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 暗い部屋の中に居た気がした。まるで全身に重りがついているように苦しい。

 しかしふっと体が楽になった。


「……ん」


 目が覚めたとき、僕は白い部屋に居た。

 ずいぶんとピントのずれた視界では何がどの境目のなのかが分からない。

 肌に何かが触れているのを感じた。そちらを見る。

 シロが立っていた。右手で僕の腕に触れている。

 どうやらここは病室のようだ。

 点滴の針が腕に刺さっており、テープで留められていた。プラスチック製の留置針だ。ということはしばらく点滴をしていたことになる。何日寝ていたのだろう。


「シロ」


 声がかすれている。

 シロは僕をじっと見ていた。何かを検索しているようにも見えたし、観察しているようにも見えた。

 しばらくするとシロは動いた。


「……おはようございます」

「おはよう。ここは病院だよね?」

「そのようです」

「? シロはいつ来たの」

「先ほど」

「そう」


 ピントがずれているような会話だが理由は分からない。

 ナースコールを押すと看護師が来た。随分と広い病室なのは特別室だからだという。なぜ自分のような人間がこんな場所を使えるのか不思議だったが、轟さんがお見舞いにきて判明した。


「いやあ、兵藤君。とんだことに巻き込まれているね」

「現在進行形ですか」

「室長が君に会いに来るよ」

「というか、なぜ僕はここに?」

「え、覚えてないの?!」

「えっと……たしかビルに居て、そこで小さい女性と機械犬が来て」

「あ、駄目駄目、小さいとか禁句。室長キレるから」

「あの小さい人が室長なんですか」

「だから駄目だよ。室長に小さいって言っちゃだめ。怒られるから」

「そうですか」


 つまり僕は室長とやらに目をつけられたのだ。それはそこはかとなく不安を覚えさせた。

 僕は普通の人間ではない。何が普通なのか定義は分からないけれど、どんな定義をしたとちしてもその枠から外れていることだけは間違いがない。


「ビルの五階の窓をぶちやぶって飛び降りたんだよ、兵藤君は」

「そうですか」

「他人事だなあ。ていうかよくも無事で生きているよ!」

「びっくりですね」

「他人事だなあ! 室長の言うには、能力を使ったらしいじゃない。一応、黙ってくれているよ。この件も室長と僕しか実は知らない」

「そうなんですか?」

「うん。原因が分からないし……室長も頭悩ませてるみたいだね」

「それより、僕が能力を使ったんですか?」

「記憶ないの? まあしょうがないかなあ。自己防衛みたいなもの? 全身が大きな球体の氷に囲われて、地面に落ちたらはじけとんだって室長が言ってたよ。さすが兵藤君」

「それは」


 続きを言おうとしたがやめた。僕の能力は上半身発動の接触タイプだ。できないことはないけれど、他人ならまだしも瞬時に自分の体全体を覆う氷を生み出すなどできない。

 今までの経験から能力とは魂に付随するものだということは分かっている。

 ならばきっと、僕の中にある別の「魂」に付与された能力が発動したのだ。つまり僕の中に居る偽物の雪女。

 しばらくたわいのない話をして、轟さんは帰った。

 窓の傍にはずっとシロが待機していた。こちらを伺うような視線を感じていた。どうにも居心地が悪い。


「シロ。充電は大丈夫?」

「はい」

「シロ。もしかすると君の妹さんを見つけたかもしれない。何か巨大な魂がこの町に存在していた」

「……そうですか」

「あれが今どうなっているのかは分からないけれど……僕にはどうしようもないかもしれない。でも、あのままだと何かが起こってしまうとも思う」

「駆除しますか?」

「駆除……というやり方は好きじゃない。できれば魂の呼応がいいけど、やりたいことをさせるときっと人が死ぬ」

「そうだと思われます」

「だからきっと駆除しないといけないんだろう。ごめん」

「なぜ謝るのですか?」

「だって君の妹だ。魂だけの存在になったとはいえ、それを殺すということになるんだよ」

「あなたに」


 シロは微動だにしなかった。


「あたしは殺せない。だってとても弱い精神だから」

「あたし……?」 

「姉に会わせてくれてありがとう。あなたの体内に居た頃はとっても不快だったけれど、今はとても良い気分」


 言葉を失う。

 喧噪さえ届かない個室で僕はシロと……シロのようなものと視線を交わした。


「まさか、君……」

「機械の体ってなんだか妙にすっきりとして気持ち悪いのね。でもあなたの体よりはマシ。最悪な相乗りだったわ」


 あの時。

 赤く刺々しい魂に触れたとき。

魂は僕の中に入り込んだのか。

 そしてシロが僕の体に触れたとき、乗り移った……?


