マーブリング
(彼女目線より)
◇◇◇
私は、久しぶりの好きな人からのメールが届いたことに心がワクワクしてしまっていた。
「それじゃ、品川の駅前集合でね!」
『あ、うん。りょうかい』
あいかわらずのぶっきらぼうな言い方が変わらないなと感じさせる。
高校3年生の夏前、受験に向かって塾がいっそう忙しくなる頃に、相手の態度にイラついてからというもの貴方からはメールがこなくなってしまっていた。
鳴らないスマホを見つめている時間が長かったけど、だからといってクラスが違う彼と話すきっかけはないし、部活も引退の時期になってしまったので、なおさら顔を合わせる機会すら減ってしまったんだ。
卒業式には、何かしら話したような気がするけれど、向こうがさっさと帰ってしまったので、春休みも会えないままに私は大学生になってしまった。
大学生になってから、新しく出来た友達やサークル仲間もいる。…けれど、誰も貴方の代わりになるような人はいないというのに、私は大学生になり、貴方は社会人になった事で、お互いに会話の糸口が掴めずにいた。
でも、貴方は私がGelato30のアイスが好きなことを覚えてくれていたみたいだ。高校時代は、日々金欠な私とGelato30に行ったのなんか1、2回しかなかったのに。
8月14日になり、私はオシャレをして駅に向かった。待ち合わせ時間の10分前には駅にたどりついたというのに、貴方は駅の改札の前ですでに待っていた。
スラッとした身長のくせに、厚底でさらに身長をカサ増ししているのが憎たらしい。私よりも長い黒髪に全身黒い格好が、周りの目を引いているようだ。パンツスタイルの貴方の横に、白いワンピース姿の私が到着した。
「ぉはよう!」
今日の第一声に声が裏返りそうになる。
スマホを覗き込んでいた貴方は、少しだけ私に視線を移すと学生時代と変わらない嬉しいのか、困っているのか分からないような顔で、私の挨拶に返答した。
「あ、うん。おはよ」
「電話くれてありがとう。正直ビックリした」
久しぶりすぎて、何を喋ったらいいのか、よくわからなかった。
「ごめん…(電話するつもりはなかった。と、言えばなかったのだが…」
あいかわらず、口癖のようにゴメンを乱用するスタイルも変わらない。おおよそ、貴方は貴方のままだ。
「えと………ここからだと五反田駅の店が1番近いみたいなんだけど、歩く?」
「あ、そうなんだ。じゃ、五反田駅に集合にすればよかったね」
「いや、俺は一緒にいれる時間が長いほうが嬉しい…かな」
本音を簡単に口にしてしまう貴方のその思わせぶりな態度もあいかわらずだなと思って、やっぱりドキドキしてしまう。
「そ、そっかーじゃ、行こう!どれくらいかかる?」
「ここから4分、らしい」
まー確かにそれで言ったら、五反田駅集合にしたとしても集合時間よりも早く出会っていた事にはなるだろうけど。
「仕事は、どう?楽しい?」
「んー……適性が無さすぎて2ヶ月で辞めたから、いま無職」
「えぇ?!?」
「…だから、あまり会いたくなかったのに」
出会って1分もたたないうちに相手をシュンとさせてしまったみたいだ。
「そっちは?部活とか入った?」
「あ、うん。部活っていうかサークルね!文芸部とゆるふわ文芸部!」
「……学部的にもだし、同じもの掛け持ちにもツッコミどころが多すぎ」
自分が高校生に戻ったみたいな感覚に、なぜだかウキウキしてきてしまう。
いま、貴方の左手にはスマホ、右手には鞄で埋まってしまっていて、手を繋ぐ余裕はないみたいだ。五反田駅まで案内してもらうために、少しだけ後ろを歩いた。
品川の駅を出ると、猛烈な陽射しが私達を襲ってきた。貴方は、自分のほうが全身真っ黒で紫外線を一身に集めているというのに、鞄から取り出した日傘で私の頭部を日焼けから守ってくれた。その紳士的な態度で学生時代もよく彼女が出来なかったものだ。
「毎日、40度超えだからプール恋しいね」
「俺は泳ぐの得意じゃないから、べつに」
「そんなんで、よく3年間も続けられたよね。苦手なのになんで水泳部なんて入ったの?」
