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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
番外編 魔法の巨女 マジカルグランデ☆
38/38

ぐらぽん4 さらばポン太郎よ星となれ

 翌日である。

 

「それでは姉君、そしてシャリア殿、お達者で」


 例のメイド小娘に変化したまま町の出口へと立った我は、姉君とシャリア殿にぺこりと頭を下げた。

 首の後ろには風呂敷包みが巻き付けられており、中にはお土産兼帰りの食料である、魔界ナッツが詰められている。


「もう行っちゃうの? もう少しゆっくりしてきゃ良いのに」


 頭をかきながら、シャリア殿がそんな風に言ってくださる。

 しかし、それに甘えるわけにはいかなかった。


「やっぱり残してきた姉上達が心配ですので。色々とありますが、我なりに無理せず向き合ってみるつもりです」


 本来は、もう少し滞在しようかと我も思っていた。

 しかし姉君に自分が無理をしていたことを指摘され、胸のつかえは一晩にしてぱっと取れていた。

 それに、やっぱり出かけるにしても書き置きのみはまずかった気がする。

 そう考えた我は、とりあえず家に戻ってみることに決めていた。


「そっか……余計な事を言っちゃったかも」


 我にそれを教えてくれた姉君は、そんな風に冗談めかして、しかし寂しげに笑う。


「大丈夫です。川を下れば案外すぐにこの街に来られる事が分かりましたし、これからはちょくちょく遊びに来ます」


 そんなグランデ姉君を、我はそう言って励ました。


 今までは父が騒ぎを起こした魔王領の近くということで、この街には近寄りづらかった。

 しかしあちら方との関係もある程度改善した今ならば、そこに気兼ねする必要もあるまい。


 次はアグノやフウ姉さんに頼めば、もっと早く、安全にたどり着けるだろう。


「うん、待ってる」


 我の言葉に、姉君が髪の下の目を拭ってそう答えた。

 もしかして泣かせてしまっただろうか。


「それでは、これで」


 名残惜しいが、我が躊躇っていては姉君達がいつまで経っても城内に入ることができない。


 断腸の思いで、我は彼女らに背中を見せた。

 そんなときである。


 ズシィン、ズシィン!


