06 身体を見られる
身体検査は二日に一回行われる。
朝食とその片付けを終えたのち、子どもは男子と女子に分かれ、それぞれ大人の男、大人の女の部屋へと入っていく。食堂と同じ棟にある大人部屋は食堂を挟んだ向かい側に位置している。男子が呑気な笑い声をあげながら女子に手を振る。二人の女子がそれを返した。私とヴァルコは見向きもしなかった。
大人の女部屋は三人しかいない。それでも八人いる子ども部屋と同じ大きさで、ベッドが三つ、ソファが一つ、木製の机が二つ、暖炉、観葉植物が三つ、本棚が二つと、人数に相応の内容である。不公平だとは思うが、彼女らは私たちより身体が倍くらい大きいので、仕方がないのかもしれない。
私たちは服を脱ぎ、裸になって並ぶ。大人の女は服を着たまま、私たちの前に立ち、身体を触りながら質問をする。女子、女子、ヴァルコの三人が先に検査を始める。私は決まって最後だ。単に並び方の問題だと思う。
「ヴァルコ、昨日はどんな夢を見た?」
「何も見ませんでした」私の隣にいるヴァルコは毅然とした態度で前を向いている。
「一昨日は?」
「授業を受ける夢を見ました」
そう、と女性は言ってヴァルコの腹を指で撫でた。暖炉の炎が指の影を作っている。ゆらゆらと揺れる影は、生き物のように見えた。うねうねと動き、腹上を踊っているようだった。身体検査はすぐに終わる。何もなければの話だ。
三人の検査が終わり、大人たちが板に挟んだ紙に書いてから、私の番がやってくる。他の三人は終わったので部屋を後にする。私は一人取り残される。扉が躊躇いもなく開くので私は両腕で自分の身体を隠した。光の隙間から垣間見るも、外には誰もいなかった。入り込んだ寒い風が脚の間を通り抜けていった。
「じゃあ、始めるよ」
いつものことだが、こうなると私は三人の大人に見られることになる。一対一ならまだしも、三体一ではひどく落ち着かない。一人が前を見ている間に一人が背中に回って同時に検査をするのだ。
「アラギは昨日、どんな夢を?」
ヴァルコと同じ質問がされる。私は夢を見ませんでした、と答えた。理由を尋ねられると、私の腿に指が絡んだ。細長く、カサカサとした指がくすぐったい。答えを考えようとするも、笑い声を必死に抑えることで精一杯だった。私はひねり出すような言葉で「わかりません」と言った。「ベロ、出して」と言われたので、口を大きく開けて舌を突き出した。
彼女たちの手は様々な部位を撫でてくる。全身を弄られていると恥ずかしいというよりもワクワクした気持ちになる。どうしてかはわからない。背筋に冷たいものが這い上がってくる気持ちになる。早く終わってほしいけれど、もう少しこのままにしてほしい。そんなちぐはぐな思いを抱く。どうしてこんな気持ちになるのだろうか?
暖炉の炎がぱち、と爆ぜる。小さな赤い息吹は、まるで誰かがぷっと吹き出したかのようだった。
「はい、終わりよ」
一人の言葉に私はどっと息を吐き出した。我慢していた笑い声は腹の奥に落ちて消えた。紙に書く乾いた音がする。その間に私は服を着て、お辞儀をして部屋を後にする。扉の外は慣れた寒さがあった。私はその温度に安心した。暖炉の暖かさは頬に残っていた。
大人棟から屋外に出ると、雪は止んでいたが、空は相変わらずの灰色だった。
子ども棟に戻る間、吹き付ける風が服の隙間を縫っていった。早く外套を返してほしいが、男子が返すことはないだろう。この間も、私の枕を奪い、詰め寄っても「なくした」とある意味付け入る隙がなかった。おそらく外套もなくされているのだろう。物を貸してほしい人が求めているのは物そのものだけで貸す人の気持ちなど微塵も考えない。こんなことになるのなら、初めから貸さなければよかった、と思う。しかしそれでは彼らは腑に落ちないだろう。というよりも「アラギにきょひけんはない」と会話にならなそうだ。
考えているうちに子ども棟に着いた。ガラス扉を閉める。子ども棟に暖房の類はない。隙間風一つ吹けばたちまち凍えてしまいそうになる。私はこの寒さが嫌いではなかった。ほかの子どもたちは窓を開けると激怒をする。その気持ちはよくわかる。それでも、寒さに身を委ねることで、身体が冷えると同時に、頭の中がすっと冴える。いやなことや面倒なことが全てどうでもよくなる。周りのことなど気にならなくなる。視界がはっきりし、物の輪郭がくっきりと見える。そして、日頃考えつかないような事物をふと理解する——。
この感覚に私は半ば病みつきになっているようだった。寒気への歓喜、と表現するにはくどいが、身体は寒さだけではなく喜びにも震えることがある。つまり、このくどい表現は事実として成り立つのだ。私は「ことばあそび」に一人で密かに笑った。誰にも教えるつもりはない、私だけの発見だった。
部屋に入ると、誰もいなかった。子どもたちはとっくに「仕事」に取り掛かりにいったらしい。私はまた大人に怒られることを危惧し、頭の中で言い訳を考えながら、自身のベッドに向かう。誰かが荒らしたように毛布とシーツがぐちゃぐちゃになっている。そういえば今日の朝、寝坊をしかけて飛び起きたことを思い出す。誰かとは私のことだ。しかし過去の私はまるで私ではない別の人のように思えてくる。もし過去の自分に会えたなら、他人のように叱るのだろう。どうしてあんなことをしたのか。どうしてこうしなかったのか。未来で後悔を続ける私はきっと過去の私にそう言うのだろう。しかしそうなると、未来の自分ももっと未来の自分から説教され、またその先の未来の自分にも説教され、またその先の——ここで考えるのをやめた。
毛布とシーツを直し、窓のカーテンを開けてから、私は部屋を後にした。