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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
三章 ライク ア ローリングたぬき
21/38

ポン太郎枯れる

 放置したのが悪かったのであろう。朝、起きると我の病状は悪化していた。

 おかしな事を呟いてしまう病気ではない。喉の方である。

 いや、喉がおかしかったのでおかしな夢を見たのかもしれない。

 まるで喉奥に焼きおにぎり……いや、焼け石を突っ込まれたかのような痛みがあり、咳をする度にその石で喉をこすられるような痛みがする。

 石がつっかかっているために呼吸が苦しく、それを吐き出すために吐き気がし、もはやどう考えても喉に石が詰まっているとしか考えられなかった。

 昨日一度起きた時はそうでもなかったのに、この石は喉奥で大きくなる習性でもあるのだろうか。

「おばようございまず」

 いつもより少し遅い時間に我が居間に入り、挨拶をすると、既に食卓へ集まっていた家族達がぎょっとこちらを見た。

「……随分渋い声だね」

「あらあら、お父さんかと思ったわ」

 フウ姉さんと母上が口を開き、皮肉だか天然ボケだかよく分からないことを言う。

「父上は、ごのような蛙を石で押しつぶしたような声でしたっげ」

 お二方にそう答え、我は自分の席へと進んだ。

「大丈夫? 風邪?」

「何やら喉が痛くで。それ以外はなんともないのですが」

 そして、ようやくまともなリアクションをしてくれたミュッケ姉様に感謝しつつ答える。

 体を動かしてみたところ、特にだるいということはなく正常そのもの。

 声は枯れたままなのだが、見辛さを考慮し、以下のやり取りは我の実際の発音より、真意を汲み取った形で描写させていただく。

「お腹を出して寝たんでしょう」

「その程度で風邪をひくほど、柔な毛皮はしていないと思うのですが」

 ユマ姉上に言いながら、我はよいしょっと椅子に飛び乗る。そうして人間へと変化した。

 それでも痛みは消えない。

 実際には腹どころか全身を夜風に晒して寝ていたのだが……この様子を見ると、枕を持ってきてくださったのは姉上ではないらしい。

 ちなみに件の枕は庭に置いてある。あとで洗濯を頼まなくては。

 枕と言えばと、昨日キンカマクラでごろごろしていたアグノを伺うと、何やら顎を引いた上目遣いで我を睨んでいる。

 まだ昨日の事を根に持っているのか。

 まぁこやつが我を睨むのはいつものことである気もする。

「そういえば夢を見ました」

 喉の痛みについて、他に思い当たる原因といえばあの夢だ。

 いただきますと言って、朝食に手をつけながら、我はその話をした。

「夢?」

「父上が出てくる夢です。ふぃふぃ上と、ほの、色々会話して、最後には口に焼きおにぎりをつっ込まれましふぁ」

「食べながら喋らないの」

 「妹を大切にしろ」などと言われたとは口に出来ず、我は内容をぼかして夢の話を皆に伝える。

 もちろん我が夢の中で連呼していたセリフも秘密だ。

「焼きおにぎりってなぁに?」

「さぁ……?」

 ミュッケ姉様が疑問を呈すが、起きた今となっては、我にもあれがどういう代物だったか思い出せないので答えようが無い。

「……随分支離滅裂な夢だね」

「この喉が痛いのにも、何か関係があるような気がするのですが」

 相変わらず床で朝食を摂っているフウ姉さんに答えながら、喉を潤すために茶を飲む我。

 食卓に視線を戻すと、対面に座るアグノが何やら唇を噛んで俯いている。

「どうしたアグノ?」

 普段から奇行の目立つ妹だが、今朝は一段と様子がおかしい。

 しゃがれた声で我が問いかけると、アグノは我を見てぎょっと目を見開いた。

 まるで我が今突然現れたかのような反応である。

「まさかお前こそ風邪をひいたのではないだろうな」

 さすがに心配になって問いかけると、アグノが我を睨みつけた。

「そ、そちのような軟弱者と一緒にするでない!」

「なんだとぅ!?」

 こちらの思いやりを無下にしおって! 温厚な我も流石にムカッときて腰を浮かして睨み返す。

「な、軟弱者じゃから、そのように簡単に体調を崩すのじゃ」

 アグノはそんな我を睨み返すと、同じく腰を浮かせた。