 痺れるような地響きが、我らの足下を揺らした。


「な、何事ですか!?」


 慌てふためいて姉君達をうかがう我。

 しかし彼女らの表情に、動揺した様子は見られなかった。


「こ、こんな時に来ちゃうなんて」


「むしろ弟に活躍を見せられるし好都合じゃない?」


 正確に言うと姉君は動揺しているが、この振動の原因は分かっているようである。


 何の事やら分からず、説明を求めて二人の顔を見回す我。

 すると上空から突如、野太く大きな声が降ってきた。


「我が名はカマキリ十蔵! この街を護るという女戦士と果たし合いに来た!」


 そちらを見ると、なんと山ほどの大きさを持つカマキリが、威嚇のポーズでそんなことを叫んでいるではないか。


「お、女戦士というのはまさか」


 我が問いかけると、シャリア殿が頷く。

 しかし彼女ではあるまい。


「行くわよグランデ!」


 シャリア殿が呼びかけると、グランデ姉君はもじもじと身をよじる。


「い、行かないとダメかなぁ」


 そして姉君はあまり気乗りしない様子で、シャリア殿にそんな風に問いかけた。


「うまく行けば話だけで終わるわ!」


 対するシャリア殿は、まるで怪しい商売にでも誘うような口調でそう言うと、足踏みをして姉君を急かしだす。


 そして渋々といった感じで門へと向いた姉君の背中を押しながら、我へと顔を向けた。


「姉君の晴れ舞台だからね、見ていくと良いわ!」


「え、は、あ、はい」


 そんな風に言われ、我は戸惑いながらも返事をした。


 これから何が始まるというのか。 

 あの巨大なかまきりは、戦士としての姉君を求めているようだ。

 と言うことは、十中八九戦いだろう。


 姉君が、戦う。

 心配である。あの心根の優しい姉君にそんなことができるのか。


「ほれポン太郎。ちょっと何か言ってやってよ」


「あ、姉君! がんばってください」


 だが我は引き留めるなどという野暮な事はしなかった。

 これは姉君の仕事なのである。

 手紙でも、あんなに誇らしげに書いていたではないか。

 我が大人になったというのなら、彼女はもっと前に一人前の大人になっているのである。

 大人の仕事を、邪魔してはならない。


「わ、分かった……」


 我が励ますと、姉君は静かに、しかし深く頷いた。

 そうして、自らの足で街の中へと戻っていく。


 ……しかしあのかまきり。なんだか見覚えがある気がする。

 いや、きっと気のせいだ。自らにそう言い聞かせて、我は姉君達の後を追った。



 ◇◆◇◆◇



 準備があると言って、 姉君達は騎士団の宿舎に入ってしまった。

 見学をしたいと申し出た我だったが、見事に閉め出されて宿舎に隣接する広場で待ちぼうけの形である。


 広場には他にも人が集まり始めており、彼らは近づきすぎないよう騎士たちに牽制されながら、姉君の登場を待っていた。


 もはや何を護る騎士か分かったものではないが、まぁあんなかまきり相手にどうこうしろというほうが酷だろう。


 我は姉君の口添えで、観衆の輪の内側にいる。


 メイド服姿の我に対し、騎士たちはやたらフレンドリーに接してくれる。

 が、昨日のあの男の件もあってあまり素直に喜ぶことはできない。


 そんな風に我が待ちぼうけをしていると、不意に観衆の声が一際大きくなった。

 彼らの視線は一点に集中している。

 我がそちらを見ると、シャリア殿、そしてグランデ姉君が宿舎から出てくるところだった。

 

