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☑case-3,3


 タオルを受け取ると、シロが謝った。


「申し訳ございません」

「なんでシロが謝るのさ。起こしてくれてありがとう」

「いえ……申し訳ございません」


 訳が分からなかったが、何かしらの罪悪感を感じてるようだ。

 それは妙に人間的だった。

 ガイノイドの素体は、遠目からはごまかせるかもしれないが、近くによれば人間とは違った印象を受ける。あくまで作り物なのだ。けれど今のシロは部屋が薄暗いこともあって人にしか見えない。

 突然の機会だけれど、良いチャンスかもしれない。

 僕は提案した。


「シロ。僕は君に嘘を一つついている」

「それは……私が元人間であることを知っているということですか」

「……うん」


 初めて起動したとき、ガイノイドの素体に生命力が宿るのを感じた。僕の半分は人間の道理から外れているので、雪さんほどではないにしろ目の前で起きた変化は理解できた。

 シロは居住まいを正した。


「黙っておりました。申し訳ありません」

「謝らなくていいよ」

「ご主人様は……あなたは孤独ですか?」


 唐突な質問だが、もしかすると魂の呼応につながるかもしれない。僕の目的はそれだ。対話による魂の呼応が起こり得るならばそちらに進みたい。

 シロがどういった理由でブラックアウト品に乗り移ったのかは不明だが、以前のランナー事件と同じようにうまくいけば良い。


「どうだろうね。孤独を感じることはあるよ。人から言われたこともある」

「それは間違いだと思います」

「間違い?」


 見当違いの方向へ進み始めた会話は、まるで僕に対する叱責のようだった。


「ご主人様は……兵藤さんは怖いだけです。あなたは二度と味わいたくないだけです。人から置き去りにされることを避けるために、人と仲良くなったという認識をあえて感じないようにしているだけです」


 シロは続けた。


「ゴーストのような存在に拘束されていた事実は消えませんが、もう固執しなくても良いのではないですか。あなたは今の時代の人間と変わりはないと思います」

「なぜそれを……」


 シロには一切話をしてない。どこかで調べたのだろうか。

 しかしそれを知る存在は限られている。シロとは縁のない人間だ。

 ならなぜ僕の記憶の中にしかない事実を知っているのだろうか。

 じきに僕は思い至った。


「君は感応系の能力者なのか」


 ゴーストでも能力を行使できるものがいることは知っていたが、素体に入ったときでも有効だというのは知り得なかった。


「申し訳ありません」


 シロの感じている罪悪感の正体がわかった。

 感応系の能力者は人の精神に作用するものや、物に作用するものがある。物であれば過去の周囲の映像や音に分かれる。対人間であれば、記憶を読み取るタイプや感情を読み取るタイプ、または過去の記憶を読み取るタイプなどがいる。

 佐島は物から過去の映像を読み取る。おそらくシロ……の中にいるゴーストは記憶を読み取るのではないか。


「夢見が悪かったのは、君に感化されたのかもね」

「……夜毎うなされておりましたので、なんとかできないかと思いました。しかし逆に夢の印象を強めてしまったかもしれません」

「助けてくれようとしたの?」

「分かりません」

「でも」


 僕は一般論を口にした。


「本人の同意なしに記憶を読むのは良くないよ。法律でも罰則対象になってる」

「申し訳ありません。駆除いたしますか」


 何を言われているのかが一瞬わからなかった。

 シロは自分を殺さないんですか、と聞いたのだ。

 僕の主義を提示した。


「いや、しないよ。僕はそういうやり方はしない」


 シロは首を振った。


「自分が『駆除される対象である』ことに恐怖を覚えているからですか」

「シロ。僕のことはいいんだ」


 意図せずして強い口調になってしまった。

 シロはとうとう黙り込んだ。


「僕はただ君のやり残したことをやってほしいだけだ。ここにつれてきたのも、成行きでそうなっただけだ。いつまでも居る必要はないよ。もし自分に協力できるなら君の希望を叶えるけど。君の希望はなんなの?」

「……それは、申し上げられません」

「そう」


 言いたくないことを聞く気はなかった。対話による魂の呼応は一時失敗したということだろう。

 僕は捨て鉢になっていた。他人事のように言葉を発した。

「なら、今からシロは自由の身だ。自分のしたいことをしてほしい。ここに居る必要はないよ。君ならきっと人に迷惑をかけずに願望を満たすと思う。ぜひ、そうしてほしい」

「兵藤さんは……」とシロは何かを言いかけて止めた

「いえ、かしこまりました。ご主人様の仰せのとおりにいたします」


 最後は機械的に答え、沈黙した。僕は布団に入り目をつむった。

 夢を見ることなく夜を超えた。

 再び目を覚ましたとき部屋には誰もいなかった。

 触れてみるとじんわりと暖かい鍋の中には、新しいカレーが出来上がっていた。


     *


 意味もなく作業場へ赴くと、斎藤さんが作業の手を止めて出迎えてくれた。


「どうした。元気がないな」


 斎藤さんが全く心配がなさそうに尋ねてきた。


「そうですかね。そう見えますか?」

「さあな」

「夏休みが終わるのが悲しくて」

「二度と始まらない大人の悲しみを教えてやりたいよ」

「一つ質問してもいいですか」

「答えがあるかは知らん」

「孤独感を感じる人をどう思いますか?」


 斎藤さんは即答した。


「自分が特別だと思ってるんだろ」

「そうなんですかね」


 斎藤さんは実に物事をはっきりと言う人だ。


「そういえばシロの調子はどうだ」


 シロが部屋から消えてから、およそ4日が経過した。その間、GPSで居場所を探ることさえしなかった。これまでもしなかったのは、きっと彼女を人間として見ていたのだろう。


