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 木田ミイナとの通信が切れた後、自宅のドアに何かがぶつかった。


 ドアを開けるが誰もいない。しかし下へ視線を向けると、愛玩タイプの機械犬が居た。室長の横にいた大型でもなく、小型犬の一見すると本物にしかみえないものだ。

 そいつが何かをくわえている。受け取ると耳につけるタイプの通信機器だった。

 木田ミイナとは違う声音の声がした。


『今はこの犬がわたしだと思え』

「了解。何て呼べばいい?」

『犬でいい』

「……わかった」

『先ほど伝えたように、対象――便宜上alphaと呼ぶ。そのAとの切断は切っている。しかし、いつ奴がこの回線に気が付きアクセスをするかわからないため、回線自体にロックをかけた。が、原因が判明したため、そのロックをとき、さらに再びアクセスを試みる』

「でもそれじゃあ、また同じことの繰り返しじゃないのか」

『答えはイエス。しかし場所が分かるだろう。断続的に何度か行う。一瞬だけやりとりができればいい。先ほどはおよそ4秒の間、接続をしていたが、今回は1秒もいらない。さらにはさきほど危険な状態になりかけた者たちとの接続を切っておく。これで残存する意志は私の中でとどまる』

「君は大丈夫なのか」

『私に自殺願望はない』


 犬が先行し、道を進む。

 シロが病室から消えたのは2時間ほど前のことだ。手持ちがいくらあるのかは知らないが、そう遠くへはいけないはず。


「遠い?」

『移動中のようだ。電車にのるぞ。県の境目へ向かっているようだ』

「山しかないはずだけど」


 山ときいて、思い出す。

 彼女たちのいた研究所が山の中にあると言っていなかっただろうか。


『Aの近くに待機していた素体を5体つけさせている。これでもう見失うことはないはずだ。しかし追いつくまでにはおよそ2時間の時間がかかるだろう』

「車のほうがはやいんじゃ?」

『対象の目的地が不明のため最適なルートが出せない。対象の後を追うことが結果的に最短であると判断する』

「わかった」


 僕は小型犬と電車にのりシロの後を追った。電車に飛び込むことを防止した柵が下りるため、今の世の中では飛び込み自殺がほぼない。

 とはいえ、シロに乗り移った後、彼女からは強烈な意志を押し付けられることはなかった。おそらく器を手に入れたことでむき出しだった魂に保護膜のようなものがついたのだろうと思う。

 途中、乗り込んできた子供が機械犬を見て、ぱあと顔を輝かせた。機械犬は公共機関でもつれていてもよいが、音声は遮断させなければならない。また大型になると追加料金が発生する。


「かわいい!」と女の子が声を掛けると、僕の横の小型犬は尻尾を振って子供になでまわされるがままとなっていた。

「意外だ」


 僕が見下ろすと、犬はふんと鼻をならすような動きを見せた。


『行動パターンがインプットされているだけだ。体が勝手に動く』


 機械にも機械なりの葛藤があるのかもしれない。

 しばらく電車に乗ると県境の駅でおりた。

 都心に比べるとまだまだ開発が行き届いていない町のようだ。すでに辺りは暗くなっている。

 近くでタクシーを捕まえようとしたが、目の前に車が止まった。


『乗れ』


 指示が来る。

 今の時代のタクシーは人間が運転する場合と、機械操作の場合がある。都心でごみごみとしているところほど人間の比率が高いが、車通りの少ない場所では機械操作が主流だ。一時期、自動運転によりタクシー産業が劇的な変化を遂げたが、機械による問題が発生し、人間の運転手の一定のシェアは保たれた。だが、大抵はハンドルを握っているだけで、運転などしていない。

