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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
座敷童子
133/328

Modorenai Live(戻らない日々-Ever Version-)

 恋に落ちるのに理由は要らない。

 愛を感じるのに根拠は要らない。

 全ては一瞬で決まるのだと、そう気付いた。

「……何だよ?」

 声を掛けられ体に触れられて。それだけで良かったのである。

 男は急に早田が黙り込んだ事に戸惑っていたが、早田にはもう何も見えていなかった。意を決して、

「私を抱いてくれ」

 ありったけの思いをぶち込む。

「馬鹿じゃねえの、お前」

 馬鹿で良い。そう思い、早田は笑った。



「ねえ、どうしたの?」

「――っ! いや、なんでもない」

 聖に声を掛けられて初めて、早田は自分が昔の思い出に浸っていたのだと気付いた。

 甘い夢。夢のような記憶。

「それで、決心は付いたわよね」

「聖お姉様、性急過ぎるのでは……」

「灯、お黙りなさい」

「ですが……」

 二人の口論をよそに、早田は目を瞑ってあの頃を思い出す。別れを惜しむかのように、丁寧に記憶を手繰り寄せていく。油断すると、涙が零れそうになった。

 大丈夫。この思い出があるなら、まだ生きていける。

「良いだろう」

 早田がそう言うと、聖は瞳を輝かせ、灯はどこか浮かない表情になる。

「ふふ、つまり?」

 聖はどうしても言わせたいのだろう。早田の口から、フリーランスになりたいと。自ら、人を外れたモノになりたいのだと。

「……私は」

 ――乗ってやる。貴様の安いプライドを満たしてやる。

「私は……」

 

「やっぱり、ここか」


 全員の視線が、新たにこの場へ現れた人物へ向いた。

 肩で息をして、今にも倒れてしまいそうなほどに疲弊しているのは、一。彼は早田だけをまっすぐに見つめている。

「……あんた、どうしてここが……」

 聖が忌々しそうに呟き、灯は目を見開いて驚いていた。

「先輩、何故……?」

「お前が行きそうな場所は大体分かるんだよ」

 一は頼りなさげに笑う。その笑顔が、早田には辛かった。



 早田が行きそうな場所なんて、本当は分からなかった。

 それでも、ここに違いないという確信めいたモノはあった。

 駒台大学の、コンビニの前。

 初めて、早田と出会った場所。

 この時間、学生も教員もいない。

 ふと、一の髪の毛がむずむずと疼く。何の気なしに掻いてみると、何故だか槐に怒られたような気分に陥った。

「勤務外、私たちは見ての通り取り込み中よ。今消えてくれれば、今日のところは見逃してあげるわ」

 包帯だらけの『教会』――聖――が鼻を鳴らして一を見据える。

 今、消えれば? 今日の、ところは?

「悪いけど、今しかないんだよ。見つけちまったからには空手で帰る訳にはいかない」

「そう、主に唾を吐くって言うのね?」

 聖は立っているのがやっとだと言うのに、釘を握って、一に先端を向けた。

 一は不思議と、彼女が怖くなかった。満身創痍の相手を見て落ち着いたのではない。自分は素手なのに、疲れて苦しいのに、それでも何故か、何とかなると思っていたのである。誰かが傍にいて、大丈夫だと囁いて、支えてくれている気がしていたのだ。