 そして、戻ってきた姉君の格好を見て我は目を剥いた。


 姉君の体は、まるでペンキでも塗りたくったようにぴっちりとした、銀色に光る服で覆われていたのだ。

 その服は、姉君の凹凸をあますところ無く官能的に再現している。


 フウ姉さんのふわふわとした体にも惑わされ気味の我であるが、彼女を見ているとまた新たな扉が開きそうな気分になってしまう。


「おーい、エロー」


 我が姉君に見惚れていると、シャリア殿が我をそんな風に呼びつつ手で招いた。


 エロたぬきとまで呼ばなかったのは彼女の配慮だろう。しかしそれならばエロ呼ばわりもやめてくださらないだろうか。


 周囲が放つ「あの娘はエロなのだ……」という何とも言えない視線をかいくぐり、我は彼女らに近づいた。


「こ、これ、やっぱり恥ずかしいよぉ」


 我が随分羞恥な目に遭ってからたどり着くと、グランデ姉君もまた恥ずかしげに悶えて身をよじっていた。


 彼女は昨日は何だか胸部にばかり注目してしまって申し訳ない。と体各所に謝りたくなるようなスタイルの良さである。


「今更何言ってんの! ほれ、巨大化の呪文よ!」


 そんな姉君をシャリア殿は一蹴。そうして彼女は、姉君の臀部をばんばんと叩いた。


「呪文?」


 そんなの必要だったかと首を捻り、それから我は思い出した。

 そう言えば姉君が巨人族とドラゴンのハーフであることはこの町では秘密になっており、彼女はあくまでシャリア殿の秘術で巨大化することになっているのだ。


「や、やらないとダメかなぁ」


 グランデ姉君が気弱に尋ねる。と、腕を組んだシャリア殿がうむ、と大きく頷いた。


「うぅ」


 姉君は呻いてから、広場の中央へと進む。

 彼女へと近寄ろうとする観衆だが、騎士たちは逆に彼らを抑えてむしろ遠ざけようとする。


 それを確認してから、姉君は手に持っていたはんこのような物を天に掲げた。


「あのはんこのような物は?」


「タダのはんこよ。巨大化の為の変身アイテムって皆には説明してあるけど」


 失礼。あれははんこのような物ではなく、実際にはんこのようだ。


 姉君がそうしたと同時に、周囲にいた何人かのちびっこと大人が自らもはんこを掲げ、同じような姿勢を取る。


「あのはんこ、複製品を土産屋に売ってるの。結構いい売り上げなのよ」


 何やら悪ぅい笑みを浮かべてシャリア殿が呟く。

 成長祈願等の文句をつければ、親御さんも喜んで買い与えそうだ。

 などと、元武器屋店員として我が狸の皮算用をしていると、姉君がはんこを宙でぐるぐると回し始めた。


「ぐ、グランデーマジカルーエクストラメーショーン!」


 そして唱える。

 姉君が呪文を唱えると、歓声が沸いた。

 しかし何も起こらない。


 ちょっぴりの沈黙の中、グランデ姉君がゆっくりと手に持っていたはんこを床に置く。

 それからようやっと、グランデ姉君の体が巨大化し始めた。


「毎回巨大化のテンポが悪いのよね、あの娘」


 シャリア殿が愚痴りとこぼす。


 それで戦いは務まるのですか? と尋ねたかったが、それよりもグランデ姉君である。


 巨大化していく姉君。彼女がまとっているピッチりとした服が、引き伸ばされ薄くなっていく。

 それでも奴は、健気にも姉君の体に張り付いたままけっして破れることはない。


「あんなに伸びるのですか。凄い素材ですな」


「だと言うのに、最近キツいとか言い出すのよねあの娘」


 巨大化していく姉君の様子を口を開けて眺めながら、我はシャリア殿と言葉をかわす。


 姉君が巨大化する様を下から見ることができる機会は、父上が死んで狭い我が家に引っ越して以来まるでなかった。


 昨日の夜も間近で見たつもりだったが、こうして見上げてみると圧倒的迫力、そして魅力である。


 姉君の足はお行儀よく揃えられ、その太股には隙間もなかったがそれでも広場、そして観衆からギリギリの大きさであった。


「グランデさんが巨大化したぞ!」


「ひゃー! 相変わらず神々しい!」


「おい、下がれ! 踏みつぶされるぞ!」


「踏みつぶされても良い!今日こそ俺は彼女を真下から見上げるんだ!」


 それにしてもグランデ姉君はすごい人気である。

 彼女を恐れる様子がない。むしろ踏みつぶされたがっている様子の観衆を見ながら、我は目を丸くした。


「普段から街を守ってるからねぇ。最初は怖がられたりしたもんよ」


「そうなのですか……」


 我の驚きを察した様子で、シャリア殿がしみじみと語る。

 種族を偽っているとはいえ姉君には元々かなりの苦労があり、それを、文字通り自らの体一つで乗り越えてきたのだ。


 我が姉君の苦労を思い、上に向けた鼻につんとしたものを感じていると、巨大化が終わったのか姉君がそのおみ足を持ち上げた。


 彼女は周囲の物を踏みつけないように、つま先立ちで街をひと跨ぎする。


 そうしてグランデ姉君はかまきり向かい合うと、奴にぺこりとお辞儀をした。

 広場から姉君が立っている場所まではスッと視界が通っており、突き出した姉君の臀部がよく見える。

 まさかこの為に街を改造したわけではないだろう。

 ないだろう、が、ともかく観戦しやすいというのは素晴らしいことだった。


「お、お家に帰っていただけませんか?」


 ともかく姉君のことである。

 顔を上げた姉君は、弱気な口調で相手にお伺いを立てる。

 あんな風に頼まれては、我だったら「はい分かりました」と即座に帰ってしまうだろう。


「今更何を! 我が輩は貴様と戦うためにやってきたのだ!」


 だが、あのかまきりはそうではないらしい。

 奴は両手の鎌を振り上げると威嚇のポーズを取る。

 普通のかまきりがアレをやると可愛らしくも思えるものだが、あの大きさでやられると確かに迫力があった。


 姉君もそうだったようで、彼女はぎょっと後ろに下がりかける。

 が、かかとの辺りに城門があることに気づいて、その場に踏みとどまった。


 その様子を見てかまきりが笑った……ように見えたのは我の錯覚だろう。

 ともかく奴は振り上げた鎌を頭の上で交差すると、どこからは分からないがとにかく叫んだ。


「食らえ! 我が鎌の妙技! ディアボリカスラッシュ!


