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☑case-3,2


「――というわけで、僕はこうしてここに居ますが、実はあなたよりももっと前に生まれています」


 話が終わったことを示すように、僕は手のひらに四角形の氷を出して見せた。

 甲斐さんは言葉を発しなかった。どうしたのだろうか。輪郭のぼやけた姿ながらも、目をわずかに見開いたことが見て取れた。


『あなたなら』

「……?」

『あなたなら気が付けませんか』

「どういうことですか」

『ヒントを差し上げます』


 なぞなぞでも始まるのだろうか。自分の過去を話したぐらいでは呼応が始まらないようだから、答えることができれば合格なのかもしれない。

 自分の過去を話したことは初めての経験だったがなんとも複雑な気分だ。どこか寂しくもあるが、それ以上に他人と共有する感覚が心地よかったように思う。相手は元人間だけども。


「ヒントがあれば、真実にたどり着けるんですか?」


 甲斐さんは言った。


『それはあなた次第です。でもあなたであれば理解できるかもしれません』

「そうですか」


 僕であれば理解ができる――悪くない響きだった。


『ではヒントです。現場にまかれていたペンキですが、それは私が撒いたものです』

「……?」


 それはおかしい。ペンキは被害者を囲むようにまかれており、さらにはその円の半径は飛び超えられるものではなかった。

 部屋の中心だから壁などを使うことも出来ないだろう。またペンキ上の足跡は一人分だけだ。行きと帰りだけ。


『確かに普通に考えれば、あなたの言う通りです。しかしこれは普通の話ではありません』

「でも缶は壁際の棚に戻っていました。それもきちんとラベルを揃えて」

『では二つ目のヒントです。その缶も私が戻しました』

「いや、それはおかしいですよ。缶は適当に返されていたのではなくて、綺麗に陳列されていたんです。投げて戻すことはできなくはないですが、陳列は出来ません。あなたは円の中にいたのならば、円の外の棚には戻せません」

『おかしい話をしているのですから、おかしくて当たり前です』

「それはどういう……」

『あなたにとって、ゴーストは異常だと思いますか?』

「異常かはわかりませんが……脊髄チップよりかは理解できる気がします」

『そうですか。それが2015年生まれの方のご意見ですね?』

「僕が2015年生まれの代表というわけではないですが」

『あなたにとって、能力者とはなんですか?』

「2045年に『開眼』と呼ばれる時期があって――」

『――あなたにとって、と私はお聞きしたのです』

「僕にとって?」


 僕にとっての能力者は、先ほど話した昔話にすべてが詰まっている。

 つまり。


「僕にとっての能力者は『異端』です。人々から理解されない存在でした」

『そう。そして『孤独』だとは思いませんか?』

「僕の時代はそうです。少なくとも今の時代は違うようですが」

『ええ。そうです。そしてそれが私の答え』

「答え?」


 その時、僕の頭が急速に演算を始めた。帰納法なのか演繹法なのかは知らないが、とにかくすべての事実とあらゆる過程が一つの答えにたどり着いた。


「……まさか」

『はい』

「あなたは能力者なんですか」

『ええ、そうです。あなたと同じ孤独の時代の能力者です。カテゴリは今でいうところの『念力』でしょうね。見えない手で物体に干渉することを得意としました』

「だったら、それは……」


 事件を考える。

 被害者は部屋の真ん中で、腹部にナイフが刺さっており、失血死した。周りには飛び越せないほどのペンキが流れている。足跡は行きと帰りに一人分。棚には綺麗に陳列された缶。凶器のナイフには指紋がついていない。足跡を残した容疑者は証拠不十分で釈放後、自殺――それらが導き出す答えはなんだ。

 甲斐さんは静かに語り出した。


『私は田中俊大さんと愛し合っていました』

「田中?」

『西条先生の旧姓です』


 それは容疑者の名前だ。


「美術講師の?」

『ええ。西条先生は婿入りをされましたが、私と居る時は田中俊大であり、一人の男性でした』


 甲斐さんはおなかをさする様な仕草をした。


『だから愛の結晶が実ったのです』

「……子供ですか」


 腹部に刺さっていたナイフが何かを暗示しているようだった。

『俊大さんと私は愛し合っていたのです。ですが、私は彼に二つのことを黙っていました』


「妊娠と能力ですか」


 甲斐さんは頷いた。


『我々能力者は、いつの時代も常に存在していたと思いませんか?』

「思います。事実、僕やあなたという存在がいる」

『それは少数派でした。それも理解の得られない少数派です。どんな存在として認められるかも分からない異端でしょう。今ではどうなりましたか? それは特権となりました。大多数の中の選ばれた少数派となりました。意味がまったく異なります。ゴーストが生まれたからこそ日の目を見たのです』

