挽き肉ラブストーリー
『即興小説トレーニング』
お題:私の好きな君
必須要素:挽き肉
出逢いというものはいつだって突然にやってくる、まさか自分がそんな臭い台詞を思い浮かべる日が来ようとは。
*
大雨の中、ドブで溺れているデブを助ける羽目になった。
ただでさえ人もまばらな田舎だ。それに加えてヒステリーを起こしたかのような豪雨が降り注げば、普段から少ない通行人はゼロに等しくなってしまう。だから今まで誰も目にすることがなく、気づくことがなかったんだろう。それ故デブは、助けを求め一人汚水の中で喚いていたのだ。
わーだのあーだの感情的な訴えが聞こえたとき、向こうの溝の中で粗大ゴミが詰まっているように見えた。しかしその粗大ゴミのほうから声が聞こえてくる。わいてきたのは一抹の恐怖よりも興味。すっかり豪雨に侵されてしまった傘をさしながら、粗大ゴミの方に向かっていく。
……なんか水揚げされた直後の魚みたい。
上から垂れる幾多の雨水と泥色の汚水に交じりつつ、大柄な男が流されまいと必死に体をばたつかせているのだった。
賞味期限切れのボンレスハムを思い起こさせる彼の右手は激しい水流に抗って地面の淵をつかんでいたが、限界は近いはず。全身を表皮と真皮まで分離されてしまいそうな程の水圧が、目の前にいるデブをもみくちゃに洗い流している。
だが次に発せられた一言が、本来見捨てて通り過ぎるつもりだった私にスイッチを入れたのだった。
「助けてぇ、あー水力で体が引きちぎられる! 挽き肉にされちゃうよお、ガハッ」
(挽き肉にされちゃうよお! 挽き肉にされちゃうYO! YO! yo……! )
なっ……。
そのとき私に電流走る!
あまりの突飛な出来事に言葉を失った。こいつ、この場に及んでとんでもねえ自虐ネタを……!
ハン、面白いではないか。中々出来るデブだ。己の死に際にも関わらずユーモアを添えるその精神、気に入ったよ。ミンチにするには勿体ない豚だ、ここはひとまず飼ってやろう。ヘイボーイ、お前の体に付いているそのビッグな浮き輪は一体何のためについてるってんだ、アアン?
なぜか頭の中にお調子者の外国人が現れて、このデブを助けるようにとの命令を受けた。すかさず傘を持っていないほうの手をドブに差し出すと、ぼろ雑巾と化したずぶ濡れデブはあっさり地に舞い戻ってくれた。救助は片手で事足りたのである。
「あ、ありがとう、ずっと突っ立ってるだけだったから助けてくれないのかと思ったけど。……デュヒッ!」
デブの微笑みは常に命懸けである。笑う度に頬に付いている脂肪が持ち上げられ、目が潰れてしまう為だ。既に顔が無くなってしまっているデブを見て、一言誉めてあげた。
「あんた面白いね」
「………………。デュヒイッ!!」
「なにあんたコミュ障なの? しょうがないな、あんた面白いから、私が友達になってあげる」
この大雨の日から両想いへの道は始まっていたんだ。うん、きっとそうだ。今なら確信できるよ。ねえデブ、運命の出逢いって存在するんだね。
*
「なんでだろうな。私とあんたが始めて会った日のこと、急に思い出しちゃったよ」
「ふーん。もしかしてそれって、今俺が挽き肉こねてるから?」
「……そうかも」
私が笑うと、デブも自然と笑い返してくれる。その微笑みは、顔全体を脂肪で埋め尽くしたあのときのぎこちない笑いとは違う。横で楽しそうにハンバーグの肉をこねているデブは、コミュ障を完全に克服してくれた。
もはや挽き肉という単語一つで笑い合える。くだらなくも月並みで幸せな毎日を、私とこの男はこれからも送っていくだろう。
気分が浮かれてきたせいか、今まで思っていたことをついアホ面で滑らせてしまった。
「豚が豚の肉こねてる! うっは!」
彼氏が真顔で言い返した。
「でもお前もデブじゃん」