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☑case-3,4
私たちの生まれはおそらく日本です。おそらくというのは、自分の容姿を見る限りは異国の地が半分入っているようだったけれど、日本で生まれたのだろうということです。
私たちというのは、私と妹のことです。双子でした。
とても顔立ちが似ていて、施設の人間も番号を見ない限りは分かりませんでした。番号というのは私たちの管理番号です首の裏に印字されていました。
施設というのは研究所のことです。私たちは確か5歳程度でその施設に収容されて、それからというもの実験台にされてきました。
『白い海』というものをご存知ですか? 人工知能や素体を発明した一人の天才が死ぬ間際に発言した言葉です。またかつて天才と呼ばれたもう一人の人間は、白い太陽と表現をしたこともあるそうです。
白い海というのは、知識の宝庫だそうです。そこには人知を超えた知識が漂うように存在していて、ふと手に取った知識を実現させれば時代が一つ繰り上がるほどだそうです。
端的にいえば、未知の情報が詰まりに詰まっている情報集合体ということですね。人間が追い求める『永遠の命』の答えはそこに眠っていると言われています。
ですが、その知識の宝庫にアクセスできたものは、確認されているだけで二人。それは白い海と表現した人間と、白い太陽と表現した人間です。これはネットで調べてば簡単に出てくるものでありますが、同時に到達不可能の都市伝説とも捉えられています。
白い太陽と表現した天才は、1900年代に存在したそうです。
白い海と表現した天才は2040年に生まれ、2065年にこの世を去っています。
二人の共通点が判明したのは2080年頃。つい最近です。
その共通点とは『感応系の能力者』であるのだろうということです。
二人の天才は、人の心を読むように話を進めたと言います。後者に限っては記憶を読むこともできたそうです。
つまり、白い海にアクセスしたいのならばまず感応系の能力者でなければならないということになります。
ここまで話せばお分かりになりますか。
つまり、その研究所は白い海へつながる能力者を開発しようと試みているのです。
そして私たち姉妹は感応系の能力者でした。
私は記憶を読むタイプであり、妹は思考を読むタイプでした。発動部位は全身です。相手に少しでも体が触れていれば、その全てを読むことができました。
施設には私たちのような『身寄りのない感応系の子供』が幾人も居ました。それが生き別れなのか売られたのかは知る由もありません。
髪の色も目の色も肌の色もばらばらでした。けれども定期的にその参加者は顔を変え、通年を通して『生きていた』のは私たち双子だけでした。
実験には薬や器具を使います。私たちの体はいつもどこかに痛みを感じていましたが、その分、能力は増大していきました。私は前の体であれば、相手の30センチ以内に近づけば記憶を読めるほどにまでなりました。第3の開眼と大人は言っていました。
私たち双子は筆頭株でした。もっとも計画達成に近い存在だったようです。
けれども私たちは自分たちの人生に何も見出してはいませんでした。毎日白い部屋の中で監禁させらていましたし、そもそも白い海になんて繋がりたくないのです。
ストレスを感じさせなければいいのでは、という意見があがれば丁重にもてなされました。
ストレスを与えた方がいいのでは、という意見があれば暴力を振るわれもしました。
私は常に楽しいことを考えていました。もしも私に願望があるのなら、一つは楽しい生活をしてみたいということだけでした。
さて、妹の話をします。
妹は顔こそ似ていましたが、私とは正反対の性格をしていました。
好戦的で血気盛んでした。
研究所の人間からはよく鎮静剤を打たれていました。だらしなく空いた口から垂れる涎を、よく拭いてあげました。
妹は今相手が何を考えているかが分かります。だからきっと私よりも、周りの人間の汚さを感じていたし、私のように現実逃避をする余裕もなかったのだと思います。記憶というものは不思議なもので、悲しい記憶でさえどこか心地よさがあります。でも妹の読む『今の思考』というものは、とても野蛮で吐き気がするものだそうです。
