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短編・白

ガントレット・レイジング

作者: 早坂智也

数年前に書いた短編です。ちょっとだけ戦闘モノです。

 ここは大陸西南部に位置する貿易商業都市グランフェッテ、

人口は登録されているだけで約三十万人。

非登録の難民や密入者を含めればもっと数が多いことだろう。

この街ではありとあらゆるモノが一堂に会しており、

街全体が巨大な市場と言っても過言ではないほどだった。

普通のルートでは手に入らないような珍しいモノを求めて、

日々国内外問わず大勢の人々で賑わっていた。

店先では様々な言語が飛び交い、

見たこともないような料理が通りの露天には溢れ、

不思議な文字で書かれた古びた書物が、雑踏の中で所狭ましと並べられていた。

世界を旅する者にとって必ず一度は訪れる街であり、

商人達にとっては重要な情報交換場でもあった。

だが経済的に成功したこの街は、

他の街では起こりえないような問題が山積しているのである。


 薬物取引、禁猟種の売買、そして人身売買。

そしてそれらを取り扱う犯罪組織シンジゲートの暗躍。

さも当然の如く、

人ですら高値で取引される宝石同様に希少品として取り扱われていた。

表に出るようなものはまだ良い方である。

本当に危険で恐ろしいものは決して表には出ない。

二つの顔を持つ街、と言えば魅力的に聞こえなくもないが、

血の流れない日はない。


 そんな街中の大通りを、

季節外れのファーが付いた藍色の厚手フードを目深く被り、

北国仕様のレザーマントを着込んだ二人組が歩いていた。

フードの奥から見える紅の髪が風で小さく揺れる。

表情までは見えないが、

二人ともこの地方ではあまり見ない北西地方出身者のようだった。

紅の髪は北西出身者の確固たる証拠、

グランフェッテのある南西部では出生しないと言われている。

言わば地域特性のようなものらしい。

先を歩く男が後ろを振り向かずに、後ろを歩くもう1人の男に対して口を開く。


「さっすが大陸最大の商業都市グランフェッテ、

 スケールが違うっつーか、ゴミゴミしてるっつーか。

 なあ、お前もそう思うだろってか何だそれ。」


 軽薄そうな高めの声で旅の連れに対して同意を求めた、

だがその返答は彼が求めたものではなかった。

旅の連れの男は自身の足に張りついた紙を拾い上げる。


「……紙だよ。

 反吐が出そうな内容が書いてあるただの紙さ。」 


 通行の邪魔なんてお構いなしに、通りの真ん中で立ち止まり、

後ろにいた男は拾い上げた小さな紙を見つめていた。

そして苦虫を噛みつぶしたような顔をして紙をささっと丸め雑踏に向かって放り投げる。

彼の瞳は負の感情に満ちている。

理由は定かではないが、尋常ならざる経緯があったのだろうと予測は容易だった。

その瞳は青空を写しているがどんより曇っていた。

先を歩いていた男は、やれやれといった身振りで

後ろを歩いていた男の方へ歩み寄り言葉を発した。


「反吐が出そうなら、あの子らを攫ったクソ野郎共にかけてやれ。

 何もないところでぶちまけるほど、俺達の反吐は安くはねぇ。」

「……そうだね……今は我慢する。」

「あとな……その物騒な目つきも今は止めてくれ。

 対象が俺じゃないと判っていても、

 そんな目つきで後ろに居られちゃあ気が休まんねぇーよ。」

「判った。」

「お前の気持ちも十分に判るし、

 俺だってハラワタ煮えくりかえってんだ。

 だけどな、今はあのムカツク情報屋の野郎の話を信じるほかねぇだろ。」


―お前らの探し人ってのは今から言う子達の事か?