 大仰な名前と共に、鎌が振り下ろされる。

 ジッと死にかけの蝉のような音がして、身を庇った姉君の腕が切り裂かれた。


「あ、姉君!」


「大丈夫よ、落ち着きなさい」


 我から見えるのは姉君の背中な為よく見えなかったが、姉君が腕を下げると鎌は彼女の服の袖を切り裂いたのみで乙女の柔肌には傷一つつけていないことが分かった。


「あの娘の装甲はヘタなゴーレムより硬いわ」


「触るとあんなに柔らかいのに不思議なものです」


 ほっと胸をなで下ろす我。姉君がお強いと言うことは分かっていたが、あんな鎌だけに優位性を全フリしたような生き物の攻撃をも物ともしないとは流石である。


 しかしかまきりの奴めは、己が武器が通じなかったというのに表情一つ変えない。


 いや、それは虫だから当然だ。そうではなく、動揺した気配もない。


「あ、あの、やめませんか?」


 姉君はもう一度説得を試みる。


「クックック、シャー!」


 が、奴はそれに応じることなく、そのまま凄まじい勢いで鎌を振るいはじめた。


 背後に街があるせいで、姉君はそれを避けることもできず防御に徹する。


 斬撃を受けても姉君自身にはダメージが無さそうだ。

 だが、彼女の服は一撃ごとに、刻々と傷ついていく。

 しかもキツくなったというのは本当なようで、姉君が動く度切れ間が広がり、彼女の肌へ食い込んでいく。


「あ、あれは大丈夫なのですか!?」


 様々な意味で心配になり、我はシャリア殿に問いかける。

 周囲の人間は、姉君の姿にぽかんと口を開けていた。


「おっかしぃわねぇ。いつもだとプロレスになってグランデが間接キメられて喘ぐぐらいのサービスはあるけど、あそこまで露骨なのは無いのに」


 我が尋ねると、シャリア殿が首を傾げてそんなことを呟く。

 それはそれでどうなのかと思うが、ともかく今回の件は異例のことらしい。


「くそ、あのかまきりめ!」


「け、けしからん! しかし目が離せん!」


 男たちは姉君があられもない姿になるのを期待して、ファンになっているわけではないらしい。

 しかし、男の本能のせいで目の前の光景から目を離すこともできないようだ。


 つまりは大体我と同じ気持ちと言える。


「あ、あのかまきり。ただ単に服が裂きたいだけなんじゃ……」


 そんな中、誰かがぽつりと呟いた。


 何だととよく聞けば、天から「ぐほほほほ」と下品な笑いが木霊する。

 表情が変わらぬせいで気づかなかったが、どうやらあのかまきりが漏らしている笑いらしい。

 どうやら、観衆の言う通りのようだ。


 なんと低劣で下劣な! かまきりへの怒りが我の体中を駆けめぐる。

 それが切っ掛けになったのか、我の中でぽんぽんぽんと今まで出会ってきたかまきりへの記憶がフラッシュバックし、ふと気づいた。


 ……我は、あのかまきりを知っている。


「思い出した!奴はかまきり十蔵!」


「いや、さっきそう名乗ったじゃないのさ。……知り合いなの?」


 我が叫ぶと、シャリア殿が呆れたような目でこちらを見る。

 それから彼女は、あの下品な奴と我を同一視したようで、今度は蔑んだような目に切り替えて我を睥睨した。


「違います! 我が魔王城別荘に居た時に謁見に来たのですが、フィア殿の胸ばかり眺めていたいやらしい奴です!」


 誤解されては困る。我は早口でシャリア殿に説明をした。


 奴、かまきり十蔵は、通常のかまきりと同じ大きさの虫形態と、今のような巨大形態の二つを持つ、マンティスなんとかという偉そうな名前を持つ魔物である。


 過去、我がフィア殿のペット――夫として謁見の間に座っていたときに何ぞかの用事で魔王城別荘へと小さなかまきり形態でやってきた事があったのだ。


「あやつはかまきりのくせにフィア殿の乳に執心するド助平ド変態で、とにかく危険な奴なのです」


