~走って 1~
登場人物
真鍋 拓夢
藤崎 玲
仲居 大輔
~走って~
「ごめんなさい」
「あ、いえ」
俺は、行き着けの喫茶店で女性とぶつかった。
「怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です。私もすみませんでした」
その女性は軽く会釈をして喫茶店をあとにした。
俺はその女性の姿を目で見送ったあと、喫茶店を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、俺は学校へと向った。
俺の通う学校は、この近くで徒歩でいつも登下校をしている。
そんなに遠くもないので、交通弁ではもってこいの学校だ。
(あ!)
俺はある男子生徒を見つけると、腰あたりに蹴りを喰らわせた。
「いった!あ、拓夢か、おはよ」
「おっす大輔」
彼は、仲居大輔。剣道部の部長であり、俺の幼馴染でもある。
そして......。
「あ、そうそう。なんか今日、転校生が来るらしいよ?」
学年一の情報屋でもある。
「どっからの情報だよ、それ」
「あはは、ちょっとねー」
大輔は謎な部分が多い。昔から一緒にいるが、高校生になった今でも苦手だ。
俺の情報も持っているのは確かで、聞くのがとてもじゃないができない。
「......」
「どうした?」
「いや、お前ってアレだよな。イケてる顔なのにやってることが.....」
「え?何?」
(うっわ!どす黒い顔になってる)
大輔の顔が鬼のように見えたのは、俺の目の錯覚か?
だとしたら相当、恐怖を感じてる。
「い、いや。なんでもない」
これは予想だが、俺は一生こいつに刃向かえないような気がする。
いや、現実でもうなってるか。
「そうか?あ、拓夢は女子だと思う?男子だと思う?」
「あー。俺は特に興味はないからなー。どっちでもいい」
「でた!興味ない宣言」
「なんだよ」
「いや?」
なにか楽しそうなことを考えてる大輔を置いて、俺は先を急いだ。
これはいつものことで、あいつも特に気にしていない様子だった。
学校に着くと、職員室前が慌しかった。
(.....ほんとだ)
俺は大輔の情報のことを考えながら教室へと向かう。
階段を上るところで、多くの男子とすれ違った。
「あ、拓夢じゃん。おはよ!」
「お、おはよう飯島」
この人数で考えると多分、転校生は女子だ。
じゃなきゃ、こんなに女子が男子を冷たい目で見ることはないだろう。
教室のある階にたどり着くと、女子が集まってきた。
「あ、おはよ真鍋。ねえ、ひどくない?男子」
「けど、真鍋は特に興味なさそうだね」
「ああ、まあな」
「他の男子も、そうなら良いのにー」
「じゃ、俺。教室入ってるから」
「あーはいはい」
こういうときの女子はとてつもなく怖い。
いや、女子の世界が面倒くさいのは知っているが、そんな冷たい目をしなくてもって思う。
けれど、それは仕方のないだろう。
「はー面倒くさいっ!」
机にバックを置いて席に着くとため息をついた。
(あーもう、朝から元気だな)
置いたバックに顔を埋めると前のドアから大勢の男子生徒の声が聞こえた。
髪の間から見ると、男子生徒に紛れて女子が見えた。
(見たこと......!?)
俺はその女子生徒を見ると顔を上げた。
その女子生徒は俺が昨日ぶつかった人だった。
(なんで、ここに!?)
口をパクパク上下させていると、見慣れた顔が目の前に現れた。
「どした?」
「うっわ、大輔!」
「な、なんだよ。そんなびっくりして」
「い、いや。なんでもない.....」
(あの人、転校生だったんだ!)
大輔から、目を逸らしたと同時にHRを知らせるチャイムが鳴った。
長い今日の、始まりだ。
「へー君、藤崎玲って言うんだ」
「どっから来たの?」
HRで自己紹介した彼女は一瞬にしてマドンナ的存在になった。
彼女の名前は藤崎玲と言うらしい。
男子が輪を作って藤崎を囲んでいる。
彼女は困ったような顔も時々見せていたが、楽しそうだ。
(そら、女子も冷たい目になるわな)
一人でに、その集団を見ていると大輔が目の席に座りこちらに向いた。
「そこ、飯島の席....」
「いーの、いーの。あいつ、今あそこだから」
大輔が指を差した先に飯島がいた。
飯島も、男子の輪に入っていた。
(.....っ。男子って....)