 乗ったタクシーは完全機械操作だった。おそらく通常の動きはしていないのだろう。料金を請求されることがなかった。

 無言の車内をやりすごしたはてに降ろされた場所は暗い山中だった。人里離れた場所だ。

 途中、道を隔てるような鉄作があったが、壊されていたのが気になった。


『あれはAの仕業だ。車で突っ込んだらしい』


 目的地は定まっているようだ。でなければそんな行為には及ばない。


『ここだ降りろ』


 降りた瞬間に煙のような焦げ臭さを感じた。


「なんだろう、この匂い」

『対象が建物に入ってから出てこないと情報がある』

「建物?」

『ここから上にあがった場所にあるようだ。塀で囲まれているが、守衛が一人のみとのこと。しかしそいつはスタンロッドを自分にあてて気絶している』


 まちがいなく妹の能力なのだろう。

 そしてここはシロの言っていた研究所なのだ。


『兵藤リン。戦闘がはじまると予測されるが、準備は良いか?』

「準備なんてない。いつでもいいよ」

『目的はAの消滅だ。わかっているな』

「それは分かっているけど、僕は僕のやりかたでやらせてほしい」

『なんだと?』

「話したけど、あの素体の中には魂が二つ入っているはずなんだ。片方はAかもしれないけれど、片方はシロだ」

『片方だけを消滅させる方法はあるんだろうな』

「分からない」


 直後、爆発音がした。人の声も聞こえてくる。


『……上だ。いくぞ』


     *


 小道を登っていく小型機械犬の後を追いかける。

 すぐに灰色の壁が見えてくる。最低限のライトが等間隔に配置されていた。一人人間が控えていたが、それは尾行していたうちの一体らしい。

 近づくとそれが人間ではないことが分かる。


「対象は建物内部です。侵入方法は不明。他の尾行者は敷地内ですが建物内部には入っていません。出入り口は大小三つ。すべてを見張っています」


 建物はうちっぱなしのコンクリートでできていた。四階建てに見えるが、窓が少ないためにいまいち分からない。木々に囲まれており、冷たい感じがする。小さな窓から煙が出ていた。人の叫び声のようなものもする。

 おそらくパニックを起こしているのだろう。それはシロから聞いた方法だ。


『内部に入るのはやめておいたほうがいい。全体の温度が著しくあがっている』

「わかってる。でもしばらくして出てこなかったら、飛び込む」

『勝手にすればいいが、約束は守れ。Aを消滅させろ』


 出入り口からわっと人が数人出てきた。全員白衣を着ていた。建物から飛び出ると腰を抜かしたのか、地面にしりもちをつく。男性も女もいた。子供は……居ない。

 ここがもしもシロの話の通りの場所であるのならば、研究に使われていた子供がいるはずだ。まだ中なのだろうか。助けられるならば助けるべきだろうが、窓からは既に火が噴き出している。外に火が出ないのはそういう設計になっているのだろうか。


『……! Aだ』


 シロは正面の出入り口と思われる場所から悠々と出てきた。着ていたメイド服は着替えられており、質素なパンツスタイルになっている。


「シロ!」


 僕は飛び出した。

 ここに来るまでに様々なパターンを考えたが、解決策など思いもつかなかった。もしもあるのならば魂の呼応だ。僕はこの研究所が話の通りの場所ならば潰してしまえとも思っている。それで魂の呼応が起きないだろうかとも期待していた。


「ああ、あなた。なんだ。殺されにきたの?」


 シロ……だったものが僕を見た。


(死ね)


 突然、鋭い意志が飛んでくる。

 周りに居た研究所の人間が気絶をする者もいれば、建物内に走り去っていくものもいた。

 僕はぐっと耐える。魂だったころよりも幾分か衝撃が弱い。


「弱いくせになにを生きようとしているの? どうせ汚い人間のくせに姉を助けたから見逃してやったのにくそくらえね」

「君の望みを教えてほしい」

「ああ、ああ。最悪。記録の中にあるわよ、あんたのくそったりの思想。駆除できないの? バカじゃないの? 望み? それはすべての人間が死ぬことにきまってんだろ!」

(死ね!)


