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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
プロローグ
12/328

冥界降り

「糸原四乃です、宜しく」

「うん、よろしくな」

 店長が返事をする。

「マジかよ……」

 一が信じられないと言った顔で、オンリーワンの制服を着ている糸原を見る。

「糸原は一般から始めるから、一。頼むぞ」

「え、はい。あ、じゃなくてっ。何で?」

 糸原と店長が首を傾げた。

 一が何に驚いているのか分からない、とでも言う様に四つの瞳が一が見る。

「だって、その。糸原さんはオンリーワンが追っ掛けてる指名手配犯じゃないですか。何でいきなりそこの店員になってるんですか?」

「いきなりじゃないぞ。面接も済ませたし、ちゃんと店に挨拶にも来たからな」

 店長が偉そうに言った。

「違います、いきなりの部分は良いんですよ。だから、何で指名手配犯の糸原さんが」

「ああ、同姓同名だよ」

 と、一の言葉を遮る様に店長が口を開いた。

「何言ってんのよ、私が悪い事する人間に見えんの?」

 ジト目で糸原が一を見る。

「と言う事なんですよ。一君、宜しくお願いします」

 眼鏡を掛けたスーツ姿の男性が笑顔でそう言った。

「堀さん、ホントもう、これはどういう事ですか?」

「んー、実はですね。タルタロス(あちらさん)が指名手配の件を撤回して来たんですよ。三森さんにも連絡したんですが、都合が付かないので早急に伝えなければいけないんですけどね」

 堀がのんびりとした口調で言う。

 ――嘘だろ? タイミング、良すぎじゃないか……?

 一が未だに呆然としている。

「お前の気持ちも分かる。正直言って私たちも今回の上からの命令には疑問を感じてる。でもな、使える奴は使いたい、手元に置いておきたい。それが私の気持ちだ」

 突っ立ったままの一を見据えながら店長がハッキリと物を言う。

「犯罪者って肩書きが消えた私を雇わない店なんて無いって事よ」

 言って、糸原が意味も無くにやけた。

「それって、この前に来てた鳥を連れてた女の子と関係あるんですか?」

 一が何気なく、誰に聞くでもなく、声を発する。

 だが、その問いに答える者は一人としていなかった。

 堀だけが困った様な笑顔を浮べている。

 何かがおかしい、一はそう思わざるを得なかった。



 小さな部屋。

 その部屋には、扉と窓と机と椅子が一つずつあるだけで他には殆ど何も無い。窓からは何処までも広がる荒野が見える。空は暗く黒く、地には草木一本も生えていない。隆起した土と転がる岩だけがオブジェクトと成り果てている。

