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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
一章 ドラゴンとたぬき
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どらどら

 父との思い出は、主に彼の背中の上でまどろんでいた思い出と同義である。

 父はたまに帰ってくると、金銀宝石を敷き詰めたねぐらで横になり、長い時は一週間ほどそのまま眠っていた。

 我は父が帰ってくるとその背中によじ登り、分厚い皮膚の下で流れるマグマのような血流を聞きながら寝る。

 それが大のお気に入りであった。

 父はたまに意識を半覚醒させると、そんな我へと寝言交じりに話しかけた。

「ポン太郎や。お主は本当にたぬきだのぅ」

「そんなことはありません。ぼくは日々ドラゴン道をまい進しております」

 それに対し、我も寝ぼけたまま答える。

 まぁ正気だったとしても、自分の言った事の内容が半分も理解できないような年頃だったので、恐らく発言に大差はなかったことであろう。

「恐らくその一人称がいかん。これから自分の事は我と呼ぶがいい」

「われ……われ……しっくりこないです」

「お前もそろそろ兄になるのだからな。威厳というものを持たねば」 

「またふえるのですか」

 父はドラゴンのくせに異種族の雌が好きという、とんでもない異常性癖の持ち主であった。

 エルフやオークはもちろんラミアにハーピー、天使や悪魔、果てはたぬきまで口説き落とし、子作りを敢行していたのである。

「嬉しくないのか」

「姉さまたちだけで充分です」

 なので、我には姉が沢山いた。種族も年もバラバラで、我にも全員の名前は把握できないほどの数が。

 我は姉達の事が大好きであったが、これ以上姉が増えられると撫でられ過ぎて腹の毛がなくなりそうだとも考えていた。

 当時の我はアホであったので、妹というものは概念自体を知らなかったのである。

「そう言うな。この次はもっと凄いぞ」

 言って、父はフンと鼻息を吐いた。床にちりばめられた宝石たちがころころと転がる。

「次の相手は魔王だ。お前にも魔王の妹ができるぞ」

「ほどほどにしてくださいね、父上」

 我は母上がいつも言っているような口調で父上を窘めたが、結局それは無駄であった。

 父上はそれから単独で魔王城に乗り込み、歴代最強と名高い女魔王ヴァトラスカと三日三晩死闘を繰り広げた。そうして、返り討ちにあって死んだらしい。

 何事にも全力かつ正面突破で当たる父上らしい最期であった。

 さて、父上が亡くなった後の事だが、我が母や姉達の母上達も、その末路については覚悟をしていたらしい。

 彼女らは父上の巣にあった金銀財宝を売り払い、特に揉めることなくそれらを分配すると、それぞれ別に暮らし始めた。

 その為、我は多くの姉達とは離れ離れになったが、それでも残った家族と寄り添って暮らしている。



 森を抜けると、その中に木造の古びた家がある。

 格子状の木枠の片側に薄い紙が張ってあるスライド式のドア。これを障子といい、両面に多少厚い紙が張られているのがふすまという。

 だいたいこの二つで仕切られた、オリエンタルファンタスティックな風情をかもしだすこの家が、我らの住まいである。

 そして我が出たのは、その裏手、庭方面であった。

 我は家に入るとき、大抵玄関ではなくこちらを利用する。

 何故なら庭側には井戸があり、そこで足を洗ってから屋敷に入った方が姉上の機嫌が良いからだ。

 ただしそれも、濡れた前足をきちんと拭かなければ水泡に帰す。というか、より怒られる。

 我が身震いをし、井戸の脇に張ってあった水の中でアライグマのように前足を擦りあわせていると。

「ポンちゃん」

 庭と家の境目、通称縁側から声がかかった。

 我が振り向くと、そこにはキモノを着た女性がたおやかに座っている。

「あ、姉様! 申し訳ありません! 気づきませんでした!」

「いいの、お姉ちゃん影が薄いから」

 井戸と縁側は少々距離が開いている。我が彼女に声を届けるには少々声を張る必要があった。

 しかしあちら側の声色は優しいものなのに、我の耳にしっかりと届いている。とてもよく通る声をしていらっしゃるのだ。

 分量が多く若干野暮ったいが、黒く艶やかな髪。反射によって赤く光る、人を、もしくはたぬきを引き込むような目。

 確かに存在感は無いが、一度意識してしまえば目が離せなくなる女性。我が姉様、ミュッケ・ザ・ドラゴンはそんな人だった。

「姉様! こんな日に外へ出て平気なのですか?」

 我は急いで後ろ足も洗うと、点在する大きな石を踏んで縁側までたどり着いた。置いてあった手ぬぐいで足を拭きながら、彼女に問いかける。

「うん、ちょっとだけなら平気だよ」

 すると彼女は我の前足をすっと取り、手ぬぐいで優しく拭い始めた。