 二日前くらいにグランフェッテの見世物屋で見たって聞いた。

 赤色の長髪、青空のように澄みきった双眸の少女と、

 同じ赤色だがボブカットが似合う、

 これまたルビーのような瞳の少女で、二人とも十五歳ぐらいの……―


「グランフェッテの見世物屋へ運び込まれた、だったよね。」

「野郎、眉唾レベルの情報に法外な値つけやがって……

 もし嘘だったらあの軽そうな脳天をかち割ってやる。」

「ライザ、とにかくその見世物屋を探そう。

 これだけ広いと探すだけで時間食いそうだけど、文句を言っている暇はないよ。」


 ライザと呼ばれた軽薄そうな男は、

フードを被ったままグランフェッテの大通りから上空を見やった。

白い雲がいくつか浮かんでいるだけであったが、

その様子を見てライザはニヤリと口元を緩める。


「……今日は良い天気だな。

 風も大人しいみたいだし、俺達のやり方で探すかウィル。」


 ウィルと呼ばれた大人しめの男は、ライザの申し出に無言で首を縦に振った。

二人はしばらく通りを歩いた後、人目を気にするように気配を断ち路地に入る。

路地に人の姿がない事を確認すると、

待っていましたとばかりに身につけていたフードとマントを取り払い、

今まで水中に潜っていたかのように大きく深呼吸をする。


「ぷはぁぁぁああ~……あー、息苦しかった。」

「人混みの中では仕方がないとは言え、

 この格好はストレス溜まるねライザ……。」


 ぐっと背伸びをすると同時に二人は軽くジャンプし、

凝り固まった身体をほぐすように簡単に手足を動かした。

そして、ふわりと一瞬にして二人の身体が重力から解き放たれる。

二人の背には、地上で生活を営む人には有るはずのない灰色の翼が有った。

彼らは”有翼人ゆうよくじん”、

翼有る人と言う名で呼ばれるこの世界に住まうもう一つの人類種である。


「やっぱ俺達は常にこうあるべきだな、

 せっかくの羽根もマントなんかで隠してちゃあ勿体ねぇっ!」

「でも、あそこにいる連中にわざわざこの姿を晒す必要はないよ。」


 元々は低地に住む他の人間達と


同じ遺伝子を持つ種族だったらしいのだが、

長きに渡り高所地域で居を構え続けた事で、

いつしか低地に住まう人々と姿を異にし始めた。

このような姿形になった原因は不明とされているが、

人間が持つ適応能力によるものと最近の研究では定説になっているらしい。

彼らは自分達を地上の人間とは異なる種として、

誇りもって”有翼人”と自称していた。

そして翼無き者達を”墜人ついじん”と蔑視し、

自分達よりも劣る存在として見ていたのだった。


「―だな。

 そうと決まればさっさとアリーチェとセリアを探しちまうか。」

「……アリーチェ、無事でいてくれよ。」

「おいおいセリアの事もその心配に含めてやれって。」


 ライザの口調は軽かったが表情は真剣そのものだった。

二人は飛び上がるタイミングを計って、

自慢の翼で街の上空へ軽やかに飛び上がった。

力強い風が上空で舞っている。低地と比較して上空の風は荒い。

だが二人には平然としていた、

むしろこの程度の風力は微風の範囲と捉えていた。


「丁度良い風だな、ちーっとばかり気まぐれ気質か?」

「ライザ、ここは二手に分かれよう。

 上から探せば少なくとも”見世物屋”っぽいところくらいは見つかるだろうし。」

「ああ、俺もそのつもりだった。

 二時間後くらいに、そうだな……

 あの街の中央の時計台の天辺で待ち合わせとしようぜ。

 あそこは街で一番高いし、何より分り易いだろ。」

「了解。」


 言うが早くウィルは翼を羽ばたかせ街の西方面へと飛んでいったのだった。


「……おー、早い早い。

 アイツ、アリーチェのことになると本気でフットワーク軽くなるよな。

 まあ家族なんだから当然ちゃ当然か。」


 ライザはウィルの姿が見えなくなったのを確認すると

ウィルとは正反対の東方面へと飛んだ。

だがウィルとは違い適当に飛んでいったのではない、

彼の瞳にはある建物が映っていた。


「……(さっき街の通りでウィルが見ていた紙を俺も見ていて良かったぜ。)」


 ウィルが通りで見ていた紙にはこう書いてあった。


―!イベント告知!―

東ブロックの特別会場にて、今夏珍しい生き物の展示会開催予定!

世界中をまたにかけ、我々は伝説に謳われる一族を捕らえることにも成功した!

