06
☑case-02
大通りを一本奥にはいった雑居ビル群の一階に、斎藤さんの作業部屋は居を構えている。
不愛想な店主に合わせたかのような無骨なドアが一つついているだけで、外からでは中の様子が分からない。しかしそのドアはいつも開錠されているので、訳を知っている来客者が椅子に座って待っていることも多い。というかそれは僕のことだ。
夏休みに入る直前の登校日の帰り。
理由もなく作業部屋に立ち寄ると先客がいた。理由がなくても立ち寄る理由というのは、他に行く場所もないし、斎藤さんの華麗な技術でも見て感動しようかと思ったのだ。
「ああ兵藤君、良かった会えて」
スーツを着た男性が一名。
言葉から推測すると、どうやら僕を待っていたらしい。
彼は市警に務めている刑事で、名を《轟》さんという。名前はおどろ おどろしいのだが、ひょろっとした痩身の男性で顔も甘い感じがして一見するとモテそうなタイプだ。ちなみに斎藤さんに片思いをしているのを打ち明けられたことがあるが、僕にはどうしようもない。
「いい加減、緊急時の連絡先を教えてよ」
轟さんの提案には答えられない。僕は通信機器を持ち歩いていない。
「そういえば自宅にかけたら、女性が出たけど、あれ誰? まさか彼女? やるなあ。君、未成年でしょ。逮捕しちゃうぞ?」
なんだか薄気味悪いことを言われたが無視をした。
「それはうちのメイドです」
「え! メイド買ったの!? 数百万するのに……?」
「もらったんですよ。故障品を」
「ええ? ほんとに?……いいなあ」
ブラックアウト品だということは黙っておく。
確実な復帰方法を解明すればノーベル賞ものだと言われている。僕の手に入れたものは前所持者も僕も、ブラックアウト品として登録変更をかけていなかった為、大した追及はないだろうと斎藤さんが教えてくれた。
斎藤さんは斎藤さんで、意外と裏事情に詳しいのだが、何か陰でやっているのだろうか。まあ、僕が言えた試しではないのだけど……。
「お手伝いが欲しいなら、それなんていかがですか」
僕は部屋の片隅に坐しているアンドロイドを指で示した。アンドロイドなのでもちろん男性型だ。
ここだけの話、ブラックアウト後の機械人形だという。作業用の簡易ポッドに座らせてある。ブラックアウト後でも充電は受け付けるらしい。
先日、斎藤さんが知人の伝手で手に入れたという。斎藤さんにブラックアウト品を集める趣味があるとは聞いていない。おそらくシロの一件が引っかかっているのだろうと思う。
もしくは、ただパーツを抜き取りたいだけなのかもしれない。シロと違って既にブラックアウト品としての登録は済んでいるという。
轟さんはげんなりとした目で筋骨隆々の男性型ヒューマノイドを見てから言った。
「お手伝いっていうか、メイドだよね。で、できれば女性タイプがいいかなあ」
それこそナツさんみたいな造詣の……と付け加える。ナツさんとは斎藤さんの名前だ。ナツキというらしい。
なんともいえない曖昧な空気が流れた後、轟さんは顔をぱっとあげた。
「違う違う! そんな話をしにきたんじゃなくて、兵藤君に頼み事があるんだよね!」
先ほどまでのよどんだ大人の落ち込みとは一転、男子高校生のような輝きを目に宿している。轟さんはまだ20代だと言っていたけれど、このテンションにはついていけないことが多い。
「……また違法行為スレスレの斡旋ですか。轟さんの立場は大丈夫なんですか」
「あ、それは人聞きが悪いなあ。僕はただ市内に在住する優秀な一般市民に協力を要請しているだけなんだよ。それこそ必要な範囲内での」
うんうんと自分の言葉にうなずく轟さんは、『未然霊害対策室 室長補佐』という肩書を持っている。室長補佐とは言うが、二人しか在籍者がいないらしい。
「うちの室長は面白そうなことにしか時間を割かないタイプでさあ。キャリア組のくせになんで市警の左遷部署になんているんだかなあ。あの人謎多すぎ」
自分で左遷部署と言い切れる性格が、轟さんの良いところでもあり、左遷部署に移された理由なのだろう。
僕と轟さんの出会いは、佐島と巻き込まれた事件の時だ。雪さんらが解決した事件なのだけれど、佐島と同じく僕に解決能力があると錯覚したらしい。それからというもの自分のキャパシティをオーバーした仕事の『補佐役』として僕を使うことがある。もちろん見返りもある。
「今回はこれでどう?」
指を5本立てる仕草。おどろくなかれ、5千円ではなく5万円だ。
ゴーストおよびゴーストデブリの駆除にはそれなりの力が必要だ。だから報酬は高い。それらすべては国税で賄われているので、轟さんの報酬は経費であり国費となる。退廃的だ。
《未然霊害対策室》の業務内容は未然に霊害を防ぐという曖昧なものだという。
主たる軸としては二つある。まず、確認されてはいるが実害のないゴーストの駆除。暴走するまえに危険を取り除くという内容だ。二つ目は、存在実害危険度未確定含む未確認ゴーストに対する調査。つまり、噂話の確認というものだ。