 言ってから周囲に聞かれてはまずい内容だと気づいたが、幸いというべきか皆姉君の艶姿に夢中で誰も我らのような貧相ズを気にしていないようだ。


「あいつのこと言えるの? エロたぬき」


 シャリア殿は我が内心で彼女を貧相呼ばわりしたのにびびっと気づいたのか。やはり胡散臭げな視線で我を見ている。


「とにかく姉君を助けにいかねば!」


 誤魔化すわけではないが、我は会話を切り上げて姉君のところへ馳せ参じようとした。


 こんな会話をしている間にも、姉君の肌が衆目に曝されようとしているのだ。


 しかし、あそこまで行ってどうすれば良い。

 やめさせるにしても足下では我の声は届かないだろうし、踏みつぶされるのがオチだ。


 そう考え、我が頭を悩ませていると。


「だったら良い物があるわよん」


 そんな我に対し、なにやら怪しげな口調でシャリア殿がおっしゃった。


「本当ですか!?」


 しかし、今の我には案もないし時間もない。

 彼女に何か手段があるというのであれば、それに乗るしかないだろう。


「ついてきなさい! あれの実験台になってくれる奴がいるとは思わなかったわ!」


 叫んだシャリア殿が、くるりと回って詰め所へと走り出す。


 何やら嫌な予感しかしない台詞群だが、このまま傍観しているわけにはいかぬ。


 自らをそう奮い立たせた我は、シャリア殿に付き従って詰め所へと入った。



 ◇◆◇◆◇


 シャリア殿に付き従って我がたどり着いたのは、騎士団詰め所の隅にある、薄汚れた倉庫だった。


「ここは?」


 我が尋ねると、倉庫の扉を開けたシャリア殿が振り向く。


「兵器庫。グランデが来る前は騎士団の連中で魔物を追い返してたから、その名残よ」


 そうして彼女はそんな風に答えた。

 中から埃がむわっと舞い散り、彼女はけほけほ咳をする。


「と言うことは、何か奴を倒す兵器が!」


 それを聞いた我は、仰天しつつ倉庫に目をやった。


 まさかこの中に、あまりに強力すぎて封印された古代文明の兵器があるだなどと誰が想像しようか。


「んなもんは無いわ」


 などと想像の翼を広げていた我だが、そんな純真をシャリア殿はあっさり叩き潰す。


 思わずこける我。


 ぽんっと、そのせいで変身も解けてしまった。


「アンタ、グランデのところに行きたいんでしょう? だったら良い物があるの」


 そんな我にも構わず、シャリア殿は倉庫に入ってすぐ目の前にある、布をかけられた大きな荷台の紐を引っ張りだした。


「私が、開発したんだけど、 


「人間射出用砲台ナントよ!」


 名前だけで用途が分かる親切兵器である。

 もう名前を聞いただけで生涯において関わりたくなくなるのだが、既にそんな雰囲気ではなくなっている。


「我はたぬきなのですが」


 それでも一応、我はそう言って彼女に拒否の意を示した。


「大男から赤ん坊まで射出できるフリーサイズだから大丈夫!」


 すると彼女からはぐっと親指を立て、何やら力強くそんなことを保証してくださった。


「人道にもとった使用目的なのですかそれは!?」


 赤ん坊を射出しなければならないとはどんな状況なのだ。

 戦火の中ギリギリまだ乳飲み子の皇子を連れ出せたみたいな状況があったとして、こんな物で吹っ飛ばされたら木っ端微塵ではないのか。


 悲鳴を上げる我。だが、いやしかしと考え直す。


「ま、魔法的な技術で着地の衝撃は消してくれるとかですよね?」


 考えてみれば当たり前のことだ。人間射出用と銘打っているのにそんなことが考えられていないはずがない。

 我が尋ねると、シャリア殿がにっこりと微笑んだ。

 そうして彼女は、我を抱き上げると砲身の中へすとっと落とす。


「あ、着弾の衝撃は自分で何とかしてね」


「そこが一番研究すべき項目ではないのですか!?」

 