事件は突然起こりましたが、それは妹が着々と進めていた計画でした。
ある日、一人の研究員が自殺をしたのです。精神感応というものは、相手にも影響を及ぼします。ご主人様の記憶を読んだ際に、悪夢を見られたようなものです。
妹は思考を読むという能力を昇華させていました。私は近づくだけで記憶を読み取るという方向へ進化しました。妹は触れなければならないことは変わりませんでしたが、相手の思考を操作するという方向に強化されたのです。
自殺をした研究員は女性でした。私たちの世話係という立場でした。
私は彼女のことが好きでした。しかし、妹はそうではなかったようでした。理由をきいたことがあります。答えはこうでした。「ここの人間は汚物入れを腹の中に隠している」。
彼女は自分の力に翻弄されていたのだと思います。人は皆汚い部分を持っていると思います。私は本が好きでよく読みましたが、そんな汚い人間でも、良いことをしようとする心がけが大事なのではないでしょうか。お話の中の登場人物はそういう葛藤の中で輝いていました。
彼女はそんな輝きを持っていると私は思っていました。しかし妹はそれすら気に入らなかったようです。偽善者だと言っていました。
自殺をさせたのは実験だ、と妹は言いました。
一つ言わせていただきますと、私はこの体に宿ってからというものどこか安寧を手に入れましたが、前の体のときは怒りや恨みを持ってもいました。だから研究員の女性が死んだときも残念な気持ちはありましたが、それ以上のものはありませんでした。
むしろ妹に誇りを持ったぐらいです。私たちを買収し、利用し、虐げる人間に対する力を持ったのです。我々、感応系の人間には攻撃性がないと考えている研究員よりも、より強い存在が現れたのです。
外に出られると思いました。
外に出たいと思いました。
私はそのころから空を見たいと望むようになりました。私たちが移動できる範囲には窓が一つもありませんでした。
そろそろ話は終わります。
14歳になる年でした。
妹の計画は単純でした。
複数の人間の意識を操作し、暴動を起こすということです。
自殺ですか? それは難しいとのことでした。理由は二つです。一つは相手に触れなければいけないこと。もう一つは自殺に至るまでの時間が人によりばらばらであり、なおかつ上層部には近づけないということです。
決行は実験当日ということになりました。実験当日は研究所内の人間が集まります。それだけ触れる機会も多いということでした。
計画の中に、他の被験者の脱出は含まれていませんでした。私たちが外に出るための計画でした。今思えばひどい話かもしれませんが、その時の私には他の余裕はありませんでした。
計画は上手くいきました。
彼女は数か月前から従順なそぶりを見せ、実験段階で投与される感応増幅剤を打つ際、過度な拘束をされていませんでした。薬により、一時的とはいえ彼女の能力はさらに強化されました。触れた相手を一瞬で混乱させ、不安と恐怖を増幅させたのです。
人間とは不思議なものだと思いました。一人の研究員が叫びをあげても誰も動きませんでしたが、3人、5人と増えていくと、恐怖にとらわれてしまうのです。何が起きているのかも理解せずに脱出を試みる人間が増えました。
私たちは放置されました。落ち着いているのは私たちだけでした。
研究員たちが飛び出したセキュリティゲートを抜けて、私たちは外へ出ました。
数年ぶりに見る空を今でも覚えています。とても高くて、綺麗でした。周りの木々を見てそこが森の中であるということを知りました。
そして最後です。
私たちは直に死にました。
物語としてはあっけないですね。
私と妹の体にはチップが埋め込まれていたのです。それは頸動脈の近くに埋め込まれていました。単純な話です。非人道的な行いが平然と行われている施設から、被験者が抜け出し、社会に出てしまえば不味い立場になる人間が居るのです。今でこそ分かりますが、当時は思いもよりませんでした。
ですから我々は、施設から100M離れた場所で、体内のチップの内部破壊により死亡したのです。頸動脈が破れたのではないでしょうか。首筋に鋭い衝撃を感じましたから失血死でしょう。
倒れた後に見えた空はやっぱり青くて、とても綺麗でした。それだけははっきりと覚えています。