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 話が終わったとき、聞こうとした様々な項目はすべて消えていた。

 信じられる話だろうか。

 しかし嘘を言っているようには見えなかった。信じてしまう凄味が感じられた。


「君は……君を実験台にしていた奴らは今……」

「分かりません。私はなぜ今ここにいるのかということすら分かりません。ですが、考えていたことがありました。そして確信したこともあります」

「なに?」

「私たちは双子でした。何をするにも一緒で、見た目も同じ。性格は違いますが、魂の色は同じでしょう。ならば、私と同じ状況になっているのではないかと思いました」

「シロはどうやってガイノイドに入ったの?」

「覚えてはいません。けれど空が暗くなった後、一つの光が見えました。そこに吸い寄せられるように近づいて行ったのは覚えています」


 僕はかつて聞いた話を思い出した。


「そうしたらガイノイドに入っていた?」

「ええ」


 一つ疑問が出た。


「じゃあゴーストになった記憶はないんだね?」

「気が付いたらここにいました」


 ゴーストは意志を持つ。だからこそ現存している。そして器を亡くしたゴーストが、空っぽの素体に入ったケースは以前に経験した。

 ゴーストには明確な方向性を感じる。もちろん人間的であるが積極的であるとも思う。しかし目の前のシロはそれに当てはまらないのではないか。

 それは何故か。

 もしもシロがゴーストになる前に器に入ったとするならば、それは魂の状態ということになる。ならば今のシロは人間と変わらない構造だ。器があり、そこに魂が宿っている。着ぐるみをきたゴーストとはわけが違う。全身が機械となっただけの人間だ。


「……ご主人様?」

「ああ、ごめん。話を逸らした」

「いえ。つまり、私は妹を探そうと思ったのです」

「見つかった?」

「いえ、見つかりませんでしたが……」

「なに?」

「連続殺人が起きているようです」

「まさか、それが妹さんだってこと?」

「いえ、それはわかりません。そもそも自分たちがどこに居たのかも分かりません。この土地の場所は分かりましたが土地勘はありません。私がここに居ることは偶然なのでしょうか。それとも死んだ場所から近いのでしょうか。妹は色々と調べていた様子ですが、私には分かりません。ですから妹が同じとは限りません。しかしなにか気になります。この体になって思うのですが、生前感じていた穏やかな気持ちが増幅しています。私の思考はとてもクリアで理路整然としています」

「それは妹さんも同じとはいえない?」

「そうだとよいのですか。私は常日頃から争うことは嫌いでした。しかし妹は心から恨んでいた。人に対する絶望感を感じているようでした。もしも魂というものがあり、そこに人としての根源があるのなら……」