 そうして彼女は笑顔のまま、穴の底の我に向かって無慈悲にそう告げた。


「そこをとっぱらわれたら、これはただ砲弾の代わりに人間が詰められる大砲ではないですか!」


 当たり前の。非常に当たり前の抗議をしながらも、我は中から出ようともがく。

 が、砲身内部はつるつるとしていてまるで這い上がれそうにない。


「命中精度は高いわよ」


「やはりぶつけることが目的ではないですか!」


「まーまー。発射されたらあとはアンタ次第よ。やめる?」


 我をなだめながら、シャリア殿が問いかける。


「やります……」


 我がそう答えたのは、砲身から覗けた丸い空の先、そこにあられもない姿の姉君の背中が見えたからだ。


 姉君の危機を救えるのは我しかいない。

 多少危険でも。そう、多少、多少危険でもそれが何だというのか。


 そんな大義に燃える我。

 しかしよく考えれば、姉君が見えるように照準を合わせたのは、今まさに我を発射しようとしているシャリア殿の仕業では無かろうか。


「いっくわよーん」


 そんな彼女の、軽い声が背後で響く。

 続いてマッチに火をつける音、導火線か何かが燃える音が響いた後。


 どかん! 爆発と共に、我は一個の砲弾になった。



 ◇◆◇◆◇



 宙へと飛び立った我の顔に、容赦なく風が壁となって襲いかかる。

 周囲の風景は既に色とりどりの線へと変わっており、最初は冷たかった鼻先がかぁーっと熱くなっていく。

 唯一目視できていた、目標としていた姉君の体が視界を埋めつくした瞬間、我は体を丸め減速を計る。

 そして一回転、二回転、三回転を決めると、「とうっ」と四肢を広げた。

 我の右手と右足の間、左手と左足の間、右足と左足の間には変化によってできた薄い膜が張られており、それによって我の体はふわりと浮き上がる。

 フウ姉さんとのトラポンライダーをする際、我が落ちたときのための緊急策である。


 腹側に当たる風、そして背中を押さえつけられているような謎の力に押しつぶされながら、我の体は勢いよく上昇。

 ついに姉君の頭の辺りまで浮き上がった我は、前側への勢いを完全に殺し、手足の膜を仕舞うと彼女の髪へと落下した。


 着地を決めて十点。

 ……我ってば飛行の才能もあるのではないだろうか。

 実は片親が羽を持つ生物で、もう少し訓練すれば背中から天使と悪魔の羽が生えたりするかもしれない。

 などと調子に乗ったのが悪かった。


「うぅっ!」


 体は切れないがその衝撃に耐えられなかったのであろう、姉君が身じろぎをする。


 それだけでそのつやつやの髪は我の足をつるりと滑らせた。


「おうわっ!」


 咄嗟に姉君の髪を掴もう……とした我だが、「あ、でもこの綺麗な髪が痛んだらどうしよう」などといらぬ心配をして機会を逃してしまう。


 結果、我は彼女の頭から落下し、体勢を立て直すまでもなく何やら柔らかい物によって跳ね上げられ、再度落下中に偶然切れ目が入っていたその部分に掴まることで事なきを得た。

 この展開、実に二度めである。


「やいやい、かまきり十蔵!」


 ともかく我は、再度鎌が振るわれる前に精一杯声を張り上げて奴へと呼びかけた。


「む、何奴!?」


 折れそうな細い首で、きょろきょろと辺りを見回す十蔵。


「ぽ、ポンくん!」


 胸に違和感を覚えたからなのか、姉君が先に我を見つけて驚きの声を上げる。


 彼女に対して頷き、その胸の真ん中辺りまで移動してから、我はかまきり十蔵に呼びかけた。


「我が名はポン太郎・ザ・ドラゴン! 久方ぶりだなかまきり十蔵!」


「む……む、貴様は姫様のペットのたぬき!」


 我の名乗りに、奴はようやく我を見つけたらしい。

 かまきり十蔵がその小さくも大きな黒目で我を見やる。


 あるいは姉君の胸をチラ見したら我を見つけたのかもしれない。

 まぁ今は、その辺りの事情はどうでも良かろう。


 奴が我をフィア殿のペットだと認識している点に関しても……後で訂正は必要だろうが今は好都合だ。


「今すぐこの狼藉をやめろ! 姫様に言いつけるぞ!」


 女性の胸に掴まったまま、別の女性の威光を借るたぬきというあまり宜しくない構図で、我はかまきり十蔵を脅しつけた。


「むむむ……」


 しかし効果はあったようで、奴は唸って考え込む。

 それはそうだ。奴は一応人間を脅しつけるという名目でこの地にやってきているはずである。

 それをこのような破廉恥に及んでいると報告されたのならば、きついお仕置きを受けた後虫かごに放り込まれてもおかしくはない。


 かまきり十蔵がその鎌を下げる。

 そうだ。そのまま回れ右して帰るのだ。

 一件落着かと我がほっと息を吐いていると――。


「今この時裸が見られるなら、後でどうなっても構わん!」


 かまきり十蔵は鎌を再び掲げ、雄々しい姿勢でそう宣言した。


 敵ながら漢らしい。

 そんな風に我が思ってしまっても仕方がないだろう。


 だがしかし、今この時裸が見られるのはうちの姉君である。それを許すわけにはいかない。


「このっ!」


「きゃんっ!」


 我は姉君の胸を使って弾みをつけると、再び上空へと飛んだ。

 同時に体を丸め、ぐるぐると前方に宙返り。


 そして我がしている総ての変身を解除。一気に肥大した玉袋を、さらに変化させ巨大に。


 姉君の拳ほどにまで巨大化したそれを、かまきりの頭へと振り下ろした!


 たまらず、十蔵が姿勢を崩す。


「今です姉君!」


「ええいしゃらくさい!」


 好機だ。我は姉君に叫ぶ。


 だが、そんな我に対し、十蔵が小蠅でも払うかのように鎌を振るった。


「「「あっ」」」


 そして、我、姉君、さらには鎌を振るったかまきり十蔵が、同時に声を上げる。


 きゃつが振るった鎌はちょうど我の玉袋の上を通過しており。

 結果、奴を叩いた我の玉は、その鎌によって真っ二つに寸断されていた。


「ポンく――ーん!」


 姉君の叫びを聞きながら、我の体が地に落ちる。


 自分でも呆然としたまま、我は半分無意識に余った玉袋マイナス玉で落下傘を作り、速度を緩めて降下した。


 しかし勢い完全には殺しきれず、がさっと下に生えている木へと突っ込んだ。

 葉っぱまみれの体を見回し、そして、自らの体にアレが無いことに気づき、がっくりと膝をつく。


 我の玉、我の玉が……我の、魔界ナッツが……。


 地面に落ち、無惨にもその白い汁をぶちまけている魔界ナッツの惨状に、我はおいおいと泣いた。


 我の玉袋は確かに切り裂かれた。が、裂かれた部分に変化していたのは巨大化の材料に使われた、背負っていた魔界ナッツだったのだ。


 おかげで事なきを得たが、あの硬いことで有名な魔界ナッツを両断するとは、あの鎌の鋭さたるや恐ろしい。

 

