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94. 未来を伝える

「それが通信装置か?」

 レインは向かいに座るロイを見つめた。


「そうだ。そしてそれは王族以外には知られてはならぬ事。レインは以後例外なく、口外無用とするよう」

「わかっている」

「それが破られる場合、仮令レインと言えど容赦はできないと心してくれ」

「承知した」


 神妙に頷くレインを確認し、ロイは手の平に乗せていた指輪をテーブルに置く。それはロイが普段、左手中指に嵌めているものだった。


 その指輪は金色のシグネットリング。中央にオーバル型の台座が乗るもので、台座部分にこの国の国章が刻んであるだけのシンプルなもの。

 ローリングスの国章とは、立ち上がる鷲と狼を背後にアマリリスの群生が楕円を描き、楕円の中心に王都の北にそびえるフォルティス山脈が描かれている。

 指輪は一見すると目立たないが、それが緊急時の通信機能を担う物だったのかとレインは唾を飲み込んだ。


 ロイは指輪を見つめると、手の平を差し出して口元だけを動かし何かの言葉を紡いだ。

 囁きに満たない音量で紡ぐところをみれば、流石にその言葉までは人に聞かれてはまずいのだとレインも瞬時に理解した。


 そうしてややあって、指輪全体が徐々に光を帯びてくる。

 目を覆う程ではないが、灯りの付いた室内にあってもその指輪は確かに明るく輝いていた。

 そして光は、点滅を始める。


「今は向こうへ接触している状態で、応答を待っている」


 ロイは、現状を自分に言い聞かせるかの如く説明する。

 そして光が点滅をやめたかと思えば、指輪自体から光が立ち上った。丁度リング部分から支柱が伸びたように、5cm程の光が伸びあがる。


『マリウスか。何があった』

 それと同時に、光から声が聞こえた。


「兄上、この様な時間に申し訳ございません。至急の事ゆえ、ご容赦ください」

『構わないよ、その為の通信だ。要件を』

「はい。本日エイヴォリー公が違法賭博場へ向かう件です」

『っ……ほう?』


 指輪から軽く息を飲む音が聞こえた。

 ロイが王都を離れてから一週間、こちらからは進捗の連絡を送ってはいるが、ロイは王都の動きを把握してはいなかった。

 それはロイがメイオールだけを注視するためのもので、煩わしい事を敢えて伝えないというエイヴォリー達の気遣いである。

 それゆえ本日エイヴォリーが店に向かう事を、ロイが知るはずはない。その時点でロイの言葉の異常性に気付いたらしい。


その(・・)説明は省いてよい。本題を』

「はい。本日立ち入るはずの場所は、ユニークスキルを持つ者により建物ごと爆破され、証拠隠滅を図られます」

『なに?』

「それゆえ立ち入ってまず、店にいる店員を弑する必要がございます」

『店員がユニーク持ちなのだな? 1人だけか』

「はい。該当する店員は以前ご報告した人相のもの、1人だけです」

『ふむ。して人的被害は』

「周辺住民は無事ですが、第二騎士団員の死者8名、負傷者は40名程。客としていた者は、人数も把握できない状態であると」

『向かった第二は全滅ではないか……』


 通信はまだ途切れていないはずも、先方の音そこで聴こえなくなった。

 レインは“兄上”と呼ばれる人を直接見た事はないが、相手がパトリック王太子殿下であろうことは想像がついた。そう思えば、ロイも王族なのだと改めて気付かされるレインである。


