95. 向かえるその時
いつもお付き合いいただきありがとうございます。
今話は少しだけ残忍な表現がございます。
苦手な方はご注意ください。
その日の夜、場所は王都の一画。
今朝、夜も明けきらぬうちに入ったマリウスからの緊急連絡を受け、エイヴォリーは今日立てた計画を変えざるを得なくなった。
本来であればその場を取り囲み、中の者を捕縛するだけで良いと考えてカロンに指揮を取らせ経験を積ませようとしていたのだが、そう簡単な事ではないのだとマリウスから忠告を受けた。
恐らく、それは一度もう起こった事なのであろうとエイヴォリーは分かっている。エイヴォリーにすればまだ見ぬ時間ではあるが、今ロイの傍にはそれを知る事が出来るレインがいるのだ。
そしてそれを知らせたのは、きっとエイヴォリー本人であろう。ある意味すがる気持ちで、それを伝えたに違いない。
そう思えば、この忠告を無視する事などできはしない。
さもなくば、エイヴォリーが招集した第二騎士団員約60名の殆どに被害が及ぶことになる。その様な事はエイヴォリー自身が真っ先に阻止せねばならぬのだと、レヴィノールを交えカロンとデントスを呼んで、指示の修正を出したのはつい先程の話しである。
エイヴォリーの隣には今、顔を見せぬ様に外套に身を包んだノーランが立っている。
念の為にここに集めた第二騎士団員にも、ノーランの身元を明らかにはしないよう配慮がなされている。そして当然、詮索してくる無粋な者はいない。
「他の貴族は?」
「はい、今日も3名ほど。全て下位の者です」
「では予定通りに実行する」
エイヴォリーはノーランへと頷き、視線を後方へと流す。
「カロン」
「はい」
「団員の魔法を許可する。何があるか分からぬゆえ、己の身を第一に行動せよ」
カロンは胸を手に、深く首を垂れる。
そしてエイヴォリーは、隣に立つノーランへと指示を出す。
「其方は我々が向かった後、この場で待機。我々に何かあれば、救援要請を頼むぞ」
「はい」
「―――それでは参る」
―― ドンッ ――
団員達が胸を叩く音を聴きながら、エイヴォリーは静かに歩き出して行った。
エイヴォリーは最初、ここでカロンを送り出し自身は住民へ被害が及ばぬよう外で対応に当たるつもりであった。だがそれは変更し、エイヴォリーが先頭に立ち行動する事にしたのである。
名もない店の入口前の小径に並ぶように整列した男達は、闇に溶けるように気配を消してエイヴォリーを見詰めている。
先頭に立つエイヴォリーはその期待に応えるように扉を蹴破ると、先陣を切って店内へと踏み込んで行った。
――― ドカッ!! ―――
勢いよく開いた扉は蝶番の一つを残し、辛うじて繋がっている。
その音に気付きガタガタと椅子を倒して立ち上がる男達には目もくれず、身を滑らせたエイヴォリーはカウンターの中にいる男を見て目を細めた。その男もこちらに気付き、入口に陣取るエイヴォリーを見て細い目を吊り上げた。
男が何かを言いかけたその時、エイヴォリーは後方から団員達が入るより早く、腰から剣を抜き一瞬にして移動すると、男の心臓に剣を突き立てた。続けざま空いた左手で、止めとばかりに短剣で眉間を突き刺す。
―― ビシャッ ――
男の返り血がエイヴォリーの頬に掛かる。
驚いたまま目を見開いている男は、2本の剣を引き抜くと力なくその場に崩れ落ちていった。突入からここまで、まさに一瞬の出来事であった。
怒声が、エイヴォリーの耳に侵入する。
振り返れば雪崩れ込んで来た第二騎士団員がその場にいる者と剣を交え、残りは奥の扉を開け走り抜けていく。
「こっちの部屋は確保!」
「こちらも確保した!」
奥から足音が入り乱れ、室内にいた者を拘束したと声が飛ぶ。
その奥の扉から飛び出し真っ直ぐに出口へと駆け抜けようとする者へ、扉を背に回り込んだエイヴォリーが剣を向けた。どうやら客として居合わせた男の様で、着乱れた服のまま顔を真っ青にしている。
「逃がしはせぬ」
「俺は関係ない! 通せ!!」
騒ぐ男に構わず一歩踏み出すと、エイヴォリーは男のこめかみに剣の柄を殴打する。
―― ドサッ ――
「総長、お手数をお掛けいたしました」
カロンが店内にいた男達の拘束を済ませ、エイヴォリーの傍へとやってくる。
「状況は」
「地上階の者は拘束済、残るは地下のみとなっております」
「私は後方に下がる。後はレヴィノールの指示に従うよう」
「はっ!」
