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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
番外編 魔法の巨女 マジカルグランデ☆
36/38

ぐらぽん2 たぬきのプー太郎

「我はプー太郎になりました」


「くま?」


「熊ではありません。無職です」


 場所は姉君が住み込みをしている騎士団詰め所の一室。

 たぬきの姿に戻った我は、恐れ多くも彼女のベッドの上に座り、姉君は化粧台についた椅子に座って向かい合っていた。


「お、お仕事やめちゃったの?」


 口をぱっくりと開けた後、姉君が慌てて我に問いかけてくる。


「親方には無断で魔王領に行きましたから。その間に新人が入れられてしまいました」


 我はやれやれと首を振りながら、姉君の質問に答えた。


 街には戻ることができた我だが、なんと武器屋のガッツ&ガンツからは解雇されてしまっていた。


 確かに姫と魔王領で暮らして一週間、そしてそこから自主休暇をして一週間と三日ほどぐーたらしていたのは我にも責任がある。

 だがそれにしたって、久々に出勤したら理由も聞かずクビというのはひどい話ではなかろうか。


「そっか……」


 我が憤っていると、姉君までしゅんと落ち込んでしまった。

 目は隠れているが、その分彼女のボディランゲージは豊満……雄弁なのだ。


「で、でも大丈夫です。次の就職先にはあてがありますから」


 姉君の悲しそうな仕草が胸に迫り、我は慌てて彼女に言った。


 件の話を馴染みの酒場、踊るきつね亭で愚痴ったら、そこで働くマスターの娘にうちの看板娘にでもなる? とか言われたのだ。

 社交辞令かもしれないが、言質は取った。


 あとはある日突然女になりましたと言って、周囲の人間が納得してくれるかどうかだけである。


「それはともかくとして、魔王領での件はお世話になりました」


 あまりつつかれるとボロが出そうである。

 そう思った我は、話題を強引に変えた。


 とは言え、これは誤魔化しではない。

 我はこれを彼女に直接言うため、ここまでどんぶらことやってきたのだ。


「え、いや、大した事はしてないよ」


 するとグランデ姉君は、体の前で手を振り振りご謙遜をする。


「いやいや、姉上達の襲来は、姉君の強肩あってこそ成り立ったものですから」


 そんな彼女を、我は逃れられぬよう誉め囃した。


「うぅ、きょ、強肩とか言われても嬉しくないよぉ」


 しかし、姉君はあまり嬉しくなかったご様子である。


 魔王城別荘を襲撃した際、空の彼方から飛んできた姉上達。

 あれは実は自力で飛んできたわけではなく、グランデ姉君に思いっきりぶん投げてもらったそうなのだ。

 だからこそ、彼女達が別荘に攻め行ったとき、あんな派手な音が響いたわけである。


 グランデ姉君の肩の強さとコントロールの良さたるや凄まじいと我は驚嘆するばかりなのだが、姉君はあまり言って欲しくないようだ。


「そ、そういえばお姉ちゃん達はどうしてるの?」


 先ほどの我と同じく、姉君は露骨に話題を変えようとする。


「姉上達はです……ね」


 我とて姉君を困らせたくないわけではない。

 彼女の話題転換に乗ることにした。

 ……どうせ、話さなければならぬ事ではあったわけだし。


「えーと、我の血が繋がっていないと判明してから、少々困ったことになっていまして」


 そう腹をくくり、我はグランデ姉君にそう打ち明け始めた。


「え? みんなそんな事で態度を変えたりしないでしょう?」


 我がそう言うと、姉君は先ほどより驚いた様子で我に問いかける。

 離れていても、彼女は皆のことを信じているのだ。


「えー、いや、まぁその……悪い意味での変化はないのですが」


 そんな彼女を安心させるためにそう前置きをしてから、我は慎重に言葉を選んで話し出した。


「まずフウ姉さんですが、今まで以上に我の側から離れなくなりました。最近は寝室にも入ってきます」


 我に遠慮なく甘えると言ったフウ姉さんだが、近頃は特に距離が近い。

 昼寝の時は我も姉さんとひとかたまりになって寝たりしているのだが、夜に彼女が進入してくるときはちょっと雰囲気が違うのだ。

 こう、我が普段している変化を解こう解こうとしてくる感じなのである。


「お姉ちゃんは甘えんぼだからね」


 しかし姉君はのほほんとそうコメントするが、問題はそれだけではない。


「アグノはそれでフウ姉さんと喧嘩をするわ、我と目が合うと露骨に視線を逸らそうとするわ。この前など枕元に赤熱化した石がおいてあると思ったらあやつが作った料理でして。こんな物食えるかと言ったらじゃぁ自分が食うと駄々をこねて」


 あやつの奇行は今に始まったことではないが、最近はそれをおかしな方向へと拗らせている。

 料理をして石の固まりを作るのは良い。しかしそれを何故我に食べさせようとするのか。

 いや、食べさせるにしても何故我の枕元に置くのか。

 

