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自宅に戻ると留守番電話の通知が画面に出ていた。
今の時代というのは、電話という単一の機能を持った商品を使うことよりも、コンピュータの搭載された総合端末で管理をする。もちろん懐古的なものはいつの時代もあるが、機械で処理できるものは大多数を含む。
留守番電話の内容は『おたくが所持しているはずのガイノイドがバッテリー切れで放置されているのを発見され通報があったので回収した』とのことだった。
調べてみると罰金刑とあった。それも多額だ。懲役がかからないだけマシなのだろう。
管轄の警察署に行くと、偶然、轟さんに会った。とはいえ相手は車に乗っていて、どこかへ出かけるところだった。
「あれ、兵藤君! 俺に会いにきたの?!」
「いや、ちょっと、違います」
「なんだか歯切れがわるいねえ。っと、いけない急いでるんだ。兵藤君も見たでしょ、ニュース」
「いや、そういえばここ数日見てないです」
「あれ、珍しいね」
たしかにそうだ。僕は自分が介入できるかもしれない情報をテレビやネットからつぶさに調べていた。それがここ数週間はまともに行っていなかった。
シロがきてからだ。
「詳細は言えないけど、連続殺人が発生してるんだよ」
「殺人……?」
「調べればすぐわかるから! じゃあね!」
妙にがたついている車を発進させると、轟さんは市の中心部へ向かう国道の先へ消えた。あの人がなぜ殺人事件で動くのだろうか。よく分からない。
警察署内に入り、所定の受付を済ませると、すぐに順番が来る。
現在の日本には、さまざまな課が存在しているそうだ。たとえば組織犯罪対策課には、非合法に改造された素体を売りさばく組織を対象としたものや、暴力団を対象としている中にも様々な分派ができた。それだけ犯罪の種類が増えたのだろう。今では当たり前のように、罪を犯した優秀な人材の刑罰を減らす名目で雇い入れたり、素人ハッカーなどを臨時職員として雇用したりするという。
「あのね、困るんですよ、あなたのような態度だと」
ハっと我に返ると、担当の女性警察官が嫌悪感を隠すことなく僕を見ていた。
様々な課が出来ようともそれがアンドロイドだろうとも、落し物を管理するのは『落し物係』」というのは変わらないようだった。
返却時に講習を受けなければいけないという箇所までは聞いていた。それからは哲学モードに入っていたようだ。その態度が怒らせてしまったらしい。
すみません、と謝ると簡単に許してもらえた。
既定の講習は人など存在せず、ヘッドマウント型のディスプレイをつけて行われた。まるで洗脳のようにも見えた。30分の映像の中では、義務と責任という言葉が繰り返し現れた。僕は義務と責任を放棄した人間ということだから、それを今日からきちんと持つようにということだ。
罰金を支払うと素体は手元に戻ってくるらしい。罰金を支払わないとどうなるんですか、と尋ねると、半年後に破棄されますとのこと。あんな高額なものを放棄する人間はいないだろうと思っていたが、違法改造や売買に使用された素体は投機されることがあるらしい。または部品を抜かれた素体も対象となっていたりする。それらは何らかの方法で『盗難』された素体が多いらしい。
結婚率の低下した日本では、特にアンドロイド・ガイノイドとの共同生活を送るものが目立つ。しかし真実の愛とは言い難いようで、新しい人工知能や最新式の素体が出ると、浮気をするものもいるというのだから、それこそ責任と義務の放棄ではないのだろうか。
言われた通りの罰金を支払い、素体受け渡しの手順を確認した。
素体の重量は年々軽量化傾向にある。残念なことに戦地などで使用されるものはあえて重量を過多にしている素体もあるという。戦地での素体使用は多種にわたり、遠隔操作や人工知能搭載の非人間型などがある。もちろんそういった争いは今の社会問題の重大な論点となっている。
シロは小型タイプだ。自分ひとりで運べるぎりぎりの重量であることは分かっていたが、警察署で充電してもらえるという。しかしその額がかなり高い。税金として徴収されるらしい。
だめもとで斎藤さんに連絡を取ってみたら車を出してくれた。
その間、シロを保管場所から出してもらう。荷台に乗せられたシロの目は閉じられ、まるで眠っているようだ。
試しに声を掛けてみたが、運んできた警察官に変な顔をされただけだった。
車で駆けつけてくれた斎藤さんと一緒に車に乗せると、作業場に移った。
部屋の隅の簡易充電ポッドは半球タイプのものだ。企業の提供する充電スポットにあるものは寝そべるタイプのものが多い。一番安く生産できるらしい。
完全に充電が切れた場合、起動に必要な電気量がたまるまでしばらく時間が掛かるという。