 またも衝撃。小さな悲鳴が建物から聞こえてきた。


「せめて、シロを……返してくれないか」

「てめえのものじゃないだろ? 大体、シロってなんだよ。姉をおもちゃにしたつもりか? いいかげんにしろ!」

(殺せ!!)


 建物から人が飛び出してきた。体の一部に火がついているのに、僕にめがけて走ってくる。その手には銃が握られており、何発かを打ってくる。

 しかし標準はばらばらで、直に火にまみれて倒れた。


「この研究所は君たちがとらわれていた場所だね?」

「そうだよ。姉はお前に話したようだ。ここで私たちは物として扱われた。白い海? そんなもの興味ない。私たちは私たちだ!」

「僕だって潰したいと思うよ。そして現にいま潰れているじゃないか。それで君は救われないのか」

「救い?」


 ぽかんとしたように見えた。しかしそのあと恐ろしいほど被虐的な笑いをした。ガイノイドにそんな表情ができるとは思えなかった。


「救いなんてものあるわけないだろ! 記憶を消したって、魂にこびりついてるに違いない! 私はこの研究所をつぶしたら、さらに大本を見つけ出して、そいつらだって殺してやる! そのあとは幸せそうにのうのうと生きているやつらに私たちの苦しみを与えてやる」

「でもシロは関係がないだろ! せめて違う素体で……」

「シロシロってうるさいんだよ! 私たちに名前はない!! 姉に関係がないのはお前だ! やっぱりそうか。人間なんてそんなもんだ。てめえのほしいものの為には、他が不自由になることなんて気にもしない! お前に姉をやるもんか。全員死ねよ!」


 そうだ。僕は今実に独善的な思いで交渉をした。

 シロを返してほしいのだって、僕が寂しいだけなのだ。そのためならば、研究所が潰れようが目の前で人が死のうがいいと思っている。

 人の枠から外れたと言いながら、僕は今人の汚い部分をさらけ出している。


(それは違う!)


 突然、別の形の意志が飛んできた。それは暴力的ではなく、心安らぐ思いだった。


「……っ。姉ちゃん、なんでそんなこと」


 目の前の素体がぐらついた。


「私と一緒に復讐しようよ! なんで協力してくれないの! なんですぐに私をみつけてくれなかったの! こんな人間と生活して……なにが目的だったのよ!!!」

(消えてしまえ!)


 またも暴力的な意志。今彼女たちは一つの器を取り合っているのかもしれない。


『なにをやっている! 今がチャンスだろう!』


 耳から声が伝わる。


「でも、どうやってシロだけ助ければいいのか分からない!」

『くそ! もういい!』


 ぶちっと通信が切れると、どこからか屈強そうな素体が現れた。それら四体はどこで手に入れたのか大型のナイフを手にしていた。

 僕には目もくれずシロへ近づいていく。やつらに意志は通用しない。


「く……そっ」


 シロの素体は、だんと地面を踏みつけると、明確な意思を飛ばした。


(私を救うために戦え!!)


 それは僕の思いをこれでもかというほどに奮い立たせた。

 戦え、戦え、戦え。

 誰のために? シロのために戦え。

 建物の中から、屈強そうな男が3人出てくる。これらは人間のようだった。白衣はきておらずつなぎをきている。しかしすべての人間が、何かしらの外傷を負っているようだ。

 驚くべきことに、建物の裏手から子供が数人かけてきた。おそらく研究対象なのだろうか。

 彼らの目的は不明だったが、もしも先ほどの意志に反応したのなら、彼らの目的は明白だった。

 腹に傷を負っている男が、短髪の素体にタックルをしかけた。手に拳銃を持っている。素体は横にふっとぶ。まるで人間の持つ力が倍増しているかのような動きだった。


(戦え、戦え、全てを壊せ!)