 とりあえず何とか石を食べるのは断念させたのだが、また変な物を食べないように見張らなければなるまい。


「ア、アグちゃんなりの精一杯の愛情表現なんだよ」


 我がため息を吐くと、グランデ姉君は力ない感じでアグノをそうフォローした。


「お兄ちゃんお兄ちゃんと甘えてくれればそれだけで良いのですが……」


 あれが精一杯だとして、何やらあの娘は精を出す方向を力一杯間違えている気がする。


「ポンくんが私を、ねぇねぇって呼んでくれれば、アグちゃんも見習うんじゃないかな?」


「そうでしょうか……?」


 何だか自らの願望を話しているだけのようなねぇね……姉君に疑問を呈しつつも、我は次の議題に入った。


「ユマ姉上はあまり変わらないのですが、少し前に手と前足が触れたら顔が真っ赤になってしまいましたし」


 遅まきに羞恥心のような物が目覚めたのだろう。これなら可愛らしいものである。

 が、それに対してズルい、あざとい等の声が各方面から上がり、最終的には我がお仕置きされることになる。


 そして最後。


「ミュッケ姉様の膝枕で寝ていたら、背中が涎でベトベトになりました」


 姉様に撫でられ彼女の膝で眠る我の至福の時間だが、ある日ふと起きると姉様が口から涎を垂らしつつ我を見下ろしていた。


「何でも、我を噛みたくて仕方ないそうです」


 ミュッケ姉様は、相手に対する愛情が強まると、無性に噛み付きたくなってしまうという吸血鬼の習性を受け継いでいる。


 我は姉様にいつでも噛んで良いと宣言したのだが、姉様はじぃっと我慢してくれているらしい。


「そっか……」


 呟くと、グランデ姉君はそれきり黙ってしまった。

 彼女は本能を抑えきれずに山から出て行ってしまった身だ。

 いろいろと思うところがあるのだろう。


 さて、という訳なのだが。


「我はこう、どうしたら良いのでしょう」


 報告のはずが、いつの間にやら我は姉君にそう尋ねてしまっていた。


 フウ姉様にとことんのとことんまで甘えていただいて一つの毛玉になってしまうべきか。

 ミュッケ姉様に噛まれて夜を生きるたぬきとなるべきか。

 アグノに差し出された溶岩のごとき物体を食べるべきか。


「ユマユマはなんて言ったの?」


 悩む我に対し、姉君は思い出させるようにそう問いかけてきた。


 彼女は、こういうとき我が真っ先に相談するのがユマ姉上だと知っているのだ。


 ちなみにこのユマユマという呼び名を、姉上は口では嫌がっているが訂正はさせない。

 我と共に彼女もグランデ姉君に抱っこされて育ったので、姉君に対して強く出られないのだ。


「姉上にこの事を相談したところ。自分で蒔いた種でしょうと鼻をつままれた上、しばらく出かけてきなさいと言われてしまいました」


 彼女の予想通り、我は姉上に相談していた。

 そして、得られた答えがそれである。


 我が皆に書き置きのみを残して家を出てきてしまったのも、そういう事情があってのことだ。


 行き先を探していたところ、件のネンドロ大河に気づいて姉君の元へ向かうことにしたのである。 


「しかし、本当に時間をおいて解決するものなのでしょうか?」


 思わず鼻先を下げ、俯いてしまう我。

