01 灰色の人々
灰色の向こう側に山が見えた。
一年中雪が降るこの街は、ごく稀に遠方の様子を垣間見ることができる。薄い輪郭と黒い実体。はっきりと映ることはないが、それでもそれがそこにあることを証明している。私の目がそれを証明している。
瞬きをせずに山を見つめ続ける。灰色の地面と平行するように一直線に伸びる山際。それはまるで巨人が休むベッド、あるいはソファに見えた。あの高い山で休んだらさぞ気持ちがいいのだろうな、と思った。
風が吹き付けると、降り積もった灰色の雪が舞い上がった。山は見えなくなった。
「アラギ、窓を閉めなさい」
寒い強風のような冷たい声がした。私は急いで木製の淵を握って閉めた。指に痛みが走る。木のささくれが人差し指に刺さっていた。私はそれを犬歯で抜き取った。窓がガタガタと鳴っている。割れないか心配になるも、そんなことは一回もない。しかし不安にはなる。
「いいかげんに人のことを考えたらどう?」
私の背後の声はまだ怒っているようだった。振り向くと、目を釣り上げた女の子が腕組みをしていた。黒い瞳が私を睨みつけている。
「ご、ごめん。外がきれいだったから……」
「綺麗だからって、自分だけいい思いしないでよ。ほら、みんなも寒がっているでしょ」
彼女の背後を見ると、ベッドの上に座る子どもたちは毛布を身体に巻きつけ、身を震わせていた。その光景が、彼らの不満を私に伝えた。
「事は他人を援助する事によって自分自身に利益をもたらすの。あなたのやっている事は逆よ。集団生活を軽んじないで」
「でも、だれもなにも言わなかったよ。だから——」
「まるで子どもみたいなことを言うのね、あなたは。誰かが言わないとわからないのかしら」
彼女の咎める声が大きくなっていく。窓がガタガタと鳴る音は、彼女と共鳴しているのかもしれない、と思った。
私は深く頭を下げた。耳元で髪の毛たちが擦れ合う音がした。
「ごめんなさい……でも、言ってくれてありがとね、ヴァルコ」
顔を上げると、彼女はすでに自身のベッドに戻っていた。周りの子どもたちが慌てて私から目を逸らした。咳をする音、毛布が擦れる音、吹雪の音、ガラスの音、それらは私の耳のそばを通り過ぎていった。
私は静かにベッドの中に潜り込んだ。栗色の毛布から日光が透ける。白いシーツにはところどころ黄ばみがあった。私はその位置と大きさから、どの時に付着した汚れなのか思い起こしていた。枕の傍らは少し前に吐き戻した時のもの。その下の腕あたりにあるものは、少し前に男の子と喧嘩した時の出血によるもの。腰より下にある大きなしみは、二つのものが重なりあってできたもので、血と尿によるもの。足元にある黄ばみは正体がわからなかった。
私がそうしている間、毛布の向こう側から子どもたちの談笑が聞こえてくる。会話の内容は私のことについて話していた。ほとんどが私の存在を否定するような言葉だった。止める者はいないため、私がここにいるのにも関わらず、私がここにいないとして語調が強くなっていく。
もはや慣れている。彼らはやることがないから、私をなじっているだけだ。心の底から憎んでいるならば、こうした回りくどい嫌がらせなどしない。それが楽しいと思っているからだ。彼らはろくに本も読まず、窓の外を眺めようとしない。黄ばみに想いを馳せることもしない。ただ、大人たちの言うことを聞いているだけだ。
私はそんな彼らと全くそりが合わない。仲良くしようと努力をしたが、結局は小さかった溝を大きく広げただけに終わった。関係の修繕はできないほどに私たちは決別した。
彼らが悪いとは思わない。悪いのは私だ。ヴァルコの言う「集団生活」の要素に私が反しているのだ。しかし、その具体的な理由がはっきりとわからないのだから、始末が悪い。見えない力に押し潰されている。こちら側から手を下そうにも、掴みようがない。解決策が思いつかないまま、ずるずると引きずられていくだけだった。
人の声は大きくなる。私は両耳に小指を差し込んだ。声が消え、水の中に顔を突っ込んだ時と同じ音が耳の中でする。ごうごうと何かが流れる音。指からは不思議な音がする。その隙間を縫うようにやってくる笑い声は、もはやどうでもよくなっている。ただ、こうして指の音を聞いているだけで、気持ちは落ち着いてくる。
それらはいつ終わるのだろう、と私は思う。