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追放されたのは無能な俺じゃなく、優秀な幼馴染の方だった。(蓋魔の瓶夫:②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第4話 『山羊〈ヘルデ〉』

 地下墓地のような日の差さない閉鎖空間では、人がよく狂う。理由は様々だが、一つは時間が分からなくなるからだ。

 そんな時、懐中時計は役に立つ。

 笛のように支給されているものではない。高価な物であるため、持っていない潜りも多い。


「このペースだと今日中に到着しそうだな」


 あれから二日が過ぎ、潜ってから三日目に入ろうとしていた。

 ハルタは懐中時計を胸ポケットにしまった。前方を歩いているグリスが、懐中時計を鞄から取り出し、ログラインと時間を確認している。

 グリスだけが持っているのだろうか。新米にしては珍しい。

 ハルタの口元に笑みが浮かんだ。二人の背中を見ていると、昔の自分とイカルガを思い出した。その度に、自分にとってイカルガがどれほど大切な存在なのかについて考えさせられる。


「深入りするな」


 鍾乳洞のような場所を歩いていると、湯葉丸は言った。


「赤の他人だ。潜りの運命は悲惨だぞ。湯葉たちは運が良かっただけとも言える。これまで何人の天才が死んでいったか分からない。中にはイカルガのような強い魔力使いもいた。地下墓地は古代人の墓であると同時に、潜りたちの墓場でもある」


「あの二人を見てるとな、なんだか昔の自分や、イカルガのことを思い出すんだ」


 辺りは暗く、頼りは松明の灯りしかない。だがハルタや湯葉丸含め、潜りたちはそれぞれ一本ずつ松明を持っているので、本来見晴らしの悪い場所も、いつもより数段明るかった。


「友達や思い出作りのために潜ってるわけじゃないんだ。これはイカルガを救うための旅だ。忘れるな。湯葉たちの目的は一つ──ヘクター・ヴァッケンとパイプを築くこと、それだけだ」


「分かってるよ。いいだろ別に。偶の息抜きは重要だ。俺はいつだってそうしてきた。ハーレーに鍛えられたおかげで、それなりの素早さは手に入れたけど、あいつらのようなパワーはない。素早さだけが俺の持ち味なんだ。それをいつでも引き出せるように、リラックスした状態にしておかないといけない。でないと周りに迷惑がかかる」


「ハーレーもイカルガもここにはいない。ビョークもフォソーラもだ。ないパワーを他人に求めるなんてことはできない。自分で何とかするしかないんだ」


「湯葉丸がいるだろ」


 返事はなかった。


「あの、ハルタさん。ヘルデはもう大丈夫なんでしょうか?」


 ログラインが心配そうに振り返った。


「先頭にいる潜りのみなさんがよく笛を吹いているのが気になります。これと同じものですよね?」


 と彼女は、首から下げていた細い茎のような笛を見せた。


「ヘルデに聞こえないか心配で」


「奴らにその笛の音は聞こえない。周波数が違うらしい。俺も詳しいことは知らないけど、奴らには感知できないんだ」


「なるほど。そうだったんですか」


「初日にあれだけ片づけたんだ。多分もう出てこないよ」


「初日?……いえ、そうじゃなくて、地下都市にいた大きいヘルデのことです」


「ああ、そういうことか」


「小さいのはヘルデとは言わない──」


 湯葉丸が言った。ぶっきらぼうに聞こえる声で。


「ヘルデルタというんだ。ヘルデは、こういう場所には近寄らない。天井がいくら高かろうと、道の狭い場所にヘルデはいない。あれが出るのはもっと開けた場所だ。広い空間同士が二つ以上隣接してると危ない」


 ハルタが、「動きづらくなることが分かってるんだろう」と付け足すと、グリスが奇妙な顔をした。


「ヘルデは思考するんですか?」


「どうだろうな。そこまでは何とも」


 しばらく歩いていると土と岩に覆われた広い空間へ出た。

 空間は、聳え立つ絶壁に囲まれていた。一行は、その絶壁の頂上にある坑道から出てきたのだ。

 先頭の者から、広々とした空間を見下ろした。天井は、ここからだとそれほど高くはない。凸凹した土と(つぶて)の地面が広がっている。下りるには、折り返し地点が四つある目の前の坂を下るしかない。

 空間を挟んだ向かい側にも絶壁があり、その頂上に、ここと同じような高台があった。坑道は見えない。その代わり、瓦礫の山が見えていた。

 

「最深部だ」


 ハルタにとっては一カ月ぶりとなる。

 あんなことさえなければ、あの瓦礫の奥にある大扉を越えて、今頃〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉は最深部へ至っていたに違いない。フォソーラも死なず、イカルガが処分されることもなかった。ハーレーと仲違いすることもなかっただろう。

