その四
タクシーから降りると、俺と和尚はある場所へと駆け込んだ。
坂本動物病院。
院長は坂本千秋。俺の古い友人である。
話を聞くと坂本は待機していたらしい。
「遅いよ」
鴨とスズシロを見た坂本は、傷が深いスズシロの治療を始めた。
「スズシロ・・・生きてくれ。頼む。儂をまだ一人にしないでくれ・・・」
「大丈夫だよ。和尚さん。最近は動物医療も発展しているからなぁ・・・あれぐらいの怪我、どうにかなるよ。」
俺の慰めにもならない言葉に、和尚は少しだけ笑った。
「なあ。」
「ん?」
「あのバケネズミは一体・・・」
「・・・この間、大地震があったろ。あれで冬眠していた化けネズミが目を覚ましたんだとよ。」
この説明だと、いろいろと端折っているがまあいいだろう。
「お前たちは・・・」
「古道具屋の主とその飼い猫。そういうことにしておいてくれや。あと、化けネズミの供養だけは頼む。」
「勿論じゃい。」
しばし沈黙が流れた。
「お二人さん。中入って良いよ」
坂本の声が聞こえ、俺と和尚は部屋の中に入った。
にゃあああん。
スズシロは和尚が現れると、飛びついて甘えた。
「おおおお」
「片目だけ失明してしまいましたが、あとは問題ありません。ゆっくり休養させてください。」
にゃああん、にゃあ。
何気なく後ろを見ると、ぶっ倒れている鴨がいた。
こいつ、スズシロに何かやったな。
「とりあえず和尚、スズシロ連れて先に帰ってくれ。どうやらうちの馬鹿鴨様は少々具合が思わしくないらしい。」
ぎゃあお。
猫のモノマネして猫又が苦情がいうが、俺はスルーした。
「ありがとうございました。」
和尚は俺と坂本に頭を下げると、スズシロとともに山寺に戻っていった。
「千秋。馬鹿鴨の具合はどうだって・・・」
「前足にヒビが入っちゃってますねぇ。あと全身裂傷および噛み傷だらけ。まあ二匹分の怪我をしている状態ですが、比較的軽い怪我ですよ。」
「馬鹿言うな。アホ三。」
病室に戻ると、ぐったりとした鴨がいた。
「お前、スズシロの怪我の大部分を自分に移したな。」
「あーーーいてぇなあーーーー」
俺の問に鴨は反論すらしなかった。
「止めろ。千秋。無茶するなぁ、この頑固爺猫」
「申し訳ないですが、俺に鴨様を止めることは不可能です。先輩。」
千秋は茶が入った湯のみ茶碗を持ってきた。三人分。
「・・・すべてを治すことは、世の理に反しそうでなぁ。さすがの俺もできなかった。俺は奴を生かす代償として、奴が持っていた妖力と記憶と見鬼の瞳を奪った。」
「見鬼の瞳?」
千秋の問に俺が答えた。
「妖怪や幽霊を見ることができる能力のことさ。有名なところだと陰陽師・安倍晴明の奥方だろうな。」
「おお」
その昔、安倍晴明の奥方は旦那が使う式神を見ることができるため、異様に怖がったという。
「スズシロは生まれ変わりさ」
「生まれ変わり?」
「輪廻転生。その昔、慶雲和尚とともに化けネズミと戦ったスズナが、スズシロの前世さ」
「・・・」
俺は鴨を黙って見つめた。鴨はにやりと笑うと、首に下げた袋から煙管を取り出し、吸った。
「更に悪いことにあの和尚の前世は、慶雲和尚でなぁ。」
「生まれ変わりが揃い、封印が解かれた。化けネズミが暴れるわけだ。で、うっかりお節介を焼いちまったというわけか。このバカ猫。しばらく入院していろ」
俺の言葉に、坂本と鴨は笑った。
数日後。
鴨は一人で井筒屋に戻ってきた。
俺は寺から預かった巻物の修繕・修復の仕事にかかりきりだった。
「どうだ。なおったか。」
「ああ。だが、コイツは売らねぇほうがいいなぁ。」
中は猫又になった白い猫と大きな化けネズミが戦っているシロモノだ。作者はおそらくだが歌川国芳。
「返しに行ってくる。留守を頼んだぜ」
俺は金山寺へ向かった。
「輪廻転生か」
煙管をふかしながら、俺は歳三を見送った。
最近、ブームだが前世の記憶なんてない方がいい。
生まれ変わるということは、過去を捨て、やり直すということだ。
だからどうか。
「お前は思い出してくれるなよ。土方歳三。芹沢鴨を殺した記憶なんぞ思い出すな。頼むから」