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08

☑case-2.1


 轟さんに連絡を入れると「ありがとう!」と子供のようなお礼が返ってきた。

 結晶は見つからなかったがバイト代は出るらしい。


「いいんですか? 確認もしないで」

『うんうん。兵藤君は嘘をつかないからね!』


 理由が分からないが、貰えるものは貰いたい。


『そういえば、ナツさんから話はきいた?』

「唐突になんですか。今日行こうとは思ってますけど」

『そうかあ。ならその時で! 室長が張り切っちゃって忙しいから、また後でね!』


 電話が切れた。

 どうにせよ斎藤さんの所へは行くつもりだった。バスケットの試合で義足がダメージをうけていないか確認してもらわなければならない。


「シロ、斎藤さんのとこに出かけてくるよ」


 声をかけると、外をぼんやりと見ている……ようなシロが頷いた。


「かしこまりました」


 僕は思い付きを口にした。


「どこか出かけてきたら? 行きたい場所あればだけど」

「よろしいのですか?」

「行きたい場所、あるの?」


 シロは黙った。何か間違ったかもしれない。

 時計を見ればまだ13時だ。僕はマネーカードを玄関先に置いた。


「これ、自由につかっていいから。じゃあいってくるね」

「かしこまりました……ご主人様」

「ん?」


 靴を履いてから振り返ると、シロはすでに頭を下げていた。


「ありがとうございます」


     *


 斎藤さんは妙にいらいらとしていた。


「どうかしたんですか」

「どうもこうもあるか」


 僕の足から顔を上げた斎藤さんの目つきは険しかった。


「アンドロイドが盗まれた」

「盗まれた? まさかこの前手に入れたブラックアウトの?」

「そうだ。今朝ばらそうと思って下に降りたら消えてた」

「だから鍵をかけてくださいと言ってるじゃないですか」

「本当に盗もうと思ってるやつは鍵の有無で判断はしない。結果が同じなら過程などいらん」

「たしかに」


 先日、体育館の鍵を壊した僕としては何も言えなかった。

 どうやら斎藤さんはおもちゃを取り上げられた子供のようにいじけているようだった。分解が趣味の子供なんて嫌だけども。


「まだ所持登録が済んでなかったから盗難申告もできん。一応、前の所有者にはあたろうとは思うが、金持ちは大抵めんどくさいやつらばかりだから気が滅入る」

「タダより高いものはないんですね」

「どういう意味だ? 無料が一番安いだろ?」

「……なんでもないです」

「はぁ。憂鬱だ」

「ああ、でもそうか。もしかして轟さんには連絡しました?」

「……頼れる相手があいつしか思いつかなかった。情けない」


 轟さんが斎藤さんの中でどれだけ低レベルなのかは想像ができなかったが、とにかく屈辱らしい。


「でもGPSついてますよね、アンドロイドって」

「所持者と一部の権利者しか見れないんだよ。登録済んでないから、私じゃだめだ」

「ああ、そうか」


 言われてみれば、僕はシロの動向をチェックできる立場にいるのだ。今度確認をしてもいいかもしれないが、大したことはさせてないから不要かもしれない。


「ああ、憂鬱だ」


 何が憂鬱なのかは判断しかねるが、なんとなく轟さんの満面の笑みが頭に浮かんだ。


     *


 夕方に自宅へ戻ると、シロはいなかった。

 玄関先のマネーカードが消えている。好きなところへ行けと提案したのだから、当然といえば当然なのだろうか。そもそも人工知能とはどのレベルまで成長するのだろう。


 ふと、木戸ミイナの言葉が頭をよぎった。


 知能と意志の違い。

 そもそもそれは比べるものなのだろうか。知識と意識とかなら、組み合わせがよさそうだけども。そして行きたい場所というものがシロにはあるのなら、その行きたい場所とは意志が決めることではないか。

 ならばシロは人間と同じ思考を獲得していることになるのだろうか。ネットで調べても独自のアルゴリズムが自然なほどに人間らしい判断を云々と出てくるだけなのだろうけど。

 哲学モードに入っていると電話がなった。

 応答すると轟さんだった。


『ああ、俺は運がいいね! 助けてよ、兵藤君!』

「いきなりなんですか……」

『捜索の手伝いしてくれない!? 室長より早くみつけないといけないんだよ!』

「何をですか?」


 室長というのはエリートながら市警にいる物好きの人だ。性別は女性で、ナツさんには劣るけれどもまあ美人と轟さんが上から目線で評価していた。


『ナツさんのアンドロイドだよ! あれの目撃情報やGPSでの位置特定をしているうちに、室長が気が付いたんだ!』

「いや、だから、何をですか」

『驚いちゃだめだよ、兵藤君!』


 轟さんは言った。


『あの素体、ブラックアウト品だったんだ!』

「それは知ってました……というか轟さんも知ってたじゃないですか」

『でも聞いて!!』


 轟さんの話をまとめるとこうだ。

 斎藤さんからアンドロイド盗難の報告を受けた轟さんは、暇そうにしている室長の向いに座って色々と検索をしていたらしい。

 まず素体番号を調べると、斎藤さんの申告通りブラックアウト品として登録変更を掛けられていることがわかった。素体を受け取った場合、2週間以内に名義変更をしなければならないが、まだ5日程度だったので問題はなく所持者は前のオーナーだった。