ため息をついて、前髪をかき上げると大輔は「興味ないのー?」と顔を覗いてきた。
「ああ、ない」
「そう言ってるけど、なんか関係あるんじゃない?」
図星を突かれた。
「え?いや。ないけど?」
冷や汗をかきながら、いつもどおりの顔をすると大輔は「そっかー」と残念そうに言った。
こういうときの大輔は怖い。
あいつは、顔で本心を暴く。
俺は一度もばれたことはないから、一応隠し通せるのだが他のやつらだとすぐにばれる。
しかし本心を見せなくなったのは過去にいろいろあったからで、多分前の俺だと即ばれていたと思う。
内心、びくびくしていると授業が始まるチャイムがなった。
全ての授業を終えて、下校時間になった。
俺はバックを持つと教室を出た。
靴箱にたどり着くと、男子の集団がそこに溜まっている。
(まだ、続いてるのか)
今日で何回したか覚えていないが、ため息をした。
(ため息、今日何回したんだろう?)
このままだと何分経っても帰れないから、俺は強行突破することにした。
「はい、邪魔。帰れない」
男子集団を掻き分けて自分の靴が入った位置までたどり着くと大輔から声がかかった。
「拓夢ー待てよ!」
「あれ?部活じゃねーの?」
「今日はねんだよ。だから帰ろーぜ」
「ああ」
この会話を聞いた飯島は「おいおい。転校生目の前によくそんな会話できるよなー」と笑いながら言ってきた。
俺はそんな飯島を見据えると靴を履いて校舎を出た。
大輔は「そんなことしてると女子が怖いぞー」と言って俺の後につく。
「ほんと、考えないよな。あいつら」
「ま、邪魔だったしね」
「だよな.....たくっ」
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「くそっ!なんだよ」
「無視すりゃいーだよ」
「だな」
「............あの人」
「ん?なんか言ったかい?藤崎さん」
「あ、いえ......」
〇 〇 〇 〇 〇 〇
喫茶店の近くで、大輔と別れた俺は一人とぼとぼと歩いている。なんだか今日は色々と有りすぎて疲れた。
「はー」
白い靄が目を覆い隠した。
(......寒い)
寒い日が続く――――――――
帰宅した俺は、部屋にバックをほうり込むとベットの上に寝転ぶ。横を向くと、好きなアーティストのポスターが目に映った。
「.........」
沈黙があたりを包み込み、俺は眠気に襲われた。
気づくと、時計は8時を廻っていて母が「お風呂ー!」と声をかけている。
「あ、はーい!」
急いで、返事をした俺はリビングへと降り風呂場へと駆け込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日
いつも通り、俺は家を出て学校へと向った。
喫茶店の前を通りすぎると大輔が歩いている。
「あーはよ」
「お、おはよ。なー拓夢」
「ん?」
「....あのあとどーなったんだろーな」
「は!?関係なくないか?」
「.........ま、そうだけどさ」
大輔は俺に振り返り、後ろ歩きすると手を頭の後ろに持っていった。
「なにが言いたい?」
「.....いや、飯島が”ごめん”って言ったらしいよ?あの転校生に」
「へーいい話じゃないか」
「ま、そーなんだけどー」
語尾を濁した大輔は、何かを考えている。
顔が一瞬にして変わったからすぐに分かる。
しかし、内容は分からないし、分かりたくもないと内心思った。
「.......?」
「まー行こうぜ」
「あ、ああ」
学校に着いて校舎に入ると、飯島が靴箱のところに立っていた。
「飯島、おはよ」
「ああ、おはよ。拓夢、昨日は悪かったな」
「え?あーいいよ。別に通り道塞いでただけだし」
そう言うと、飯島は「あ、そーだよな。これから気をつけるわ。じゃ」と言って階段を上っていった。
妙に怖がっていたように感じるのは、気のせいだろうか。
「......大輔~?」
「お、俺じゃない。俺じゃないよー!」
大輔の襟元を掴むと、引き寄せた。
「じゃあ、なんで飯島があんなビビッてるんだ?」
「あ、えーっと.....」
大輔は頬を指で掻くと「ごめん!」と大声をあげた。
俺はため息をついて手を離すと彼は笑って「まじで、ごめん」と言った。
「まーそれだけだったまだいいが、これ以上変な噂を広げるな」
過去にも、大輔に変な噂を流されたことがある。
しかし、どれも下らないことで俺に害はない。
逆に良い方向へと変わっている。
「あはは、すまん」
大輔は制服を直すと上履きに履き替えた。
俺も「はー」と言いながら履き替えると階段を上った。
教室に入ると、また藤崎の席に男子が溜まっていた。
(.....朝から面倒だな)
席に座り、バックをかけると俺は本を開いた。
2ページほど読み終えたところで本のページに人影を映る。
「....大輔か」
「はー、なんで本なんか読んでるんだよー。だから根暗だって言われるんだぜ?」
「な、俺の勝手だろーが。そこはよー」
本を閉じて、大輔に目をやる。
大輔は「冷たい目、勘弁してくれよ」と笑って自分の席に戻っていった。
(冷たい、目をしてるのか!?)