「誰のせいで寒空の下で寝ることになったと思っているのだ!?」

 そのまま睨みあう我ら。目を逸らせばすなわち負けである。

「そちが覗きなどという破廉恥な真似をするからじゃろうが!」

 だが、アグノがそう返すと居間の女性陣の視線が一斉に我へと集中する。

 続いて「覗きは良くないねぇ」「言ってくれれば私が……」「すけべい」「うろこフェチ」などという囁き声まで聞こえ始めた。

「我は欲求不満でもすけべいでも、ましてやうろこフェチでもありません! 特に最後のは自分の性癖でしょうが!」

 その不名誉な評判に、我は思わずアグノではなく居間の全員に向けて抗議してしまった。

「フフン」

 つまりアグノからは目を逸らした訳で、我の負けである。

 いや、厳密にルールを決めたわけではないが、アグノはなにやら勝ち誇った顔をしているし、我の胸にも謎の敗北感が刻まれていた。

「まったく、情けない奴なのじゃ。根性無しなのじゃ」

 調子に乗ったアグノが、そんな事まで言い出す。ちょっと心配しただけで、何故我がここまで罵倒されねばならないのか。

 その理不尽さにそろそろ泣きそうになってくる。

 そんな我に、声のトーンを少々落としたアグノが愚痴のように言葉を続けた。

「ドラゴンになる特訓も途中で放り出すしの……」

「あれは……」

 アグノが持ち出したのは、遠い昔の話である。

 父上が死んですぐの頃、我は妹の遊び相手を努めると共に、彼女にドラゴンとして最低限の力を身につけさせようとしていた。

 つまりは火を吐く、空を飛ぶ、ごろごろするなどのドラゴンが当たり前に行う本能的行為である。

 前者二つを自力で行えなかった我は、教え込むという名目で彼女と共にそれを特訓していたのだ。

 そして、生粋のドラゴンである妹は、すぐにそれらの技術を習得した。

 しかし一方、たぬきの血が色濃い我には、ごろごろする以外の術はついぞ身につかなかった。

 我の目の前で嬉しそうに火を吐く妹を見て居たたまれなくなり、我はその内ドラゴンになろうとするその特訓をやめてしまったのである。

 あの時の特訓を今も続けていれば、我は炎も吐けるし翼も持つドラゴンになっていただろうか。

「……あれは、なんじゃ?」

「あ、いや」

 我の言葉の続きを待っていたのだろう。しびれを切らした様子のアグノがその先を促す。

 それで、我は現在の居間へと意識を戻すことが出来た。

 ……なんだ、先ほどのしみったれた考えは。

 本当にドラゴンになれたとしても、必死に練習を続けて何も変わらなくとも、結局は惨めなだけではないか。

 そんな自分を取り繕おうと言葉を探すが、自分でも何を言おうとしたのかさっぱり思い出せない。

 我から弁明も反論も無いのを見て取り、アグノがため息を吐く。

 そうして、呆れ果てたという調子で呟いた。

「まったく、そちもドラゴンならドラゴンらしくじゃな……」

 その言葉が、わだかまっていた我の心の中心に、ぐさりと刺さる。

 痛みに悲鳴を上げるように、いつの間にか我は叫んでいた。

「我とてドラゴンらしく生まれたかったわ!」

 怒声を浴びせられたアグノが、ビクッと体をすくませる。

 当たり前だ。自分でも、自分の出した声の大きさに驚いたほどである。

 遅れて、喉の奥から何かがせり上がって来る感触。

「っげほっ! げほげっ!」

「ポンちゃん。お茶」

「ありがとうございまず。あ、あの、そのだな」

 咳である。姉様が差し出してくれたお茶を受け取ってから、アグノに向き合うが、やはり言葉が出てこない。

 脳から必要な語彙がごっそりと抜けてしまったような按配である。

 そんな我の目の前で、アグノがばんと机を叩いた。

「もう良い!」

 そして、そう叫ぶと、我を一睨み。

 炎を吐かれるのではと怯えた我が、ポンっとたぬきの姿に戻ると、アグノの目から何かが零れた。

「へっ?」

 それがなんであるか。我の思考が追いつく前に、アグノは目元を隠しながら我の横を通り抜けた。

 そして、居間から出て行ってしまう。

 そのまま部屋に戻るのかと思いきや、ばたばたという音の後、玄関を荒く開閉する音が響いた。

 なんと、そのまま家から飛び出していってしまったらしい。

「な、泣いた……?」

 訪れた沈黙の中、呟きながら、我は呆然とした。

 自らが先ほどとは毛色の違う声を出したことは自覚していたが、それで、泣いた?