「姉を助けてくれたお礼にあなたは殺さないであげる」


 シロの姿をした別の何かは、およそ機械らしくない不気味な笑みを浮かべた。


「でも、邪魔をしたらお前も殺す」


 シロは予備動作なく駆けだし病室を出た。


「シロ!!」


 とっさに手を伸ばすが点滴台をひっぱってしまい、腕にするどい痛みを感じた。

 その隙にシロは消えた。

 充電切れを待つような事態ではないことは明白だった。


     *


 僕は荷物から服を見つけると、すぐに着替えた。留置針は抜けて床に落ちている。

 この後、室長さんが来る予定だったが待っている気はない。関わってほしくないことが、さらに増えてしまった今は会わないほうがお互いのためだ。


 僕は丸1日間寝込んでいたという。

 夕日が差し込むビルに辿りつく。魂があった場所だ。だが当たり前のようにそこには何もなかった。やはり僕が魂の運搬役となってしまったのだ。僕の体は数年前に目覚めてから、特殊な状態になっている。前の例を見ても魂が入り込む余地があったのだから、すぐに気が付くべきだった。


「どうすれば……」


 けだるい体に鞭打ち、やみくもに探してみたが当然のようにシロは見つからない。

 斎藤さんの作業場にも、自宅にも、充電スポットにもその姿はなかった。

 GPSで検索をしてみたが当然のごとく切られている。あんなものスイッチが入ってなければ何の役にも立たないのだ。

 どんなに技術が発達しようとも、その使用許可が得られなければ『使用される側』になるしかない。統制管理社会に入れば、一部の人間だけがハイテクノロジーの恩恵を受け、下級市民は2015年レベルの生活をするだけなのかもしれない。

 思考の途中で人工知能の管理する社会を描いた映画を思い出した。それから以前の邂逅を思い出す。

 僕を『強い』と評価した存在。

 奴なら『人工知能の場所』を特定できはしないだろうか。頼れるものがない今、僕はあの存在に近づくしか道はないように思えた。

 連絡先を知らないためまずは自宅へ戻り佐島に連絡をする。急いでいることを伝えるとすぐに通信番号を教えてくれた。個人情報の不正取引にあたる行為だがどうでもよい。

 通信番号を入力すると、すぐに木田ミイナが応答した。


「……誰ですか?」

「兵藤です。兵藤リン。覚えてますか」

『えっと、さっちんの友達ですか?』


 さっちんとは佐島のことか。

 いま会話をしたい相手はこの木田ミイナではない。


「木田さん。話があるんだけど」

『え? う、うん。なに?』

「えっと、つまり、なんていえばいいのかな。木田さんじゃない、その、別の木田さんに話があるんだ」

『どういうこと?』

「いや僕も分かってないんだけど。つまり人工知能の集合体の……」


『集合体』と発言をした瞬間、相手の息遣いが変わった。しばらく無言が続いた後、ふたたび応答したのは声音すら変わった木田ミイナだった。


『関わらないという約束では?』

「そんな約束はしていないし、もしそれが君の要望なら受け入れる」

『なら話はないわね』

「僕は強い人間って言ったね」

『ええ。言ったわ』

「でも僕の精神は弱いと言われたばかりなんだ」

『評価スケールが違うだけでしょう。もしくはじゃんけんのようなもの』

「じゃんけん?」

『あなたはグー。わたしはチョキ。そしてその人物がパーなだけでしょう』

「なるほど」

『慰めてほしいだけで電話をしたのなら、私もパーになるかもしれないけれど』

「いや、助けてほしいだけなんだ」

『助け? なぜ私があなたを助けるの』

「それは分からない」

『今、助けている余力はないの。申し訳ないけれど、お断りするわ』


 焦りの見えない声だが、なにかいらついているような気もする。

 機械もイラつくのか?

 どうせ断られるのならばと、僕はすべてを話してみることにした。


「一つ確認したいんだけど、君は人工知能の総合体ということ?」

『答えはノー。私は単一の私。けれどみなと繋がるものであり、その中心に位置するもの』


 何度聞いてもよくわからない。


「もしかして、今日の昼頃から何か起きているんじゃないのか」

『……兵藤リン。あなたは何を知っている?』


 僕は端的に起きたことを話した。

 その間、木田ミイナはじっと黙って聞いていた。


『分かった。協力をする』

「やっぱり何か起きてるんだね?」

『一つ言っていないことがある。我々と一つになるには脊髄チップを生みこまれているか、人工知能そのものである必要がある』

「人工知能と人の知能が同列ということ?」

『逆。同列にしうるということ。しかし人間には魂が存在し、意志が存在する。いくら我々といえども人の意志を変えることはできない。思考に圧をかけるぐらいが関の山で、洗脳などは脊髄チップレベルからでは為しえない』


 それは言外に脊髄チップ以外であれば洗脳できるということだろう。


「それで?」

『条件がある。それは精神的に助けを求めているような人間であること。この木田ミイナもいろいろと悩んでいる時期に私へのアクセス権を得た。もちろん無意識で魂が求めた行動だ』

「弱い人間……」


 引っかかるものがあった。それはすぐに解決した。


『本日12時18分。ただの人工知能の一部である――いえ、あったはずの回線から強烈な意志が逆流した。すぐに回線はシャットダウンされたが、その意志が我々の思考に残存している』

「それは死を推奨するような意志?」

『答えはイエス。人工知能に被害はないが、脊髄チップを搭載し、なおかつ私と繋がっている人間が数名自殺した。3.1秒の接続でこの結果だ』

「そんなことが……」

『人間の魂から発露する意志は我々の一番の敵だ。今現在、その理由と対象が分かった。排除したいところだが、我々では対処できないと判断した』


 人間と魂と人工知能がじゃんけん状態になっているとするならば、今の僕は一気に逆の立場にたったことになる。


「僕は君を助けられるかもしれない。だから君は僕を助けてくれ」


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