「………………。(アンタが誘ったからだろうが」
あれ?なんか変なこと言った?どうして黙っちゃったんだろ。
「何も覚えてないんだね」
「え?」
ちょうど3年前、すでに水泳部に入部していた私は、夏休みの補講に来ていた貴方に声をかけた。
◇◇◇
「ねぇねぇ!クーラーもない教室にいるよりスカッとするから入部しない?」
フェンスの向こうを歩く生徒に私が声をかけたんだ。
『え……いや、水泳はちょっと…カナヅチだし』
「大丈夫だよ!いま、コロナで部員少ないから」
いま思えば、なんで前髪で顔を覆ってる奴に話しかけてしまったのか、謎でしかない。
1学期が終わり、夏休みも終わり2学期が始まる頃、貴方は水泳部へとやってきた。
プールに入って、濡れた髪をかきあげた時に覗いた整った横顔に女子部員の悲鳴が上がったのを覚えている。
あの日から、わりと一緒にいるようになった気がする。貴方は、私がいないと1日なにも喋らないような気がするし、いつも一人でいる所しか見ないから、どうも気になってしまったんだ。
女子部員に絡まれてもそっけないのに、私には優しくて、その優越感に包まれてしまったんだ………
◇◇◇
「あ、えっと…」
二人の出会いを思い出していたところで、私よりも先に貴方が口を開いた。
「着きましたよ。駅ビル」
品川駅から、もう4分は経ってしまっていたみたいだ。ビルに入ってエスカレーターを上る。二階のエスカレーター脇にお店が見えた。
「あ!あった!!」
お店のポスターには、確かにアイスコンテストらしき内容が描かれている。最優秀賞と優秀賞の横に小さく佳作の作品が並んでいる。
「………あ」
貴方が考えたやつどれ?どれ?!と、聞こうとしてタイトルを見て、すぐに気づいてしまった。
「これ?」
5個の佳作が並ぶ中、私は1番右の作品を指さした。そこには『猛毒のジュリエット』と書かれていた。
「うん。(学生時代にロミジュリの話をしたことは覚えてたのかな…」
「すごいね。自分が考えたやつが商品化するって夢みたいだね」
「うん。座ってて買ってくるから」
貴方にそう促されて、ジェラート店の脇にある長椅子に座って待っていた。
外はあんなに暑かったから、ものすごい行列だったらどうしようかと思っていたのだけれど、昼過ぎの店内にはあまり人は並んでいなかった。
「はい。どうぞ」
そこへ先ほど見たジェラートがやってきた。
「ありがとう!(なんで1つ?」
カップからとんがった水色とクリーム色に赤紫色の液体がかかっている。確かに毒々しい。……私に手渡す前に毒とか仕込んだのだろうか。だから、一人で買いに行ったのかな。
「食べないの?」
「ううん。いただきます」
なかなか食べ始めない私の真横に座った貴方が催促する。テーブル席ではなくてよかった。対面で見つめられていたら、食べるの恥ずかしかっただろうし。
私はジェラートに刺さっているスプーンを掴んで一口分を口に運んだ。
「青いのラムネだ!私の好きなやつ!」
「うん。瓶のラムネよく飲んでたもんね」
水色はラムネで、このクリーム色は何味なんだろ??この赤紫色のソースも色的に葡萄かと思ったけど、なんかもっと酸っぱいような……。
「あ、わかった!ラズベリーだ!私、ラズベリーって好きなんだぁ」
「うん。知ってる」
なんで、知ってるの?とか、言うのも地雷だったりするのかな。と、思うと怖くて言葉にする事が出来なかった。
「このクリーム色は、なに?」
「それは、林檎だよ」
「コレが毒林檎ってこと??」
猛毒のジュリエットの『猛毒』の部分は、なんなんだろうって思った時に、そういう事なのかな?って思った。
「もし、林檎の味…嫌いだったらゴメン?」
「嫌いじゃないよー?」
「アイスコンテストの画面のアイスを選ぶ時に、ミックスにも出来ますってなってたから、貴女の好きな味と自分の好きな味を混ぜてみたんですよね」
そうだったんだ。そしたら、こんな味のハーモニーが生まれるんだ。