 シロは黙った。

 僕が言葉を継いだ。


「人を憎み、殺してもおかしくないと?」

「分かりません」


 分からないことだらけだ。

 でも僕はシロを助けると決めた。それだけは分かる。


「僕も手伝うよ」

「……ありがとうございます」


 シロは笑わなかったが、深く頭を下げた。


     *


 ひとまず情報収集を行う。

 シロは連続殺人を気にしていた。轟さんがこの件に関わっているはずだ。電話を掛けると、すぐに応答した。


『こんばんは! どうしたのさ、兵藤君からかけてくるなんて珍しいね!』

「一つお聞きしたいことがありまして」

『なになに!? なんでも教えるよ!』

「連続殺人の犯人についてなんですけど……」

『ええ! なんで知ってるの!?』

「え?」

『逮捕されたこと、まだ世間には公表されてないんだけどなあ!』

「逮捕されたんですか?」

『……あ』


 ぶちっと電話が切れた。あの人は都合が悪いとすぐに逃げる癖がある。勘違いした自分に気が付いたのだろう。


「シロ。少し待ってみよう。情報が出ると思う」

「かしこまりました」


 その言葉通り、数時間後にはニュースになっていた。

 僕は事件のほうこそ知らなかったが、世間を数日間騒がしていたらしい。

 犯人は大企業に勤める中年男性。事件発生からたった1週間の間に被害者は3名に及んだという。犯行理由は不明だが、あまり意味はないかもしれない。

 ネットから接続を切るとシロに報告した。


「シロももう見たと思うけど、犯人は人間だよ」

「はい。そのようです」

「人にゴーストは取り付くことができると身を持って知ったけど……シロの話を聞く限り今回はどうも違うと思う」

「はい。私もそう思います」

「とりこし苦労かな」

「だと良いです」

「でもまだ不安?」

「不安という言葉が当てはまるかは分かりませんが、可能性を捨てきれません」


 夏休みもそろそろ終わってしまう。

 新学期が始まると、自由時間が減少する。

 調べるなら今しかない。


「シロが安心できるように、少し調べてみるよ」

「……ありがとうございます。私は妹につらい思いをしてほしくありません」


 その言葉には安堵に近い響きが感じられた。

 魂の呼応が起こるとき、僕はシロに何を伝えればいいのだろうか。


     *


 轟さんから提示された「ナツさんの今欲しいものを聞き出してくる」という条件をのむ代わりに、連続無差別殺人の詳細を聞くことができた。

 しかし、テレビやネットで集められる程度の情報の域は出ない。


「それだけしか分からないんですか?」

「だって担当じゃないからね!」

「え? だって、この前出動してたじゃないですか」

「ああ、あれは室長を探しに行ったんだよ。あのひと暇すぎて連続殺人犯を捕まえてくるとか出ていったからさ……ほんと、刑事課の人らまじで怖いんだよ。先に犯人捕まえてごらんよ。どうなると思う?」

「平和になります」

「その分プライドが傷ついた刑事たちがいる、僕の職場が平和じゃなくなるの!!」


 魂の叫びから推測するに轟さんは情報を持っていないのだろう。斎藤さんの話はなかったことにした。

 最後に一点だけ確認したいことがあったので確かめておく。


「その犯人、本当は殺人なんてしたくなかったとか、そういう善良な意見はありましたか?」

「ん? どういうこと?」


 まさか能力者のゴーストかなにかに感化されたとは言えない。


「つまり、殺しなんてしたくなかったとか。抑えられない衝動がとか」

「高校生が殺しって言っちゃうなんて世も末だなあ……」

「で、どうなんですか」

「俺も報道でやってる程度の話しかしらないけど、リストラにあってムシャクシャしてやったみたいだね」

「最低ですね」

「犯人が?」

「世の中も」

「すさんだ高校生だなあ!」


 嬉しそうに言うセリフではない。

 ちなみに僕たちは斎藤さんの作業場で話をしていた。

 斎藤さんは直に戻ってきた。シャワーを浴びていたので、タオルを首にかけている。うなじあたりを見ている轟さんの目がなんとなく汚い。室長とやらに困らされている鬱憤を吐き出しているのかもしれない。

 ふと思い付きを口にした。


「室長さんって、最近なにか面白いこと見つけたりしてませんか? 気になることとか口にしてません?」

「んー?」


 名残惜しそうにうなじから目を離した轟さんは天井を仰いだ。人は脳にアクセスする際に一定の行動を示すという。思い出すときは視線が上に向くのもその一種なのだという。


「面白そうなことねえ。どうだろうなあ。今回の犯人も捕まったしなあ」

「そうですか……」


 なんか知っていそうなものと思ったけれど駄目だったか。


「あ、そういえば珍しく勘が外れていたことはあったよ。それで一時期随分といらだってたなあ」

「勘?」

「室長はさ、解決できるできないは別として、事件の匂いをかぎ取る勘はすごいんだよね」

「それで?」

「自殺者が多くなったの知ってる? 女子高生の自殺が多発した時期。ちょうど一か月前ぐらいかな?」

「ああ」


 たしかニュースで見た気がする。


「その自殺者がある一定の地域で命を絶つものだから、室長があたりをつけて色々とまわったんだよ。でも成果はゼロ。ちなみにかなりの人間が自殺したんだよ」

「そこまで大事だったんですか」

「うん。知らなかったなんて、兵藤君らしくないね。共通点もなくてさ、室長も自殺サイトとかめちゃくちゃ漁ってたなあ」

「その地域ってどこらへんなんですか」

「んーとね」


 轟さんは端末を取り出すとMAPデータを作成した。それから僕にデータを投げようとして止まる。


「端末もチップもないんだっけ」


 僕は轟さんの端末をのぞき込む。

 記憶力は良いほうではないが、おおまかな図を頭に叩き込む。


「最近、この辺りって事件多くないですか?」

「うん。そうなんだよねえ。とはいえ都心なんてもっと多いけどさ」

「それはそうですけど」

「今や事件が多すぎてかなりの大事か特殊性がみられないと明日の違う事件にかき消されちゃう。ゴースト発生やら能力者やら。それこそコンピュータによる職業適性が希望通りにいかなかったからって殺人しちゃうような世の中だよ」


 僕は一度は頷いたものの、少し考えてから言った。


「それって昔と何か違いますか?」

「いや、人間はずっと一緒さ。なんたってゴーストも人間だからね。今やアシストを使わないで運転をする人間はほぼ0。けれど事故発生率はさほど推移していない。変わったのは内容だけで、人はいつの時代だって同等の時間を『解決』に費やしているんだろうね」


 轟さんはそう言うと、やはり面白くないだろうに、ははっと笑った。

 僕は自殺多発事件の詳細を調べ始めることにした。


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