 つぎにGPS検索をしてみたが反応はなかった。素体が起動していなくともGPSの機能は安全装置の一部として機能するからだ。

 だがそれも電力があってのこと。反応しないということは完全に充電が切れているのだろうと轟さんは考えた。が、ナツさんの作業場で充電がされているのを思い出した。簡易ポッドにつながれていたからだ。

 ではおそらく窃盗犯が素体にアクセスしGPSを違法に切ってしまったのだろうと考えたが、そういえばブラックアウト品だったなと考えを改める。

 GPSを含む補助機能は人工知能とは別に制御されており、それ自体は素体側の機能であるが、所持者情報が登録されている人工知能を保有する素体は、素体の管理を人工知能側で制御するように変更される。

 つまり人工知能が入れられた素体は基本的に人工知能が起動しない限りは補助機能をOFFできない。


 ならば違法なアクセスでもしたのかと安易に考えたが、すぐに否定した。

 そもそも素体へのアクセスすら人工知能が働いていなければならないが、ブラックアウト品に関していえばそういったアクセスすら出来なくなるから原因不明の状態であり復帰不能のお手上げ状態になるのだ。窃盗犯だってそれは同じなはずであり、そこを解決したのならノーベル賞を受賞できるだろう。

 結論からいえばGPSは起動しているはずだ。にもかかわらずマップ上に出てこないということだ。だからGPSが切られていると考えはしたが、外部アクセスが拒否されるブラックアウト品の機能をどうやって切ったのだろうか。

 一人で首をひねり「あ、物理破壊か」と結論をつけた矢先に室長が否定した。


「盗んだもんを物理破壊してどうする。本当に貴様は阿呆だな。まずはGPSがどこで切れたか考えろ」


 確かにそうだと轟さんは感心しながらGPSの現在地情報ではなく、どこで途切れたかを調べることにした。


「あれ?」

「どうしたオドロキ。ワクワクするような話を始めろ」

「俺は轟です」

「どうでもいい。どこで切れていたか言え」

「いや、それが、モノレールの中で切れているんですけど……あんなもの担いで電車乗ったんですかね」

「大型のアンドロイドといったか?」

「ええ。筋骨隆々のタイプですよ。わざわざあんなもの担いで移動します?」

「どうでもいい。大馬鹿野郎の顔をカメラで確認しろ」


 指示通り、轟さんはカメラの映像を確認した。国営のモノレールだったので、データ提出依頼はすぐに通った。あとは室長の権限が強いらしい。

 さて、室長はそのあとすぐに部屋を飛び出していったという。

 それはなぜか。


     *


 電話の向こうから轟さんの興奮した声がした。

『ブラックアウト品が復旧して動いてたんだよ! 盗まれたんじゃなくて、一人でモノレールに乗っていたんだ!!』

「轟さん。お聞きしたことなかったんですけど、その室長ってどういうことに興味を持つんです? そしてどういう風に問題なんですか」

『興味を持つことは『楽しそうなこと』だね。今回だってブラックアウト品が動いてるとしって、目を爛々と輝かせながら出ていったよ。で、問題っていうのは今回でいうと、うーん』

「いうと?」

『こういうケースは県警の本部に連絡する決まりなんだよね。だからしたんだけどさ、なぜか警視庁本部が出てきちゃってさ。ブラックアウト品が動いたからかな。ノーベル賞ものっていわれてるしね。だから県から国へ捜査権引き継ぎは当たり前にしても、情報やら履歴やら全部持ってかれたよ。あ、もちろんナツさんのことはきちんと守ったよ!』


 誇らしげだった。


「つまり室長さんはどこが問題なんですか」

『つまり室長はお国のお偉いさんがたが何か隠そうとしていることに、事前に首を突っ込んでるんだよ。今回だって、捜査権もないのに一人で暴走して……いや一人じゃないけど、とにかく勝手に動いてるでしょ。長いものにまかれる主義の俺からしたら、謀反だよ謀反!』


 つまり上の言うことをきかないジャジャ馬エリートということなのだろうか。

 上から目をつけられそうな人に、目をつけられてしまったら何かと目立ってしまいそうだ。


「で、僕はなにをすればいいんですか?」

『え? 手伝ってくれるの?』

「なんだか面倒なことになる前に動きます」

『手伝ってくれてありがとう! あまり大げさにできないらしいから、ドローンの使用も控えててさあ! ていうかなんか怒ってる?』

「いや、別に怒ってませんけど……」


 言って、しかし自分の口調がぶっきらぼうになっていることを自覚した。おそらくシロが原因だ。 

 ブラックアウト品が動いたこと。そしてそれに室長とやらが反応したこと。そしてその捜査権が警視庁に移行したこと。なぜこんなに対応が早いのだろうか。常に脅威として設定されていたのではないか。つまり……。