 何やら問題を放り出して逃げてきたような気がして、後ろめたく情けないのだ。


 そんな我の体を、グランデ姉君がひょいと抱え上げる。


「その、皆がそんな風に変わったのは、ポンくんと血が繋がってないって分かったからだけじゃないと思うな」


 そうして彼女は我を抱いたまま慎重にベッドへ座り、そう呟いた。


「ポンくんが急に大きくなったから、みんなビックリしちゃってるんだよ。ユマユマも含めて」


「我が、大きくですか?」


 姉君に言われ、我は自らの体を見下ろした。


 確かに一部分は大きくなった。なりすぎたが、その事だろうか?


「体の大きさの事じゃないよ。その、心が……」


 そんな風に自らの体を確かめる我を撫でながら、姉君は子守唄を歌うように語りかけてきた。


「シャリアちゃんが、ポンくんの事見た目はたぬきって言ったでしょう?」


「あぁ、はい」


「少し前までのポンくんなら、あぁいう時落ち込んだり、卑屈になってたと思うの」


 そう言われ、我はうむむと考え込んだ。

 確かに、そんな事で悩んでは姉上達にこうして慰めてもらっていたように思う。

 フィア殿の元に行った件もそれらが原因だった訳であるし。


「でも、ポンくんは自分のことを心はドラゴンだって言い切ったでしょう? 凄く、強くなったよ」


「でもそれは、我の力ではないのです。姉上達がそれを教えてくださいました」


 姉君はそう言ってくださるが、我は自分の力で強くなったわけではない。 

 あの時、魔王領に突入してきてくださった皆の言葉が、そして行動が、我にそれを気づかせてくれたのだ。


「そっか。いいなぁ、お姉ちゃん達」


 我が言うと、姉君はそれに対してぽつりと呟いた。

 いいなぁとはどういうことだろう。

 不思議に思い、我は彼女を見上げた。


「私もその時、ポンくんに何か言ってあげたかった」


 すると、姉君はさらさらと流れる前髪で目元を隠しながら、微笑んでそんなことをおっしゃった。


「今言ってくれても良いのですよ」


 我がおどけて、半分本気で言うと、姉君は笑みを深くし、そのままくすくすと笑う。


「だから大丈夫。ユマユマの言った通り、ちょっと時間が経てばみんな落ち着くよ。その後どうするかは、ポンくん次第だけど」


 言って、姉君はまた我の体をなで始めた。


 我次第、か。父上ならどうするだろうか。


 一瞬考えて、我はふるふると頭を振った。

 何やらこう、あまり倫理的ではない答えが頭をよぎったからだ。

 そういう方向に行くのは色んな意味でまだ早い。


 それに、これは我自身が悩んで答えを出すべき事柄なのだ。

 父上に頼るわけにはいかないだろう。


「と、ところで姉君」


 そんな風に考えていた我だったが、ふと気づいて姉君を見上げた。


「何やら熱いのですが」


 我を撫でる姉君の手が、やけに熱心だ。

 いや、撫でるどころではない。

 彼女の手はもはや我をこすっているという感じで上下しており、その摩擦熱が毛皮の下の皮膚を焦がしていく。


 そして件のグランデ姉君だが、その頬が傍目にも分かるほど紅潮していた。


「うん、ねぇねぇも熱くなってきた……」

 

