由が分からなくて彼はその場に座り込み、ただ、笑う。気でも触れたのかと、自分でもそう思いつつ、それでも笑うのだ。英雄ですら倒せなかった怪物を一が終わらせた。それが嬉しかったのかもしれないし、悔しかったのかもしれない。

 今は、そのどちらでも構わない。北はステンノの石像に腰掛けて、力の使い過ぎで失神した一へ視線を送る。本来なら有り得ない。この世ならざるモノを自らの意思で顕現させた。彼はメドゥーサを呼び出したせいで、精神力を使い果たしてしまったのだろう。

「ざまあみろ」

 英雄であるのを拒否しながら、英雄以上の事をやってのけた。そんな人間がいる事に、北は嬉しくなっている。

 強かった雨は弱まりつつあり、厚かった雲は少しずつ晴れていった。

「おいっ、起きろよニンゲン!」

 気を失っている一の傍で、シルフが泣きそうな顔で喚いている。その近くにはガーゴイルもおり、彼もまた、心配そうに一を見ていた。心配は要らないと声を掛けようとして、北はやっぱり、やめておいた。

「お疲れ様だな、英雄」

「……よう、嬢ちゃん」

 店長は傘を北に差し出すような事はせず、冷たい目で彼を見下ろしている。

「嬢ちゃんではないし、生憎と、嬢ちゃんと言われて喜ぶような歳でもないんでな」

「そうかい。で、どうした嬢ちゃん。坊主んところに行かなくて良いのかよ?」

「私が行って一が目覚めるなら、少し迷ってやっても良かったが」

「ドライだねえ」と、北は喉の奥でくつくつと笑った。一頻り笑った後、彼は一に目を遣り、店長に意地悪そうな笑みを向ける。

「一晩ぐっすり眠れば、明日の昼には目が覚めてるだろうよ」

「分かるのか?」

「分かるのさ。ま、風邪ぐらいは引いてるかもしれないけどな」

「ほう、その程度でアレを呼び出せるのか」

 店長は口の端をつり上げ、物言わぬ石となったエウリュアレの頭に、足を掛けた。

「しかし、こいつらは何だったんだ。不死、自らの特性に飽かせていたのかもしれんが、幾らなんでも緩過ぎる。その気になれば、この街の人間を皆殺しに出来ていただろうに」

「そりゃ、その気がなかったからに決まってるじゃねえか」

「力はある。しかし目的がないのにここへ来たと言うのか?」

「目的ならあったと思うぜ」

 北はステンノから退き、体を伸ばす。関節の節々から音が鳴り、彼は困ったように苦笑した。

「妹に会いに来たんだろうよ」

「妹に……? 理由はあるのか?」

 メドゥーサは、どう思っていたのだろう。

 あの時、北は彼女と目が合った。メドゥーサは、確かに彼を見ていた。一度殺したモノを。自分を殺したモノを。復讐したかっただろう。

 復讐、されたかったのかもしれない。だから、北は覚悟を決めたのである。ここでこの場で、石となるのを一度は選んだ。尤も、彼女は、彼女の主はそうならない事を望んだらしいが。同時に、ステンノとエウリュアレも自分を殺したかったのだと北は思う。

「身内に会うのに、理由ってのが必要なのかい」

 人間にとっては害でしかない。益にはなる筈がない。しかし、それでも、ソレにも家族がいるのだ。

「さて、どうだろうな」

 店長は、少しずつ顔を見せ始めた月を見上げて、煙草に火を点ける。全て見透かしたような彼女の目を見て、北は舌打ちした。



 駒台からは遠く離れたどこかで、一羽の梟が鳴いていた。純白の羽をばさりと広げて、雨上がりの空を眺める。

「化けたみたいね」

 梟の嘴から、女の声が聞こえた。

「化けた?」

「そう、化けたの」

 傍らにいる童女に向かって、梟は微笑みかける。まるで聖母のような、女神のような、そんな慈愛をもって。

「私が力を貸してあげた勇者が、化けたのよ」

「ふうん」と、女の子は興味深そうに呟いた。

「あの怪物を従え、かの英雄を引き連れ、さも当然のように怪物を倒してしまった。……ニケ、ゴルゴンが何者だったのか知っているでしょう?」

 ニケと呼ばれた女の子ははっきりと頷く。彼女は梟の羽に手を伸ばし、愛しげに指を這わせた。

「ゴルゴンは、円卓」

「そう。円卓の三席、ゴルゴン。彼女らが破れた事でバランスが崩れてしまうでしょうね」

「バランス?」

 小首を傾げるニケを、梟はじっと見つめる。

「バランスが崩れれば、バランスを元に戻そうとして何かが動くの。誰かが、必ず。あるいは、そこに益を見出してバランスを保とうとする者も現れるでしょう。もっと、バランスを崩そうとする者も」

「つまり?」

 梟は薄く笑み、羽を広げて低く空を飛んだ。

「もう、引き返せないって事よ」



 守れただろうか。

 守りたかったものを。守らなければならないものを。

 ぐっと握り締めた拳も、強く閉じた瞼も、何もかもが曖昧で、ここに自分がいるのか、どこに自分が立っているのか分からない。

 それでも、前に進むのだ。きっと睨み付けて、手繰り寄せて、時には無理矢理にでも押し倒す。覚悟がなければ、ここにはいられない。どこにも立っていられない。

 目を開けば、そこは、見覚えのある場所だった。思い出すまでもない。何をしても、何をしたところでずっと消えない場所で、癒えない傷で、許してくれない景色だ。

 どこに立っているのかが分かり、そして今、自分が生きている事に気付く。

「ありがとう」

 だから、一はお礼を言った。

 髪の長い女が一に背を向けている。彼女は顔を伏せたまま、こくりと小さく頷いた。

「そんで、ごめんな。姉さんたちに会いたかったのに、その……」

 殺した。殺せと命じた。一は頭に手を当てて、苦しそうに息を吐く。

「……ごめんって、謝るのはずるいよな」

 誰かを守る為に、自分を守る為に、共に戦うと言っておきながら、実際に手を下したのは自分ではない。人に仇なすソレ。しかし、ソレにも守るべきがあった。会いたいと、そう願うモノがいた。それら全てを踏み躙ってここに立っている。

「あなたは」

 だから、許してもらおうとは思っていない。彼女が望むのであれば、石になるのも構わない。

「私の主だから」

 彼女が振り返り、柔らかな笑みを一に見せる。

「だから、命じて。名前を呼んで。それだけで、私は……」

 その笑みを見た瞬間、一の体は、まるで石にでもなったかのように固まってしまった。




最後だけ文字数が少ないのは 仕 様 で す 。

相変わらず、各人の思惑だったり、どうしてこれが起こったのかという動機やら理由など、全部を書かないのも仕様です。なんて。


話が一区切りしたので、久しぶりに後書きです。次章から、と言うか今回の章からはお話が動きます。具体的に言えば、置き去りにしていたモノを回収にしにいきます。


ヤマタノオロチの辺りから、章ごとに統一してみようって思い立ってから早二年。今回のサブタイトルは、バレバレですかね。


ゴルゴンなんて割かしメジャーな怪物を題材にするのは難しいですね。手垢付いてるし。しかも有名どころが。な、訳で、次も同じギリシャ枠ですけれど、少しだけマイナー?どころなのが出てきます。予想が当たったら願い事一つだけ聞いちゃうよ!ただし「その願いは叶えられない、私の力を超えている」で誤魔化しちゃうかもよ。

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