 荒れ果てた大地を、椅子に座りずっと眺めている人物がいた。

 それ以外何もしようとはせずに、いや。それ以外何も出来ないのだろう。何も無いこの部屋、この世界では。

 退屈そうに溜息を吐く事も、今居る世界を恨む事も無く、そこにいるのが当たり前とでも言う様に、時間が過ぎて行くのを待っている様子だった。

 そうして、どれだけの時間が流れていったのだろう。

 閉じられていた扉が開かれる、ゆっくりと。

 椅子に座っていた人物が、振り向きもせずに声を掛ける。

「何かしら?」

 その声は良く透き通り、脆く壊れやすいガラス細工の様な危うさがあり、美しかった。が、同時に冷たくもあった。

 声から察するに、その人物は女性と思われる。

 黒いローブを身に纏う細身の体。部屋の中だと言うのに、ローブに付いているフードを深く被っていて、顔は確認できない。

 使い古された表現だが、ミステリアス。女性の雰囲気はこの一言に尽きた。

 女性の声を聞いて、やっと扉を開けた人物が口を開く。

「仕事をして下さい」

 そう言った人物の声は、少しばかり震えていて、目も泳いでいた。

 細く、頼りない声。

「嫌よ」と、ローブを着ている女性が短く答えた。

 声は先程と同じく美しかったが、ハッキリと拒絶を示す強さもある。

 女性は白い指先を口元に当てた。

「あのニンゲンはどうしたの? もうずっとここに来ないじゃない」

「は、はい。あ、あのその……」

 声を掛けられただけで、その人物が落ち着きを失くした様に、更に声を震わせる。

「男ならしゃんと物を言いなさい」

 扉を開けた人物は、どうやら男だったらしい。だが、どうにも頼りない印象を受ける。

 冷たい声の持ち主に視線を送られていた男が、唾を呑み込み、意を決し声を絞り出した。

「あ、その、死んでしまった様です。その後、向こうからは後任をどうするかの連絡もして来ない、次第でして……」

 それだけ言うと、男は一仕事終え溜息を吐く。

「それで?」

 女性が男に問い掛ける。

 予想していなかった答えに「は?」としか男は返せなかった。

 口元に当てていた指を、こめかみに移すと、女性は呆れた様に口を開ける。

「私は如何すれば良いのかしら? 仕事、しなくて良いの?」

「い、いえ!」

 言いながら、慌てて男が首を横に振った。

「じゃあ連れて来なさいな、新しいのを」

「し、しかし……。現在は三名しか雇っていないらしく……。正直な話、こちらに人材を回すのは無理かと」

 男がゆっくりと、遠まわしに無理です、と否定する。女の顔色を伺うと、取り立てて機嫌を悪くしている素振りは見られなかった。

「正直な人は好きよ」女性が窓の外を見ながら呟く。

 良かった、と男が胸を撫で下ろした。

「あなたは嫌いだけどね」

「あれ?」

 撫で下ろした胸が掻き消えていた。

 まるで魔法でも使ったかの様に、そこ(・・)だけ神隠しに遭ったかの様に。

 血も出ておらず、ぽっかりと穴が開いている。男の体を通して、向こう側の景色が覗けた。

 上半身と下半身は、見えない何かで繋がっているみたいに微動だにしない。

「もう一度死になさい」

 指だけ動かして、視線は窓に向けたまま女性が言う。

 小さく男の声が漏れると、その姿は跡形も無くなり消え失せた。

 女性が指を振ると、開きっぱなしの扉が軋んだ音を立ててゆっくり閉まる。

 二人入れば息苦しくなる小さな部屋、そこに静寂が帰ってきた。

 女性は椅子に深く腰掛け、視線を窓にやる。

 いつまでも、どこまでも荒野が広がっている窓の外。

「退屈ね」

 そう言うと、女性は目を瞑った。



「あ、また客層キー押してないですよ」

「うっさいわね」

 オンリーワン北駒台店内にはレジスターが二つ設置されている。その内一つを半ば貸しきって一と糸原が何かやっている。

「ほら、こうすればいいんでしょ?」

「はい」と一が疲れた風に返事をした。

 糸原はレジに付いているボタンをさっきから何度も押している。

「何でそこで十代の客層押すんですか。煙草買う人のは二十歳以上でしょう」

 一が冷ややかに言うので、「うるさい馬鹿」と語気を荒げて糸原が喚く。

 やっと、レジに並んでいた客を捌いて店が静かになる。

 糸原の手にはマニュアルらしき物も握られているが、そのマニュアルは丸められていて、読まれた様子はまるで無かった。