「早田、帰るぞ」

 足を踏み出した一のすぐ横を釘が通り抜けていく。気にせずに、もう一歩踏み出した。

「せ、先輩、駄目だ。私は帰れない」

「帰るんだよ」

「帰れる訳ないでしょうがっ、無視しないでよ勤務外っ!」

 聖は激昂しているが、動こうとしない。否、丸腰の一に対してですら動けないのである。

「早田」

 やっぱり駄目だった。こんな事なら最初から置いていくんじゃなかったとほぞを噛む。

 やっぱり必要だった。やっぱり、自分には早田が、日常が必要だったのである。

 言葉を重ね、尽くしても、もう遅いのかもしれない。彼女の不安定さは自分が一番良く知っていた筈なのに。

 それでも、言わなければならない。

「帰ろう」

 エゴを貫き通さなければならない。

 釘が頬をかすめても引き下がれない。

「先輩、私は……」

 早田はしゃがみ込んで俯いたまま動かなかった。



 聖は灯に体を支えてもらいながら、しっかりと釘を握り直す。病院での戦闘から思っていた事がある。

 目の前の男、一一が気持ち悪い、と。

 一目見た時から、得体の知れないモノを感じていた。幾ら叩き付けても、幾ら痛め付けても決して折れなかった。危うい光を宿した瞳に見据えられる度、怖気が走る。奴の口元がうっすらと歪む度、神に祈りたくなった。

 ――アレは、何なの?

 勤務外である以上、フリーランスの存在は知っていた筈。一はあの時も、今も素手であった。策も武器もなく、『教会』の前に立ち塞がる。

 一は危険だと、聖のフリーランスとしての勘が告げていた。

「灯、マンディリオンを」

「なっ、お姉様……!?」

「今ここで、アレを殺すわよ」

「だっ、駄目です。何の意味があるんですか!」

 灯にはまだ、一の異常さが理解出来ていない。そう断じると、聖は舌打ちをして自分だけでやろうとも決意する。

 聖は牽制用の釘を取り出すと、前方の敵を睨み付けた。



 早田は場の空気が変わった事に気付いて顔を上げる。

 聖からは一般人の早田でも分かるほどの殺意が迸っていた。彼女の狙いは一だろう。そう思ったと同時、体が動いていた。

 細かい理由はいらない。正しい事なんて何一つとしていらない。裏切られたと、捨てられたと、もう終わってしまったと思っていたのに。

 一が危ない。

 もし理由がいるなら、正しい事がいるなら、これだけで問題ない。

 釘が聖の手から放たれるか否かの瀬戸際、早田は彼女に向かって飛び込んでいた。

「くうっ――!」

 早田の空襲を受け、聖は強かに地面に打ち付けられる。

「お姉様っ!」

「させん」

「うああっ!」

 次に、動こうとした灯のこめかみを目掛けて蹴りを放った。

 飛び上がる早田。その蹴りを回避する灯。

 ――もう何もいらないんだ。



 早田たちが戦闘をしている間、一は、倒れて動けない聖の傍に立っていた。

 一は紛れもなく、疑いもなく、言うまでもなく勤務外ではあったが、身体能力自体は早田の方が上である。何より、彼は疲れていた。一般人の彼女にフリーランスの相手をさせる。鬼畜の所業と思われようが、罵られようが、構わない。半ばやけくそであった。

 それに、今日見た限りでは、灯と呼ばれていたシスターは人を殺せる器ではない。そうも思っていた。

「……何も、しないのかしら?」

「して欲しいのか?」

「結構よ。もう、動けないわ。残念ね、折角あの子を連れて行こうと思ったのに」

 聖の巻いている包帯からは血が滲み始めている。口を開く事すら辛そうな彼女を見てしまい、一は何もする気が起こらなくなったのだ。

「……あなた、気持ちが悪いわ」

「あ?」

「ただの人間がフリーランスに逆らうなんて有り得ないもの。普通じゃない」

「俺も一応、勤務外なんだけど」

 気持ち悪いとは心外である。一は憮然とした顔で聖を見下ろした。

「あなた、何を見てきたの?」

「……何?」

「その目、イカれてる。私には……いえ、私だから分かるのかしら。この世の全ての嫌なモノを見てきたように濁っていて、この世の全てのモノを無視し続けてきたような乾いた目。凄く、不快よ」