「そ、そうですか、それなら良いのですが」

 指の間まで丁寧に拭かれ、こそばゆい。

 我の足、ついでに水の跳ねた尻にまで彼女の手が伸びそうになったのでそこは固辞し、我は自らの足をしっかりと拭いた。

「それで、用事は終わったの?」

「え。ええ、はい」

 姉様が問いかけるので、我は手ぬぐいを脇に置き頷いた。

 どうやら彼女は我が遊びに出たわけではないと気づいていたらしい。

「じゃぁお姉ちゃんとひなたぼっこしようか」

 我の返答に満足げに頷くと、姉様は仔細を聞くこともなく、ぽんぽんと自らの膝をたたいた。

 この上に乗らないか、という誘いである。

「あーっと……」

 我は逡巡した。とても魅力的な誘いではあるが、我にも雄としてのプライドがある。

 いい年をした男子が婦女子の膝の上でぐーすかと寝て良いものだろうか。

「いや、かな?」 

「いえ、光栄です」

 しかしあるっちゃぁある程度のそれが、姉様の悲しげな表情に勝てるはずもない。

 我はもう一度足の乾き具合を確かめてから、顔を曇らせていた彼女の膝の上へと慎重に乗った。

 獣の本能として前足で軽くふとももを引っかいてから、彼女の膝の上で丸くなる。

 姉様は我が引っかいた際少々くすぐったそうに身じろぎをしたが、我が定位置につくとゆっくりと背中を撫ぜてくださる。

 暖かな日差しと姉様のひんやりとした手、そしてふかふかのふともも。

 この素晴らしい連携に意識を保てる獣が居るだろうか。少なくとも我には無理だった。

 そうして我の意識はあっさりと落ち――。



 目を覚ますと、我の背には姉のぬくもりが残る着物が着せられており、体は灰だらけであった。

 寝ぼけた頭でプルプルとそれを払おうとして、思いとどまる。

 ……これは姉様なのだ。

 寝ぼけているわけではない。いや、数秒前までは確かに寝ぼけていたが、そうではない。

 我が姉様、ミュッケ・ザ・ドラゴンはドラゴンとドラキュラのハーフなのだ。そして我に降りかかってるこれは、姉様の遺灰なのである。

 まったくもって、我が父の見境のなさにはただただ感服するのみだ。

 ハーフであるおかげか、ミュッケ姉様は太陽光にもある程度の耐性をもつ。

 だが、今日のように油断してうとうとしていると、いつの間にやらこうして灰になってしまうのである。

 どうやら気の緩みが太陽光への抵抗を下げてしまうようなのだ。

 しかし嘆くことなかれ。彼女との別れは永遠ではない。

 彼女は半分だけであるがやはり吸血鬼の為、復活の儀式をすれば、明日にはまた元気な姿で復活できるのだ。

 だがしかしである。その儀式を行う為には、今の姿では都合が悪い。

 我はそろそろと立ち上がり、灰を着物の上へと慎重に落とすと、前足を合わせて念じ、縁側から庭へ宙返りした。この際躊躇わないことが後の成功へと繋がる。

 一回転する間に、我の体は現実の空間から切り離され、虹色に光り輝く空間へと投げ出された。

 それと共に我の体も光輝き、輪郭以外をあやふやにさせる。

 手が伸び足が伸び爪が縮み毛が抜け落ちる。手、足、と光がはじけ、その下から長く、つるっとした手足が現れる。

 体に纏った光がはじける直前、その上に大きなリボンとスカートがつき、更にはヒラヒラとした服が現れる。 

 顔から毛が抜け髭が抜け、鼻面が引っ込み、寄ってきたカメラに我はウィンクをした。

 マジカルステッキでポーズを取って変身完了である。

「よし、と」

 現実には一秒も経ってはいない。美少女に変身し庭に降り立った我は、靴を脱ぎ縁側に上がり直し、ステッキを置いて跪き、姉様の灰を彼女が遺した着物の上に集めだした。

 姉様の復活に必要な灰は、最低で小さじ一杯分というリーズナブルであるが、集めれば集めるほど復活が早くなる。

 更にその際、なるべく不純物が混ざらないように注意したい。復活の時間は大して変わらないが、埃にまみれた復活では姉様がかわいそうだからだ。

 そのような理由で慎重に灰を集めた我は、それを着物で包んで目の前の障子を開けた。

 するとそこは畳敷きの和室であり、その真ん中に置いてある黒檀の棺が、主の帰りを待っている。

 我は棺桶の重厚な蓋を、美少女にはあるまじきがに股で開けると、その中に主であるところの姉様の遺灰を着物ごと放り込んだ。

 それから部屋の中にある箪笥より短刀を取り出し、数度部屋を往復(この行為はただ決心がつかなかっただけなので儀式とは関係しない)。

 その後で、我はついに自らの指に短刀を押し付けた。傷を深くしないようにそれをすぐに離すと、ぷつり、と血の球ができ、我は慌ててその血を棺桶の中に落とす。

 灰の一点が黒く染まったのを確認すると、我は一息ついて自らの指をしゃぶり労わった。

 普段ならいざ知らず、今のフリフリとした姿ならこの仕草も様になろう。姉様が鏡に映らないのでこの部屋にそういった類のものがないのがいささか残念である。