「まあ、初めてにしてはそこそこ良いんじゃないんですかね」

 一がどこか、上からの目線でそう言った。

「アンタ、人よりレジが打てるからって得意気になってんじゃないわよ」

 糸原がジト目で一を見る。

 冷たい視線を気にする事も無く、一がレジ内の札を数えて分けていく。

「何やってんの?」と、糸原が聞いた。

 一が、札を指で弾きながら「十枚に纏めてこっちに置いておくんですよ。一万出す客も居ますし。一々バラになった状態から数えるより早いでしょ」と返す。

「まめねえ」

「もう癖になってますから。あ、それより、何で糸原さんここで働こうと思ったんですか? あなたにしたら元々は敵地なのに」

 一が聞く。

 糸原が腕を組み、考え込む姿勢を見せた。

 一が纏め終わった札の束をレジに仕舞い込み、丸まったマニュアルを何気なく捲る。

「アンタが働いてるから」

 長い髪の毛を弄りながら、糸原がそう言った。

「……俺がいれば少しは楽が出来るかな、と?」

「そんなつもりは無いわよ」

 嘘だな、と思いつつ、一が糸原の言を流す様にマニュアルを読み進めていく。

「レジは覚えたみたいですし、次は掃除教えますね」

「掃除ぃ? 私そういうの嫌いなのよねー」

 糸原が本当に嫌そうな顔でひとりごちた。

 一が掃除用具を取りに行く為、バックヤードに入る。

 何となく、糸原が置いてあるマニュアルを手にとって、読んだ。

 ――ビール券とか面倒そうね。アイツにやってもらおう。

 扉の開く音がし、糸原が顔を上げる。

 掃除用具を持った一と、険しい顔の店長が居た。

 一は心底困った、と言う表情を浮かべている。やがて、カウンターまで二人がやってきて、店長が言った。

「タルタロスから電話が来た」

 そして、制服のポケットから煙草の箱とライターを取り出す。

「吸ったら怒りますよ」一が釘を刺す。

 構わず、店長が煙を吐き出した。

「糸原さん?」

 糸原は何も答えず、何も言わないで皺くちゃになったマニュアルに視線を落とし続けている。手には力が入っており、どこか、顔色が悪くなった様にも思われる。

 その様子を見て、店長がああ、と納得した様な素振りを見せた。

「心配するな、糸原。お前じゃない。いや、お前でもあるのか?」

「何言ってんですか?」

 一が訝しげに尋ねた。

「向こうの偉い人から電話が来てな、早く差し入れを持って来いだと」

 店長が灰を、店に備え付けられているゴミ箱に落としながら言う。

「差し入れ? 何でよ?」と、糸原が聞いた。

「何か知らんが、決まりになってる。そういや忘れてたな」

 と、遠い目をして店長が呟く。

「忘れてたって……。で、誰が差し入れをタルタロスまで持って行くんですか?」

 発言した一から、糸原が目を逸らせた。

「それをどうしようかと思ってる。適任は三森だが、あいつ顔も見せないしな」

「田舎のヤンキーの癖に」糸原が小さく舌打ちした。

 一が首を傾げる。

「へ、三森さんが適任なんですか? あー。そもそも、タルタロスって何処にあるんすか?」

 店長が一を見る。うるさい奴だな、とその目が語っていた。

「三森の家は支部の近くの寮だ。タルタロスは支部の近くにある」

 ああ、と一が納得する。

「そりゃ適任過ぎるわね。早く連絡取ってよ、私は嫌だからね」

「電話は掛けてるんだが出ない。だからな。お前らのどっちか、今から行って来い」

 店長が、吸殻を床に捨てて言う。

「差し入れを前まで届けてた人は? 辞めちゃったんですか?」

「そんな事聞いてもしょうがないだろ」と、店長が面倒くさそうに言う。

 いやいや、と一が頭を振る。

「その人の後任って言えば、話は早そうじゃないですか」

 店長が目を細め、「それもそうか」と呟いた。

「で、名前は?」と話を聞いていた糸原が尋ねる。

「すずき、たなか、いや、さとうだったっけな」

 店長が頭を掻いて、名前を挙げていく。

「平凡そうな名前ねぇ」と、馬鹿にした様に糸原が言った。

 ふと、一が制服のポケットに手を入れる。

 一の背中を冷たい何かが走った気がした。何か(・・)をその手が掴む。

「あの、もしかして」と一が声を弱弱しく発する。

「サトウさんですか?」

 と、ポケットの中に入っていた名札を手に持ちながらそう言った。

「ああ、そうだ。そいつだよ」と、名札に指差しながら店長が答える。