 聖は目を瞑ったまま言い捨てる。

「俺の何を知ってるってんだよ」

「知らない。知りたくないわ。多分、それを知ってしまえば、私なら耐え切れないだろうから」

「やめろ、黙れ」

 無駄な体力を使わせて死なれたら、槐に会わせる顔がなくなってしまう。

「ああ、主よ。どうか彼に幸あらん事を……」

「やめろっ。祈るんじゃねえ。俺はそんなもん信じてないんだ」

「ふふ、うふふ。神はいるわ。私のすぐ傍に。あなたの傍にも、ちゃあんといるんだから」

 死にかけでも関係ない。眼前の女を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。

「黙れ。祈ったって、願ったって、頼んだったって何をしたって! 何もしてくれない。あいつらは人間が苦しむところを見て笑ってんだよ」

「違うわ。救ってくれる。私たちを見ていてくれる」

「見てるだけだろうが。……現に、今のあんたは怪我して死にかけてる。それでも神が助けてくれるだなんて言えんのかよ」

「それは、私の祈りが足りないからよ」

 嬉しそうな聖の声音に、一の背筋は芯から凍て付かされた。

「私がもっと祈れば、神は答えてくれる。私が怪我をしたのは祈りが足りなかったからよ」

「……やめろ」

「……祈りなさい、あなたも。誠心誠意頭を下げて、自分は矮小な存在なのだと一心不乱に蔑みなさい。そうすれば、きっと――」

「――やめろ!」

 叫んでから、一は自分が大声を上げていた事に気付く。我に返って顔を上げれば、早田たちが戦闘を中断して心配そうにこちらへ目を向けていた。

「白けたわ」

 聖は誰の手も借りようとせずに自分の力だけで膝を突き、ゆっくりと立ち上がる。ふらつき、よろめき、今にも倒れそうだったが、それでも彼女は気丈に努めていた。

「もう駄目ね。時間を掛け過ぎちゃった。どうかしら、私たちを見逃さない?」

「……そんなの」

「勘違いしないで。見逃すのはあなたたちだけじゃない。こっちだってあなたたちを見逃してやろうって言ってるの」

 冷たい瞳に射抜かれてしまい、一は頷くしかなかった。

「結構。灯、引き上げるわよ」

 立ち尽くす一を見ようとせずに、聖は彼の脇を通り抜ける。

「……気を付けなさい、復讐は何も生まないわ」

 自分自身に言い聞かせるようなその言葉は、一の耳に届いていたかどうか、定かではない。



 ここの警備員は職務怠慢らしい。非難すると共に、今だけは感謝の念を覚える。

 フリーランス『教会』は一たちの前から去っていき、残されたのは二人。営業の終了したコンビニの扉に背を預けた一と早田は、月を見上げて同じタイミングで息を吐く。

「先輩、疲れたぞ」

「あー、うん。俺も」

 何を話せば良いのか分からなくて、一は何度も言葉を飲み込んだ。

「早田、ごめん」

 ようやく形になった言葉は陳腐で、でもそれ以上は思い付かない。

「もう良い。済んだ事を掘り返さないのが私のチャームポイントなのだ」

「ありがと。……でも、明日からは俺と距離を取って欲しい」

「何?」

「こっち側に来るなって言ってんだ。お前には学校がある。部活だって、友達だって。俺たちのせいで、もうこれ以上お前の日常を壊したくない。だか、らっ――!?」

 言った瞬間、一の頭に衝撃が走った。

「てっめ、何しやがんだ……俺はお前の事を思ってだな」

「先輩は、何も分かっていない」

 何が。

 早田に見下ろされながら、一は言い返してやろうとして顔を上げる。

「あ……?」

 頬を生温い何かが伝った。指で拭ったそれは、紛れもなく、疑う余地もなく涙である。

「分かってない、分かってないんだ……」

 早田は涙をぽろぽろと零しながら、声を絞り出していた。何度も何度も声を詰まらせ、その度にしゃくり上げている。

「落ち着けって。あ、違う、その、ごめん。……でもさ、泣くのはやめてくれないかな」

「し、知ってる。先輩が泣く女を嫌っている事は知っているんだっ、けど、済まない先輩。とまっ、止まらないのだ」

 泣く女じゃなくて、女性が泣いている姿を見るのが嫌いなのだ。苦手じゃなくて、嫌悪している。そう訂正しようかとも思ったが、我慢する。今はただ、早田を泣かせておこうと。

 

 ――復讐は何も生まないわ。


 早田の涙と、聖の言葉が深く胸に突き刺さる。思い出したくない記憶が瞼の底からこじ開けられる。脳の片隅にしまっておいた筈の光景が暴れだす。

 やめろ。やめてくれ。

 体が無意識の内に震えていた。心の中で幾ら叫んでも、あの日、あの時の場面が流れ出す。止まらない。悪夢は光を思わせる奔流となって、一の網膜を焼き尽くす。

 神様なんて、神様なんて、神様なんて。

 神様なんて、この世界なんて、こいつらなんて、俺が、俺が――!

