02 硬い食事
甲高い鐘の音がした。もうそんな時間になったのか、と私は驚いた。
バタバタと駆ける音が部屋を揺らした。子どもたちは一目散に飛び出していく。一番最初にたどり着いた奴が最強な、と言う男の子の声がした。私は足音がしなくなるのを待った。それは一瞬で訪れたようで、あるいは永遠に訪れないようにも思えた。毛布の中で足を擦り合ってその時を待った。
「アラギ、早くしないとみんなに迷惑よ」
結局、ヴァルコの呼び声に私は毛布から這い出した。ベッドを降りた時には彼女の姿はなかった。
部屋の外は身体が凍りそうなほど寒い。野外はもっと寒いのだろうな、と窓の外を眺めた。白い嵐は一向に止む気配はなかった。
手洗い場には誰もいない。食事前には手洗いうがいが徹底されていたはずだが、それを守る者はほとんどいなかった。ただ一人、ヴァルコだけが濡れた手を服で拭いていた。彼女と入れ違いに、手洗いうがいを済ませる。氷のような水に、全身が震えた。
食堂に着くと、子どもたちはすでに食事を始めていた。甲高い笑い声が上がり、会話を楽しむ声がする。私は食堂前に立つ大人たちの元へと向かった。大人たちは蔑むような視線で私を見下ろしている。
「遅い。眠りこけてたんじゃあないだろうな」
大人の中で一番偉いとされている男が苛立つように言った。私は首を振って否定するが、真意が伝わることはない。「早く取れ」と彼は舌打ちをした。まだ震えが残る手で銀色のトレイを持ち、その上に食器が配膳される。褐色のスープが乱雑に置かれ、中身がこぼれた。それが指にかかり、トレイを落としかける。
「落とすなよ。お前、今まで散々落としてんだからな」
私が三十回です、と答えると、知ったことではない、と言うように彼はうんざりとした表情を浮かべた。
その後にはパンとイチジクが配膳された。それが終わると、大人たちは自身の食事を持って席に着いた。私は最後の準備であるスプーンを掴み取り、子どもたちが座るテーブルの隅に着いた。
「いただきます」
スプーンでスープを掬う。天井から降り注ぐ電灯にどろりと輝いている。息をかけて冷まし、啜る。ほうれん草とカブの味がした。液体が喉を伝って胃の中に落ちると、身体がじんわりと温まる。胸がほっとした。頭の中で誰かが目を覚ましたようだった。
丸く平たいパンは石のように硬い。私はいつもこれをスープに付けて食べる。パンをやっとの思いでちぎり、スープにつけると、輪郭がふやけていく。その様子は潰したクッションがゆっくりと元に戻っていくようで面白かった。しばらく漬け込んだそれをスプーンですくって食べる。パンは口の中でとろけた。もう一度ちぎったパンをスープに沈め、その間にイチジクに齧り付いた。
辺りを見渡すと、大人も子どもも楽しそうに食事をしている。私のように一人で食べている者はいない。耳をそばだてると、他愛もない話が聞こえてくる。ほとんどが自分の身に起きたことについてであり、またある者がその内容に被せるように自身の話をし始める。そうして自分の話だけで会話が塗り替えられていく。会話の着地点はいったいどこにあるのか気になったが、大抵は笑ったり頷いたりして、うやむやのまま終わっていた。私はそれらの会話を心の中で、自分自身がそこにいるかのようにして聞いていた。
食事が終わり、食堂外の手洗い場で食器を洗う。男の子が水を他の子どもにかけて遊んでいる。空いた場所で洗っていると、顔に水をかけられた。構わず食器を指でこする。すると、首筋に大量の水を入れられた。私はびっくりして声を上げた。振り返ると、男の子たちが濡れた食器を振り回しながら食堂へと駆け込んでいく後ろ姿が見えた。心臓が強く鼓動を打っている。息が詰まっていた。口の中がどろりと熱くなる。目が異様に乾くのを感じた。
食堂に戻り、食器をテーブルに重ねる。すると、大人の男に声をかけられた。先ほどの男とは違う、眼鏡をかけた人だった。
「アラギ、『あいつ』に持って行ってくれ」
男はトレイを指差した。
私が先ほど口にした食事と同じ物だが、全て半分に配膳されているようで、量が少なかった。私は頷いて見せるが、彼はすでに踵を返していた。そしてそのまま付け足すように、「途中でこぼしても手で戻せ」と言った。
私はトレイを持って食堂を出た。依然として凍てつく空気に食器が音を立てる。