「決まりだな。一、お前が行って来い」

 ええ、と不満の声が一から上がった。

「何で俺なんですか? 名札が偶々入っていただけなのに」

「運命を感じるわ」

「うん。前任のサトウが、次はお前だ、と言っている様だ」

「すごく……不吉です」

 そして店長が、仕事は終わったと踵を返す。

 糸原も、安心した様に内心胸を撫で下ろした。



 一が財布の中身を確認する。

 既に制服から私服に着替え終わり、店内で『差し入れ』を物色していた。

 一の近くには店長と堀がいて、横からアドバイスとも、非難とも言えない言葉を浴びせかける。

「ああ、お酒は辞めておいた方が良いですね」

「菓子を見るな。馬鹿かお前は」

「店長うっさいです」

 そもそも、と一が口を開いた。

「何で俺の自腹なんですか?」

「なにぶん、突然の事でして。次回からはお金を用意しておきますから、今回だけは」

 堀が眼鏡の位置を直し、申し訳無さそうに言う。

 かごには、おにぎりやサンドイッチ、パックのジュースなどの単価が低めの商品ばかり入っていた。

 店長がガムと飴をかごに突っ込んで、買い物は終わる。

「これはお菓子じゃないんですか?」

 一が尋ねると、「それはお前のだ」と店長から返ってきた。

 ――俺の金なんだけどなあ。

 疑問に思いつつも、これ以上深くは考えないようにして一はレジへ向かう。

 かごをカウンターに置くと、雑誌を読んでいた糸原が「いらっしゃいませー」と、至極ダルそうに言った。

「もっとしっかりして下さいよ」

「……だってさ、アンタが出てったら新人の私だけで仕事してなきゃなんないのよ? それってどうなのよ? 今から体力温存しておいてなんか悪い?」

 捲くし立てる糸原だったが、しっかりと手も動いていた。

 商品を手に取り、リーダーでバーコードを読み取っていくその姿は、すっかり慣れた物だった。

「じゃあ、糸原さんが行きますか?」

 と、一が商品を見ながら自嘲気味に言う。

 糸原は何も言わずに、読み取った商品を袋に詰め込んでいく。

「あ、重い物から先に詰めてって下さい。ああっ、パンの上にジュース入れたら潰れるじゃないですか」

「ホントうるさいわね」

 糸原の顔が不機嫌に染まる。

 しょうがないな、と前置きして。

「じゃ、今日の晩御飯は何か良い物にしましょうか」

 一が札をカウンターに置いてから言った。

「外食?」と、札を手に取り糸原が尋ねる。

「たまには良いですね。やっと働き手が増えた事ですし。つっても、そんな高い店駄目ですけど」

 御釣を掌で受け取りながら一が言った。

「別に。ファミレスでも何処でも良いわよ」

「あれ、意外ですね」

「もっとお高い女だと思ってた?」

 楽しそうに糸原が笑う。

 一が苦笑いで返した。

「それを言うなら私の方が意外よ」

「何がですか?」と、一が聞く。

「アンタが私をデートに誘うなんて、って事が」

 一が袋詰めされた商品を受け取り、財布を仕舞う。

「そういう風に受け取ります?」

「お姉さんは感激ね。そんじゃ行ってきなさい」と、一の目を見ずに糸原が言った。

 行ってきます、と一が扉に手を掛けて、そう返す。

 


 オンリーワンを出てから数分。始めのうちは、得体の知れない焦りに急かされる様に足を進めていた一だが、どうせならゆっくり行こうと思い直し、煙草に火を点け、ダラダラと、と言う表現が似合う程の速度で歩き始めた。

 時刻は夕刻。冬の太陽はもう沈みかけ、背の高い街路樹が道に影を落としている。その影に溶け込む様に一が歩く。

 ――支部って前に行ったトコだよな。

 一はゆっくりと変わる目の前の風景と、以前三森と歩いた風景を頭の中で比べていく。

 分かれ道に来る度、どちらへ行くか迷う一だったが、持っていた荷物の重さに負け、正しいかどうかも分からない道を選ぶ。

 初めて見る景色に焦燥感が募るも、何とか正しい道へと修正していき、十数分で一の目には記憶にある建物が見えた。

 前回はまだ、日が沈みきっていない昼頃に辿り着いたので、暗闇の中に浮かぶ支部と、頭の中の支部とで、一は違和感を覚える。

 確認の意味を含めて、一は辺りを見回した。近くに寮があると聞いていたので、それを探す。だが、近くには如何にも金持ちが住んでいる、と言った大きなマンションぐらいしかなかった。

「まさか……」

 思わず独り言が出てしまう。

 ――これが寮?