 肩にメスのようなものが刺さっている男が、軽量サイズの素体に襲い掛かる。

 右手がぶらりと下がっている男が、筋肉質の男にやはり体当たりをする。

 子供たちの手にはどこで手に入れたのか、それぞれが銃やナイフ、メスのようなものを持っていて、素体に群がろうとする。


「やめろ!!」


 雪さんの主義は僕の中に根付いている。咄嗟に地面に手をついて、こどもたちの周りを氷で囲った。どんどんと壁をたたく音が聞こえる。

 もう一体の素体は、下半身を氷漬けにし動けないようにする。


「もうやめてくれ!!」

「うるさい黙れ!!」


 シロのようなものが言い返すが、すぐに表情が変わった。


「兵藤さん!!」


 シロが僕を見た。


「はやく駆除して!! もう、こんな世界は見たくない!!」


 こんな世界は見たくない。

 彼女はいつも窓からどんな平凡な世界を見ていたのだろう。それでもどれほどまでにしあわせだったのだろうか。

 シロの悲痛な叫びに、僕の心のストッパーがぱちんと外れた気がした。

 戦え、戦え、戦え。

 僕の力ならば、全てを終わらせることができるじゃないか。

 他の素体も人間も、全部氷漬けにしてしまえばいい。

 なんでしないのだ。

 なぜ出来ないのだ。

 それは「ことが起きるまではなにもできない、ことなかれ主義だから」だ。僕は助けてと言われない限りは助けられず、何かが起きるまでは何も起こせない。

 ゴーストになってしまいそうな人間を助けることをせず、ゴーストになった後に理由をつけて助けようとする。


 なぜ、戦わない。

 ひとりぼっちは自分のわがままでしかないんだ。

 お前は終わらせることができるじゃないか。

 すべてに、終わりを――。


「早く!!」


 僕はさらに前進した。

 距離にして十数メートル。

 最後に伝えたかった。

 建物からは煙が出ている。あたりの視界は暗く、悪い。

 小さな悲鳴がときおり聞こえ、銃声まで聞こえてくる。

 まるで世の中の汚い部分がすべて浮き出てきたようだ。

 そこから逃げ出すように僕はシロのもとへかけた。

 ふとシロの横から影が現れ出た。手にはやはり大型のナイフ。見張りをしていた男だ。5人目を阻止しようとした人間はいなかった。

 アンドロイドは、同族であろうガイノイドのシロへ向かって襲い掛かろうと腕をふりあげた。

 僕の能力は接触型だ。空気に触れるという感覚はないため、どうしても発動するのに隙がでる。

 僕はシロと生活ができて楽しかったのだと思う。

 鼻をくすぐるカレーの香りに懐かしさを覚えていたのだ。

 せめて最後は僕が終わらせたかった。

 素体に傷はつけたくない。

 僕は男の振り下ろしたナイフを背中で受け止めた。


「あぐっ……」

『何をしている!!』


 鼓膜が怒声に震えるが気にしない。

 僕はそのままシロに抱き付いた。背中が熱く、脈打っている。反面、シロはとても冷たかった。


「シロ。ありがとう。僕のわがままに付き合ってくれて」


 シロは何も答えない。


「離せ! お前なんか死んでしまえ!」


 僕は小さくつぶやいた。


零度れいど


 抱きしめたシロの体がビクリと一度だけ跳ねた。

 授業で習ったことを思い出す。

 ――ゴーストなどの霊体を駆除するには、単純に能力をぶつけるだけで構いません。発火なら火を、発電なら雷を、それ以外の能力者では駆除は難しいでしょうが、そもそも駆除は国の仕事ですから、駆除をして生きる必要は人間の社会では全く必要がありませんね。


「ごめん、シロ」


 僕は、自身の持つ力を純粋にぶつけた。教科書通りのセオリー。それはガイノイドという器に入っていた魂を芯まで凍らせたことだろう。

 人の意志を無視した一方的な暴力が『駆除』という方法なのだ。そして僕はそれをした。一番大事なものに対して、それを行った。

 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえたのは気のせいだろうか。

 どうでもいい。

 僕は冷たくなったシロにもたれかかるようにして倒れた。




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