ドラゴンの幼生に、野生のグリフィン、そして…?!

同時にオークションも開催予定、興味がある方は是非ご来場ください!


「……(ぬぁにがドラゴンにグリフィンだ、んなもんいるかっての)」


************


二時間後


 ウィルと待ち合わせの場所である時計台の天辺で、

ライザは気持よさそうに寝っ転がっていた。

吹き抜ける風が思ったよりも心地よかった為、

これまでの疲労もあり少し眠気が襲ってきていた。

必死に眠気と戦っていると、ウィルが何も見つからなかった事が

はっきり判るくらいのテンションでやってきた。


「西方面にはそれらしい場所はなかったよ……、

 人が多すぎて降りられるところも無かった。」

「まあ、そうだろうな。」

「どういう意味だい?」


 ライザの口ぶりに怪訝な表情を浮かべるウィル。


「そのままの意味さ。

 東ブロックの外遊部に胡散臭せぇところがあったぜ。」


 ウィルは時計台の天辺に降り立ち、真剣な眼差しでライザの話を聞いていた。


「お前が見ていたあの紙のことが気になってな、

 チロっとどんなもんか様子を見てきたら案の定さ。

 アリーチェの姿は確認できなかったけどセリアは居たぜ。

 後ろ姿だけだったが、あの純白の羽根は間違いねぇよ。」


 その話を聞いてウィルの表情がぱあっと明るくなった。

ライザは分り易い奴だなと

長い付き合いと言うこともあり若干呆れつつその様子を見ていた。

するとウィルはぐっと拳を握りしめ、

少し緩んでいた表情を先程よりも引き締める。


「ライザ、今から突っ込もう。」

「…どおどぉ、少しは落ちつけって。

 お前の逸る気持ちも十分に判るが、もう少し暗くなってからだ。

 今の時間じゃ目立ちすぎる。

 この件で無関係の奴らに俺達の存在を知られる必要はねぇだろ。」


 ライザはなるべく穏便な手で事を成し遂げたいと考えているようだ。

有翼人はただでさえ目立つのだ、

真っ昼間から大立ち回りを繰り広げる必要はない。

だがウィルと一緒だと上手く行かないことが多いらしい。


「夕刻になったら夕日に紛れて上から行こうぜ。

 夜になったら俺等は墜人以上に視界が悪くなっちまう。」

「判ったよ。」


 そう言うとウィルは時計台の天辺で、

先程までライザがやっていたように寝転がる。


「あ、そう言う事ね。

 じゃあ俺もお休みなさいすっかな。」

「……アイツらにアリーチェを攫った罪を償わせてやる。

 ライザ、僕が暴れている時は止めないでくれよ。」

「わーってるって。

 ってかお前が暴れている時に俺は絶対に口出さねぇから安心しろって。

 まあ、状況次第じゃ横槍入れるけどよ。」


 さらっと危ない事を言い放つウィル。

意見が一致したことで、突撃時刻である夕刻まで

二人は一眠りし体力を回復することにしたのだった。


************


夕刻


 すぃっと風の流れに身を任せて軽やかに飛行する。

すでに陽が傾き始めたことも手伝って、

遠目で見れば大きな鳥に見えることだろう。

目標となる建物はグランフェッテの東ブロックの外周部に設置されていた。

上空でウィルはその建物をただじっと睨み付けていた。

殺気を漲らせるとは正にこの事だ、と

ライザは横目でウィルの様子を見ながら思っていた。

ウィルは両手に戦闘用に調整された金属製の籠手を身に着けていた。

籠手またはガントレットと呼ばれるそれは、

主に斬撃から手を護る為に着ける防具の一種である。

ただし、使い方次第では攻撃へ転化させる事も出来、

ウィルはこのガントレットを用いた肉弾戦を得意としていた。

ガントレットは材質相応の重量があり、

余程腕力が無ければ扱えない武装の一つと言えるだろう。

ウィルはその重量を全く感じさせない。

まるで毛糸の手袋をはめているように扱っていた。


「……よし。」


 ライザはと言うと、

90センチ程度の長さの鉄製の剣を腰に付けているベルトに差していた。

街を巡回している兵士や傭兵崩れが腰に差しているそれと同じものだった。

ライザは別段剣術が得意というわけではない、

単に護身用に持ってきたというところだろう。


「よし、じゃねぇよ。

 お前そのガントレットどうしたんだ?」

「その辺でさっき拾った。

 見てよライザ、高純度の鋼鉄だよ。

 ライザこそその長剣ロングソードどこで手に入れたのさ。」

「道端で親切な人がな、何も言わずくれたんだよ。

 涙混じりにどうかこれでご勘弁……とか言ってたような?