 しかし、泣いてばかりもいられない。

 戦いはまだ終わっていないのだ。

 我は急いで木を昇り、頭上での戦いを見る。


 するとそこには、流石に玉まで刈り取る気はなかったのか、おろおろとしているかまきり。


 そして、俯き震える姉君の姿があった。


「よ、よくもポンくんのタマタマを……」


 なんだかな言葉を口にしつつ、怒りにふるえる姉君。その腕を覆っていた布が、ぴりりりと音を立てほつれていく。


「おほっ」


 ついに全崩壊か。そんな期待をしたのであろうかまきり十蔵が下品な声を上げる。


 だが、その下から現れたのは、昨日我が見た真っ白い肌ではなく、深い緑色をした鱗であった。


「はい?」


 困惑の声を上げる十蔵に構わず、姉君の異変は続く。

 彼女の尾てい骨の上辺りが盛り上がり、あれほど頑なだった服を突き破る。

 そこから生えたのは、やはり黒緑色の鱗をつけた尻尾だった。

 それが城門の一部を荒々しく破壊する。

 それに気を取られている内に、姉君の体全体が膨れ上がり、豊満だった胸を厚い胸板に変えつつ服を破っていく。


 前回我の発言に誤りがあったので、今ここで訂正しよう。

 姉君の巨人モードは、実際には彼女の真の姿ではない。

 いや、真の姿ではあるが、その内の一つである。


 彼女はフウ姉さんと同じく、三段変形機構の持ち主なのだ。


「シギャーーーー!」


 姉君が彷徨を上げる。

 その時には、姉君の体長はそれまでの、そして現在のかまきり十蔵の二倍ほどにまで膨れ上がっていた。

 その頭は角のないドラゴンに変わっており、三つに増えた目がかまきりを睨む。

 翼も無いが、その赤熱した背びれが自身の凶悪さを主張している。


 これぞ姉君が自身の血のもう一つの側面を解放した姿。

 名付けて竜巨人形態である。


「う、鱗なんてズルい! 欲情できない!」


 それを見たかまきり十蔵が叫ぶ。

 奴は奴で何やら難儀な性癖を抱えているようだが、同情の余地は無い。


 姉君が息を吸い込む。背びれが一際大きく輝き、そして彼女の口から青白い炎が放たれた。


「ギャー!」


 叫びながら、十蔵の体が縮んでいく。

 姉君が放った炎はギリギリで奴の頭上を掠め、絶望の谷辺りに着弾すると雲まで届く勢いの火柱をたてた。


 アグノが普段吐くものとは段違いの威力である。奴が幼い子竜であることが、まざまざと感じられる。


 と、感心している場合ではない。

 姉君は勝ち鬨の声を上げ、そのままどこぞへと侵攻しようとする。

 常にと言うわけではないが、あの状態の姉君は理性が多少欠けやすいのだ。

 我は慌ててその辺の葉っぱを集めると、それを法螺貝へと変化させた。


 腹がまん丸くなるまで息を吸うと、思いっきり法螺貝を吹く。


 ぶーおぉー! いくら巨大でも聞こえるほどの音が、空に響きわたった。


 その音を聞いて、姉君がぎょろりとこちらを向く。

 最初からこうすればあんな物で飛ばされずに済んだなと後悔しつつ、我はグランデ姉君の三つの目に、前足を大きく振って健在っぷりをアピールした。

 すると姉君は我の玉が割れたわけではないと分かったらしく、生えた牙の中からほっと息を吐く。


 そうして彼女は、自らの顎を魔王領……いや、絶望の谷辺りへと向けた。

 なるほど、あちらで元の姿に戻るらしい。 

 察した我は頷くと、森の中へと戻る。

 もう一つ、我にはやることがあった。



 ◇◆◇◆◇



 鬱蒼と茂る森の中、小さなかまきりがそーっと立ち上がる。

 そやつは自らの体が焼けたりしていないことを確認すると、こそこそとどこぞへと逃げようとする。


 ナッツ臭を追って奴を見つけた我は、それを前足でてしっと押さえつけた。


「や、やめろ!もげるもげる! お前の雑な体と違って俺の体は機能美に溢れ繊細なのだ!」


 急に現れた我に狼狽しつつ、かまきり十蔵が叫び声をあげる。


 この様子ならもうちょっと体重をかけても大丈夫だな。そう判断しながらそれを実行し、我は奴をぐっと睨んだ。


