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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
番外編 魔法の巨女 マジカルグランデ☆
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ぐらぽん3 巨女と絶壁

 絶望の谷とは、人間が暮らす言うなれば人間領と、人が住むことのできないと言われている魔王領を隔てる谷である。


 とは言え魔物はご承知の通り、こちら側にも広い土地を保ってのびのびと暮らしているし、魔王領と言われる場所にひっそり暮らしている人間もいる。

 その為この区分けは正確ではない。

 しかし、人間と魔物は拮抗しているのだという欺瞞を人間にもたせるためにはこの区分けが必要なのだとか何だとか。


 総てはフィア殿が我を洗いながら語ってくれた知識なので、我にも詳細はさっぱり分からない。


 まぁ、重要なのはこの谷が深さ三十メートルほどあり、更に人間は近づきにくい場所だと言うことだ。


 十分ほど歩いて、ようやくその場所へとたどり着いた我と姉君とシャリア殿。


「オラッ、ちゃっちゃと服をお脱ぎなさいよ」


 そこでは凄惨な虐めが行われていた。


「ぽ、ポン君も見てるしあんまり急かさないで」


 絶望と呼ばれるだけあって、底の見えない谷が眼下に広がっている。

 橋は架けられていた痕跡があるものの取り壊されており、杭にロープが垂れ下がっているのみである。


 そこに姉君を追いつめたシャリア殿が、彼女の脛をげしげしと蹴る動作をしていた。


「あんなもんたぬきの置物だと思いなさいよ」


「いえ、置物でなく生たぬきでございます」


 シャリア殿が非道いことをおっしゃるので抗議すると、彼女には「良いから目をつぶってなさい!」と怒られた。


 怒られては仕方がない。我は前足で自らの目を塞ぐ。


「ったく、いっちょまえに色気付いて」


「うぅ……」


 辺りは暗闇に閉ざされ、シャリア殿が愚痴る声、そして姉君が呻く声、そして衣すれの音のみが我の耳に届く。


「体ばっかり大きくなってと思ったら、根はスケベだったのね。そりゃこんなに育つわ、この、この!」


「ちょ、シャリアちゃんやめてってば、ん……」


 二人は何をしているのだろう。悩ましげな姉君の声が響く。

 姉君の部屋での件と言い、もしや二人は我の想像を超えた大人の関係だったりするのだろうか。

 異種愛を否定する気はない。そうでなければ我も生まれなかった。ならば同性愛も認めない法は無かろう。

 しかしそれを見せつけられ……聞かしつけられた我はどうしたら良いのだろうか。


 などと我が煩悶していると、やがて声が止んだ。


「じゃぁ、行ってきます……」


 しばらくして、姉君が決意を込めた声で呟く。


 おそらく今彼女は我らにその白い背を向け、月にその裸身をさらしているに違いない。

 多分だが、貞淑な姉君はそうしながらも恥ずかしげに胸部を隠している。

 その光景は、まるで一枚の絵画のようであった。 


 我が見惚れている間に、グランデ姉君は崖の前に立つ。

 そして「えいっ」と体を丸め、深い深い崖下へとその身を投げた。

 

「うわぁおぉ!」


 その瞬間、我は叫び声を上げた。

 急いで姉君の落ちた崖へ駆け寄り、谷底を見やる。


「って、しっかり見てんじゃないこのエロ! エロたぬき!」


 我の反応の早さに気づき、シャリア殿がそんな風に我を罵った。


「いや、姉君の将来設計を見極めるために」


 それを受け、前足の甲についたつぶらな瞳が、申し訳なさそうに伏せられる。


「うわ何それ、キモチ悪っ」


「体を一部だけ変化させる高等テクです。ウィンク五回はごめんなさいのサイン」


 シャリア殿の非難に対し、手を交差させ第三第四の瞳をぱちくりさせる我。


「いやキモいからとっとと仕舞いなさいな。じゃないとその辺に落ちてる魔界ナッツで頭カチ割るわよ」


 しかし彼女はお気に召さなかったようで、そんなひどい事を言って我を脅す。

 魔界ナッツとはその辺に生えた椰子に似た木になっている、魔王の魔力が偏ったことによってできた果実である。


 非常に硬く熟練の職人か無双の怪力か伝説の剣でないと割れないが、中身は非常に美味であり、トゥーリアの街の特産品だったりするらしい。

 ちなみに魔界というのがどこにあるかは我にもとんと分からない。

 

