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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
アラクネ
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真昼の葛藤

「で? もう一体は逃がして厄介な物を持ち帰ってきた訳か?」

 店長が冷たく糸原に言った。

 表情こそいつもの店長だが、言葉には棘がある。

「しょうがないでしょ。逃がしたのも持って帰ったのも。むしろ一体はヤったんだからそこを褒めてよ。いや、褒めなくても良いわ、お金頂戴」

 糸原が悪びれず口を開けた。

 あのな、と店長が頭を掻く。

「コイツが何だか分かって連れて来たんだろうな?」

 と、仮眠室で眠っている少女と梟に指を指した。

 少女には毛布が掛けられていて、梟は近くで目を瞑っている。

「知らないわよ」

 糸原が大袈裟に肩を竦めた。

「……詳しくは言えないが、面倒なんだよ。コイツらはな」

「何よ、訳ぐらい話せば良いのに」

 射抜く様な視線が糸原を襲う。

 店長の鋭い目付きに糸原はそれ以上軽口を叩けなくなった。

 あーあ、と体を伸ばして椅子に腰掛ける。

「人間じゃ無いんでしょ?」

 声のトーンを落とし、糸原が呟いた。

 さっきまでの軽い感じが嘘の様。

「分かってるなら余計な事をするな。私が頼んだのは土蜘蛛二体を仕留める事だけだ。厄介事を持ち込んで来いなんて一言も言ってない」

「仕方ないって言ってるじゃない」

 仮眠室にまで聞こえるぐらい、大きく店長が舌を打った。

 パソコンの前の椅子に乱暴に座って、受話器を手に取る。

 静まり返ったバックルームに受話器の向こうからコール音が小さく鳴った。

 二度目のコールの後、誰かの声が聞こえる。

「北駒台の二ノ美屋です。はい、先日のソレを保護しています。ええ、今後の対応を指示していただきたいのですが」

 普段の店長にしてはやけに改まった応対だった。

「蜘蛛は片方だけです。そうです、少なくとも一体は駒台にいる筈です。ウチのがやらかしたみたいですね、はい、申し訳ないです」

 電話の相手は声からすると男らしい。

 男が何を言っているかは聞き取れないが、今朝の事について説明を求めている様だった。

 それから数分の会話の後、店長が受話器を置き、煙草に火を点ける。

 緩慢な動作で煙を吐き出し、火の点いた煙草を空き缶の上に器用に乗せた。

「何なの?」糸原が聞く。

 映画のワンシーンみたく、店長が椅子を回転させた。

「何とかして残りの蜘蛛を倒せ」

「はぁ? そんな当たり前の事を聞く為に電話したっての?」

 馬鹿じゃない、と糸原が漏らす。

「もしくは」

 と、店長が先程言った言葉を繋げる様に呟いた。

「ソレを引き渡せ」

 


「どちら様でしょうか?」

 一が、思い切り自分を睨みつける女にそう尋ねた。

 女は親の仇でも見る様な目付きで一に声を掛ける。

「……堀、は?」

 それだけ言うと、鋭い視線を一に浴びせ続けた。

 コンビニの店内に相応しくない雰囲気を醸し出す女。

「堀さんは今日来ませんが、何か連絡があるのなら僕が伝えておきます」

 ――何で怒ってんだよこの人。

 一は何とかそれを女に伝えると、自身を睨む人物の姿を観察する。

 明るい緑色の髪。染めているのだろうか、それにしては地毛の様に彼女の白い肌と、紺のコートが良く似合っていた。

 女が長くも短くも無い髪を退屈そうに弄びながら、一から視線をそちらに移す。

 意地悪そうな笑みを少しの間浮かべ、一を再び見据えた。

 「ふ、ふ。そう……死ねって伝えて、くれる?」

 「は? あの……」

 女が物騒な台詞を捨ててコートを翻すと、店から足音一つさせず立ち去った。

 死ね。

 ――誰が?

 自分が言われたのか。不思議に、不安に思う一だったがそんな理由は無い筈だ。

 さっきの女と一は正真正銘の初対面。

 何か連絡があるなら。自分で言った言葉を一は思い出す。

 ――堀さんへの伝言? 