 てへっ。」


 ライザはにこやかな表情で親指を立て、

眼下にある武器屋を指しながら、楽しそうに言い放った。

ウィルはふっと笑うと同時に”先に行くよ”と告げて、

彼女らが捕らわれている建物へ飛び込んだ。

拳を前に突き出している辺り、

玄関から大人しく入るつもりはサラサラ無いようである。

後を追うようにライザも建物へ向かって飛翔した。


************


 建物内は一時騒然となった。

空から羽根の生えた鬼の形相の人間が降ってきたからだ。

しかもそれぞれ武器を携えているものだから、

その場を恐怖で支配するのに十分な状態だった。

ウィルは建物に突っ込むと同時に、周囲に居た人間達を無差別に殴り飛ばした。

面白いように人間が吹っ飛び壁に叩きつけられた、

そして頑丈なはずの壁に多数のヒビが発生する。


「こ、こいつら化物か。」

「羽が生えてやがる、ってことは羽根付きかよ!」

「仲間を取り戻しに来たのかっ!」


 勇気を振り絞って建物内で警備を担当していた中年の男達が、

持っていた貧相な長剣を抜き放ち、鬼の形相のウィルに無謀にも斬りかかった。

だがそんなヘタれた攻撃がウィルに当るわけも無く、

中年の男達の攻撃がウィルに当たる前に、

容赦の無い力強い拳が彼等に襲い掛かる。


「退けた覚悟で僕に刃を向けるな。」


 ウィルは素早く突きだした拳を男達の腹部にそれぞれ直撃させる。

男達は特大の嵐で吹くような強風に煽られた枯れ葉の如く吹っ飛び、

あまりに勢いが有りすぎたのか建物の壁を破壊し外へ出てしまった。

その一撃で周囲の空気がさらに一変する。

恐怖に加えて絶望感という物が加わった格好だ。

その隙を逃さずにライザもロングソードを操り襲いかかってくる連中をあしらった。

建物内は地獄絵図と化していたが、

暴れている当の本人達は気分がよさそうだった。


「はっはっはっはっはっ!