 とにかくそんなもので殴られては適わぬ。

 我の一部分だけ変化で生み出されたお目々らは、残念そうに伏せられた後そのまま我の中に収納された。


 しかし、そんな事より姉君である。

 我が改めて谷底を見ていると、その中で何かがきらりと光った。

 それは肌色の固まりとなって、徐々に大きくなっていく。


 彼女が近づいているから大きくなっているわけではない。

 いや、近づいてはいる。近づいてはいるが、それ以上に大きくなっているのだ。


 我がそれをじっと眺めていると、突然足下が揺れた。

 がりがりがりっと、絶壁がその肌色の固まりに削られる。

 

 我とシャリア殿は、慌てて壁岸から離れた。


「ちょっと! こっち側に近づきすぎるなっていつも注意してるでしょ!」


 シャリア殿が岸に向かって、大声で叫ぶ。


 すると、それに応えるように黒色の塊がずもももとせり上がってきた。


 まるで絶望の谷に水があふれ氾濫したかのような錯覚を起こすが、そうではない。

 それは姉君の艶やかな髪である。


 その下から、大きくなってさえ毛穴の目立たない陶磁のような肌を持つ顔、それを支えるには細い、しかし大樹の幹よりも太い首、そして良い滑り台になりそうななで肩に、我が十匹は乗れそうな浮き出た鎖骨が現れる。