 鬱屈とした頭で、ハルタは瓦礫の山を見つめた。自分の能力では何一つ役に立てないだろうと思った。

 隣でグリスとログラインが感動に震えていた。と思えば、二人で急に背中を合わせ、辺りを警戒し始める。


「ハルタさん、見てください。広い空間です」


「大丈夫だ。ここはもうイカルガがほとんど狩り尽くしたから」


 そういったハルタの横顔が一瞬、どこか寂し気であるように二人には見えた。

 坂を下りた行列は辺りへ散らばり、その場にに座り込む者もいれば、道中の苦労を称え合ったり、高台の瓦礫の山を興味深そうに眺める者もいた。


「ハルタくん!──」


 坂を下りてすぐ声が聞こえた。ハルタは振り返った。


「ハルタくん、ハルタくんはいるかな。元〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉のハルタくんだ!」


「〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉?……」


 グリスが疑問を浮かべる。


「ハルタさんが、〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉?」


「え、ハルタさんって、〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉の方だったんですか?」


 ログラインがびっくりするように言った。


「あれ、言ってなかったっけ?」


 少し気分が良かった。駆け出しの潜りですら、〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉を知っている。その名で呼ばれるたび、ハルタは誇らしげな気分になり、イカルガたちの凄さを実感した。


「ヘクター様、こちらにいらっしゃいました」


 先に現れたのはラキィ・マリアス。遅れて巨体──ヘクター・ヴァッケンが歩いてきた。


「ここにいたか。生きて再会することができて何よりだ」


 ハルタは「ヘクターさん」と会釈した。


「どうか、しましたか?」


「事故の日に何があったのか知りたくてね。大方聞いてはいるが、ギルドの調査は何かといつも杜撰だ。そこで君に会い来たというわけだ。当事者である君以外に、あの日を語れる人物はいまい。そうだろ?」


 ヘクターは潜りたちへ広がって輪を作るように言った。ハルタの話を全員に聞かせるためだ。

 潜りたちに囲まれながら、ハルタはあの日の出来事を説明した。


「つまり亡くなったフォソーラさんは敵の引きつけ役だったわけか。珍しい。女性が騎士を担っていたとは」


 ヘクターは感心したように言った。

 口調が妙に弾んでいるから茶化されているような気がしてくるのだが、こういう話し方なのだろう。

 ハルタはヘクターの雰囲気に慣れない。


「彼女は多くを杖一本で対応していました。杖が楯になり、武器にもなるんです。鎧も着ていないので身軽でした」


「フルバーストは威力もさることながら、速度も凄まじいと聞いてる。フォソーラさんの身軽さをもってしても、避けることができなかったというわけか。楯を使うというから騎士なのかと思ったが、クラフトマンと考えた方が良さそうだな」


「そうですね。フォソーラは魔術書(ブルー・プリント)の作成から、魔法陣のデザインまで、その辺りのことには詳しかったですから」


「彼女の身長は? 座高は分かるかい?」


「身長は一七五センチくらいだったはずです。背が高かったので。座高は分かりません」


「確か安置所で確認した遺体の切断面は、腰より上だったはず……うん、思い出した。確か、へそが見えていた。それから足が長いという印象は受けなかった」


 ヘクターがふわっと浮き上がり、瓦礫の山がある高台へ飛んで行った。潜りたちがヘクターを見上げる。

 瓦礫の山から五〇メートルほど離れた場所に、地面から突き出たような細長い岩があった。事故が起きた日、フォソーラが立っていたとされる岩だ。

 ヘクターがその岩の上に着地すると、ハルタは一瞬、上半身のないフォソーラの姿がダブって見えた。

 切断面すれすれに、へそが見えた。

 記憶は浅い。日が経つにつれ、あの日の光景は薄れていった。分かりやすい部分は覚えていても、細部はぼやけて思い出せない。それが今になって、はっきりと思い出されるようだった。

蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉は回収された遺体を確認している。治安維持衛生局から、本人かどうかの確認をしてほしいと頼まれたからだ。めくったシートの中にフォソーラの下半身があった。ビョークは目を背け、ハーレーは死体慣れしているのか表情を変えず、イカルガの唇と握り拳は震えていた。

 ハルタはその際、へそがあったかどうかまでは確認しなかった。だが今は脳裏に思い描くことができていた。おそらく見はしたのだが、気に留めなかったのだろうと、推測した。脳は覚えていたのだ。見たことを。


