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第一話 金持ちの国

 小鳥のさえずりと川のせせらぎが森の中に響き渡っていた。風に吹かれ木の葉も踊るように体を擦り合わせ音を奏でている。

 三つの音が奏でるこの演奏はオーケストラよりも美しいのではないかと少年は感じた。

 少年は毛布から体を起こし川に向かう。川に足を入れ、色白い手で水をすくい顔を洗う。川の水は綺麗で冷たくて気持ちがよかった。

 ふと顔を上げると木と木の間にできた空間から青い空と白い雲が見える。手をふと伸ばせば今にも掴めそうな気がした。

 少年はこのように人の世界も美しいのだろうかと考えた。だが答えは出てこない。しばらくして元の場所に戻った。

 白い灰と化した焚火の側で少女が寝ていた。きちんとした姿勢で寝ており、その表情は少し微笑んでいて幸せそうだった。楽しい夢を見ているのだろうか。

 そんな少女の頬を軽く叩きながら少女の名を呼ぶ。

「おーい、アリーナ。もう朝だよ」

 その声にアリーナと呼ばれた少女はゆっくりと瞼を開ける。

 まだ眠たいのか欠伸をかきながらゆっくりと起き上がる。

 少し長めの金茶の髪が風に靡く。

「おはよう……フォレス」

 フォレスと呼ばれた少年はその様子に微笑みながら言った。

「寝むそうだね。でも今日は新しい国に入るよ」

「ホントに!? じゃあ早く準備しなくちゃ」

 するとアリーナは急ぎ足で川へと向かって行った。しばらくしてアリーナは戻って来た。

 そして二人で袋の中の携帯食料を朝食として食べる。決して美味しいと言えるものでもないが食べておかないと道中で困るので我慢して食べる。もう何度も口にしているので二人はこの味に慣れている。

 食べ終わると荷物をまとめて森の外に出た。

 森の外は辺り一面草原だった。風に吹かれた草たちがサワサワと音を立てていた。

 その光景を見ているとフォレスたちに大きな影が被さった。それに気付きフォレスが顔を上げる。そこには少し小さめの竜がいた。

「おはよう、アレン。 今日もよろしく」

 するとアレンと呼ばれた小型の竜は顔をフォレスとアリーナの側まで寄せ二人の顔を舐める。

 実はこの小型の竜は『運竜』と言う人や貨物を運ぶ竜で、これに乗って旅をするのは珍しくない。

「くすぐったいよ~」

 アリーナがそう言って笑いながらアレンの頭を撫でる。

 二人は荷物をアレンの長い首にかけて背中に乗る。背中にはベルトで固定された椅子があり座れるようになっている。

 フォレスが前に座り手綱を手に取る。そして軽く手綱を引きアレンを発進させる。

「さあ今日も楽しい旅にしよう」

 アレンの鳴き声と共に走り始めた。草を踏む音がだんだんと大きくなる。それに連れてスピードはどんどん速くなっていった。吹きつける風が心地よくて歌いたくなってしまいそうだ。

 後ろでアリーナが騒いでいる。怖くてではなく楽しくて騒いでいるのだ。

 しばらくそのまま走った。

「ん? 何かあるよ~」

 アリーナが少し背伸びしながら指をさしている。

 その先には看板が三つあった。一つは一番大きくて『ようこそ二つの裕福な国へ』と書いてあり、もう二つは同じ大きさだったが、一方は立派な磨かれた木でできていて『ようこそ金持ちの国へ』と書いてあり、もう一方はボロボロで何と書いてあるか分からなかった。

 フォレスは看板の前でアレンを止めた。

「どうするアリーナ。金持ちの国に行く? それともよくわからない方?」

 アリーナはその問いに手を口元に置きながら考える。しばらく考えてから答える。

「お金持ちの国かな……もう一方はよく分からないから」

「そうだね、そうしようか」

 フォレスはアレンを『金持ちの国へ』と書かれた矢印の方向に向けて走らせた。アレンはスピードをどんどん上げて走って行った。

 走っていくと大きな外壁が見えた。それは金箔で飾られており、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。