「ありがとうね!素敵な誕生日プレゼントになったよ。せっかく入賞したのに、貴方は食べないの?」
左手に持っていたカップを貴方のほうへと差し出すと、貴方の手が私の手を包んだ。
もう片方の手が私の頬をとらえると、貴方の顔が私に近づいてきた。
「……え」
キスされるのかと思い、ギュッと目をつぶった。……それなのに、何秒経っても何も起きないからゆっくり目を開けると、私の頬に手を添えて至近距離のままの貴方がそこにはいた。
苦しそうに俯いた貴方は、小さな声で言葉を絞り出した。
「…どうして、あの日……俺にキス、したの?」
「え?」
それは、高校時代の話だった。
「俺は嬉しかったのに、貴女が事故チューだからってなかった事みたいにしようとするから、悲しかった…」
「(それは、そっちが何のリアクションもしないから…嫌だったのかと思ってごまかしたやつだ」
私が黙っていると、貴方の左手が私の口元をなぞった。どうやら私の口元にジェラートがついていたみたいだ。それを取ろうとしてくれたのかな。意味もなくドキドキしちゃったじゃんか。
「…………ごめん」
ようやく私は至近距離地獄から解放された。
「ずっと俺だけ好きでいて………ごめん…」
それは、高校時代からの事をさしているのか、メールが出来なかった間もということなのか言葉が足りなすぎてよくわからなかった。
私は、黙ってしまった相手に向かって、溶けていくアイスを眺めながら口を開いた。
「私は……誕生日に貴方と一緒に死ねるよ?」
たとえそれが猛毒だっとしても、こんなに美味しかったらきっと何も気づかずに死んじゃうよ。貴方は、私を殺すためにどれだけの時間を費やしたんだろうか。連絡を取らないでいる間も、ずっと好きでいてくれたんだろうか?
気になることは山ほどある。聞きたいことも山ほどある。でも、きっと私は知ることは出来ないんだ。もうすぐ死ぬなら。少しだけ苦しくなってきて目に涙が溜まってきた。
けれど、私の瞳から涙が落ちるよりも早く、相手の涙のほうが頬を滑り落ちていた。
「え、なんで?」
なんで、そっちが先に泣くのよ。
「いや、ロミジュリの話した事は覚えていてくれたんだって思って」
そして、貴方の涙は嬉し涙なの???あいかわらず、考え方の情緒がよくわからない。
「でも、どんなに好きでも俺達は幸せにはなれない…」
「どうして」
お互いの好きだけあれば他に必要なものなんてないはずなのに。
「だって…ここには、ジュリエットが二人存在してしまっている……俺は、貴女のロミオには…なれないんだよ。だって………女だから…………」
私が女子で貴方も女子だから、この出会いが運命ではない。と、でも言いたいのかしら。
お互いの両親が反対した理由は、間違いなくソレなのだけれど、私達の想いってそんなものに負けるの??
「だって、貴女に似合う男子とくっつくほうが絶対に幸せだもん」
私は左手に持っていたアイスをいったん椅子の上に置いて、貴方に向き直った。
「私を幸せに出来る人は他にたくさんいるよ!でも、私が一緒に死んでもいいって思って、私のためを想ってアイスを入賞出来る人は…この世界に貴方しかいないんだよ??」
少しだけ沈黙して貴方が久しぶりにフッと笑ってくれた。
貴方の右手が私の左手に重なる。
「うん……もう少しだけ、一緒に生きていて?」
私にしか聞こえないかすかな声で貴方は私に囁いた。
その隣ですっかりドロドロになってしまったアイスの3色が混ざる事なく、マーブリングのような色になって溶けていた。
決して綺麗だとは言えないこの色を美しいと言えるのは、世界で私達だけでいいの。
誰にも理解できなくても、誰に許されなくても、私達の心の中にだけある青春だから。
貴方は、いつの日か魔法は解けてしまう事を恐れているんだろうけれど、現実の私達の体温はまだちゃんとあるよ?ちゃんとまだ生きてるよ?
だから、私を一人にしてしまわないでよ。
誕生日が7/23なら、初めからそう言ってくれ!!!!!!(´;ω;`)
99%じゃないじゃんかーーーーーー!!!!