 ま、どうでもいいけど。そう思い、一は支部へと足を向けた。

 タルタロスも支部の近くにある。支部の人に聞こうと、自動ドアが開くのを待ち、受付へと進む。

 一は「すいません」と、受付の女性に声を掛けた。

 何でしょう、と女性が笑顔で返す。

 タルタロス、と言い掛けて、一は止まった。

 ――タルタロスって正式名称と違うよな……。

 どうしようかと、そのまま一は固まってしまう。女性はそんな一を明らかな作り笑顔で見ていた。

「タルタロスって何処にあるんですか?」

 一はそのまま聞いてしまう。

 女性が言葉を詰らせた。しまったな、と一は思う。

「タルタロスの人に、差し入れを届けろって言われてて。あ、僕オンリーワンのバイトなんです」

 決して怪しい者ではありません。とは言えなかった。

 完全に女性の顔から笑みが消えた。変質者でも見る様な目付きで一を観察している。

 ――最悪過ぎるだろコレ。

「タルタロスの場所を知りたいのかい?」

「え?」と一が振り向くと、車椅子に乗った、大柄の老人がそこに居た。

 髪の毛は薄く、スーツを着ている。老体にしてはやけに体つきがよく、一は少しひるんだ。

「どうした? 知りたくないのかね?」

 老人がしゃがれた声で尋ねる。

「あ、はい。えと、僕は」

「いや、いい。事情は聞いていたからね」

 そう言って老人は微笑んだ。

 見ると、受付の女性が頭を下げている。

 どうやら、この老人はオンリーワンの偉い人らしい、一はそう思った。

「ありがとうございます。教えて頂けますか?」

「うん。礼儀正しいね、君は」そう言うと、老人は車椅子の向きを器用に変えて、外を指差した。

「支部を出て、右手に進みなさい。殺風景な建物があるから、そこが君の言うタルタロスだよ」老人が言う。

 一は頭を下げ、老人にお礼を言うと、支部を後にした。

 外はすっかり暗くなっている。

 ――あの爺さんのお陰で助かった。

 一が、車椅子に乗った老人の言ったとおりに進むと、確かに、真っ白に塗り潰され、色気の欠片も無い殺風景な建物が見えてきた。

 白一色で塗装された大きな建物。冷たい雰囲気を纏わせた建物を覆う壁の上に、鉄条網が張り巡らせられ、正面には重たそうな門が腰を下ろしている。

 どうやらここらしい、一が正面の門へと進んだ。警備員らしき服装の男が二人いる。

 一の予想通り、近づいていくとその内一人に呼び止められた。

「何か御用ですか?」

 口調こそ丁寧その物だが、そこに一を歓迎しようと言う気持ちは一切感じられない。

 「オンリーワンの者です。指示されたとおり、差し入れを持ってきたんですが……」

 一がそう言うと、男二人が顔を見合わせる。

 ややあって、無線機を持っていた男がどこかに連絡を取り始めた。無線機からは聞き取り辛い声らしき音が流れる。

 ――話、伝わってねぇのかな。

 一が不安げに警備員の動向を見つめた。

 不意に、ノイズが聞こえなくなる。

「あの、もしかしてあなた。サトウさん、ですか?」

 警備員が一を見ながら、自身が無さそうに聞いた。

 それを聞いて一は。

「ああ、僕はサトウさんの後任で(にのまえ)と言います。サトウさんは、その、亡くなられてしまった、ので」

 警備員の顔に、驚きと言った類の感情が一瞬浮かぶ。が、直ぐに平静を装った風に「そうなんですか」と呟いた。

「分かりました。どうぞ、中にお入りください。途中までは私たちが付き添います」

「あ、どうも」と正直、一は訳も分からずに頭を下げた。


 

 小さな部屋。

 その部屋の前まで案内され、一はそう思った。

 門を潜って直ぐに、本館と思われる建物から離れた棟へ連れて行かれ、一は警備員二人に付き添われて階段を降りていった。

 階段はやけに段数が多く感じられ、どこか遠い地面の下の国にでも行ってしまうんじゃないか、と一は思っていた。が、長い階段を下りきると、照明の薄暗い廊下に着く。

 一応は人間が居てもおかしくない場所。

 ――ビビってたのが馬鹿みてぇ。

 そうして一はこの扉の前までやってきたのだ。

「それでは、私たちはこれで。帰る際には申し訳ないんですが、お一人で先程の正門の方までいらして下さい」

 警備員の片割れがそう言った。

「分かりました」と小さく一が頷く。

 二人の男が背を向け、先程まで下ってきた階段を登っていった。

 規則的な足音が、やがて小さく、遠くなるのを感じ、一はドアのノブに手を掛ける。

 ノブを捻ろうとした瞬間、扉が独りでに開いた。

 開いた、と一はおかしくも、そう感じた。なぜなら、扉は独りでに開かないからである。

 ――何で?

 建て付けでも悪いんだろうか、一はそう思い込む事にした。

 良く見れば、廊下の壁にひび割れ。床には染みがこびり付いて、フロアにも細かな傷が無数に入っている。

 オンリーワンと提携している割には、支部の建物とは違って古臭く、お世辞にもきれいと言えた環境では無い。

「入ってきたら?」

 戸惑っていた一に、声が掛かる。

 部屋の中かららしい。

 一はいつの間にか握っていた拳を解き、扉を開いた。 

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