その七
私立島原男子高等学校。
東京都日野市にある男子高校であり、学校は新設されてから三年しか経過していない。
しかしながら、校長である川澄正司は教育者として有名であり、今回の依頼人である。
俺と鴨、兼定は依頼人がいる島原高校へ向かった。
「歳三、行く前に一ヶ所寄り道して欲しいところがあるんだが・・・」
「どこだ?」
「高幡不動尊。店前にある歳三まんじゅうが大好物なんだよ。俺。」
ぶ。
鴨の言葉を聞いた兼定が吹き出して、何かを言おうとしたが、その前に鴨は尻尾を鞭のように動かし、奴の頭を叩いた
・・・鴨さんよ。ソイツは、猫好きの兼定にはご褒美だぞ。
俺が口を開くより先に、兼定が鴨を抱き上げた。
「ツンデレ鴨さまも素敵です。」
ぎゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。
鴨を抱きしめる兼定。
「兼定。鴨を絞め殺すなよ。」
鴨は兼定の胸の圧力で伸びていた。
ジジイじゃなきゃ、ご褒美なんだろうが・・・。
カーナビで、俺は高幡不動尊を経由した島原男子高等学校へのルートを検索する。
どうやらほんの少しの寄り道程度だ。
俺は車を走らせた。
高幡不動尊前で俺は鴨の望みどおり、歳三まんじゅうを三箱購入した。
新選組の土方歳三を型どったまんじゅうである。あとは。
にゃあお
鴨が猫の真似をして啼いた。奴の視線の先には東光寺のべったら漬が合った。
「これ、美味しい沢庵だそうです。聞いた話ですが昔、ある人は此処の沢庵が大好物で、沢庵が入った樽を担いで五キロ先の家まで持ち帰ったという逸話もありますからね。」
兼定もそう言って優雅に笑った。
俺は甘いものもいけるが、一番好きなのは沢庵だったりする。
俺は即座に沢庵をいれた。
買い物を追え、俺達は車の中に戻った。
「俺とお前と兼定で三箱も食えるか?まんじゅう?」
「一つは黒猫への手土産だ。」
俺の言葉に鴨はにやりと笑った。ホント、ジジイのくせに律儀だなぁ。
「どんな奴何だ。その黒猫」
「橘琥珀。一見すると普通の黒猫」
・・・おい、そんな奴のために何でまんじゅうを買う必要があるのかよ。
俺は鴨を睨みつけたが、奴は俺の瞳を見て楽しげに笑った.
「日野一帯の猫のボスで、凄まじく頭が良い。奴なら【踊る猫】を説得できるとおもってな.」
「『一見すると』ということは、何か特殊な能力でもお持ちなのでしょうか.」
兼定の問いに、鴨の瞳が細くなった.やがてニヤリと底意地悪い笑みを浮かべ答えた。
「尻尾が一つで、年齢が若く、人前ではしゃべらないが・・・変化はできる」
「変化?」
鴨のように変化するのだろうか?
鴨は通常、しっぽが二つにわかれた猫又姿をとっているが、この間、巨大ネズミと戦った時のように猫鬼に変化して戦うことも出来る。
「琥珀の遠い祖先には、狐が入っている。」
鴨の説明に混乱した俺は、兼定を見た。
「根岸鎮衛の耳袋にも、そのような記述がありましたが・・・真ですか?」
「どんな話なんだ」
後部座席に乗った鴨が、丸くなりながら俺の問に答えだした。
「昔々。寛政の頃だが、牛込のとある寺で猫を買っている和尚がいた。ある日、猫が鳩に飛びかかろうとしていたのを見た和尚は、声を掛け、鳩を逃がした。その時、その猫はうっかり口を滑らせて「残念」と言ってしまったんだと。」
・・・俺の目の前にいる猫は、ある日突然。「起きろ!!馬鹿歳」とか言ったんだけどなぁ。
埒もない過去を思い出しながら、俺は眠り体制に入っている鴨の説明を聞いた。
「当然、和尚は驚いて猫を問い詰めたんだと「畜生の身でありながら、喋るとは奇怪千万! 化け猫となって人を誑かそうとしたんだろう!白状しろ!白状しないなら、殺生戒を破りお前を殺してくれよう!」そしたら猫は逆ギレした。「十年以上生きている猫は皆喋るし、十四年以上生きた猫は神通力を得るわ」ってな。だけど、その猫はまだ十年も生きていなかった。それを問いただした所、「狐と交わって生まれた猫は、その年の甲を経ずとも喋るようになる」と答えたそうだ。流石に現代では異類婚は無くなったが・・・稀に先祖帰りを起こす奴は出るようになった・・・琥珀はその典型だ・・・寝る。ついたら起こしてくれ」