「先輩……?」

「…………あ、ああ」

 とっくに泣き止んでいたのだろう。早田は心配そうに一の顔を覗き込んでいた。

「寒いのか? 何なら私が温めてやろう、人肌で。全裸で」

「いや、大丈夫。もう平気なのか?」

「問題ない。さっきのは失態だった。これで、今までに獲得した先輩ポイントで積み上げてきた先輩タワーが崩れてしまったと思うと、残念で仕方ない」

「そんなポイントやった事ないんだけどな」

 一は苦笑して立ち上がる。いつの間にか、体の震えは消えていた。

「話の続きをしても良いだろうか」

 遠慮がちに口を開いた早田が珍しくて、一は何も言えずに頷く。

「先輩。先輩は私の日常を壊したくないと言ったな。学校があると。部活があり、友人もいると。違う。違うのだ、先輩」

「何が違うんだよ。フットサル、つまんないのか?」

「まさか。これと言った取り柄のなかった私にフットサルを紹介してくれたのは先輩だぞ? それをつまらないと言うのは、先輩をつまらないと言うのと同じ事だ」

「友達はどうなんだよ?」

 小さな笑みを漏らすと、早田は首を振った。

「部活の先輩も、同学年の子も私に良くしてくれる。最近では、確かに友人と呼べる者も増えたと思う」

「なら、もう俺たちに付き合うのはやめとけよ」

「何故だ? 何故分かってくれないのだ。私に部活を与えてくれたのが先輩なら、友人を与えてくれたのも先輩だという事に。学校で私の居場所を作ってくれたのは、他でもない。一一さん、あなただろう?」

 息が詰まる。そんなつもりはなかった。

 フットサルを紹介したのは早田の足が速かったから、当時弱小だった部活を話の流れで、軽い気持ちで勧めたに過ぎない。彼女に友人が出来たのだって、自分は何もしていない。居場所だってなんだって、全て、早田が自分自身の力で得た筈だ。

「……だったら、だったらもう良いじゃねえか。今日だけで死ぬ思いを味わったろ。酷い目にも遭ったろ」

 ――勤務外の俺と一緒にいるから、こんな事になったんだぞ!

「居場所が出来たんなら、それを大事にしろ。多分、価値があるんだよ。しがみ付いてでも守らなきゃならないんだ、日常(それ)は」

「分かった」

 早田は短く言い放つと、一を正面から抱き締めた。

「お前、何してんの?」

「先輩にしがみ付いている」

 電光石火の早業である。一は驚愕を通り過ぎて、冷静になってしまった。

「先輩が言ったのだ。大事にしろと、しがみ付いてでも守れと」

「守るのは俺じゃないだろ。俺たちのいない、明日からの、いつも通りの生活を守れって言ったんだ」

「それに何の意味がある?」

「あるんだよ」

「ない。先輩は私の日常を壊したくないと言ったな。気付いてくれ、もう壊れている」

 反論を許さないほどの鋭い口調に、一は息を呑む。早田と密着しているから、その音がばれてしまうのではないかと焦った。

「離れろだと? 来るなだと? ほら、先輩はそう言って私の日常を壊した。見誤らないでくれ。見捨てないでくれ。愛してくれ。私の日常には、先輩が必要なのだ。絶対に欠けてはならない」

「早田……?」

「先輩のいない明日なんていらないんだ。だから、頼むから、私を遠ざけないで。お願いだ。先輩、私を傍に置いてくれ。私の傍にいてくれ。いつも通りと言うのなら、大切な日常だと言うのなら、そこにはあなたが必要なのだ」