 我に怯えて? いやいや、そんなはずはない。

 あやつは我と違って、純潔のまじりっけなしのドラゴンなのだ。

 それが少し声が低くなったとはいえ、たぬきに脅されて泣くなどありえない。

「泣かしたー」

「……泣かしたね」

「……泣かした」

「泣かせたね」

 気づけば、家族中の視線が我に集中しており、非難もまた一斉に行われた。

「わ、悪いのは我ですか!?」

 とりあえず全員が揃ってそう言うのだから、あれは我の見間違いではないらしい。

 しかもあれが我のせいだというのも共通見解のようだ。

「ポンちゃんだけが悪いってわけじゃないけど」

「……アグはまだ小さいんだから」

「で、でもあやつは立派なドラゴンですし!」

 困ったように笑うミュッケ姉様と、長女らしい事を呟いて、すぐさま飯へと戻るフウ姉さん。

 我が抗議すると、ユマ姉上がその影からにゅっと指を伸ばし、我に突きつけてきた。

「ポン太はドラゴンを特別視し過ぎ」

「そ、そうでしょうか……?」

 磯臭い匂いがする黒い指に鼻をぐいぐいとやられながら我が疑問を呈すと、姉上はこくりと頷いた。

 確かに、我は父上を尊敬している。そして、自らが父上のように成れない事を、後ろめたく思ってきていた……かもしれない。

 だから、アグノに理想のドラゴン像を押し付けてきた面は、確かにある。

 だがアグノとて我にドラゴンらしくしろというのだから、その辺りはおあいこではないか。

「小さい頃はあんなに遊んでくれたのに、火を吐けるようになった途端遊んでくれなくなったから、アグちゃんは寂しいんだよ」

「いや、それは、その……」

 続くミュッケ姉様の指摘に、我は言葉を詰まらせた。

 確かに、アグノが一通りのことが出来るようになってから、我はあやつと以前のようには遊ばなくなった気がする。

 アグノは火を吐けるようになった後も、何度も特訓をしようと我を誘ったのだが、そんなあやつが眩しくて、我はそれを避け続けたのだ。

 妹が我に対してきつく当たるようになったのは、確かにその頃からだった。

「アグはプライドが高いからポンに甘えられないんだよ。だからあぁいう面倒くさい絡み方しか出来ない」

「はぁ……」

 まるで目の前の誰かのようである。姉さんのそれが自虐か無自覚か図りかね、我は生返事を返した。

 あるいは似た物同士だからこそ、フウ姉さんにはアグノの気持ちが分かるのかもしれない。

「普段ツンツンしていて、本当はデレデレの……」

「何やら新しい単語が生まれそうですね」

 剣と魔法の世界に革命的な新語を作り出そうとしている姉さんは放っておき、我は思考に埋没する。

 アグノの理不尽な行動の裏には、本当にそんな事情があったのか。

 あやつが我に甘えたい、のだとは、にわかに信じがたい。

 だが、それが本当なら我はあやつに大変すまないことをしていたことになる。

「ていうかアンタはまず、アタシに謝るべきだと思う」

 なんだか落ち着かない気持ちになってきた我の意識を、母上の言葉が引き戻した。

 何が? と我が彼女に視線を向けると、母上はやれやれと首を振って言う。

「ま、アンタがせっかく丸耳に生んでやったのに感謝してないのは、知ってたけどね」

 その言葉で、母上が言っているのは我が先ほどアグノに放った一言についてだと察しがついた。

 そういえば我は、彼女の前で「ドラゴンらしく生まれたかった」などとのたまわったのだ。

「いやいやいや、母上には日ごろから感謝しております! 五体満足に生んでくださっただけで!」 

 口元のしわをより深くしながら、へっと息を吐き出す母上に、我は慌てて申し開きをした。

 せっかく生んでやったのに、そんなことを言われれば、普段は泰然としている母上でも思う所があるだろう。

「じゃぁ今度、キンタマ引っ張り師のムシロ爺さんの所へ……」

「なんですかその明らかに穏当でない職業は!?」

 と、思ったのだが、すぐにそんな事を言い出すので、悲しいかな我の弁明はまったくの無駄になった。

 おそらく母上は、場の雰囲気を和らげる為に、わざとおどけた事を言ってくださったのだろう。

 ……まさか本当にいないだろうな、キンタマ引っ張り師。

「まぁでも、ちょっと安心してるわ」