 アリーナが眩しいよと手をかざしている。

「いかにも金持ちの国って感じがするね」

「うん、でもこれはやりすぎだよ~」

 フォレスは微笑んでそうだねと相槌を打った。

 大きな城門に着いた。そこもやはり金箔で華やかに飾られていた。

 門番が出てきてフォレスに向かってくる。

「こんにちは門番さん」

 フォレスが優しい声であいさつをする。

 門番が笑顔で返す。

「こんにちは旅人さん。ようこそ金持ちの国へ、観光ですか? パスカードを見せてください」

 フォレスは内ポケットのしまった財布の中からパスカードを出し、若い門番に手渡す。門番はそれを監視室の機械に通しチェックする。

「異常はありません。どうぞお通りください。これがこの国の地図です」

 フォレスは門番から地図を貰い門をくぐった。

 地図を見ると国とは言うもののさほど大きくはない。少し大きめな街といった感じだ。

 フォレスは地図でホテルとアレンを預ける駐竜所を探す。そしてその二つが近いホテルに泊まることにした。しばらくアレンで歩き駐竜所に駐竜する。そこから歩きホテルに向かう。とは言え駐竜所からホテルまでは道を挟んで目と鼻の先なのですぐに着いた。

 ホテルにチェックインしようとした時フォレスは目を丸くした。

「ええ! ここ一泊十万Cチップもするの!?」

 その言葉に受け付けの男は少し驚きながら答える。

「ええ、しますよ。高いですか? 旅の皆さんそう言うんですけど」

「た、高いよ充分……僕の財布の中身全てだよ」

「そうですか。でも値下げはしませんよ、商売ですから」

 男は表情を変えずまるでそこに台本があるように言った。フォレスは仕方なくお金を払い部屋へと向かう。

 部屋に着き、荷物を静かに置く。着ていた赤いコートを脱ぎ、ハンガーに掛ける。

 目の前には高級そうなふかふかのベッドがあった。アリーナが嬉しそうにベッドの上で跳ねている。 フォレスもそうしたいところだが心境的に無理だ。

「アリーナ、危ないよ。壊したりしたら僕弁償できないよ」

 フォレスは少し真面目な顔で言う。アリーナはすぐに止めたが、代わりに頬を膨らませながらフォレスに抱きつく。

「ぶーケチぃ。いいじゃんこのビンボーさん」

「はいはい、ビンボーですよ。でもこのホテルは高すぎる」

 ため息混じりにフォレスは答える。

 財布を縦に振ってみるがお札どころか金貨すら出てこない。その様子にもう一回今度は深くため息をつく。

「フォレス……大丈夫?」

 アリーナが心配そうにフォレスの顔を覗き込む。凄く心配そうな顔をしていたのでフォレスはすぐに笑って大丈夫だよと答えた。本当に、と余計心配な顔をして見てきたのでフォレスは話を変えた。

「そうだ、国に入ったんだから様子を見てみようか」

「うん、そうだね!」

 先程までの心配顔はどこかに消えて行った。

 フォレスはハンガーからコートを取り袖を通す。

 鍵を掛けて部屋を出ると、アリーナが廊下の奥で早くしてと手を振っている。

「さっきまでの心配はどこに消えたんだか」

 フォレスはそう小さく呟いて急ぎ足でアリーナの元に向かう。それからロビーに出て受付の男に少し街を見てくると言って鍵を渡す。

 男はまた台本のようにどうぞお気をつけてと無表情で言って鍵を受け取る。その様子にフォレスは少し困った顔をしたが、すぐに小さくいってきますとだけ言って外に出た。

 二人はとりあえず地図を見ながら迷子にならないように散歩することにした。

人ごみの中で通り過ぎて行く人たちは皆綺麗な服を着ている。

 さすが金持ちの国だなあと思わせる光景だったが、女性の香水の匂いがフォレスにはきつくて、頭が痛くなった。

 しばらく街をふらついていると公園が見えた。綺麗に背丈が揃えられた緑の草たち、中央に白い大きな噴水があり立派な公園だった。

 二人はベンチに座り軽く息をつく。少ししか歩いていないがかなり疲れたようだった。

「フォレス、疲れたね」

「うん……」

 二人の表情は疲労困憊といったようである。

 そのまま座っていると子供が二人やって来た。車のおもちゃを持って来たようで二人で遊び始める。車を手で押して走らせ楽しんでいる。

「楽しそうだね」

「うん……」

「欲しいのかい?」

 アリーナは首を横に振っていらないと言った。だがその後すぐに笑顔でフォレスを向き言う。

「えっとね、お人形さんなら欲しいかな……」

そのまま笑顔でフォレスを見つめる。その表情にフォレスはやっぱり聞かなければ良かったと少し後悔した。

「じゃあまた後で買って帰ろうか」

「いいの!? お金は?」

 少し心配そうに見てきたのでフォレスは内ポケットから財布を出しアリーナに手渡す。中を見てみてと優しく微笑んで言うと、アリーナは財布を開き中を見てみる。すると先程まではなかったお札が五枚と硬貨が十枚、合計で三万三千Cチップ入っていた。