 一には、堀の人間関係など知る由も無かったが、『堀が誰かに恨まれている。それも死ぬほど』というのが一つだけ理解出来た。

 だが、常に微笑を絶やさない堀を思い出してみて、彼がそこまで人に言われる事をしたと言うのを想像できない。

 あんな優しい顔を出来る人が何故。

 一は暫くの間呆然としていて、上手く頭が働かなかった。

 さっきの女の憎しみが篭った顔と声。

 まるで一自身に向けられたみたいに重く、深く心に突き刺さっていた。

 


「やってみなさい」

 突如、糸原でも店長でもない声がバックルームに朗々と響いた。

 弾かれる様に店長が椅子から立ち上がる。

「起きていたのか」

 店長が憎憎しげに言って、煙草を床に捨てて踏みつけた。

 糸原は訳が分からず椅子に座ったまま。

「ニンゲン如きが私たちを好き勝手出来ると思って?」

 白い羽を優雅に広げ、梟が囀った。

 まるで少女を守る様な体勢。梟はソファの縁に強く爪を食い込ませて、店長を丸い目で見上げる。

「出来るさ。手負いのガキに、高が知れた鳥一羽ぐらいならな」

 そう言って、店長は梟を睨み返した。

 バックルームに得体の知れない緊張感が張り詰める。

 鳥と人が睨めっこしている。傍から見ればこの上ない滑稽な光景だろう。

 睨めっこ(・・・・・)をしていた店長が、やがて視線を逸らす。

「馬鹿か」

 と、誰に言うでもなく独りごちた。

 椅子に座り直すと、机の上に突っ伏す。

「何のつもり、ニンゲン?」

「蜘蛛を倒すか、お前らを引き渡すか。蜘蛛は一体、お前らは二体。私は楽が好きだ。好きでしょうがない」

 店長がそう言って、そのまま顔を上げない。

「恩を売っているつもり?」

「私は商売は嫌いだ、向いてない」

 その言葉を聞いて、梟が戦意を殺がれた様に翼を畳んだ。

「アレはまた来るわ。しかも此処にね」

「何でよ」と、傍観を決め込んでいた糸原が思わず声を上げる。

 梟が糸原をジッと見つめた。

「匂いよ。私の匂いを追ってきているの。アレは私を狙っているのよ。訳あってこんな姿になっているから応戦する事も出来ない。逃げるか、助けを求めるしか出来なかったから近くのオンリーワンを回ったのだけれど」