「......はー」
本に目をやり、ため息をついた。
(なんか、昔から勘違いされることがあるんだよなー。もしや、それも?)
俺は青ざめながら大輔を見る。
確かに、昔から情報を持っているがそんな幼い頃から頭が回るのか?
けど.......。
(あいつなら、やりそうだな。うん、そーだ)
勝手に理解して、納得した自分がいたーーーーーーー。
授業が始まると、教室の中は朝の時とは違って静かな空間となる。
先生が黒板で内容を説明していた。
(.....ここの内容は、塾でやったな)
ノートの端に”面倒”と型崩れした字を書く。
とりあえず、黒板に書かれた文章をノートに写すことにした。
教科書には何本もの線が引かれていて、小さい字で”ここポイント”と書かれている。
これは塾で習ったところで、必要なところをチェックしているのだ。
「.......であり、ここは.....。じゃあ、これを....真鍋」
「あ、はい。それは.....で.....です」
「さすがだな。ってことで......で.....だ」
俺は席につくと窓の外を眺めた。
グランドがものすごく広く見える。
(そういえば、俺もこの前まで部活と勉強を両立させてたな)
部活は陸上に入っていた俺だが、あることをきっかけに退部したのだ。
そのあることはあまり思い出したくないし、考えたくもない。
けど、走るのが楽しくて仕方のなかったあの頃と今は違う。
過去から逃げているのは自覚している。しかし、頭からアレが離れない限り俺は部にいる必要はない。
トラウマに縛り続けられる限りはーーーーーーー
昼休みになり、多くの生徒が青空の下で弁当を食べる。
俺と大輔は教室内で食べるのが日課だ。
けれど、今日は部活の話で大輔が先生に呼ばれ俺が一人で食べることとなった。
教室にいるのは、俺と藤崎を取り囲む男子集団だ。
うるさくて仕方がない。
「ん?あ、拓夢。一緒に食べようぜ」
飯島に声をかけられた。俺は笑って「いいよ、別に」と言って断ると飯島は首を傾げて「そうか」と残念そうに顔を戻した。
声をかけてくれたのには感謝するし嬉しいのだが、あの集団に囲まれるのは少しばかり気がひく。
(......藤崎のほうは、迷惑なんじゃないか?)
ふと、彼女に目をやると目が合った。
「!?」
「.......」
(目、合ったな。今.....)
ひとりでに、そんなことを考えて弁当に入った野菜を箸でつつく。
口に運んで、噛むと飲み込んだ。
しばらくして弁当を片付けた後、本を取り出すとページに人影がうつる。
「....大輔か?」
「.....外れです」
「!?」
人影は藤崎だった。
さっきまで、彼女のまわりにいた集団がいない。
(どっか、行ったのか?)
「あ、あの方たちなら外に行きました」
俺の考えを読んだように彼女は答える。
「....それで?用件は」
「あの、喫茶店でのことを謝りに」
「ああ、覚えてたのか。いや、いいよ俺だってボヤっとしてたから」
笑って首を振った俺に彼女は「いいえ」と返した。
「私が悪かったので....えっと、すみません。名前は?」
「ああ、俺は真鍋拓夢。えっと、よろしく藤崎」
「名前....」
「自己紹介してたのに、覚えてないやつなんかいないだろ?」
俺は笑って本を閉じると、藤崎は微笑んだ。
休み時間が終わるまで俺は彼女とたくさん話すことにした。
本当は休み時間が終わった後も話したい。
話すたびに笑みを見せる彼女といつまでも。
けど、そうもいかない。
それは、大輔がいるからだ。あいつに見つかると後が面倒くさい。
「どうかしましたか?」
不安が顔に出てたのか、藤崎は心配そうに顔を覗いてくる。
「あ、いや。なんも?あのさ、敬語はやめてくれ」
「え?あ、はい。でも癖で」
「ま、そのうち慣れるさ」
「だよ、ね」
彼女は言いづらそうに話すと微笑む。
「無理、しなくていいよ」
「大丈夫!」
俺の横を清々しい風が通った。
あれはなんだったのだろうか。
俺が始めて藤崎と言葉を交わしたのは、寒い11月下旬のことだ。
あれから、数週間が経った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は気づくと過ぎ去っていく。
この数週間でいろいろなことが変わった。
藤崎との関わりが増えた。しかし、一方で大輔との接触が減ったように感じる。
話しかけたとしても数分で終わったりもするし、大輔本人はなぜか避けているようにも思えてしまう。
12月20日。
(寒いなー.....)