「これに懲りたら、もう人様の姉を裸に剥こうなどと考えぬことだ」


「お前はたぬきだろうがこの腰巾着! あてて! やめてくれもうしないから!」


 こやつを懲らしめたのは完全に姉君の功績であるが、心優しい彼女にこんな事はさせられまい。


 十蔵にとっての我の評価は固定されてしまった感があるが、その辺りはもはや諦め、我は幾度か奴を肉球でぐにぐにと揉んだ。


 なんだか我も巨大化したような気分である。


「ぐふっ、食べられない雌を探そう……」


 しばらくし、我が解放してやると、かまきり十蔵は呟きながらふらふらと茂みの奥へと消えていった。


 同種の雌への忌避感には我も覚えがあるので、ちょっぴり同情はする。


「ふぅ、まったく……」


 だが、これで一件落着である。

 我は改めて姉君の元へと向かった。



 ◇◆◇◆◇



 と言うわけで絶望の谷である。

 少々の時間が経った後、その場所へたどり着いた我、更に遅れてシャリア殿が到着。

 姉君は着替えが無いため、谷の中で大きいサイズのまま待機している。


「で、大丈夫だったのですか? 姉君の超変身については」


 一段落ついた後、我はシャリア殿に尋ねた。 


「ちょ、超変身ってポンくん……」


 あわあわとする姉君。大きくなってもその姿は可愛らしい。


「新しい巨大化薬の副作用ってことにしておくわ。錬金術って言えば奴ら何でも納得するんだから」



 カガク者を自称するシャリア殿は、錬金術の世間的イメージに不満顔である。


「ま、城門を崩したことに関しては、後で団長に怒られるでしょうけど」


「うぅ……」


 その言葉に姉君が呻く。この街の騎士団長は四十がらみの女性で、流石の姉君のチャーミングさも通用しない様子だった。


「さて、じゃぁ街の倉庫まで戻りましょうか」


 しょげている姉君を余所に、シャリア殿がそう言い出す。


「なして倉庫ですか?」

 

 またお土産を持たせてくれるつもりだろうか?

 我が首を傾げると、彼女はふんっと鼻から息を吐いた。


「歩いて帰るんじゃ時間がかかるでしょ。私がナントくんで飛ばしてあげるって言ってるの」


 そして、とんでもないことを言う。


「あ、あれはもう良いです! 後で見たら尻尾も焦げていたのですよ!」


 それに対し、我は全力で彼女の申し出を拒否した。

 姉君のところまで飛ばすのでさえあんなに衝撃がかかったのに、故郷の山まで飛ばせるほどの勢いがかかったらぺちゃんこに潰されてしまう。


「まーまー。ちょうど長距離砲撃の実験もしてみたかったしさー」


「もじゃないでしょう! その実験がしたくて言っているでしょう!」


 そんな我の気持ちも知らず、気楽にのたまう彼女。いや、分かっていて敢えて無視しているのかもしれない。


 我が全力で抵抗していると、シャリア殿の横にいた姉君がおずおずと手を挙げた。


「じゃ、じゃぁ私が投げようか?」


「へ?」


 ぽかんと口を開ける我。


 グランデ姉君が言っているのは恐らく、前に魔王城別荘まで姉上達を投げたように、我を巨大化して投げようかという提案だろう。


 いや、確かに姉君は既に大きくなっているし、コントロールにも不安はない。ついでにしりが焦げることもないだろう。


 何より、力を振るうことを嫌がる姉君が進んでそんな事を言ってくださっているのに、我が断れるはずがない。


「で、では姉君お願いします」


「うん!」


 指名された姉君が、満面の笑みで我に頷く。

 その笑顔さえ見られれば、後にどんな事が待っていようと良かったと言えるような笑顔である。


「じゃぁ、行くよ」


 その笑顔のまま彼女は、むんずと我を掴んだ。

 そして――。


 こうして、我は姉君の投擲によって、我が家へと帰ることとなった。


 今夜、あなたが北北西を見て流れ星を発見したら、それは多分、我である。

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