「このくらいの高さかなぁ?」


 岩の上で、自分の腰に手を当て高さを確認するヘクター。

 ハルタが吐いた。


「ハルタ!」


 湯葉丸が駆け寄ろうとするが。


「大丈夫だ」


 咽るハルタの元へ、ヘクターがふわりと戻ってくる。


「大丈夫かい?」


「問題ありません」


「事件当時のことを思い出したか。申し訳ない。配慮に欠けていた。ハルタくんにとっては、仲間を失った悲惨な出来事だというのに」


 布切れで口を拭い、


「俺の神経が細いだけです。鮮明に思い出せた方が協力できます。これは必要なことです」


 そう言った顔色の悪いハルタを見て、「ハルタさん」とグリスが同情するように呟く。誰の目にも、ハルタが無理をしていることは分かった。


「君には脱帽する」


 ため息をつくと、いたく感心したようにヘクターが言った。


「できることならイカルガさんに立ち会ってもらいたかったが」


「──呼べばいい」


 口から言葉がついて出ていた。口調が暗い。

 ヘクターが「ん?」と聞き返す。


「呼べばいいじゃないですか。彼女が必要なら。まだこの街にいますよ?」


熱線魔(ねっせんま)の立ち入りは禁止されている」


「何故禁止されているんですか?」


 ハルタは強気に訊ねた。


「理由は知っているだろ」


「ハルタ、よせ」


 湯葉丸が焦りを浮かべながら言った。ハルタの耳元で。


「何を、よすんだ?」


 ヘクターが間髪入れずに言った。声が次第に張り詰めていく。

 すでに声は弾んでいない。暗い何かを帯びている。

 目線は見えないが、湯葉丸は観察されているような気がした。ハルタは物怖じせず、湯葉丸の静止を聞き入れようとはしなかった。


「ギルドは、いくつかのクランマスターによって構成されていると聞きました」


「その通りだ」


「サブマスターのヘクターさんなら、何か知っているんじゃないですか?」


「悪いが率直に言ってくれ。撤去作業を急ぎたいんだ」


「イカルガの処分を取り消してください」


 間があって。


「なるほど、そのためについてきたわけか」


「イカルガは、こんな形で切り離されていいような存在じゃありません。彼女は数々の奇跡を起こしてきた。ヘルデの繁殖力の都合で踏み入ることができなかった、未開拓エリアの攻略にも尽力した。失敗に終わりましたが、地下墓地内に居住区を建設する計画にも参加し、建設業者を保護しながら、誰よりもヘルデの排除に貢献しました。ここへだって、イカルガがいなければ辿り着くことすらできなかったでしょう。たった二年弱の出来事です。言い出せばきりがありません。彼女は英雄的存在だった。ヘクターさんだって、ここにいる潜りのみなさんだって、それは分かっているはず」


 ハルタは問いかけるように、周囲の潜りへ振り向いた。


「フルバーストの誤射については謝ります。ただイカルガなら、あの程度の瓦礫はすぐに撤去できます。それこそフルバーストを使えばいいだけです。〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉なら難しくない」


「一つ質問してもいいかな?」


「どうぞ」


「君たちのミスが、我々となんの関係があるのかね」


 頭が一瞬にして真っ白になった。ハルタは言葉を失った。


 ヘクターの言葉は、温度を感じない口調によって発せられていた。一切関心がないような声だった。

 周囲からため息が聞こえた。もちろんヘクターに対してのものでないことは、ハルタにも、湯葉丸にもすぐに分かった。

 場違いなクレーマーが現れたような空気が流れている。その原因が自分であると、ハルタは認めざるを得なかった。潜りたちがにやけ面をしている。苛立ちから、ハルタへ怪訝な視線を向ける者や、冷やかすような者もいた。

 恥ずかしさが喉の奥からこみ上げてくるようだった。動悸。息苦しさ。頭が、目の奥が熱くなっていく。


熱線魔(ねっせんま)がミスをし、国の管理下にある遺跡の一部を破壊した。それにより、天井が崩れ最深部への道が塞がれた。当初、ギルドはこれを内々で処理しようと考えていた。その方が都合良しと判断したからだ。しかし、どこからか治安維持衛生局へ通報があったらしい。国はすぐに状況確認をするため、ここへ蓋ノ騎士団(ふたのきしだん)を派遣した。それが一カ月前のことだ。その後、騎士団側からギルドへ通達があった。私もすべてを知っているわけではないが、その通達がそのまま君たち〈蒼炎の薔薇(ブルー・ローズ)〉へも伝えられている。一般人による地下墓地への立ち入りは、法律で禁止されている。犯せば死刑に相当すると誰もが知っている。そんな場所で、君たちは今回のような事故を起こしたんだ。だというのに解散と資格剥奪だけで済んでいる。それも剥奪は一名のみ。これほど手厚い処遇はない。功績は、しっかりと配慮されている、と私は思うが……?」


「俺は……」


 ハルタは酷く動揺していた。言葉が詰まった。想像していた状況と全く違う。周りの反応が悪すぎる。


「ですから、つまり……」


「つまり君は、それが納得できないのだろう?」


「は、はい。その通りです」


 慌てて答える。


「しかし君たちのミスの責任を、何故われわれ他所の潜りが負わなければならないんだ? 生活を脅かされなくてはならないんだ?」


「脅かすって、そんな……」


「確かに、イカルガさんは国内で五本の指に入るほどの功労者と言えるだろう。熱線魔(ねっせんま)の異名は潜りなら誰もが知っている。歴史に名を刻んだ一人として、潜りたちの間で語り継がれていくことだろう。だから、何だというのかね。我々とどう関係がある?」


 頭を強く殴られたような衝撃が走った。

 

「英雄? とんでもない。潜りの世界に英雄など存在しない」

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