『――マリウス』

 と、そこで別の人物の声が聞こえてきた。その相手はレインも知る声。

「叔父上、御聞きになられていたのですか?」

『ああ、途中からだが大よそは理解した。では店に入ると同時に、その店員の息の根を止めればよいのだな?』

「はい。発動される事の無いように」

『それ以外に問題は?』

「多少は抵抗されますが、他は問題ございません」

『―――承知した。助力に感謝する』

「ご武運を」

『マリウスも武運を祈る』

「ありがとうございます。それでは兄上、叔父上、よろしくお願い申し上げます」


 そう言ってロイは通信を切ったのか、光の柱が小さくなりそして消えた。


「………っ」

「ロイ様」

 体勢を崩したロイを、リーアムが支えた。

「問題ない。ただの魔力欠乏だ」


 指輪から視線を外しロイとリーアムのやり取りに目を向ければ、確かにロイは青白い顔になっていた。

 驚いて目を見張ったレインに、ロイは苦笑を浮かべる。


「この通信方法は、かなりの魔力を消費される。ある程度魔力を持つ王族であっても通信後は魔力が枯渇状態に陥るため、用途は“緊急のみ”に限られるのだよ」

「確かに迂闊には使えない方法だな」

「そういう事だね」

「ロイ様、そろそろ本当にお休みください」


 やはりロイはずっと起きていたのか、リーアムが倒れそうなロイを支えて立ち上がらせた。


「確かにロイは寝た方が良さそうだ。俺もそろそろ引き上げないと、誰かに見られるかもしれないからな」

「……そうだな、今日は少し休むとするか。――レイン」

 歩き出そうとしたレインをロイが呼び止める。

「何だ?」と振り返ってレインは息を飲んだ。


「ありがとう」


 疲れたな表情にも心からの感謝が添えられた笑顔に、レインは自分が役に立った事を実感し胸に何かがこみ上げる。口を開いても言葉は見付かりそうになく、レインは頷くだけに留めると、足早にロイ達の部屋を後にするのだった。



 -----



 レインも部屋に戻りひと眠りしたその日の午後、レインはアルタとのんびりと木刀の打ち合いをしている。

 以降ロイからの連絡はなく、今日の夜に踏み込むはずの第二騎士団員(なかま)はどうしているだろうかと、レインは気もそぞろだった。


 ― カーンッ! ―

「やった! レオから一本取った!」


 一瞬にして、レインの持つ木刀がアルタによって弾き飛ばされてしまった。

「……ああ、1本取られたな」


 いくら気を抜いていたとは言え、ここ数日のアルタの鍛錬は日に日に精度を上げていた。

 嬉しそうに笑みを向けるアルタは、自分が弾き飛ばした木刀を拾ってレインに差し出す。


「レオ、付き合ってくれてありがとう。しばらくぶりに体を動かしているから、毎日楽しいんだ」

「そうか」

「俺、いつか王都の騎士団に入りたい」

「……そうか」

「うん。毎日体を動かして、仲間と笑い合って街を護る。レオがそれを教えてくれたからな」

「王都はここよりも大変だぞ?」

「――レオは王都にも行った事があるの?」

「ああ。以前、な」

「いいなぁ。それじゃ騎士団の人も見た事あるんだよね?」

「……あるな」


 他愛もない話をしつつ、レインとアルタは木刀を手に裏庭から引き上げて倉庫に入って行く。

 ガラリと倉庫の扉を開け薄暗い室内に目を慣らしながら、アルタの後を付いて自室へと向かって行った。


 この並びにある倉庫は、聞けば街の中へ流通させる物を置いている保管庫だという。その為ここにある小麦や食料品はこの街で消費されるもので、この街が小麦に困る事はないらしい。

 品物はここから都度街中の店に卸され、全てこの街の者達が買って行くのだ。


(だから街の者からの不満は出ないという事か)


 人は自分の目の前にある事で精いっぱいだが、自分が不自由していないからこそ、可哀そうな隣国に小麦を流す事に不満を漏らす者はいなかったのだ。

 そうして領民から小麦を集め、他国へ流している。


 一体何を考え、そんな事をしているのか。

 レインには到底、領主の考えが理解できなかった。自国が潤わねば自分が潤うはずはないだろうと思うのだが、そう考えれば領主は自分の利益を度外視しているとも思えてくるから不思議である。


(これはもう、“嫌がらせ”だな……)


 そんな事を思いつつレインは階段脇に木刀を戻し、アルタ共に地下へと下りて行くのだった。


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