『――ということでいい? 兵藤君』

「あ、えっと、もう一回お願いします」

『だからさあ、君も例のアンドロイドの外見は知っているでしょう? アメリカのストローン社のTY-3型だよ。あれ、結構出回ってるし筋肉以外は大して特徴がないんだよなあ! とりあえず今の服装は青のジャージに白のランニングシューズ、そしてキャップをかぶっているよ。で、見つけたらとにかく僕に連絡がほしいんだ。室長が暴れる前に上に送らないと……』


 次の左遷場所なんてもう思いつかないよ、と捨て台詞を残して電話は切れた。

 僕は受話器を置くと、しばし思考にふける。

 動かないはずのアンドロイド。消えたGPS反応。人工知能が『死んでいる』のに器としての素体が動くのはなぜか。それは本当にノーベル賞をもらえるほどの答えなのか。


「人の意志、か」


 僕は探索へ出かけた。


     *


 警視庁というものは有能だ。僕など一瞬で捕まってもおかしくないほどに。

 衛星からの映像で目標物は見つかるだろうし、今じゃコンピューターを使えばできないことなどないだろう。各地に存在しているカメラとデータ照合システムを使用すればある程度はあたりがつくはずだ。

 だが、もしそのアンドロイドに人を欺くような『意志』があったとしたら話は別だろう。


 たとえば今や当たり前になってしまった地下施設網を移動すれば衛星からの映像には映らない。途中で着替えられたら特徴で検索する映像検索にもひっかからない。識別信号も切られていれば意味がない。モノレールに乗って移動した駅は確認されたが、そこからまた地下道や建物の構造を使われていては見つからないだろう。

 先日のバスケット勝負を思い浮かべた。

 彼は『相手に勝つ』ということを求めてゴーストとなった。

 では個人競技はどうだろう。例えば陸上。相手に勝つために練習をしているのだろうが、もしかするとタイムというものはもっと大事なのではないか。人に勝てたかよりも、己のタイムを目標とするのは個人競技の醍醐味だとか、そんな話を聞いたことがある。

 なぜ今、僕は陸上なんてものを思い浮かべたのだろうか。


 予感。

 予知。

 それは人の特権だろうか。

 優秀な機械や捜査網に勝つためには何が必要だろうか。

僕の中に一つの『予測』が生まれ、それが外れたのならば、轟さんの期待には応えられそうもない。

 そもそも僕の持っている情報から推測できる答えは一つしか思いつかない。僕が他より優れているとしたら、情報の少なさという点しかないということだ。


「ご主人様」


 モノレール駅に近づいたころシロにばったり出くわした。彼女が外出した時には大抵、買い物袋を提げていることが多いが今日は違うようだ。


「ああシロ、奇遇だね。また少し出てくるよ」

「どちらにお出かけですか」

「どうしようかな」

「お決まりではないのですか?」

「候補はあるんだけど……ああ、そうだ。ちょっと検索してもらっていい?」

「かしこまりました」


 僕は検索条件を口にした。

 結果は6件。


「6分の1か」


 条件は、室内にトラックもしくは100メートルレーンが存在している施設だ。残念ながら6件とも方向がばらばらだった。

僕はシロに尋ねた。


「シロはどこだと思う? 勘でいいよ」

「……わかりません。前提も不明です」

「実は今探しているアンドロイドがいるんだ」


 僕は端的に説明を始めた。最後に予測を付け加えた。


「おそらくだけど、その素体にはゴーストが宿っていると思う」

「……そうですか」

「僕はね、シロ。実はゴースト退治をたまにしているんだ」

「そうなのですか」


 人工知能は驚かないはずだが、設定次第でどうとでもできる。実は、とついている文には意外そうな反応をすると覚えさせればいい。


「でも駆除はしたくない。なるべく満足して、やりたいことをやって、それで成仏してもらいたいと思ってる。仏教でもなんでもないんだけど、駆除なんていう言葉が意味するところをそのまま鵜呑みにしたくないんだ」


 シロは黙っていた。僕はもう一度訪ねた。それはガイノイドに向かって命令を出すには随分と信頼性が薄かった。ランダムで選べというのと同じレベルだ。でも僕には違う未来が見えた気がした。


「シロ、そのうえで聞きたいんだけど、その無念の思いを胸に抱いていると僕が勝手に想像しているアンドロイドが居るとするならば、どこにいると思う?」


 シロは目をつむった。何かを検索している風にも見えたし、思いに耽っているようにも見えた。それは部屋で一人にいるときのシロを連想させた。


「ご主人様。その方が出場するはずだった大会の会場はどちらにあるのですか?」

「なるほど」


 僕は県外行の電車に乗った。


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