 どうして、こんなに正直になれるんだろう。

 どうして、自分なんかを好きになってくれるんだろう。

 大切な後輩だと思っていた。昨日と、何一つ変わらない明日が来ると思っていた。

 新しい事を知れば、古い事を忘れてしまう。時間は止まらない。だけど、この関係だけは変わらない、変わって欲しくないと思っていた。

 変わるなら、自分だけで良い。

 早田には何も知らないままで居て欲しかった。

「早田、俺は」

 その手を伸ばせば、もう終わる。

 声を発してしまえば、戻れない。

 言いたい。言って楽になりたい。

「俺は……」

 隠し切れない。嘘を吐き続けないといけない。

 巻き込めない。苦しさを分かち合いたい。

 せめぎ合う感情が言葉を紡ごうとするのを邪魔していた。

「言ってくれ。受け入れるから」

 それがとどめだった。水面に石が投げ入れられるかのように、一陣の風が蝋燭の炎を抜けていくかのように、一の心が揺らめいて、決壊する。

「――俺、勤務外なんだ」

「好きだ、先輩」

 早田はそれ以上何も言わず、一を更に強く抱き締めた。



 もっと早く止めに入れば良かった。

 駒台大学前に停めた車のボンネットに腰を掛けた楯列は深く溜め息を吐く。

 コンビニの前。予想通りの場所で抱き合っている一と早田を眺めながら、今からでも遅くはない。ヘッドライトで照らして邪魔をしてやろうか。

 そんな事を考えつつ、一切の行動を取ろうとしない自分を微笑ましくも、情けなくも思う。

「あの様子だと、言ってしまったらしいね、一君」

 誰に言うでもなく、楯列はぼんやりと呟いた。

 一が早田に真実を告げたとするならば、彼女をこれから先のトラブルにも巻き込んでしまう事になるだろう。

 それで良かったのかもしれない。少なくとも、一はそうなる事を望み、選んだのだ。彼の選択に一切不満はない。失望もしない。しかし、選ばれた早田に対しては嫉妬を覚える。一度は突き放されたのに、一に再び抱き寄せられたのだ。

「……今日だけは、許そうか」

 たまには良い目を見させてやっても罰は当たるまい。特に、今日ぐらいは。

 思えば、今日は一をいつもの数十倍も引っ張り回していたような気がしている。

 楯列は頭に手を遣って反省するが、それでも一ならば自分に付き合ってくれるという打算があった事を思い出した。

 楯列が一を必要としているように、一も楯列を必要としている。早田と一の関係についても、そう言えるだろう。

 そして、心のどこかでは楯列も早田の事を必要としていたのだ。表面上では悪く言い合っている間柄ではあるが、彼女がいて、初めて自分たちが日常に埋没出来るのだとも思っている。

 一、楯列、早田。

 それぞれがそれぞれを必要としていて成り立つ歪な関係。傍から見れば、実に気持ち悪く、得体の知れない関係でもあるだろう。それでも良い。他人に何と思われようと構わない。自分たちは幸せなのだから。

 だが。楯列には一つ、分からない事があった。

 孤独だった。だから友人が欲しい。愛が欲しい。愛したくて、愛されたくて、愛し合いたい。一を必要としたのは、楯列にはそれらを構成する何かが欠けていたからである。

 早田だって自分と似たようなものだと、彼女を一目見た時から楯列は見抜いていた。

「一君、君はどうなんだい……?」

 一は、どうなのだろう? 本当に自分たちを必要してくれているのだろうか?

 楯列はぽつりと呟く。自分と出会う前、彼に友人と呼べる気の置けない存在がいない事も知っていた。声を掛けてくれたのは、必要としてくれたのは、一も自分たちと同様に孤独から脱出したかったからだと、そう思っていたのである。

 ――本当に、そうだろうか?