 総てが巨大でありながら儚げな印象も同時に与えるその姿は、まるでアンビバレンツをお題目にした芸術作品のようである。 


 しかしその芸術性をわりかし覆い隠してしまいそうな双丘が、絵画の世界から現実世界へ浸食するがごとく圧倒的質量で崖下から現れ、我の目をそちらへと引き寄せてしまう。


 これこそが我が姉君、グランデ・ザ・ドラゴンの真の姿である。

 とは言え体が大きくなっただけで性格、造形共に先ほどと変わった様子はないが。


「ごめんねぇ」


 グランデ姉君がシャリア殿に謝罪の言葉を放つ。

 その声は辺りを反響し、わんわんと我の耳に響いた。


 同じように鼓膜が大きく揺らされたのか。

 軽く耳を揉んでから、シャリア殿は姉君の胸を指さした。


「ちょっと、はみ出してる」


「きゃっ!」


 シャリア殿の指摘に、姉君がおそらく膝を曲げた。


「おわわわ」


 絶壁に双丘が押しつけられ、地面がぐらぐらと揺れる。


 揺れが収まったとき、姉君は先ほどよりちょっと頭の高さを下げていた。

 グランデ姉君が先ほどまでどうあったかという情報は、我の視覚と脳に永遠に留めていく。


「こ、こんなところまで大きくならなくていいのに」


 顔を真っ赤に染めながら、姉君がこぼす。


 例えば絶望の谷の絶壁に意志があり、その意志が自らの平らさに悩む女子だとしたら、泣いて抗議するような発言だろう。


「ぐ、グランデ姉君」


 だが、我にわき起こった感情は別の物である。

 むらむらとした欲望。むらむらとした情動と言い換えても良い。


「ん? 何かな」


 その恥ずかしき衝動を、我は我慢できずにグランデ姉君へぶつけた。


「久しぶりに、乗っても良いですか?」


 三つ子の魂百までと言う。父上の背中を寝床にしていた所為か、我には大きい物には上りたがるという習性があった。


 アグノは背中になど乗らせてくれぬ(フィア殿の住居から逃げる際も、我は口にくわえられ運ばれることになった)。

 ユマ姉上には、恥ずかしながらつい最近まで本能的おびえが拭えなかった(これはその内克服してやろうと思っている。だからと言って彼女も背に乗せてくれるかは疑問だが)。


 という訳で、我がその欲求を満たすには、グランデ姉君がぴったりだったわけである。


 今回、久々に大きなグランデ姉君を見ることができ、我の中でその気持ちが再燃してしまったのだ。


 そんな我の欲求に対し、姉君はうーんと考えるような仕草を見せた。

 とても大きくなっているが、その動き自体は可愛らしいものである。


「……ねぇねぇって呼んでくれたら良いよ」


 そうして、彼女はそんな交換条件を提示してきた。


 我は心限定とは言えドラゴン男子である。

 いくら魅力的な交換条件だからと言って、幼子のごとく姉君をねぇねぇなどと呼んで良いものだろうか。

 いや良くない。我とてもはや大人の男の子(おのこ)なのだ。それをいくらあんな魅力的な肢体に乗れるからと言って……乗れるからと、言って……。


「ね、ねぇね」


 自らの欲望に負け、結局我は彼女をそう呼んでしまった。

 末尾を伸ばさなかったのが、我の最後の抵抗である。


 後ろからシャリア殿の冷たい目線を感じる気がしないでもないが、おそらくは気のせいだと思いたい。


 そんな我の儚い抵抗を感じ取ったか。くすりと笑う姉君。


「どうぞ」


 しかしそう言うと、彼女は我へと手を差し出してくれた。


 先ほどに比べると大分大きくなった姉君だが、その腕に毛穴などが目立つことはない。 

 非常につるすべとしているので、登るときは滑らないように、かつ爪を立てないように最新の注意を払わねばならない。

 ましてや今回は下が断崖絶壁である。


「失礼します」


 いろいろな意味で緊張しながら、我は姉君の指の上に乗った。


「ん……」


 大きくあるのに敏感肌の姉君が軽く身じろぐ。

 それだけで振り落とされそうになるほど足下が揺れた。


「のぉ……!」


 我はとっさに前足の肉球を蛸やユマ姉上が持つ吸盤へ変化させると、彼女の指にきゅっと吸いついた。


「な、何か変な感触がするよぉ」


「我慢してください」


 身をよじる姉君に言いながら、我はそのままぺったぺったと彼女の腕を登っていく。

 彼女の意見を封殺したのには、先ほど恥ずかしいことを言わされた逆襲の意味もあった。


 そうして、肘の裏で一休み。

 真横に位置する張りのある盛り上がり、そしてその谷間へと進むルートへの登山ルートを倫理的な規定でやむなく断念し、彼女の柔らかな二の腕、そして肩へとわっせわっせと進む。

 その場所から少し降り、鎖骨に腰を下ろすと我は一息ついた。


「ふぃー」


 地上から数メートルという高さで見る景色は、新鮮そのものである。

 更に視線を下げると……うん、シャリア殿がいる。

 何やら呆れたような顔をしている。


 ついでに、何の気も無しに真下を見ると、岸壁に押しつぶされた姉君の胸が凄いことになっていた。


「おぉ……」


 吸い込まれてしまいそうな光景である。

 その眺めに我が身を乗り出していると。


「ポンくん」


 不意に、天から声がかかった。


「は、ひ! ひゃ!」


 神様に叱られたような気分になり、我は飛び上がった。

 いや、決していやらしい意味で眺めていたわけではないのですよ?

 あくまで我は美術品を眺めるような気持ちで……。


 弁明しようとしたときには遅かった。

 我の上半身は既に中空に泳いでおり、そのまま谷間へと真っ逆さまに落ちていった。


「きゃっ」


 ぽいん。

 しかし穴が開いている方の谷間ではなかったので、凄まじい弾力に弾かれて我は再び上空に打ち上げられる。


 我が再び着地したのは、柔らかい、姉君の手の上だった。


「えろたぬきー」


 下界から誹謗中傷が聞こえるが、そんな物は無視する。


「だ、大丈夫? ポンくん」


 グランデ姉君が、心配そうに我に問いかけた。

 どうやら、我が胸を覗いていたことはバレていないようである。


「はっ、はい。……ちょっとバランスを崩しました」


 ほっと一安心しつつ、答える我。


 しかし、その後もグランデ姉君は言葉を発しようとしない。

 どうしたのだろう。やはり姉君は気づいておられ……。


 我がドキドキしていると、顔の前に我を持ってきた姉君が囁く。


「あのね、ポンくん。言っていいかな?」


「な、何をでしょう」


 やっぱりバレている! 姿勢を正した我を、姉君はしかし不思議そうに見てから、こう言った。


「ポンくんが出て行ったって聞いたとき、私が言いたかったこと」


 声がかすれているのは、息で我を吹き飛ばさないように限界まで喉を絞っているからだ。


 そんな彼女の雰囲気に、我は一も二もなく頷いていた。


 我の答えを見て、姉君はわずかに微笑む。

 それからやはり彼女は、秋に枯れ葉が地面をこするような、こっそりとした口調で囁いた。


「辛かったね。がんばったね」


 そんな声色をした姉君が言葉を発すると、我の胸のほうがぎゅっと締め付けられるような気分になる。


 声色だけではない。姉君の口が、本当に、まるで自分がつらい目に遭ったかのように、きゅっと窄められた。


「ポンくんは自分の体のことをずっと気にしてて、その理由はお父さんや、家族のみんなが大好きだからで」

 

