In front of flowers
In front of flowers
夕日に染まった道を、セーラー姿の少女が歩いていた。ひと気はほとんどなく、少女のずっと先に老婆が1人、振り返れば、ずっと後ろに中年の男性が1人。皆、長く伸びた影を引きずりながらのろのろと歩いていた。
どこもかしこも赤くて、変わり映えのない道をさらに進むと、何かの店が見えてきた。逆光でシルエットしか分からないが、店先にごちゃごちゃと何かが積まれていて、大きな看板を下げている。
少女はさして興味をひかれた訳ではなかったが、向かう先の道すがらにあるので、のろのろと店に近づいて行った。
少し歩くと、鼻を甘い香りがくすぐって、そこが花屋だと分かった。ごちゃごちゃと積まれているのは鉢植えだったようだ。
少女が花屋を花屋と認識したとき、店から1組の親子が出てきた。小さな子供を真ん中にして、手を繋いでいる。母親らしい女性が店の中に向かって声をかけると、親子は先へ歩き出した。父親らしい男性の手には、小さな花束が握られている。
少女はぼんやりと花屋へ興味を感じていた。それは単調な道を歩く退屈からの反動か、もしくは楽しげな親子の様子から、何かあるかもしれないという野次馬精神からか。とにかく、花屋そのものへの興味ではなことは確かだった。
『In front of flowers』
それが花屋の名前の様だ。看板にでかでかと書いてある。店先には、シルエットの通り花の植えられた鉢植えや切り花が小さな山を作っていた。店のなかにも、色とりどりの花が所狭しと並び、甘い匂いを放っている。
「こんにちは」
少女が店の奥に声をかけると、いまひとつ年齢の分からない男が花の山から顔を出した。その表情はどことなく顔色が悪く落ち込んでいるように見えた。
しかし、「いらっしゃい、お嬢さん。」と答えるころには、ケロリとした顔で子供っぽい笑みの浮かべていた。
少女は、玩具を見つけた猫のような笑みを返すと、花屋に訊いた。
「この店名はどんな意味なんですか?」
「僕の趣味のことです」
花屋がそう答えると、少女は楽しげに笑みを深くしてさらに質問した。
「おすすめの花は何ですか?」
西日本の商人のような大仰な口調で花屋は答えた。
「そうですねえ、季節問わない薔薇などいかがでしょう?」
「普通すぎて面白くないですね」
「お祝いごとに打って付け百合の花ではどうですか?」
「特にお祝いの予定がないのでいいです」
「ならばチューリップではどうですか?シンプルに。」
「匂いがキツイです」
「気に入られる事間違いなし向日葵!見てると元気が出ますよ」
「暑い夏を思い出すので遠慮します」
「香りなら何にも敵わぬ金木犀!」
「すぐに散っちゃうじゃないですか。他は?」
「これでダメならもう終わりですよ。どうぞ好きに見てって下さい」
そう言うと、花屋は花の手入れを始めてしまった。
一方少女は花を見始めることなく、ぼんやりと左上の辺りに瞳を寄せてしばらく沈黙した。少しすると今度は瞳の右上に寄せ、すっきりと笑った。
いかにも満足げな笑顔のまま、少女は口を開いた。
「花屋さん、」
「はいはい。何にするかお決まりですか?」
「はい。」
「どちらに致します?」
「いえ、何も頂かないことにします。」
少女は舞台役者のように、芝居がかった口調で言った。表情は相変わらず、イタズラが成功した子供の様な笑みを浮かべている。
そんな少女の様子に、花屋は気分を害することなく、むしろほっとしたように、「そうですか。」と答えた。
「それじゃ、私はこれで失礼しますね。」
そう言って、店を出ようとした少女を花屋が呼びとめた。
「お嬢さん、ちょっとお待ちください」
振り返った少女の前には、つぼみの花束が差しだされていた。
「サービスです。貰って下さい」
少女は花束を受け取った。
「何の花が咲くんですか?」
「さあ?僕にも分かりません。」
少女の問いに花屋は曖昧な答えを返した。しかし、少女はむしろその返答に満足して「ありがとう御座います」と言った。
「花屋さん、最後に一ついいですか?」
少女は思い出したように言った。花屋はキョトンとした顔で「はい。」と答えた。
「このお仕事、辛くないですか?」
少女の問いに、花屋は穏やかに苦く微笑んだ。
「ええ、かなり辛いですよ。上司の命令で好きな様におしゃべりもできないし、お嬢さんのようなお客さんも滅多にいらっしゃいませんからね。」
おどけた口調で花屋は言った。
少女は「それでは、またいつか。」と花屋に言うと、来た道を帰って行った。
初めまして、桜日です。
全体的にいって訳のわからない文章になってしまいました。特に後半は、あえて描写を省いたので、かなり抽象的な文です。すみません。
さて、お気づきになった方もいらっしゃるでしょうが、この作品には1つちょっとしたなぞなぞが組み込まれています。これを解けば、多少はこの作品を理解しやすいと思います。
長々とお付き合い頂き有難うございました。
Thank you for your reading!
「わかる訳ないだろ。もっとまともな問題考えろよ。」という方のためにヒント 『花屋はどんな客が来ても、ほぼ同じように花を勧めます』