 時折分からなくなる。

 早田と出会い、三人で行動するのが当たり前になってきた頃、一はアルバイトを始めた。彼は生活費が底を尽きかけているからだと苦笑いを浮かべていた。その顔を見た時、閃きのように疑問に思ったのを覚えている。

 一がアルバイトを始めて、三人でいる時間が減った後も今まで通りの生活が続いた。一の口から、見知らぬ人物の名前を聞かされて、その話をしながら笑う彼を見て嫉ましくも思った。

 それでも、この関係は変わらないのだと。

 楯列は願っていた。早田だって願っていただろう。

 しかし、時が経るにつれて駒台では凶事が増えだしたのだ。

 凶事――即ち、ソレの出現である。

 例年と比べて比較的、などという穏やかな数ではない。

 それこそ今まででは考えられない、それこそ有り得ない数のソレが押し寄せたのだ。毎日のように街では何かが起こる。オンリーワンが情報規制を試みて、実際にある程度は成功を収めていただろうが、人の口にまで戸は立てられない。なまじソレの実態を大多数の一般人が掴めていない事もあって噂が噂を呼び、憶測が憶測を招き、恐怖が恐怖を伝染させていく。

 規模の大きな、被害の甚大な事件も発生した。

 駒台に住む人々の間では『蜘蛛』だとか『魔女の襲撃』と呼ばれる事件である。実際に蜘蛛や魔女がいて、街で暴れたのかどうかは定かでない。だが、話を裏付けるように街の一画は半壊し、事件の起こった学校は閉鎖寸前にまで追い込まれている。

 流言飛語が蔓延する中、一が勤務外だという話を楯列は耳にした。幸運にもその話は、この街に根を伸ばしている『楯列』独自の情報網からだったので、余人の知るところではない。

 それでも性質の悪い冗談には違いない。楯列は申し訳ないと、その行為を唾棄すべきものだと恥じながら、自分と、信頼の置ける数人の使用人だけで一の身辺を探った。彼の疑惑を払拭させてやりたかったのである。

 数日間に渡る調査の末、冗談ではないと判明した。その上、『蜘蛛』や『魔女』だけでなく、駒台で起こった殆ど全ての、ソレやフリーランスの出現したとされる騒動に一が勤務外として関わっていた事までも明らかになったのである。のみならず、ソレやフリーランスと友誼を結んでいる彼に、楯列は少なからずショックを受けた。

 追い討ちをかけるように、座敷童子に関しての話が楯列の耳に入る。以降、一についての調査はそれどころではなくなり、打ち切った。

 それで良いと思っていた。元々気が乗っていなかったし、友人の正体が何であれ、何をやっていたにしろ、友人は友人なのだと。一は、一だ。


 そう思っているのは、自分だけではないのか?


 一が何を望んで、求めて、欲して自分たちと行動しているのか分からない。

「君は何者なんだろうね」

 彼は自分を騙らない。素晴らしい事だと思う。だが、自分の事をも滅多に語らないのだ。こちらがさり気なく話題を振っても語りたがらない。

 名前と誕生日、それさえ分かれば充分だろうと一は笑っていた事がある。その笑みは、楯列の目にはやり切れないものに映っていた。

 どこから来て、どこへ行くのか。願わくば、ずっと傍にいて欲しい。その一方で、一はいつか、自分の――誰の手にも届かないどこかへ行ってしまうのだと確信していた。

 出来るなら、その時が来ないように。もっと、ずっと遠く未来の事であるように。

 一と早田を眺めながら、楯列はカミサマに祈った。



 



 セイレーン編に続いて、消化不良の気持ち悪くて中途半端な話が続きました。それが狙いです。

 やまたのおろちのお話から、サブタイトルには共通点と言うか、同一の元ネタを使おうと試行錯誤しております。蛇だったり、狼だったりゾンビ映画だったり。今回は座敷童子なので、和風っぽい、独特の世界観を持った方の楽曲からになります(そのゲームはやった事ないですけど)。完全に自●行為ですね。元ネタに気付いた方が少しでも反応してくれれば、作者のモチベーションも上がると言うものですが。

 次のお話からは、また掛け合いが前面に押し出された軽ーい感じのものが続きます。多分。 それと、ただ今申し訳ない事に、これともう一つ連載をやっております。更新頻度が微妙にトロく、ああすみません、輪をかけてトロくなっているかと思います。どうか見捨てないで。どうかご容赦を。

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