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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
三章 ライク ア ローリングたぬき
20/38

ポン太郎寝ぼける

 見てはいけないものを見てしまう。聞いてはいけないものを聞いてしまう時が、生きていると一度はあるものだ。

 我にとっては今夜がその日であった。

「ん、ん、ふぅ」

 妹、アグノの部屋から、抑えようとしても抑えきれない。そんな声が聞こえる。

 扉の影から見える彼女の痴態。我はそれを、目を見張って凝視した。

 ――ごろごろごろごろ。

 枕を抱えたアグノが、ベッドの上でごろごろと転がる。

 そうするたびに、ジャラジャラとまるで金貨のような音が鳴った。

 アグノの顔は緩みきり、普段彼女が口にしている尊厳だとか矜持だのは、その顔面のどこにも見当たらない。

 無様極まる様だが、我はそこに父上の影を見た。

 父上も新たな宝を得たときは、その上でごろごろと転がり、地上最強のドラゴンとか思えないほどのアホ面を晒していたものだ。

 そんな風に、我が感慨にふけっていると――。

「ぎゃん!」

 アホが、転がり過ぎてベッドから落ちた。

「「あ」」

 そうして我と、ばっちり視線が合う。

 アグノは我と自らの姿勢を見比べた後、慌てた様子で枕を投げ捨て、ハイハイのポーズでこちらへ駆け寄ってきた。

 そうして部屋の扉をばんと開け放つ。

 押されてころころと転がる我。

「ここここの破廉恥兄! 乙女の部屋を覗くとは何事じゃ!」

「あんな様を晒して何が乙女だ!? というか開けっ放しにしていたのはお前だろう!」

 激昂する妹に、我は起き上がって抗議する。

「ええいうるさい! こうなったら……」

「ちょ、待て! 早まるな! ギャーーーー!」

 後に起こったことは諸君らの想像に任せる……というのはつい最近やった気がする。

 ――という訳で結果だけ言うと、我は満天の星空の下、布団一枚も無しにそこで寝ることになった。

 今日起こったことは家族には秘密だと固く誓わされてから。

「ぷちょっ!」

 何かと問われれば我が上げたくしゃみである。我とて野生生物の端くれだし、これの所為で二割増は太って見える無駄にふさふさとした毛皮を持っている。

 しかし、人間の文化というものは本当に便利なものだ。最近とみに実感する。最近というより、この夜に。

 我が普段眠るのは、人間の町で買ったふかふかの毛布の上である。

 ベッドは重くて運べなかったので、床にそれを直布きして寝ているが、母上に言わせるとオリエンタルファンタスティックな風習ではこちらの方が一般的らしい。

 我も寝相が良い方ではない。なので、アグノのように無様に転げ落ちる心配のあるベッドよりそちらの方を気に入っている。

 何が言いたいかといえば、もはやあれは、我の生活の一部なのだ。

 そもそもたぬきとて、寝るのは大抵巣穴(ムジナの物を乗っ取ったりする)である。こんな星空の下で寝たりはしない。

 何故こんなことになったかと言えば、完全にあの小生意気な妹のせいである。我に一切の非は無い。

 愛い奴? なんだかんだで大切? 誰が言ったそんな事。

 脳内の誰だかに毒づきながら、我は丸まって寝ることにした。



 夢の中の我は、ふわふわのうぶ毛を持つ小さな小さな子だぬきで、目の前には父がいた。

 父は我を見下ろしながら、重厚な声で我に語りかける。

「妹を大切にするのだぞ」

 この時点で、あぁ夢だなと認識できた。我が妹についてきちんと知ったのは、父が死んでからである。

 それまでに父から一度妹の話が出たことはあったが「妹ができるよ」「ほー」ぐらいのやり取りをした程度で、我は実際に妹というものがどういうものか分かっていなかった。

 我の世界は父と母と姉でできていたのだ。他の物には大して興味もなかった。