 来るなら来い、望み通り殴り飛ばしてやる!」

「……ったく戦闘となるとすーぐテンション上がっちまうんだからなウィルは。」


 ライザが軽くウィルの頭をはたく。

しばらくの沈黙の後、だらりと腕をおろして声を上げるウィル。

我に返ったのか、ウィルは叩かれた頭をさすりながら冷静さを取り戻す。


「少しは骨のあるヤツが居ると思ってたのにさ。

 これじゃまるで僕が悪役だ。」

「まあ、正義の味方じゃないのは間違いねーよ。」

「悪役はライザの役目だろ?」

「違うね、俺は小粋な傍観者になりたい。」

「この辺りはあらかた片付けたし二人を探そう。

 きっと近くにいるとおも……ライザ、ゴメン。」

「……どうした?」

「二人を探すのは任せていいかな。

 僕はここでやる事が出来たから。」


 ライザは特に言葉を発さずにウィルに従うことにした。

ウィルの表情がより険しくなる。

状況の変化にいち早く察知したウィルがガントレットを構え直した。

ガントレットの冷たい感触と同時に周囲を取り巻く雰囲気が一変し、

ウィルの拳を伝って全身を覆い尽くした。

ライザもロングソードを握りしめる力を強める。


「派手にやってくれてんじゃんよ、羽根付き共。」


 遠くから野太い男の声がした。

だが、やけに冷静な声だった。

時折、耳障りな何かにぶつかったときにの金属音が鳴る。

ランダムに鳴っているようで決して心地よい音とは言えない。

ライザはその音に反応して思わず、空いていた手で片耳を押さえた。

はっきりと男が見える位置までやってきてウィルとライザははっとした。


 男は通常よりも巨大なハルバードを片手で引き綴りながら、

やれやれと言った雰囲気でゆっくりと歩いてきたのだ。

大男と言っても過言ではないくらい体躯の良い男だった。

戦闘用の丈夫な生地で誂えたスーツをびしっと着込んでいたが、

反対に髭は伸び散らかしていた。


「……おうおう、ほぼ全滅かよ。

 こいつらがだらしねーってのはあるけど、

 お前らもちったぁ手加減ってのを考えろっやっと!」


 男は近くで転がっている仲間と思われる人間を蹴り飛ばし、

手に持っていたハルバードを床に突き刺す。

猛烈な埃が巻き起こると周囲で転がっていた人間達が

どういう理屈か勢い彼の後ろに吹っ飛んだ。

獲物の重量が見て取れるほどの衝撃があった。

あの街で一番高い時計台から重いモノを地面に落とした時のように。


「……そいつがあんたの獲物か。

 ハルバードなんて使ってる墜人は初めて見るよ。」

「そいつぁ俺のセリフだぜ、羽根付きの小僧。」


 ウィルの顔に一筋の汗が流れていた。

その様子を見てライザが間を持たせるべく言葉を男に投げかける。


「誰だあんた?

 ここの管理者か何かか?」

「答える義理があると思ってんのか?

 こんだけ暴れた後に聞く言葉じゃねーだろうよ。

 ……と言いたいところだがよ、俺はここの雇われ用心棒でな、

 管理者じゃねぇ。」

「そいつは残念。」

「期待に沿えなくて悪かったなっとっ!!」


 次の言葉を言うが早く、

男がハルバードを即座に持ち直すとウィルに向かって思い切り振り下ろす。

ウィルはその攻撃は予測通りとばかりに、

少し余裕を持ってスウェイの要領で後ろへ退く。

だが男もウィルの行動は読んでいたようで、

振り下ろしたハルバードの柄一旦手から離すと利き腕である右手で持ち直し、

槍の動作でウィルに対して真っ直ぐ突いた。

最早反射による動きだった、

ウィルはガントレットの甲に槍を当て辛うじて直撃を躱す。

だが相当の衝撃があったようでウィルはそのまま

かなりの距離を吹き飛ばされたのだった。


「……ちっ上手く入ったと思ったんだけどなぁ。

 あの小僧、上手く弾きやがった。

 おいそこのチャライの、アイツは本当に羽根付きか?

 パワフルにも程があんだろうがよ。」

「…答える義務はねぇっつか誰がチャライのだ!」

「いいじゃねぇかそれくらい話してくれてもよぉ。」


 ライザは自分に向かって話しかける男の顔をずっと睨み付けていた。

ウィルが敵と交戦している時、ライザは絶対に手を出さない。

これは二人の間の約束だ。

だからライザは吹っ飛ばされたウィルの元へいかないし声もかけない。

男とライザが言葉を交わしている間にウィルは戻ってきていた。


「相手を間違えるなよ。」

「小僧、お前本当にあの羽根付きか?

 ガントレット程度で俺の一撃を普通のヤツが弾けるもんかよ。」

「羽根付きじゃない、僕は有翼人だ。」

「まあ、どっちでもいいか。」


 そう言い放つと男はハルバードを担ぐように持つと

一足飛びの勢いでウィルに斬りかかる。

体勢を立て直していたウィルは

男のハルバードの軌跡と体裁きを見定めるように見つめ、

紙一重で男の鋭い乱れ舞う斬撃を躱し続けた。

ウィルは何かに気づいたようで、

ガントレットを装備した腕を腰より下へ持って行き力強く握りしめる。


「ちっ!