「出ていきました」

「出ていった? どこに」

「さあ、わかりません」

「持ち主の意識を持て」


 斎藤さんは作業場の片隅おいてある端末へ向かうと、キーボードを打った。


「なんだ。GPS切ってるのか。OFFにする必要ないんだから常につけとけ」

「そうなんですか」

「そうなんですかって、お前が指示しなきゃ切れないだろう。何日帰ってないんだ」

「多分4日ぐらいです」

「4日? お前、自分の持ち物が4日も手を離れていて不安にならないのか」

「彼女は僕のものじゃありません」

「なあ」


 斎藤さんは深刻そうな顔をした。


「私の胸でよければ触るか? 小さくはないと思うが」

「……えっ!?」


 冷気の出力を間違えて、一気に部屋が寒くなる。

 斎藤さんの大きすぎる胸が二の腕におされて寄ると、脱出しようとでもしているのかタンクトップの上から零れ落ちそうになった。


「いや、お前、母親いないんだろう。そういう人間は胸が恋しくなると聞いたから」

「誰に聞いたんですか! そんなバカな話!」


 斎藤さんは難しそうに眉をしかめた。でもなんとなくだけど、轟さんが殴られる未来が見えた。

 冷えすぎた部屋を元に戻した頃には、僕も冷静さを取り戻していた。

斎藤さんは僕を心配そうに見つめていた。


「機械人形は人間じゃないぞ、兵藤。大事にすることには賛成するが、情を持つのは間違ってる」

「それは分かってます」


 斎藤さんは何かを勘違いしているようだった。

 人間と人形の違いはなんだろうか。

それは有機物か無機物かであると一般人は答えるだろう。

 では人間と人工知能の違いはなんだろうか。

 大抵は魂の有無と答えるだろう。もしくは認識方法だと答えるかもしれない。

人間は特徴から類推し、人工知能は特徴から選別するとの説明が一般的だ。

 もちろん学者の数だけ理論は存在し、その分だけ人工知能の種類が各研究者を擁する各メーカーから発売されている。しかし分かりやすい論理が民衆には受け入れられやすい。動きさえすれば、飛行機の飛ぶ原理などどうでもいいのだ。

たとえば――人間に人工知能を積んだ存在と、人間の魂をつんだ人形では、いったいどちらが人間に近いのだろうか。

 おそらく人工知能は前者を人と判断するだろう。なぜなら有機物だからだ。では人間はどちらを人間だと思うのだろうか。それはきっと後者だ。


「お前、また難しいこと考えてるな」

「すみません」

「なあ兵藤」


 斎藤さんはいつもお姉さんのように、僕を叱る。叱ってくれる。それはとても嬉しいけれど、斎藤さんは僕の経歴の一部しか知らない――しかしシロの言葉を思い出した。僕はいじけているだけなのだと言われたのだと思う。

 それは、この数日間で気が付いたことだ。シロに言われて初めて意識したことだ。


「たとえ相手が機械だって、ホーム設定をした場所に帰ろうとするんだ。何が起きているのかは知らないが、家出したんなら探してやれ。それが持ち主の義務だ。対等と見ているとしても、それは責任だ」


 やはり斎藤さんは、僕とシロの関係を何か勘違いしているようだった。今の時代アンドロイドやガイノイドを疑似家族および疑似恋人とすることは一般的だ。

 そういう専門のガイノイドを集めた夜専門の商売もあり、それらは似通った商売の中で唯一国の風営法で認められている。禁止されているのは人間を商品化することにある。

 確かにシロは家出をしたが、僕の希望は『願望を満たしてもらう』ことだ。

 それを満たすために家出をする必要があるならば止めることはできない。たとえば家族に会いに行くだとか、好きな人に告白をするだとか、なんだっていい。とにかく大切なことを手に入れにいってほしい。


 そこまで考えて思う。

 シロには帰る場所があるのだろうか。

 斎藤さんは家出と表現をしたが、今の人工知能としてのホームは僕の自宅だ。しかし魂の人格としてのホームは生前のものだろう。

 ぼんやりと窓の外を見続けていたシロを思い出す。

 もし帰る場所がなかったら、シロは今何を思い、願望を満たそうとしているのだろうか。

 そもそもゴーストとは『意志のある魂の欠片』と定義されている。その意志にはもちろん『現存したいという欲求』が詰まっており、それが器としての肉体がなくなり、地球の生命力へ還元されていく過程を押しとどめている。

 シロにそんな欲求が見られただろうか。

 彼女がうちにきて1か月程度。GPSを見ることはしなかったが大抵は家にいた。それ以外はスーパーで買い物をすることと、充電をすることぐらいだ。


「充電?」


 ぽつりとつぶやいた言葉にハっとなる。

 斎藤さんは僕の心を見透かしたように言った。


「金は持ってるのか」

「持ってないと思います」

「変なソフト入れて、禁則事項抵触回避のリミッター外してないよな」

「してません」

「じゃあ自己の機能を継続させるための方法の中に『犯罪行為』は含まれないな。いろはタイプは日本製らしく倫理基準も厳格だ」


 斎藤さんは腕を組んだ。胸がおしよせられたが何も感じなかった。


「今頃どっかでぶっ倒れてるな。充電切れだ」


 僕は思った。

 きっとあの夜。

 僕は魂の呼応を理由に、勝手に背負った責任を一方的に放棄して、シロに押し付けたのだ。

 善の押し売りをし、去るものを追わなかっただけなのだ。


「……僕は最低だ」


 斎藤さんは何も言わなかった。


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