 我が身震いしていると、影を引っ込めた姉上が、ため息混じりにそう吐き出す。

「安心?」

 今のやり取りのどこに、姉上を安心させる要素があったのか。

 首を捻りながら姉上を見ていると、フウ姉さんが代わりに口を開いた。

「ポンが、本音を出せるようになったから」

「へっ?」

 しかし、やはりその言葉の意味が分からず、我は間抜けな声を出してしまった。

 更なる説明を求めるが、フウ姉さんは面倒くさくなってしまったのか。またしても朝食の摂取へと戻ってしまった。

 台詞を取られたのにそのまま放り投げられた形になったユマ姉上が、仕方がないと言いたげに再度我へと説明しだす。

「……いつものポン太だったら、適当に流して終わらせてたでしょ?」

 指摘され、我はそうだろうかと思い浮かべてみた。

 ……確かに、いつもの我であれば、アグノと喧嘩になるようなことは避け、無難に言い合いを終わらせていたかもしれない。

 前に町で喧嘩になりかけた際は、そうやってやり過ごそうとした訳だし。

「ポン太が争うのを恐れず、自分の抱えてる物、嫌だと思うことをきちんと言うようになった。そう思って安心したの」

「あ、姉上は我を過大評価しすぎです!っごほ、ごほ!」

 あれはただ単に、古傷を抉られて叫び声を上げただけだ。

 姉上の言うような、立派な動機ではない。

 それこそ胸を突かれる痛みに恥ずかしくなり、我が再び叫ぶと、喉が詰まって咳が出た。

「ユマちゃんはポンちゃんに何時でも甘々だもんね」

「ベタベタしすぎ」

「ね、姉さん達がそれを言う……?」

 姉二人の物言いに、ユマ姉さんが珍しく動揺した声を出す。

 いつもは冷静な彼女も、姉さん達の前には形無しのようだ。

 我が、本当に姉上の言うような者になったとしたら、多分それは姉上達のおかげである。

 姉上が心のままに生きろと言ってくれ、姉様が悩みを聞いてくれ、姉さんを受け止めようと考えた結果。

 我は知らず知らずの内に、ちょっとだけ、わがままな奴になったのかもしれない。

 姉上はそんな我の姿を見て安心するという。だが……。

「……アグノを泣かせてしまったではないですか」

 我がした行為が成長の証だとしても、それで妹を泣かせては意味がない。

 それならば、ひたすら罵られていたほうがマシだ。

 居間の出口を見ながら呟くと、可愛らしく顔を赤くしているユマ姉上の代わりにミュッケ姉様が口を開いた。

「それはね。ポンちゃんが思っていることを全部ちゃんと言わないからだよ。ポンちゃんはアグちゃんの事、妬んだりしているだけじゃないでしょう?」

「それは、当たり前です」

 そうでなければ、あやつが泣こうが出て行こうが、こんなに気を揉んだりはしない。

 この間フィア殿にも答えたとおり、あやつは我の大切な妹なのだ。

 ……アグノは、我をどう思っているのだろう。

 そう考えて、我はふと思い出した。

「そういえば、どなたか昨日我に枕を貸してくださいましたか?」

 我が問いかけると、全員が首を横に振った。

 まぁ、皆我が野宿であったことも知らなかった様子であるし。

 ということは、つまりまぁそういう事なのだろう。

 我の下に敷いてあったあれは、キンカマクラの前に使っていた枕という訳だ。

 ドラゴンのくせに、妹には妙に貧乏性なところがある。

 ドラゴンの、くせに。やはり我は、あやつのことを歪んだ瞳で見ているのかもしれない。

 これは、きちんと見つめなおさねばなるまい。

「ちょっと辺りを探してきます」

 言いながら、我は椅子から飛び降りた。

「ポンちゃん、風邪は大丈夫なの?」

 姉様がそう問いかけてくるが、我を止めようとする意思は無さそうである。

 仕方がないなぁ、みたいな顔で苦笑しておられる。

 他の方も茶を啜ったり飯を食っていたり未だに顔が赤かったりするので、似たような物だろう。

 家族というものは、本当にありがたいものである。

「大丈夫です。 見つからなかったらすぐ戻ってきますので!」

 そう言い残して我は居間を出ると、玄関の扉を静かに開閉してから、アグノを探すべく森を駆けていった。

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