 アリーナが少し驚いた様子で尋ねた。

「さっきまではなかったのにどうして?」

フォレスは自信満々に答える。

「へそくりだよ。旅をする以上どこで何があるか分からないからね」

「へえ、ケチな性分だね」

「おいおい、その言い方はないだろう。人形買ってやらないぞ」

 アリーナは焦って嘘、嘘と手を横に大きく振り前言撤回している。それから早く買いに行こうとフォレスの手を引き公園を出ようとした。だが出ようとすると後ろから大きな声がした。

 振り向くと先程の子供の車のおもちゃが壊れていた。

 フォレスが駆け寄りどうしたのか尋ねる。

「こいつがね僕のおもちゃを壊したんだ」

 男の子はおもちゃを壊されたにしては泣かずに冷静に状況を説明している。

 我慢強い子だなと思ったフォレスの考えは次の彼らの会話で一気に壊れる。

「さあ早く金出せよ! じゃないとお前の家を警察に通報して潰すぞ」

「分かったよ……金払えばいいんだろ! ほらよ」

「ふん分かってるじゃないか。あれ? 足りないなあ。これ誕生日に父上に買ってもらったんだよ。 父上が知ったら悲しむだろうな」

「ちっ! 分かったよもう三千Cやるよ」

 アリーナよりも小さい男の子たちがおもちゃが壊れたことをお金の取引で解決している。

 フォレスはいかにも怪訝そうな顔をしていた。

 おもちゃを壊した方の男の子が先に公園を出ていく。残った男の子は札束を見て嬉しそうにニタニタと笑っている。その姿から将来お金に執着することが容易に想像できる。

 フォレスは少しかがんで男の子に尋ねた。

「ねえ、これでよかったの?」

「うんお金が一番でしょ。父上も母上もお金があれば何でもできるって言ってたよ」

 男の子は当然のように、フォレスのことを少し不思議そうに答えた。

「でもあれ君のお父さんが誕生日に買ってくれたものだろう?」

 フォレスの問いに男の子は笑って答えた。

「お兄ちゃんバカだなあ。嘘に決まってるでしょ。あれはお金をもっと出させるための手口さ、ほらね」

 男の子は余計に出させた三千Cを笑顔で見せる。フォレスはその様子に言葉が出なかった。

 男の子はバイバイとだけ言って公園を出て行った。フォレスは男の子が出て行ったあともしばらく怪訝そうな顔をしたままだった。

「フォレス行こ……」

「そうだね、人形買って行こうか」

「うん、私は絶対に壊したりしないよ。壊しても絶対に直すし、人からお金も出させないよ」

 二人はそう言って公園を出る。途中おもちゃ屋に寄り人形を買いホテルに戻った。

 受付の男の無愛想な言葉を聞き鍵を貰い部屋に戻る。

 フォレスは考えた。これが金持ちと一般人の違いだろうか、お金があれば何でもできる。こんな考え方をまだあんな小さい子供が果たして持ってても良いのだろうか。

 少なくともアリーナにそんな考えを持って欲しくないと思った。

 それから二人は大食堂で豪華な夕食を食べ、部屋に戻り早めに寝た。アリーナは昼間買ってもらった人形を大事そうに抱いて寝ていた。


 この国に来て二日目。まだ日も昇らないうちにフォレスは起きた。

 アリーナはまだ人形を抱きながら寝ている。その表情はまだあどけなさが残る可愛らしいものだった。

 フォレスはベッドのシーツや毛布を綺麗に畳み、側に置いてあった荷物が入っている袋から何かを出して座りこんだ。そして自分のジャケットからも何かを取りだして一生懸命何かしていたが部屋があまり明るくないため分からなかった。