 じわりと、姉君の口調に湿り気が帯びてくる。

 姉君が泣いてしまうのではないか。

 そんなことを考えた我は何とか彼女を慰めようとしたのだが、今慰められているのは自分であり、結局言葉が見つからずにあわあわとするばかりであった。


「だから、自分のことを知ったとき、一番傷ついたのはポンくんだと思う」


 我があわあわしている間に、そう言って、姉君は空いたほうの手の指を我の頭上へと持ってくる。

 その指だけで我を押しつぶせそうな大きさだが、頭上に影が差してもまるで恐怖は感じなかった。

 むしろ、先ほどまでの狼狽していた気持ちが落ち着いていく。


「その時、ポンくんを撫でたり抱きしめてあげられなかったことを、ねぇねぇは不満に思います」


 微笑んで、姉君は指で我の頭を優しく撫でてくださった。


「今姉君に撫でて頂くだけで充分です」


 何やら恥ずかしくなって、我は姉君にそう答えた。


「もう、そうやってすぐ大人っぽく振る舞う。私にだけは、もっと甘えちゃって良いんだよ」


 すると姉君は、我の背伸びを潰そうとするかのように、少々力を込めてぐにぐにと我の頭を揉んだ。


 指に阻まれ、珍しくおどけた口調をした彼女の顔が見えない。


 確かに我は、無理に大人ぶろうとしていたかもしれない。

 もう大丈夫だと皆に伝えたいが為に、そして、我を助けてくれた姉上達に報いたいが為に、己の許容量を超える事まで抱えようとしていたのかもしれない。


 姉君が自分をねぇねぇと呼ばせたのも、我を幼少の気分に戻らせ、その背伸びをやめさせるためであろう。きっとそうだ。

 いやそこは彼女の趣味かもしれないが。


 しかし何だか、体全体が解きほぐされた気分である。


「ありがとうございます、姉君。では……」


 よし、今日はこのまま勢いに乗って、とことんのとんまで彼女に甘えてしまおう。

 我がそんな軟弱で頑強な決意をした時である。


「ひゃっ」


 絶壁の谷を突風がヒュウと吹き抜けた。

 飛ばされそうになる我を、姉君が指を曲げ守ってくださる。

 

 そんな彼女の前髪が揺れ、その瞳が露わになった。


 姉君の目は大きく、キラキラとしてまるで一つの宝石のようである。

 我がそれに見惚れていると。


「くちゅん!」


 可愛らしい音を立て、姉君がくしゃみをした。

 ぶおんっと遅れて衝撃が走り、我の体が吹き飛ばされて宙を舞う。

 先ほど吹いた突風など、比べものにならぬような威力である。


「よっ」


 それを、シャリア殿が地上でキャッチしてくださった。


「ありがとうございます」


「うっわ、べとっべと」


 礼を言った我だったが、直後にシャリア殿によって地面へ落とされた。


 姉君のくしゃみによって飛んだちょこっと粘度のある水滴が、我をぐっしょりと濡らしていた為だ。


 シャリア殿はその手を服でぐしぐしと拭っている。

 ハンケチなどは常備していないご様子だ。


「ご、ごめんね二人とも!」


 そんな我らに対し、再び前髪で目を隠した姉君が両手を合わせて謝る。


「ったく、真っ裸で変なこと語ってるからよ」


 シャリア殿にそう愚痴られると、我と姉君は同時に赤面した。


「風邪引かない内に帰るわよ」


 そんな我らの様子を呆れた目で見てから、シャリア殿が谷の手前に打ち込んである杭を顎で指し示す。

 先ほど言った、橋の残骸だ。


 そこにはロープが結んであり、姉君はこれを握ったまま人間体へと変身することで崖上に留まるのだそうだ。


 我も後学のためにその光景を是非見たかったのだが、シャリア殿に体ごと移動させられたので、それは叶わなかった。


 心は子供に戻ったつもりであるのに、風呂も別々に入浴させられる。


 腑に落ちないことばかりだが、大人になるとはそんなものなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、我はその日、姉君に抱かれて眠ったのであった。

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