無能力者でも駆除をする方法があるのだが一般的には流通していない機器を使う。主には国の関わる職種だけが運用可能であるため、一般人には霊害への端的な解決方法が用意されていない。
さて、駆除した霊は消えてしまうが、どうやって報酬を得るのかというとゴーストが消滅すると、ほぼ例外なく《魂の結晶》が残る。魂とは人間の力の根源と言われており《心性遺伝子》と呼ばれている。
霊化しない通常の魂は、肉体を離れると霧散する。しかし、なんらかの理由で現実世界に具現化し続けると結晶化する。《なんらかの理由》というのは、基本的にはゴースト化を指すが、やはり世の常で例外があるらしい。
これら知識はゴーストが一般に認知され始めてからというもの普通学科の授業でも教えるようになった。
魂のそれと同じように、結晶も色や形や重さ、透明度は様々で一概には表現できないが、観測機に乗せると反応する。一般的には小指ほどのサイズだが、それ以上の場合もある。それを国が買い取るというシステムが存在する。
それで生計を立てればプロの駆除屋であるが、優雅に生活できるほどの金額は稼げないという。なんとも世知辛い話だ。
轟さんは目をまあるくして、ずいずいと言い寄ってきた。
「どう? どう? やる? やってくれる?」
「内容を聞いてからですね。一般人なので危険な橋は渡れません」
「またまたあ」
このこのお、と轟さんは肘で僕をつついた。つくづく調子の良い人だ。
ちなみに現在の日本は一万円札、五千円札、千円札、五百円札、百円札が存在し、以下は補助硬貨となる。これは決済の電子化が進んだ結果らしい。
轟さんは警察マークのはいった黒革手帳のようなものを取り出したが、その中身は電子端末だ。今や紙媒体の物は、重要文書以外では見ない。授業でもなんでもコンピュータが席巻している。もちろん紙がないわけではなく日常的に使うが主役ではない。
「確認されているスポットは基本的には学校の校庭が多いかな。行動パターンが単調だし、おそらくゴーストデブリだろうね。夜になると校庭に現れるらしい。攻撃性はない」
「基本的には校庭?」
「ランナーが居る場所であれば現れるらしい。ただ短中距離走者にしか確認はされていないね」
「なぜですか」
「勝負を挑むからだよ。短距離走の」
「プロ選手の霊とか?」
「どうだろうねえ。選手って今、一部の本物しかなれないじゃない? オリンピックを目指していたけど叶わなかったアマチュア選手ってのが、俺の予想かな!」
機械が発達したうえで、オリンピックの内容も随分と変わっていた。
Eスポーツと呼ばれていた分野は今や当たり前のように全世界でスポーツとして認識され、日本でも職業としても成り立っている。
ただし商用ゲームを流用しているのではなく《反応力、判断力、入力正確性、戦略性》などを総合的に盛り込んだ《コンピューター用スポーツ》というようなニュアンスのソフトが使用されており、裸同然のキャラクターが剣で戦い合うなどというものではない。開発もオリンピック協会から依頼された一流企業が作成している。
だからといって人が陸上で走ることをやめることはなく、部活動の種類も大して変わりがなかった。ただし審判はすべて機械任せという競技が増えているようだ。
「ま、つまりまとめるとだね」
轟さんのまとめによると、今回のゴースト(もしくはデブリ)は、県内の短中距離走者が走っていると、いつのまにか背後から現れ、並走し、その後は速度を上げて颯爽と走り抜けていくらしい。
僕は思いついた。
「でも、それって昔から居ますよね?」
「え? どういうこと?」
「ターボばあちゃんみたいじゃないですか」
「え、なにそれ」
世代が違った。
「いや、いいです。それにしても害のないゴーストですね。怪我をしている人もいないし、負けたからといって命を奪っていくわけでもないし」
轟さんは諦めたように首を振った。
「そりゃそうさ。SランクとかAランクの大きなヤマは、どこの都道府県でも《霊害対策課》のやつらが我先にって動くもの。しがない市警の、それもただの調査役の、さらには《未然》霊害対策《室》には、攻撃性のある話なんて飛び込んできやしないさ。もちろん自分から事件に飛び込めば別だけどさ……ていうかそれがうちの室長の悪癖だけどさ……」
轟さんは疲れたように肩を落とした。
轟さん曰く室長さんは《トラブルメイカー》だというが、僕の周りにも雪さんという存在がいるので、気持ちはわかる。あの人も大抵変な話を持ってくるのだ。とはいえその行為に救われたのが僕なのだけども。
なんだか急に轟さんが可哀想になってきた。
「わかりました。引き受けます。電気代のために」
「お! ありがとう! 絶対内緒だからね! あと危険なことはしないように」
随分と矛盾したことを言う大人だ。
ドアの開く音がするので二人で同時に振り向くと、シャワーを浴びた直後の斎藤さんが髪を拭きながら立っていた。
斎藤さんは轟さんの顔を見て、若干嫌そうな顔をする。
恋が成就するのはまだまだ先のようだ。
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