どうやらゴーストが乗り移っていても、電池が切れたら動けないらしい。しかし人間だって体調を崩せば動けなくなるのだから同じだ。
「動きゃいいけどな」
斎藤さんの呟きが耳に突き刺さった。
どくんと胸が高鳴る。
「どういうことですか?」
「ブラックアウトからの復帰の理由が分からん。お前の言葉を借りるなら、なんで動いたかわからないから、どういう理由で止まるかもわからん」
「そんなこと……」
ないです、とは言えなかった。それは正論だった。
とたんに動悸があがった。部屋の温度が数度上がったのは気のせいではなかった。僕は動転していた。
斎藤さんと僕とでは考えているスタート地点が違う。しかし結果は同じだ。
シロが……シロの中に居たゴーストが、もしも居なくなっていたらシロは動かない。
僕はその時、謝ろうとしていた自分に気が付いていた。その未来が待っていると思ったから、落ち着いていられたのだ。
一方通行だった押しつけの善意を謝罪したかった。
もしもシロが消えてしまったら、それは僕の罪に対する罰なのだろうか。それとも、謝罪をしようとしたこと自体が悪意なのだろうか。自分が一方的に楽になりたいだけなのだろうか。
だめだ。思考が定まらない。
「まあ、おちつけ。答えは既に決まってるんだ。それが分かるか分からないかだけだ。そして充電が終われば答えが出る」
斎藤さんの言葉は僕の心境を如実に表していた。
答えは出る――僕はシロが目を覚ましたら、彼女を救おうと決意した。
この数日間、僕はカレーの匂いの消えた部屋で自分の愚かさに気が付いた。だが見ないふりをした。でも充電が切れたシロに対しての罪悪感が僕の逃げ場をふさいだ。
だから謝ろうと思ったのに、もうシロはいないのかもしれない。それがとても悲しかった。
充電が完了した音が充電スポットから鳴った。
「起動するぞ」
斎藤さんはシロに近づいて、起動機器を首筋に押し当てた。
起動音すら無く、シロの目が開かれた。
「動いたな」
斎藤さんの声には感動の一かけらも感じられない。
僕は意図せずして、大きなため息をついた。
「シロ」
声を掛けると、シロはこちらを向いた。
「はい、ご主人様」
僕は謝ろうとしたが、何を言うかまで考えていなかった。
「カレーありがとう。全部食べちゃったよ」
「……では、また作りましょう」
「ありがとう」
僕は少しだけでも素直になれたのだろうか。
*
自宅に着くまではうまく会話をすることができなかった。
分かったことと言えば、電池がなくなればゴーストが入っていようとも動かないことを、当の本人すら自覚していなかったということぐらい。立ちくらみのような現象のあと、意識を失ったという。
途中スーパーへ立ち寄る。シロが買い物をしている姿を初めて見たが、どうにもぎこちなかった。生前、買い物をしたことがないのだろうか。
周りを見渡すと、人間に交じってちらほらと機械人形が買い物をしている。高級品だから一般家庭には普及していると言い難いかもしれないけれど、それでもここ数年でかなり数をふやした。車を持つ時代は終わり、アンドロイドを保持する時代になったのだと雑誌で読んだことがある。
会計を終わらせ、荷物は僕が持つことにした。
自宅のドアを開錠した時、雪さんが居た日のことを思い出した。
部屋に入る前に、僕は振り返った。
「ねえ、シロ。良かったら君のことを教えてもらいたいんだ」
「はい。私もそう思っておりました」
「カレーを食べたら話そうか」
「はい」
料理をしてもらう間、僕は風呂に入る。安いアパートとはいえ築30年程度だ。僕からしたら未来の建物に住んでいるわけだ。
カレーはいつもの味だったが、とても安心する味だった。この味は未来になろうとも変わっていない。
「シロのカレーは美味いね」
「ここにきて初めて作りました」
「初めて?」
「料理は初めてです。この体になってから知識には困りませんから作れたのだと思います」
「そうなんだ。まさか買い物も初めてだったとか?」
「はい。こちらにきてから初めて致しました」
「そう、なんだ?」
その会話をきっかけにシロの話は始まった。
それは自分の想像を超えた話だった。
「ご主人様にお話ししたいことがあります」
「その前に、その呼び方やめてもいいんだよ。兵藤とかでいいけど」
「どうもこの体になってから、多少の価値観の違いが出ています。所持者はご主人様という認識がしっくりときます」
「へえ。脊髄チップが入っているような感覚なんだよね?」
「そうですか。チップを入れたことはないのでわかりませんが、常に思考がクリアな状態になっている感じがします」
「そういうもんなんだね」
「ご主人様。お話してもよろしいでしょうか」
「ああ、ごめん。よろしく」
「少々長いですが、よろしいですか」
「うん。お願いするよ」
「かしこまりました」