 我はとりあえずその姿勢のまま、庭のほうに流し目を送ってみることにした。

 するとそこには背の低い美少女が立っており、こちらを大氷竜パゴスのような目で見ていたが、それは幻覚なので無視した。

「貴方は何をやっているのポン太」

「姉上は幻覚ゆえ我には見えません」

 幻覚が話しかけてくるのでそう答えると、彼女はズカズカと部屋に入ってきて我の脛を一蹴りする。

「あいだっ!」

 脛に決して幻覚では済まされない痛みが走り、我は痛みとともに蹲った。

「貴方の大好きな姉上を幻覚にするとは良い度胸ね。それとも小さくて見えなかったと言いたいのかしら」

 少女が我の顔を見上げる。その背後の影が揺らめき、まるで生き物かのようにうねうねと形を変えた。

 それは角のねじくれた山羊。口の裂け過ぎたくじら。もしくは喘ぐドラゴンのようにも見える。しかし我にはその奇々怪々な光景より脛を蝕む痛みのほうが重要ごとであった。

「こう、好き過ぎて幻が見えたと勘違いした、という方向でお願いします……」

 我は涙目で、自分の腹辺りに位置する姉上の顔を窺う。すると、彼女はそれなら良しという風に頷き、影を元の少女の形に戻した。

 彼女の名前はユマ・ザ・ドラゴン。この家に住む中では我と一番年の近い姉上で、ドラゴンとキマイラという魔物とのハーフである。

 キマイラとは何の因果か様々な生き物が合体してしまった者の総称で、正確には一つの生物のカテゴリではない。

 しかし姉上は自らをそう呼んでおり、彼女の真の姿……あれを見た我も、彼女をなんと呼んで良いのか分からない。

 なので彼女を紹介するには、自称であるキマイラという名称を使うしかない。

 今の姿はアグノと同じく、竜に備わる固有の形態変化で変化した姿である。

 優しい大地のような豊かな亜麻色の髪と、冬の湖面のような灰がかった青い瞳。

 小さな背丈と併せて、彼女の内面にぴったりの姿だと我は考えている。だが、本人は自分の姿をあまり気に入っていないようだ。

 形態変化なので成長のしようがないのに姉上が自らの乳を恨めしげに揉んでいるところを、我は見たことがある。

「で?」

 我がそんな失礼なことを長々と思考していることに気づいたのか。姉上は不機嫌そうに我を見上げながら問いかけてきた。

 ここで「で? とは?」などと問い返すと更に蹴りが飛んでくる。二発飛んでくる。なので我は。

「自分の姿にうっとりとしておりました」

 と正直に答えた。

「……そう」

 ガス、ガス、ガス。

「あだっ、あだ、あだ!」

 すると三発蹴られた。会話とはむつかしいものである。

「あ、姉様が灰になってしまわれたので、蘇生の準備を」

 多分姉上が聞きたかったのはこちらの方だったのだろう。遅まきながらそう理解して、我は彼女に答えなおした。

「そう、ミュッケ姉様ったらまた貴方とひなたぼっこしていたのね」

 姉上は我の脛を蹴ることを生きがいにしている節はあるが、こういった背丈相応の可愛らしい言葉もよくお使いになられる。

 が、本人にそれを指摘すると五発は蹴られる。というか実際蹴られたのでめったに指摘しないが。

「ご明察です」

「ミュッケ姉様はぼんやりしているけれど、そこまで無防備になるのは貴方といる時ぐらいだもの」

 我が代わりの言葉を口にすると、姉上はそう返してため息をついた。

「可愛過ぎてごめんなさい」

 ガスッ! ため息をつきながら蹴られた。それも思いっきりである。

「それだけ気を許してるってことよ。まったく夕飯が無駄になったわ」

「っつぅぅ……あぁ、もうそんな時間ですか」

 痛みに耐えながら我が後半の言葉に反応すると、姉上は憮然とした表情で頷いた。

 そんな表情をしているのは多分、我に対して甘い評価をしてしまったことへの後悔。そして我がそれを分かっていて流したことへの苛立ちゆえであろう。

 ……ミュッケ姉様が、我を信頼してくれているというのは、とても嬉しい事だと思う。

 だが、それを素直に喜ぶ訳にはいかない。今回のように、それが原因で彼女が皆と一緒に夕食を摂れないというのは真に申し訳ないからだ。

 我も姉様が大好きだが、だからこそ彼女を想った行動に出るべきなのである。

 今度こそあのふかふかとした膝の誘惑には屈しまい。半分無理だと感じながら、我はそう決心した。

「そんな訳だから、貴方は早く居間にきなさい。そのおかしな格好と辛気臭い表情はやめて、ね」

 人間の姿というのは、どうにも表情が分かり易くていけない。

 姉上には我の考えがばっちり伝わってしまったらしい。そう指摘した彼女は、きびすを返しながらそう言うと、自分はさっさと歩いていってしまった。

「は、はい」

 我は姉上に返事をしてから、気合を入れなおしてぽんと普通の青年へと変化する。

 着物の入った棺桶の蓋を閉めて立ち上がると。

「おやすみなさい、姉様」

 そう告げて障子を閉めた。

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