エイヴォリーは身をひるがえすと今度こそカロン達に後を任せ、暗い小径へと姿を消していったのである。
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「王都では、始まっている頃でしょうか」
「―――そうだな」
ロイはソファーに深く腰を下ろし、エリックが用意したブランデーの香りがする紅茶を嚥下した。
あの後魔力回復の為に休息を取ったロイは、数時間で起き出して再び動き始めた。
流石にまだ傭兵の事もあり表には出る訳には行かないが、室内でもロイにはする事は多々あるのだ。
そうして訪れた夜、ロイも作業の手を止めて王都の出来事を案じていた。そこでワインを出すと言うエリックの申し出を断れば、それならばと紅茶にブランデーを落として出してくれたのである。
張り詰めた気持ちが、その香りで解けていくのが分かる。
流石はロイを知り尽くしているエリックだ。
今日起こる事を先に知っている2人でも、離れているため当然ながら駆けつける事はできない。
その結果は、何事も無ければ数日後に連絡がくるだろう。緊急の連絡手段はあくまで緊急時のみであり、普段の連絡に使われるものではないからだ。
その為、今日何も連絡がない事を祈っていると言っても過言ではない。
そんな2人がいる部屋の窓の外、猫が木の枝を揺らした。
リーアムがすかさず席を立ち、窓辺に近付き猫を招き入れる。
『夜分に御前を失礼いたします』
「構わないよ」
ロイの足元にちょこんと座る猫は、黒い瞳を縦に細めてロイを見上げている。
『先程、南部に行っていた者が戻って参りました』
それはロイが送り出していた近衛の事であろうと、ロイは頷いて先を促す。
『彼が見た荷を頼りに捜索したところ、あの荷馬車が出発したのは、メイオールの南にあるクヨール領でした』
「クヨールか。ここからでは2日程の距離だな」
『はい。ご推察の通り、出発したのはメイオールの傭兵と合流する2日前との事です。ただ、行先は王都の予定でした』
「ほう?」
「その商人は、王都と取引のある装飾店の店主だったようです。ですがその商人はメイオールへ来た者と人相が違うらしいと』
「……途中で何かあったな。それでその商人達の行方は?」
『途中の街にも怪我人や死者はおらず、まだ捜索中との事です』
「わかった」
近衛からの情報は、今のところここまでらしい。
だが猫は動かず、ロイを見詰めたまま思いつめたように口を開いた。
『それとは関係ないかも知れませんが、私もひとつ気になる事がございます』
「何だ?」
『冒険者ギルドの掲示板に、人を探して欲しいという掲示が何件も出ておりました』
「依頼主は?」
『クオール領やハンメル領など、ここより南の地域の者達です』
「――では、全く関係ない訳ではなさそうだな。依頼はいつからだ?」
『全て目を通したところ、古い物は2年ほど前からでした。私は普段緊急でない限り、依頼書は見ないので気が付いておりませんでした。申し訳ございません』
「謝らずとも良い。どうやら商人が襲われているという噂とも、関連がありそうだな……」
ロイは部屋に飾られている絵画に目を留める。
それは一面に麦畑を描いた風景画であるが、絵の中の麦は黄金に輝き、青空には一羽の鳥が浮かび今にも動き出しそうである。
レインは、商人の荷の中には小麦を積む前に壺や装飾品などが積まれていたと言った。恐らく探している他の者達も、高価な品を扱う商人だったのではと考察する。
もしそうだとすれば、必ずある程度腕の立つ護衛を連れて移動しているはずで、その護衛を排除したうえで荷物だけを奪うとなれば、人数も必要であるし襲う側も余程腕の立つ者を用意しなければならないはずだ。
ここまでの報告である程度の推測は立てられるが、まだ何かが足りずその先には辿り着けない。
だが確実に何かへ繋がっている手応えを感じ、ロイは各所で起こる出来事を整理するべく思考の波に漂い始めるのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
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別視点となりますので、閑話とさせていただきました。
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