 ああ、と糸原が話の途中で相槌を打つ。

「こないだ来てたのはソレ絡みの話だったのね」

「だから嫌だったんだ、ソレを殺す私たちが何でソレを助けないといけない」

 店長が愚痴を零す様に呟いた。

「……この有様よ。お陰で私とこの子はここで眠っていた訳。誰も助けてくれないから、あんなのに襲われる始末」

 梟が皮肉っぽく言う。

「あの」

 バックルームに居た全員の視線が一点に集中する。視線の先には一。

「さっき、堀さんの知り合いの方が来てたんですけど」

「その話は後だ。一、とっとと表で仕事して来い」

 店長がぶっきら棒に口を開けた。一を追い払う様なジェスチャーも付け加える。

「あ、はい。分かりました」

 そう言って、一が扉に手を掛けた。

「あなた、珍しいわね」

 出て行こうとする一に、梟が声を掛ける。

 その声に一の動きが止まった。

「はい? 俺、ですか?」

「そうよ。面白いわ、もしかしたらそういう(・・・・)素質があるのかも」

 面白い。素質。そういう。

 並べられた単語の意味を一つずつ、一が確認して整理していく。

「えっと、どういう」

「一!」

 意味ですか、と言おうとした所で店長の大声が割り込んできた。

「……何ですか?」

「仕事に戻れ」

 店長の有無を言わせぬ物言い。

 一は頭を掻きながら店内に戻っていった。

 隠し切れない、その様な類の笑い声がバックルームに響く。

「あなた、部下思いなのね」

 梟が笑いを噛み殺せないままで店長に言った。

「黙れ」

「それよりどうすんのよ? この後、残りのソレを何とかするのに異論は無いわよ。で、そこのソレはどうすんの?」

 糸原が発言する。

 そうだな、と店長が前置きして。

「蜘蛛を殺す。これは決定事項だ」

「殺すのは私だけどね」と、糸原が話の腰を折る。

 仮眠室の扉を一瞥してから、店長が重たそうに口を開けた。

「彼女らは見逃す。だが今回限りだ、次は無い」

「充分よ」と梟が声を発する。

「具体的には? 蜘蛛が出たり、ここにお目当てのが居るって事がバレたら偉い人達が動くんじゃないの?」

 店長が煙草に火を点ける。

「今回、オンリーワン支部の援護は期待できない。と言うか、無視する。完全に北駒台の独断専行で動く訳だからな。いつもの勤務外業務とは違う、蜘蛛が出たら支部は無視してこっちだけで勝手に仕留める。ソレが出たらその隙に彼女たちには逃げて貰うしかない」

 ゆっくりと、店長がこれからの事を説明した。

「あー。それってさ、命令違反とかそういう方面、大丈夫なの?」

 不安そうに糸原が尋ねる。

「ソレさえ仕留めれば問題ない。後は私が何とかする」

「ふーん。まっ、私は構わないけどね。ああ、それより特別ボーナスとか出ないの? ちゃんとした仕事の内に入らないんでしょ? タダ働きは死ぬほど嫌いなのよね」

 煙を苛立たしげに吐きつつ、店長が糸原を睨んだ。

「この厄介事を持ち込んだのは誰だ?」

「さあ誰でしたっけ?」

 糸原が店長から顔を反らせながら言う。

「……時給分ぐらい出すさ。それより、しっかりしてくれ、お前だけが頼りだ。三森は来る気配無いし、今回は堀にも頼れん」

 分かってる、と糸原が呟いた。

「話は纏まったのかしら?」と、梟が声を掛ける。

「ああ。お前らはソレが出現したと同時に姿を隠せ。後の事は知らん」

「恩に着るわ、優しい店長さん。そうそう、私を追ってる蜘蛛は夜に現れるわ。陽が沈んだ瞬間かもしれないし、草木の眠る頃かもしれないわね」

 梟はそう言って、仮眠室で寝息を立てる少女の傍で羽を休めた。

「どうかしてる、全く」

 舌打ちして、店長が再度突っ伏す。

「一には?」

「は?」と店長が突っ伏したままで答えた。

「だから、一には何て説明すんのよ?」

 糸原が声に苛立ちを含ませて言う。

「ああ、そうだな。後で適当に説明しておく。それより、蜘蛛が出るまでにはまだ時間がある。お前も仮眠を取るなりして体を休めておけ」

「じゃあ家に帰って寝る。夕方には戻るから」

 そう言って、糸原がバックルームを立ち去った。



「ウチの鍵、ですか?」

 糸原から鍵を渡せ、と言われた一が口を開けた。

 一は簡単な事情を聞いて、納得。と言うか渋々制服のポケットから財布を取り出し、中に入れておいた鍵を糸原に渡す。

「サンキュ」

 糸原は短くお礼を言って、紐の付いた鍵をクルクルと、指を軸にして振り回す。

「やっぱりソレの話だったんですね」

「うん。まあ、アレよ。アンタは心配しなくていーから」

 不安そうな一に糸原が声を掛けた。

「じゃ、私は家帰って寝とくから」

 そう言って、鍵を振り回しながら糸原が店外へと足を向ける。

「戸締りだけは忘れないで下さいよ」

「分かってるわよ、ガキじゃないんだから」

 糸原が出て行った後、客の居ない店内が静かになった。

 暫く何もしないで突っ立っていた一は、店内をうろつく。

 焦り。不安。

 言い知れぬ、ハッキリとしない感情が一の中で渦を巻いている。

 ――何か変だ。

「一。ちょっといいか?」

 店長が扉から顔を覗かせて一に声を掛けた。 

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