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 私は人界の授業を始めて見た。授業の風景が何となく私達の世界で行われているものに似ていて懐かしさが込み上げてくる。

 昨日まで死神としての勉強に励んでいたはずなのに……。

 昨日までの過去の自分がはるか遠い存在となりつつあった。

 レモンはどうしているだろうか?

 レモンの顔が頭に浮かんできて離れない。声を聞きたい、話をしたい。しかし、私情であちらの世界と通信することは禁止されている。

 友人を恋しく思っていると彼は小言で私に問いた。


「なぁ。おい、その、死神ってどうやったらなれるんだ?」


「授業を真面目に受けるですぅ」


「俺、来年死ぬんだろ? だったら勉強する意味ってある?」


 私は彼の言葉に返す言葉が見つからず口ごもる。

 しぶしぶながらも私は彼の質問に答えた。


「それは自殺するとなれるですぅ。でも、自分の生命を自ら奪うことは全世界で最も大罪でいけないことですぅ。だから自殺した魂は死神になるんですぅ。生命の重みを知るですぅ」


「お前は何で自殺したんだ?」


 大体の予想はついていた。死神のなり方を聞かれたら次は自殺した理由を聞かれるだろうと……。

 しかし、私を含め全ての魂は生前の記憶を全て女神が削除してくれる。

 生前の楽しい記憶なら保持していたいかもしれないが、自ら命を経つ瞬間の記憶など誰がほしいだろう。

 しかし、たとえ女神が記憶を消してくれたとしても一度心に受けた傷は私を苦しめていた。


「そんなこと忘れてしまったですぅ。女神様が全て辛い記憶を消してくれるですぅ」


 私は極めて冷静に答えた。実際、私の中に生前の記憶など存在しない。

 時々は生前の記憶があれば……と考えてしまうこともあるが、あって何が得するのであろう。

 自ら自殺という選択肢を選んでしまったのに……。


「それがお前達の幸せなのか? 忘れたからって痛いものが全てリセットされるわけじゃないぞ」


 彼は私の痛いところをついてきた。確かに全てがリセットされたわけではない。私が記憶を無くしたとしても誰かが私を覚えていてくれるのなら、それは実際に起こった確かな出来事なのだから。


「そんなのわかっているですぅ‼︎」


 私は思わず教室を飛び出し窓から外へと逃げてしまった。

 彼の言葉の何かに私は過剰に反応し怒りが爆発し感情のコントロールが上手くいかず、頭の中を何かが飛び回りっている。

 忘れてしまったの事がそんなに悪いことなのだろうか。

 生前の記憶があれば偉いことなのだろうか。

 苦い気持ちが私の胸の中を渦巻いていた。体中に嫌な汗をかき、口の中にまで苦い虫が入ってきた気がした。


「嫌……そんなの嘘……どうしてあの人と……」


 私の記憶にない何かが頭をフラッシュバックする。六畳程の薄暗い部屋で誰かと話している。しかし、部屋の備品や着ている服装も少し小汚く古臭い。

 そして、フラッシュバックした際現れた女性は酷く取り乱していた。

 今の女性は私なのだろうか。


(何これ?……)


 私はこの記憶を知っている。いや、正確にいえば経験した気がした。しかし、何故自分があれ程取り乱しているのか思い出せない。

 それに、誰かと話しているであろうに相手の顔が暗く曇りがかっていて性別すらもわからない。ただ、私から溢れていたものは嫉妬、絶望、孤独、裏切り。頭の中を支配し感情全てを飲み込んでいった。