 さて、夢と分かれば確かにおかしい。

 我らがいるのは父の死後引っ越した、今の人間式住居であり、父の巨大な体を収めるため、部屋は縦に長く長く伸びていた。

「妹を大切にするのだぞ」

「それは先程聞きました父上」

 そして父は同じ言葉を同じ調子で繰り返している。

 何故夢の中の父は、我に妹のお守りをさせようとするのか。

 亡き父が夢枕(現在枕は敷いていないはずだが)に立ったのか。

 それとも我の潜在意識はあの暴虐な妹をそこまで大切にしたのか。

「妹を大切にするのだぞ」

「はいはい。分かりましたって」

 念仏のように唱える父上に疲れ、我はそっぽを向く。

 すると――ぽふん。

 何やら柔らかい感触が、頬に当たる。

 これは、まさか。驚愕のまま我が見上げると、知らない女性が我を抱き上げていた。

 先程まであった床の感触が無い。

 女性の顔も見えない。もやがかかっている。だが、そんなことは関係ない。

 この、我の頬に当たる極上の感触に比べれば、あらゆることは些事である。

 この豊満でふわふわでほよほよで……とにかく我の語彙を超える感触を持つ物。これはつまり。

「おっぱい……」

 気がつけば、我はそう呟いていた。

 平素ならば口にしない。絶対にしない。

 だが、今の我は夢の中の住人なのだ。

 それに幼い毛玉にまで退行しているのだから、無邪気にこの物体をおっぱいと呼び、求めても良いはずである。

 たぬきな母上にはこんな物ついていなかった。

 なので、お前がこれに母性を感じるのはおかしいなどというツッコミをする輩も、夢の中には存在しない。

「おっぱい……」

 もう一回言ってやった。もはやいくらでも言い放題である。

 どれ、さらにもう一回言ってやろうか。いや、せっかくこんな物があるのだからもっとこう……無邪気に甘えても。

「あ、はがが」

 などと考えていると、我の口の端に指が入れられ、引っ張られた。人間のような頬は無いので、割と喉奥の近くまで指が入れられ、えずきかける。

 その強行を行ったのは、先程から無視されていた父上であった。

 父上は何時の間にやら我より頭二つ分大きい程度にダウンサイジングしており、我をじっと睨んでくる。

「妹を大切にするのだぞ」

 四回目。またもそう言って、父上はずいっと手の中に握った物を我に差し出す。

 我が何かと思ってよく見ると、それは焼きおにぎりであった。

 じゅうじゅうと湯気を立てており、何と最強の竜である父の手を焦がしている。

 猛烈に嫌な予感がした我の予想通り、父上はそれを我の口の中へと入れようとしてきた。

「い、いや父上、我はそんなものいりません! ちょ、押し付けないでください! やめてー!」

 我は必死に抵抗するが偉大な父に敵うはずもなく。彼は嫌がる我の口に、無慈悲にも焼きおにぎりをつっ込んだ。



「焼きおにぎりって何だ……」

 目を覚ますと、我は呟いた。握り飯を焼いてどうする。そんな摩訶不思議な料理が、この剣と魔法の世界にあるなどとは思えない。

 空を見ると、まだ星が爛々と輝いている。夜明けは遠いようだ。

 我が体を寝返りをうつと、ぽふん、と柔らかい物が頭の下に敷かれていることに気づく。

 まさか! と思いよく見てみると、それは我が期待した物ではなく、使い古された様子の白い枕であった。

 我の枕ではない。なんだか良い匂いもする。

 姉上達の内の誰かの物であろうか。こんな土の上に置いたら、洗濯も大変だろうに。

 まぁ、今さら汚れに気を使っても手遅れであろう。

 誰かしらの好意に甘えて、我は寝直すことにした。

「コン、コン……」

 狐のような咳が出、喉がすこし痛む。

 これは風邪をひいたかな。ぼんやりと考えたが、眠気には勝てず、我はそのまま夢の世界に舞い戻った。

「……おっぱい」

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