「それを田中俊大さんに話したんですか?」

『いえ。話そうとはしましたが、私にはできませんでした。あなたも過去に色々とあったように、私にも色々とありました。だから、私は俊大さんとの愛を試しました』

「試した?」

『俊大さんも私に隠していたことが二つありました。それは妻と別れるという嘘の口癖と、私との子供が欲しいというまやかしの囁きです』

「いや、でも、二人は愛していたって。信頼しあっていたんじゃないんですか」

『だから試したのです』

「試した?」

『私は金曜日の放課後。誰もいなくなった美術室に俊大さんを呼び出しました。それまでにペンキを自分の周りに巻き、缶を棚に戻しました。言わなくても分かるでしょうが、当然念力を使ったので指紋は残りませんし、ペンキを飛び超える必要もありません。私の念力は100キロ程度のものであれば動かすほどでした。宙に浮かした缶を棚に戻すことは容易です』


 それは今の時代でいえば、攻撃性『S』とランク付けられるだろう。


『そして私は自分の周りに先生との愛の記録をまきました』

「記録……?」

『私はいつも先生に写真を撮っていただきました。私は先生の望みなら、なんでも叶えてきました。私は先生の期待に応えるためなら、どんなこともしたのです』


 僕は何も言えなかった。それはきっと理解ができなかったからだ。


『それらを私はばらまき、遺書も書き残しておきました。それから最後におなかにナイフが刺さっているように見せたのです。力を使いナイフを湾曲させ腹部に垂直に立たせました。決意の証として血がでるほどには腹部を傷つけましたが。そして先生は教室に現れて、私を発見しました』

「ちょっとまってください。そうするとあなたは、死んでいなかったんですか?」

『少なくとも、その時は。痛みは感じていましたが、心の痛みに比べればなんともありませんでした』

「じゃあなぜ死体が」

『先生は』と話し始めた甲斐さんの半透明の姿が、若干揺らいだ気がした。

『私を見つけた途端、動揺していました。しかしすぐにペンキの川を乗り越えました。自分の足跡が残ることさえいとわずに私の元へきて……そして写真を集めました。遺書を読んだあと、それを持ち去りました。子供ができたことも遺書から読み取れたはずなのに。私を置き去りにしました』

「だからあなたは……」

『ええ。私は理解しました。先生は美術を愛し、私を愛していましたが、資産家の奥様が持つお金を一番愛していたのです。ですから私は天井近くまでナイフを浮かせて、湾曲していた刃を直し、そして』


 愛と一緒に自殺をしたのです――甲斐さんは真相を口にした。


『開眼前』を知る人間にしかわからない感情が僕に生まれた。

 あの時代に能力者はただの異端だ。普通の人間ではない。それは能力者が当たり前になってしまった時代には理解できない感情なのだろう。

 なんと言えば良いのだろうか。僕も苦労しているから、お互い様ですねなどと軽口をたたけばいいのだろうか。

 僕は黙り続けた。その間も甲斐さんは喋りつづけていた。まるで数十年間ため込んだ澱を出切るようだった。


『私は二人の関係が公表されてもよかった。知ってほしかったから。子供ができたことだって、教えたかったし、能力のことも認めてほしかった。

 でも彼は私の身ではなく、自分の保身に走った。証拠をすべて持ち去り、捨てるために、部屋から出たの。私たちに本当の愛はなかった。

 私決めていたの。彼が助けてくれたら、子供はおろして、彼の生活を守ろうって。そしてただ一つ、私が能力者であることを伝えようって。でももう駄目でした。私を理解してくれる人はいなかった。でも』


 その言葉にはっとなって僕は目を見開いた。

 彼女が何を言わんとしているかが分かった。


『そんな私のことを誰かに知ってほしかった。私と価値観を共有してくれる人を探していたの。そしてあなたは理解をしてくれた。私の苦悩に気が付いてくれた』


 魂の呼応とはこういうことなのだ。

 それを瞬時に理解する。


『もう私には何もありません』


 甲斐さんは、静かに消えていこうとしていた。足元から薄くなり体全体がぼやけていく。

 僕はやはり何も言えなかった。ただただ魂の呼応という現象を観察していた。

 彼女は消える前に、一つの言葉を残した。


『私、孤独な人の前にしか現れないようにしていたんです。だって、私を理解してくれるのは、そういう人だけだと信じていました』


 そうして彼女は一人で消えた。孤独から逃げるように跡形もなく消えてしまった。

 教室に残されたのは僕と中くらいの結晶だけだった。

 静かな夜。

 聞こえるのは僕の息遣いだけ。

 耳の奥がどくんと脈打っている気がする。

 それは、雪女から解放された日を思い出させた。


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