 気味の悪い目をしやがってよ!」

「……ふぅ……。」


 ウィルの狙いはただ一つ。

男が数回の斬撃の中でたまに放つ気合いの乗った一撃、

その中でも一瞬だが姿を現す隙。

その刹那に全力を一撃を乗せる、即ち後の先のカウンター。

余談ではあるがハルバードは決して軽量武器ではない。

長槍ロングスピア並の長さと、鋼鉄製のメイス級の重量があり、

超重量武器と考えた方がいい。

スーツの男の腕力の高さが窺える。


「そろそろ終わりとしようぜ、

 無駄な時間は短いほど有意義ってもんだ。」

「いいからさっさとかかってこい墜人。」


 ライザは邪魔になってはウィルの迷惑と思い、

本来の目的である仲間の少女達を探すことにした。

これだけの騒ぎになっているのだ、彼女らを見つける格好の機会と思った。

血が上ってしまったウィルを止められる程の力量をライザは持ち合わせていない。

それに目的はあの男を倒すことではなく、

アリーチェとセリアを助け出すことだ。

ウィルもそうだが、あのハルバードの男も余程戦闘が好きなのだろう。

目的を忘れるくらいに戦闘にのめり込んでいるようにライザには見えた。


「ガントレットで暴れ回る羽根付きか、

 くっくっくっくっ…お前、見た目より馬鹿だろ!?」

「馬鹿で悪かったな。

 でも今時そんなクソ重い武器を振りまわしてるあんたに言われたくないよ。」

「それもそうだな。

 んじゃ、まあ、こいつで終わらせるかね。」


 男はぐっと腰を深く落としてハルバードを逆手に持ち構えた。

その様子を見てウィルも深く呼吸をしガントレットの握りを確認する。


 沈黙が支配する。


 一体どのくらいの時間が経ったのか、

緊張感で支配されたこの領域で正確に時間を把握している者はいない。

だが、この均衡も崩れる時は一瞬だった。

へっと男が一笑した後、今までとは比べものにならない速度でウィルに接近する。

ウィルもまた男が笑ったのを確認すると自慢の羽根を使って超低空で飛行した。


 刹那、男のハルバードがウィルの反応よりも早く動き出した。

強烈な一撃がウィルに襲いかかると思いきや、ハルバードはウィルの下を通過。

男はちっと舌打ちをして、すぐさま次の行動へ移ろうとするも

回避に乗じて攻撃に転じていたウィルの速度には敵わなかった。

ウィルがこれまでずっと見極めをしていた刹那の隙が見えた。

ウィルは男の背後へ周ると着地と同時に

思い切り身体を捻り渾身のカウンターを男の腹目がけて放った。

金属と金属とがぶつかったような大きな衝撃音が建物内に鳴り響く。


「……思った以上に重いのを打てるじゃねぇか、小僧……。

 ち、こりゃ間違いなく脇腹が逝きやがったな……。」

「……はぁ……はぁ……。」

「がはっ……こんな成りじゃしばらくお仕事はお休みだぜったくよ……。」

「僕が空を飛べること知っていたくせに、ワザと僕の攻撃を受けたな……。」

「俺は……そんなに器用じゃ……ねぇよ。」

 

 互いに肩で息をしている状態だった。

その様子を感づかれない程度に離れた位置で見ていたライザはウィルに声をかける。

ライザの後ろで何かがモゾモゾと動いていた。


「ウィルーっ、戦闘中だけど状況が状況だ口出しすんぜ。

 目的は果たした、アリーチェとセリアは無事だ。

 俺様がバッチリ見つけたぜっ!

 感謝しやがれっ!」


 遠くで手を振るライザを見てウィルは少し表情を緩めた。

この瞬間、ウィルは戦闘意欲を無していた。

戦いは終ったのである。


「って事で、俺等の勝ちだぜオッサン。」

「誰が……オッサンだ……誰が。

 へ……今から盛り上がるってのによ。

 チャライのっ!……空気読めよなっ!」

「チャラい言うなコラッ! 明るいと言え!」


 ウィルは警戒を続けたまま男の近くから飛び去りライザ達の元へ向かった。

ライザの後ろには眠そうな目をした

セリアとアリーチェが仲良く地面に座り込んでいた。

ウィルの到着に気づいたのか、

アリーチェが目を覚ましぼーっとしたまま周囲を見渡す。

見たところ怪我とかはしていないようで、

ウィルは取り敢えず安堵していた。


「ウィル兄ちゃんだー…あれ?