とても寒い日が続く。
俺はマフラーを引いて息を吐いた。
白い靄が上へと昇る。
町はクリスマスシーズンとなり、明るく綺麗に飾られている。
夕方なのに星空が顔を出して、まるで祝っているようだ。
あと数日でクリスマス。俺のクラスではパーティーを開こうと計画を練っている。
(もう、暗いな。早く帰ろう)
喫茶店の前を小走りで通った。
ふいに目をやると、行き着けの喫茶店もクリスマスシーズンで飾られている。
「うっわ....」
毎年見るこの喫茶店も1つ歳を重ねるごとに飾りが華やかになっている。
(今度、藤崎を誘って飲みにくるか)
そんなことを思いながら家へと帰った。
家に帰ってきて二階に荷物を置いたと同時に一階にある電話の音が家の中に響き渡った。
「今、手離せないから拓夢出て!」
「はいよー」
階段を下り、受話器を手に取る。
「はい、真鍋」
『もしもし、藤崎ですが。拓夢くんは.....』
「あ、藤崎か?俺だよ」
『え!?あ、真鍋くんだったの?』
「ああ」
電話をかけてきたのは藤崎だった。
電話番号を教えた覚えがないが、多分連絡網で知ったのだろう。
「で、どしたよ?」
『あのさ、クリパのことなんだけど。みんながカラオケはどうかって』
「クリパの会場か。別にいいんじゃないか?俺は特にここがいいってとこはないし」
毎年、クリスマスパーティーとかの行事にはあまり興味のなかった俺だが今年は行ってもいいかな?と思う。けど「どんな風の吹き回しか」と聞かれたら答えられないな。
『そっか。えと真鍋くんもくる?』
「ま、飯島に誘われてるしな。けど大輔は分からない」
『あ、仲居くんも来るって』
彼女が言うには、俺の家の電話番号を教えてくれたのは仲居だという。
(あいつ、何を考えてんだ?いや、ただ番号教えただけか)
「そうか。あ、俺も行くよ。だから飯島に報告しとく」
『わかった。じゃあ、また明日』
「ああ」
そこで電話が切れた。
クリスマスまであと5日。
さて、今年もあと数日で終わろうとしている。今年が終わる頃にはどんな思い出ができるのか。
それもまた、クリスマスパーティーよりも楽しいと思う考え事。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日
いつものように俺は家を出て、通学路を歩く。
喫茶店の看板が見えてきた。甘い匂いが漂う。
距離が縮まるたび、甘い匂いがいっそう濃くなっていった。
(ココア買うか)
ふとそう思った俺はドアの前で立ち止まりお店に入った。
「いらっしゃいませ」
顔見知りな店員が声をかける。
「あ、真鍋くんか。ココアだね?」
「あ、お願いします」
カウンターの中で俺の好きなココアを作る。
店員は俺より5歳くらい年上の人で、昔から近所ということで仲が良い。
一人っ子な俺にとっては兄貴的存在だ。
「最近、仲居くん。来ないね、どうしたの?」
「いやー、わからないですね」
「そっかー。でも、そのかわり。かわいいお客さんが見えるんだ」
「あ、藤崎じゃないですか?」
「ああ、藤崎さんっていうんだね。同級生?」
「はい」
店員は藤崎のことを知っていた。
この人が言うには、よく来てくれて常連客らしい。
そういえば、彼女と会ったのもこの喫茶店の前だった。
「初めて来たのは、そうーだな11月の下旬だから。もう一ヶ月か」
「どれぐらいの割合で来てるんです?」
「まー3日に一回くらいかな?」
「へー....。あ!!時間だ!」
「お?ああ、ちょうどできたよ。持ってきな」
「ありがとうございます!」
ココアの入ったカップを受け取り、200円をカウンターに置いた。
「それじゃ、俺はこれで」
「いってらっしゃい」
喫茶店を出た俺はいつもより速いペースで歩いた。
信号待ちの間に少しずつ温かいココアを飲む。
寒い冬にはもってこいの飲み物だ。
信号が青に変わり横断歩道を渡る。
横断歩道の中間地点を過ぎるとき、近くから車がスリップしたような音が聞こえた。
振り返ると、黒い物体が目の前を覆い隠したーーーーーーーーーーーーーー...............。
◇end◇
どうでしたでしょうか?
続きは「~走って 2~」です。
短編小説として投稿しましたが連載小説ですので、ご注意ください。