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1
少しずつ秋が近づいてくると生徒達の足取りは軽やかなものへ変貌していく。秋。それは、カップルには申し分ない季節。しかも、学園という限られた世界の三大祭りといっても過言ではないイベントが沢山あり熱く燃える季節でもあった。
喫茶店は好評が好評を呼び生徒や客の足取りが途絶えることはない。予想していた以上の成果にクラスメイト達は皆忙しく働いていた。
他のクラスの催し物に参加したくても参加出来ずにいるクラスメイトまでいる。流架は慣れれない接客に怯えつつもなんとかこなしていた。
メガネ娘も普段の憎たらしい態度を微塵も感じさせず良く気の利く女子生徒を演じきっている。
メガネ娘は時々流架に視線を送るもメガネ娘の視線など気づかずにせっせと接客をこなしていた。
私は教室の隅の方で寂しく眺めてた。誰にも気づかれない自分と楽しそうに語り合う生徒達。どうしても埋める事が出来ない現実に押しつぶされかけていた。
(羨ましいですぅ……)
私はボーッと考えていると流架が私の元へと歩いてくる。お盆には苺ケーキと紅茶が乗っていた。
「食べるか?」
流架は普段となんら変わらずに私に話しかけてきた。流架以外の人間に私の姿は見えないので小さな声だったけれど私の存在確かにあることが実感でき嬉しくなる。
流架から貰った苺ケーキは勿体無かったものの大切に食べた。
何度も食べた事があるにも関わらずなんと美味しい苺ケーキなんだろう。頬の中に入れ幸せを実感する。
「どうした?」
流架が不思議そうに眺めている。私は自然と涙を流していた。死神の自分が惨めで寂しい。どうしてこんな気持ちになるのだろう。
どうして流架を独り占め出来ないのだろう。私の中には流架が溢れていた。本来ならば喫茶店で流架と二人きりで話せただろう。
二人きりのデートを誰かに話せただろう。何一つ出来ない自分が惨めで情けない。あろうことかメガネ娘に流架を奪われかけた。
「何でもないですぅ」
私は涙を拭き取ると教室からかけていった。誰にぶつかったって構わない。すり抜けてしまうのだから。
私はところ構わず掛けていた。
2
「もう我慢出来ません‼︎」
初老の男が鏡を見て怒鳴りつけている。
「なら、人界に参りなさい」
女神の命を受け初老の男は人界へと足を踏み入れた。
__
「流架なんて好きにならなければよかったですぅ」
私は学園祭を飛び出し流架に告白された公園へとやってきていた。土曜日とあってか小さい子供を連れた家族が目立つ。
私は子ども達が遊んでいないブランコに腰をかけ考え事をした。
「苺。お前の仕事は何だ?」
気配すら感じさせず私の目の前にいたのは初老の男。つまり私の上司に当たる死神だ。男の言った言葉の真意を考える。
「私は死神。そして流架は人間で決して私と相容れぬ存在」
「お前の仕事は何だ?」
「運命の日が来たら流架の魂を狩る事」
「その言葉決して忘れるでないぞ」
初老の男はそれだけいうと天国へと帰っていった。
私は流架と過ごした数ヶ月間を思い出す。沢山笑って悲しんで泣いて嫉妬して嬉しくて。全て流架から貰った思い出を私が水の泡にしていいのだろうか。
正解が今の私にはわからない。だが流架に会いたくなり急いで流架の元へと帰った。
3
私が流架の元へと着く頃には既に陽は傾いていた。グラウンドには火が灯され幻想的な雰囲気まで醸し出していている。
普段とは異なった場所に見えて些か感動していると流架がタキシードを着て登場した。
ついでにメガネ娘ドレスを着用している。お金持ちの通う学園では無いのだが理事長が全校生徒にプレゼントと称してこの日の為に用意してくれる。
全校生徒に送るのだからお金がいくらあっても足りなくなるのではと思う。しかし理事長の趣味なんだとか。お金持ち資産が有り余っているとか噂が尽きない。
多くの生徒が噂し話に尾ひれがついているかもしれないが私の耳には少なからずそう言った情報が入ってきていた。
「全校生徒の皆さん楽しかった学園祭も残りわずかとなりました。最後まで盛り上がりましょう」
生徒会長の挨拶が終わると曲が流れ始め生徒達は皆リズムに乗り踊り始めた。
流架は約束通りメガネ娘とラストダンスを踊っている。私はジト目で二人のラストダンスを見守った。
「ゴメン……」
ダンスの途中流架は何度もメガネ娘の足を踏んでしまう。メガネ娘の額には青筋が浮き出ていた。流架のダンスが下手なわけではない。メガネ娘が下手なのだ。ステップが遅れている為体制が崩れてしまうのだ。
「痛い……」
メガネ娘は足を押さえている。薄暗くてよくわからないが靴擦れをおこしている。言い様だとメガネ娘の不幸を正直喜んだ。
「大丈夫か?」
「平気平気。でもゴメンね嫌な思いさせて……」
(そうだそうだ‼︎)
私は心の中で叫んだ。そして流架をみると心配した面持ちをしていた。流架は今まで人と付き合うなど自分からしてこなかった。だから自分が原因で相手がケガをしたなど久しぶりなのだろう。
流架の呼吸が荒くなっていた。
「ホントにゴメン。俺に出来ることなら何でもするから」
「ならキスしてくれる? 私、綾瀬君ならいいよ。好きだから……」
私の予想は的中した。やはりメガネ娘は流架に恋心を抱いている。あからさまに私を挑発してたのはメガネ娘も嫉妬していたから? そう考えると全てが納得いく。
肝心の流架は突然の告白で顔が赤くなりその場で固まってしまった。
そして、喉を鳴らし唾を飲み込むと自分の気持ちを伝えた。
「ゴメン。俺別の人が好きだから……」
「好きな人ってあの死神? 好きになったって死神は綾瀬君の命を奪いに来ただけでしょ。生きている私より死神が大切なんだ……」
メガネ娘の頬を涙が伝う。
「流架私が守るですぅ」
私は見るに見かね二人の所へと飛んで行った。先程初老の男が来たばかりで答えないどない。いつか流架の命を狩る日が必ず来る。そんな私が流架を好きになっていかなどわからない。でも一つだけ確かなことがある。私は流架が一番だ大切だという事。それだけが確実であるならば他の事などどうでも良かった。
「守る⁉︎ 死神は魂を奪う存在なの馬鹿にしないで‼︎」
「死神は命の尊さを学ぶために存在しているのですぅ」
「だったらパパを還して‼︎」
メガネ娘は涙ながらに私に訴えた。
「それは出来ないですぅ。でも、死神がいなければメガネ娘のパパ天国へと導かれることなく人界で彷徨う事になるですぅ。それは誰にも見えず触れられずとても寂しいことなんですぅ」
メガネ娘は周りを気にせず声を上げて泣いた。今までの全てを頭の中で整理するかのように。