 なんでここにいるの~?」

「なんでじゃないだろ、アリーチェ。

 お前達を助けに来たんだよ、ライザと一緒にね。」

「あ、そっかー。

 あたし達、墜人に捕まっちゃってたんだった。」


 ウィルの姿を見てほっとしたのか、

アリーチェは無邪気にウィルに抱きついた。

それを優しく抱き留めるウィルの姿にライザは少しほっとしていた。

さっきまでとは全く違った雰囲気に思わず表情が緩んでしまったようだ。


「ほんわか兄妹の再会シーンは後にしてくれね?

 もう夜になっちまうし、これ以上ここにいる必要はねぇだろ。」


 ウィルは何も言わず首を縦に振りアリーチェを抱き抱えて、

重量を感じさせずに飛び上がった。

ライザは未だに目を覚まさないセリアを抱き抱えするりと飛び上がった。

その様子を脂汗びっしょりに眺めていた男は、

ウィルとライザに向かって叫んだのだった。


「小僧っ!! 逃げんのかよっ!!

 空なんか飛びやがってっ汚ねぇぞっ!!

 オラっ羽根つき共っ!降りてこいっ!!」

「やなこった、べろべろべーっ!」


 ウィルが振り返るわけもなくそのまま飛び去って行ったのだった。

ライザは最後の一撃について気になっていたようだが、

所詮、墜人がやる事と思い、口から出そうになった言葉を今は飲み込んだ。

そして眠りから覚めないセリアが腕から落ちないよう、

しっかりと抱きしめ直したのだった。


************


 夕日はほぼ沈み、辺り一面闇の支配が始まる時間帯になっていた。

あれだけの事があったが実際は一時間も経っていなかったのである。

このままアリーチェとセリアを抱えたまま本格的な夜を迎えるわけにはいかない。

ウィルとライザは取り敢えず、羽根を休める事が出来そうな場所を上空から探していた。


「ウィル兄ちゃん、見てみて~カワイイでしょ。」


 アリーチェが懐に忍ばせていた小さな布を取り出した。

鳥のモチーフの刺繍が印象的な青いハンカチーフだった。

この辺りではあまり見かけないデザインであるが、

街で店を広げている露天商ならばどこの作か分かるだろう。

ハンカチーフを手に取りひらひらとウィルに見せるアリーチェ。


「どっから持ってきたんだ?」

「あそこにいたスーツを着てた顔が怖いオジサンから貰ったんだ

 ”これで涙を拭け”って。」


 しばらく沈黙するウィル。


「……キレイなハンカチーフじゃないか、よかったな。

 よしアリーチェ、しっかりと掴まるんだよ、一気に速度を上げるからね。」

「うん。

 あ、そうだお礼まだ言ってなかったよね、

 ウィル兄ちゃん助けに来てくれてありがとう。」


 ウィルはしっかりと自分にしがみつくアリーチェの暖かさを感じながら、

無事助け出せた事実を実感していた。


「……ウィル、今夜はあの小屋を借りようぜ。

 さすがに二人を抱えて里までは飛び続けるのは無理だ。

 ったくさっきからセリアは全く起きねぇな、

 気持よさそうに寝こけやがってコイツ……。」

「うん、そうだね。」


 しばらく間を置いた後、先ほど飲み込んだ言葉をライザは口にした。


「―ウィル、あのオッサンについてだけどよ……。」

「分かっているよ。

 近い将来、あのオッサンとはまたどこかでかち合いそうな気がする。

 その時はアリーチェの件も含めて、お礼参りするつもりさ。」

「分かってるならいいけどよ、お前戦闘になるとホンと性格変わるよなぁ。」


 ウィルとライザは余程疲れていたのか、

借り受けた小屋のベッドに倒れ伏した直後、深い眠りに陥ったのだった。

アリーチェも周りが眠ってしまい話し相手が居ないと分かると、

兄と同じ格好で再び眠りについた。

するとタイミング悪く、眠り姫セリアが入れ違いで目を覚ましたのだった。


「……ふぁあああぁあ…あ、あれ?

 ここどこ?」



おわり

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