 ウエッ


 反射的に口に手を添えた。猛烈に気持ちが悪い。昔の出来事を思い出したせいだろうか。これが本当にあったことかすらわからない私では記憶とは言い難い。

 でも、確かに私は知っている。

 私は口元を抑えその場にしゃがみ込み落ち着くのを待った。しばらく休んでいると、吐き気も頭の中に浮かんできた光景も嘘のように消え失せる。

 私は何事もなかったように彼の元へと帰った。


 __


「帰ってきたんだ?」


 帰ってくるなり彼は私に冷たく言い放ち何処かへと歩いていく。授業はとっくに始まっている時間で廊下には誰もいない。


「何でここにいるですぅ。授業はどうしたですぅ」


 私は彼を教室に戻そうと腕を引っ張る。すると、意図も簡単に振りほどき冷たい視線を私に向けた。

 こんな視線みたことがない。私の背中に冷たいものが流れた。


「うるさい‼︎ 俺は……人が信じられないから……」


 私は彼の言葉の意味を理解出来なかった。彼は今朝始めて会う私に朝食を分けてくれた優しい人。少しぶっきらぼうかもしれないがそれを含めて彼の個性であろうと考えていた。


「どうしてですぅ? 私とは普通に話せるですぅ」


「お前に関係ない」


 冷たかった視線が突如熱く変化する。私は彼の瞳の変化に再び恐怖した。

 彼は生きている。なのに人を信じる事が出来ないなんて。生きているのに死んでいるのと同じ事。私の胸に新しい目標が出来た。


「そういえば俺、まだ名前聞いてなかったな。俺の名前は綾瀬流架だ。よろしくな」


「苺ですぅ。七瀬苺。これからよろしくお願いしますですぅ」


 私達は二人きりになれる場所を探した。


 __


 これは俺がまだ小学生の頃に遡る。

 俺は昔から人と距離を置く癖が着いていた。どうしてかわからない妙な癖。一緒にるはずなのにいつもどこかで何かが違うと思っていた。

 いや、本能的に感じていたのかもしれない。

 その不自然な何かは俺を孤独にした。親しい友人は親友と呼ぶ。

 それがどうしても出来なかった。


「……一緒に遊ぼうぜ」


 何処からかその声が聞こえる。


「……おぉ」


 俺は友人と呼べる人達と遊んでいた。


「実はさ、俺あいつが何を考えているのかわからない時があるんだ。……だから……いじめちゃわない?」


 悪意に満ちた笑み。悪意に満ちた眼差し。まるで獣が獲物を見つけた瞬間のようだ。いや、実際はみたことがないからみたいの方が正確なのかもしれない。

 いじめの標的にされたのはそいつが一番仲良くしていた奴。

 友人の突然の変貌はそいつも驚いたかもしれない。

 それだけあいつの態度が一変した。

 そして、いじめられた奴も……

 雰囲気は暗くなり一人でいる事も多くなった。クラスの全員があいつを無視したんだ。自分が可愛いから……。同じくなりたくないから……。

 誰が自分から不幸になるだろう。

 観客になっていた俺も同罪。反吐が出る。俺はあいつを直接いじめてはいない。だが、あの時あいつを助けなかったのもまた事実。

 間接的にはいじめていたのかもしれない。

 数日後、あいつは学校に来なくなった。

 あいつもいじめをしなくなった。

 標的がいないから……。それとも標的を探そうとしないから。あいつも狩をする瞳では無くなっていた。

 でも、忘れてはいけない。

 あいつはあいつはをいじめたんだ……。

 人は誰かを必ず裏切る。そして黒く染まったその瞳は心は新たな悲しみを生む。負の連鎖。

 そしてあいつは自殺したんだ。

 俺たち全員の目の前で……。

 いじめたあいつはこの展開を想像できただろうか。全く想像出来なかったに違いない。あいつが自殺してからあいつの態度も一変した。

 誰かを恐れている。人の瞳に怯えている。全ての瞳に怯えて、全ての人に気を使う。


「貴方が自殺させたんでしょう……」


 その一言に怯え、とうとうあいつも精神がおかしくなった。

 そして自殺した。

 あいつと同じ方法で……

 吐気が襲う。周りをみると暗い影そして鬼の形相のクラスメイト達。

 俺は恐ろしくなり足を一歩後ろに引くが鬼達は更に俺に近づいてくる。

 また一歩後ろに下がる。


「おい、どうしたんだよ。怖い顔して」


 はっと我に返った。するとすでに普段と変わらぬ状態に戻っている。教室を見渡してみても何も変わらない。

 気のせいだったのだろうか。だが、さきほどまで確実にあついらの形相は違っていたはず。

 その証拠に体全体に嫌な汗をかいていた。


「いや、なんでもない……」


 ……俺はこの時から人が信じられなくなった……


「どうしたですぅ?」


 俺の顔を苺は覗き込んでいた。どうやら昔の夢をみていたらしい。何度もみた昔の夢。

 いつまでも忘れられずこの記憶に苛まれてきた。

 俺は思わず笑みが零れた。先程まで昔の夢をみていたはずなのに気持ち悪さが何処にもない。

 きっとこの調子が抜ける嫌に人間地味た死神の影響だろう。苺は俺の顔を見てら笑ってくれる。

 名前で呼んでくれる。それだけで救われるようだ。

 例え苺が俺の魂を奪う死神であったとしても今だけは俺を見ていてくれる。それだけが俺が俺である証。一人の人間である証拠だろう。


「俺の魂ちゃんと狩ってくれるか?」


「その日が来たら狩るですぅ」


「ありがとうな」


「なぜですぅ?」


 俺は不思議がる苺を他所に彼女の頭をクシャクシャに撫で抱いた。不思議な事に苺といると心が安らぐ。


「……愛している……君の全てを……に込めて……」


 私の脳裏に再び流れ込む記憶の欠片。言葉が乱れている。相手の顔もはっきりとしない。

 私は大好きな相手に抱きしめられ幸せそうにしていた。相手が誰だかわからないのに……。

 でも、確かなのは私はあの時幸せだったということ。

 それなのに自殺した。


「何やってんだあいつ?」


 俺はこの時自分達を見ている人がいだなんて想像出来なかった。


「離すですぅ」


 苺が俺の中で暴れる。顔も名前と同じくなってる。苺が愛おしい。初めて異性に抱く感覚。俺は感覚が振り回すままに動いていた。


 __


 死神の世界では鏡ごしで二人を見ている人達がいた。


「やはりあの二人……」


「面白くなって来たではありませんか。彼の担当は引き続き彼女ということで」


 初老の男が険しい顔で鏡をみている。隣の女性はそれとは対照的。微笑みながら眺めている。

 自分の予想が遥かに凌駕し喜んでいるかのように。

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