 しばらくしてフォレスはそれぞれを元の場所に収納し、シャワーを浴びた。シャワーからあがるとアリーナが起きていた。

 しかし早すぎる。まだ時計は五時を差している。いつもならまだ寝ている時間帯だ。

「どうしたのアリーナ? まだ早いけど」

 眠たいのか人形を抱えて瞼を掻きながら答えた。

「うん。でも起きちゃったの」

「珍しいね……そうだせっかく早く起きたからちょっと散歩しよっか」

「うん!」

 アリーナは目が覚めるような声で返事をする。着替えて二人は部屋を出た。

 受け付けはまだ出勤していなかったので鍵は自分で管理することになった。

 外に出ると少し太陽が顔を出し、そこから漏れる朱色の光が二人を照らしていた。フォレスの赤いコートがより赤く見える。

 まだ日が昇ったばかりだと言うのにもう店を開けているところがある。

 歩いていると、とある居酒屋から泥酔状態の男が二人出てきた。足元はフラフラで今にも倒れそうだ。終いには意味不明なことを言い合っている。

「こんな朝までよく酒を飲んでいられるなあ」

 フォレスが若干感心気味に言う。

「フォレス、あんな大人になっちゃダメだよ」

 アリーナが小さい子供をしつけるように言う。フォレスは大丈夫だよと軽く微笑みながら言った。

 二人は男たちを放っておいてその横を通り過ぎる。するとフォレスは誰かに肩を掴まれた。振りかえると泥酔状態の男たちがいた。

「よお、あんちゃん。こんな可愛い女の子連れてどこ行くんだ?」

 フォレスは本当は絡まれたくなかった。ここまで酔っている人ほど何をするか分からない。いきなり拳銃を抜いて打たれることもある。

「ちょっと散歩に」

「嘘をつけえ。まあいい、それより聞いてくれよ」

 早くこの場から立ち去りたかったが仕方なく話を聞くことにした。

「何ですか?」

「それがよお、こいつこの前奥さんに逃げられたらしくてさあ現金持ってな。それでこの国中探して奥さん見つけて子供ごと拳銃で撃ち殺したんだと。笑っちまうだろ」

 全然笑えない。むしろ背筋が凍るような話だったが、フォレスは必死に笑顔を作り相槌を打つ。

 話した男がだろ、と納得したように言う。

 その横でもう一方の男、つまり妻と子供を殺した男が笑い事じゃないと呂律の回らない口で必死に話した。

「あ、ありゃああの女が悪いのよ。人様の金なんざ持ってこうとするからよお」

「けけけ、バカだなあテメェもお陰で少し金払ったんだろ」

「ああ、あいつのバカ親に払ってやったよ。自分の娘と孫が死んだってのに殺した俺に必死に謝ってたよ」

「ヒヒヒ、そりゃあ傑作だな」

 フォレスとアリーナは男たちの会話を黙って聞いていた。いや、アリーナは耳をふさいで聞かないようにしている。体は少し震えていた。

 その様子に気付いたフォレスが男たちをよそにゆっくりと歩き出す。だがまた肩を掴まれ止まる。振り向くと今度は男たちは拳銃を持っていた。

 フォレスは最悪なことを考える。

「よおあんちゃん。この話を聞いたら金を出してけよ」

「そうだぜ金だせよ」

「僕はお金は持っていません」

 そう言うと男たちはフォレスとアリーナに拳銃を向け、撃鉄を起こし打とうとする。だが弾は発射されずそのかわり何かが倒れる音がした。そう、男が倒れていた。

 別に拳銃や剣などによる外傷はない。

 フォレスが恐る恐る近づくと、男たちは涎を垂らしながら顔を青ざめさせて死んでいた。過度の飲酒による急性アルコール中毒だろう。

 フォレスとアリーナは手を合わせ軽く祈りその場を去った。

 実はあの時フォレスは左腿のホルスターから撃鉄を起こした拳銃を抜いていたがこっそりとしまった。

 それにしてもお酒と言うものは怖い。人をあのようにして死なせてしまうのだから。だが男たちもおかしかった。いくら酔っていたとはいえあそこまでお金に固執するのはなぜだろうか。そもそも昨日からだがフォレスはこの国はお金持ちだがおかしいと感じていた。お金に執着し過ぎている。それは金の亡者の域を超えている。そしてお金は人をこれ程まで狂わせてしまうのかと。しばらくそのことを考えていたが答えは見つからなかった。

 それからホテルに戻り、出勤していた無愛想な男の挨拶を聞き大食堂に行き朝食を取る。朝食は豪華で普通なら美味しいと感じるものだが決して美味しいと感じなかった。

 二人は無言のまま食事を済ませ部屋に戻る。

 フォレスは携帯食料や水を買うために街に行こうとアリーナを誘ったが断られた。フォレスは仕方なく、施錠をしっかりしておくことを約束して出て行った。








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