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ドレスコード&ソウル  作者: 斎藤ニコ


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☑case-3


「ご主人様」


 声と共に体を揺さぶられて、目が覚めた。

 時計を見る。朝4時だった。

 ひどい寝汗をかいていたようだ。

 シロがタオルを差し出していた。


「うなされておりました」

「ああ……夢見が悪くて」


 なぜ今更こんな夢を見たのだろうか。


 あれはまだ入学したばかり。僕がこの町に越してきてすぐのことだった。

 当時、僕はやることがなくて色々なことに首を突っ込んでいた。その後、そんな行動がわざわいして余計なことに巻き込まれることになるのだが、その時の僕は知る由もなかったし、この話には関係がないので置いておく。とにかく僕は人の助け方を知らなかったのだ。





☑case-3,1


『幽霊の出る教室』という噂を耳にしたとき、僕はすぐに解決しようと思い立った。

 場所は近隣の高校で、普通科だけが存在している県立だった。

 話を聞くと、ずいぶんと昔に殺人事件があり、それからというものゴーストが出る……らしい。らしい、というのは今までに発見報告はあったが実際に見た人間が少数だったことによるという。


 発見がまちまちであるため、時間が経つと魂の呼応か、もしくは消滅したのだろうと判断された。が、しばらくすると再び目撃情報が出る。どのような条件下で確認がされるのかもわからずに、駆除されないまま放置だったのだろう。実害報告がなかったことも要因である。


 5月の長期連休は2095年にも顕在だった。

 むしろ伸びていた。忍び込むならばその時だろうと判断した。

 発生条件は不明だが人気の少ない時間といえば夜間帯だ。

 僕が裏門を飛び超えたとき時計の針は23時を指していた。警報装置は知人の男性特製の機器と僕の発氷の能力で無効化した。


 県立学校という施設は商業施設と違い、自動ドアなどの設備がないことが多い。学生の頃は苦労しろということなのかもしれないし、校舎の設立というものに税金が割けなくなってきているのかもしれない。


 でも思い返してみれば僕の通っていた木造の校舎は築70年ぐらいだったのだから、昔と大して変わらないのは当たり前なのかもしれない。大局的にみると時代というのはそんなに変わっていないのだろうか。


竜頭りゅうず


 僕は起動のスイッチとなる言葉をつぶやいた。能力というのはイメージの具現化だ。無言でもできるが、どこか完成度や発生速度が下がる。

 差し出した人差し指に切っ先の鋭い氷が生えた。僕は二本の指をガラスに押し当て、手首を円状に動かして窓ガラスを切り取り鍵を開けた。赤外線の防犯装置があるかもしれないが、捜査するだけの時間はあるだろうし逃走ルートも確認済みだ。

 くりぬいたガラスを能力で元に戻してから、目的の教室へ近づいた。


     *


 鍵のかかっていない空き教室だった。

 月明かりが差し込んでいる。

 入室するとどこかかび臭い。

 月光の作る光に照らされて、白い塵が空を舞っていた。


 黒板はない。

 2015年では当たり前だったもので共通するのはロッカーと段ボールとゴミ箱ぐらいだろうか。生徒は電子端末を使うし、電子黒板は取り外されている。

 今や電子機器で補えないものはない。エネルギー問題は依然として続いているが、何かと新しい資源を見つけて流用しているらしい。発電方法も根本的な部分は変わっておらず効率化が進んでいるだけのようだった。完全に新しい資源というのは安全性の部分から国際的な会議で認可されるまでが長く、また専売特許とならないよう各国がちょっかいを出し合うのでなかなか一般化されないのだという。


 だから映画や漫画でみたような未来はなかなか訪れない。もしかすると一生訪れないかもしれない。その原因は人間の足の引っ張り合いだ。

 哲学モードが発生するほどに教室内は静かだった。僕は思考すら止めて、しばらくじっとしてみることにした。床は汚れていそうなので、隅の段ボールを手で払ってから座る。


 ここに本当にゴーストが存在しているのだろうか。

 ゴーストを感知できる人間は少ない。そういう感応系も居るらしいが、普通の人間では無理だ。雪さんのような存在はソナー能力があるそうだけど、それも能力を使っている対象だけのようだ。誰だって生きているだけでは大した反応は出ないという。

 時間だけが過ぎていく。

 どうしようかと考えるが、実際、ゴーストが出たとしてもどうすれば良いのかはわからなかった。


 斎藤さんや雪さんのように誰かを救ってみようと思い立っただけで、その方法は分からない。1年ほど前に突然目を覚ましたら、家族も知り合いもみな死んでいるか僕の知っている存在ではなくなっていた。

 僕という異分子を受けいれてくれるのは雪さんのような存在が主だったが、僕は僕で人間というカテゴリーから外れることはなかった。

 人間でもなく、人外でもない。

 僕はカテゴリエラーのひとりぼっちだ。

 だからせめて、僕を助けてくれた人たちと同じことがしたいのかもしれない。


『こんばんは』


 女性の声が聞こえたのは、そんな思考の途中だった。

 うっすらと何かが像を為していく。部屋の中心に髪の長い女子生徒が現れた。


「……こんばんは」


 どこか緊張した。あらかじめゴーストの駆除方法は聞いている。魂の呼応という、相手を満足させる行為を行えばよい。それがだめであれば、能力で霧散させればいい。雪さんは前者のやり方を好むため、僕もそれを真似ようと思っていた。


「僕は兵藤リンといいます」

『……田中です』


 どう考えても偽名に聞こえてしまったが黙っていた。

 単刀直入に尋ねる方法以外の手を僕は持っていない。


「つまり、その、あなたがしたいことはなんですか?」

『あなたは乱暴な会話をする方なのですね』

「すみません。聞き方がわからなくて」


 まるで人間と対峙しているようだと思ったが、それもあたりまえだ。人間の形をしていても機械であれば、それは人間ではない。しかし目の前の存在は型を失おうとも人間なのだ。


「できればあなたの助けになりたいと思います」

『そうですか……』


 ゴーストは考えているようだ。脳がないのにどこで考えているのだろうか。心だろうか。


『行いたいことはありませんが、知りたいことはあります』

「なんですか?」


 それを満たせばゴーストは消えるという寸法なのだろう。

 半透明の女性は口の端だけを上げる笑みを浮かべた。


『私がなぜこうなったのかを理解できるのなら、お聞きしたいです』



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