 言いながら、グランデ姉君は胸のボタンを外しだす。


 おかしい。なんだこれは。急に忍び寄ってきた大人の展開に違和感を覚え、我はようやく気づいた。


「あ、姉君! まさか発作が!?」


 久し振りすぎてすっかり忘れていたが、グランデ姉君には一日一回巨大化――元の姿に戻らなければ、著しく理性を欠いてしまうのだ。


「う、うん。もうここでしちゃって良いかなぁ?」


「ダメです! 大惨事になります!」


「シーツが汚れちゃうかぁ……」


「家自体が壊れますから!」


 まるでこれから粗相をするかのような口振りの姉君だが、こんな所で巨大化されてはこの建物が倒壊してしまう。

 我は必死でグランデ姉君を止めた。


 しかし、どうすれば良いのだ。

 姉君は普段どこで巨大化するのだ。

 それともシャリア殿の錬金術とやらで何とかなるのか。

 我が動転していると。


 トントンと、悠長にも扉をノックする音が聞こえた。


「グランデー?」


 そうして、間延びした声がその先から響く。


「シャリア殿!」


 せっぱ詰まった声で彼女を呼ぶ我。


 その声でただならぬ事態だと察したようで、シャリア殿は姉君の返事を待たずに部屋を開けた。


「……お邪魔だったかしらん」


 そして、足を広げられたまま姉君に撫でくられている我を見て、冷たい声を出す。


「んー、ポンくん……ポンくん……」


 その間にも胸のボタンを外した姉君が、我の耳に接吻を繰り返す。


「あ、ちょ、姉君! 耳は、耳は勘弁してください!」


 弱いところを刺激されてあられもない声を上げる我を、つかつかと部屋に入ってきたシャリア殿が姉君の胸から奪い取る。


「あー、ポンくーんー」


 我を奪われたグランゼ姉君が、せつなそうな口調でシャリア殿に手を伸ばす。


「はいはい。ちょっと我慢するの。きゃっ」


 姉君の頭を手で抑えて防ごうとするシャリア殿。だが、姉君の長めの手に負けて彼女も我ごと姉君の胸に押さえつけられてしまった。


「……ったく、こりゃー大分盛ってるわね。普段はもうちょっと見境あるんだけども。ん……」


 姉君の今度の標的は彼女のようで、さわさわとシャリア殿の体をまさぐり出す。


「ふ、普段はもしやシャリア殿がこうやって姉君の情動を解消しているのですか?」


 そのインモラルな光景に、我はごくりと唾を飲み込んで彼女に尋ねた。


「アンタまで盛るんじゃないのよ。 ほれ、と、とりあえずこれ」


 するとシャリア殿はそれを否定しつつ姉君の捲り上げられたスカートのポケットから飴のような物を取り出すと、グランデ姉君の口に押し込んだ。


 口から離した指に糸が引き、薬を飲み込んだ姉君の喉が動く様を我がドキドキとしながら眺めていると、やがて姉君の動きが緩慢になっていく。


「な、何を飲ませたのです?」


「鎮静剤よ。普段なら一週間ぐらいはこれだけで持つんだけど、今回はこの調子じゃ一時しのぎねー」


 ゆっくりと、シャリア殿がグランデ姉君から体を離す。

 しかし姉君は、彼女をもう一度抱きすくめようとはしない。


「あぅ……ごめんねシャリアちゃん」


 やがて、姉君が前髪の下に手を入れ、目元を抑えたまま呟いた。

 良かった。正気に戻られたようだ。


「ポンくんも。ちゃんとお腹の毛は残ってる?」


「はい。若干焦げ臭くはありますが」


 腹の匂いを嗅ぎながら我がそう答えると、姉君はがっくりうなだれた。

 この暴走癖は姉君が我が家を出て行った原因であり、彼女にとってとても恥ずかしいものなのだ。


 どう慰めよう。我がおろおろとしていると、シャリア殿がパンと手を叩いた。


「とりあえず行くわよ」


 彼女の言葉に、姉君が頷く。


「何処へ?」


 事情が分からない我が首を傾げてシャリア殿に尋ねると、彼女は踵を返しつつこう答えた。


「絶望の谷よ」

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