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≪閑話≫ とある男の話

ここで間話をはさみます。



老人(スタリキー)、明日また出てもらうぞ」


 スタリキーと呼ばれた男は、おどけたように肩を竦めただけだ。

 良いとも悪いとも言わないが、言い放った男はそれが“許諾”であると分かっているかの様に、返事も聞かず去って行った。


 スタリキーは、痩せた体に薄っすらと伸びた無精ひげが特徴の男だ。ボサボサの白い髪は年齢のせいではなく、この男の昔からのものである。なにせスタリキーはまだ20代で年寄りではない。老人(スタリキー)という名は、この容姿を揶揄した呼び名だった。



 そもそも彼はヴォンロッツオ国の小さな村で生まれ育ったが、生まれた時から痩せた体と白い髪をもつ子供は、村人達にも老人のようで気味が悪いと忌避された。そのため親はおろか人と殆ど接する事なく、気付けば一人で生きていく事になっていた。


 その後村を出て放浪していたところを、襲った者に拾ってもらった。自分でも意味がわからないが、その時はそうとしか言いようがない状況だった。



 人から身を隠すように森で生活をはじめて十年以上が経った頃、暗闇の中でいきなり10人の男達に取り囲まれていた。

 そして身ぐるみを剥がそうとボコボコにされたところで、被っていた布が落ちて姿が露わになった。この姿は人に嫌悪されると知っているが抵抗する事も出来ず死を覚悟した時、どこからか彼らを制止する声が聞こえ、後方から一人の男が進み出てきたのだった。


「おいお前、ユニーク持ちだろう?」


 何を言われたのか分からなかったが、声のした方へと痛む顔を向ければ、その男は面白がるような目で自分を見下ろしていた。

 その瞳は漆黒に輝き、無造作に撫でつけられた髪も黒い。それは闇を味方に付けた様な奇妙な男だった。

 だがどんな奴でも今までの経験上、人にこの姿を見られて良い思いをした事がない。その視線に得体の知れないものを感じ、ビクリと体が強張った。


「な……なにを……いって……」

「おや? 自分の事なのに何も知らないのか?」


 一体何を言われているのか分からず、ただ相手の動きを待つしか出来なかった。その様子が本当に何も知らないと分かったのだろうか、男は目の前にしゃがみ込んで口角を上げた。


「お前にはユニークスキルがあるようだ。それも稀な」

「ス……キル……?」

「ああ、そうとも。俺も話でしか聞いた事はなかったが、お前、生まれた時からその姿だろう?」

 また容姿の事を言われ「うっ」とうめき声を上げるも、その男はそれを意に介さず嬉しそうに笑ったのである。


 当然人と接する事がない男は、教会でステータスを視てもらった事もなければ字も読めない。何を言われているのかも理解できなかった。


「であれば、お前はユニークの中でも特殊なスキルを持っているはずだ。その痩せた体といい白い頭といい特徴が一致する。俺が聞いた話では老人の様な外見で生まれてくる者は、特殊な魔物を召喚できるスキルを持っていて、スキルを使う為の魔力も備わっているはずだ」

「まもの……」

 そう声を発するのがやっとだった。


 そこからは今まで殴っていた男達に体を起こされ、この男の話を聞く事になった。

 そして聞いた話は嘘ではないらしく、仲間に入れてやると手を差し伸べられた。思いもよらぬ事に目を見開く。


「そのユニークを生かし、俺の仕事を手伝ってくれ。お前、名前は?」

「……ない」

「そうか。それではスタリキーと呼ぶ。良いな?」

「?!」


 何もない自分に名前を付けてくれるのかと、男は喜色を浮かべその意味を知らずに受け入れる。ただしその意味を知ったところで何も思う事もなかった。この男が、やっと人間に成れた瞬間でもあったからだ。


 それからは声を掛けてくれた男を“マスター”と呼ぶように言われ、スタリキーは彼らの住処まで連れて行かれた。

 それが今から5年前の話である。



 その後は使い方を覚えろと言われたユニークスキルで出来る事を学び、魔物を召喚する術を覚えた。

 ユニークスキルにはもともと“インターコム”という魔物を召喚できるスキルもあって、スタリキーもそれと同様に普通の魔物も召喚する事が出来た。ただし、スタリキーのユニークスキルは“呼び出し(インターコム)”ではない。その種の中でも特殊な“暴動(ディスターバンス)”という何の魔物でも(・・・・・・)呼び出す事が出来るユニークスキルだったのである。


 それには、召喚する事でしか現れない伝説の魔物も含まれていた。

 そしてそれを始めて使ったのは、約3か月前だ。

「バジリスクを召喚しろ」

 スタリキーは求められる事に喜びを感じ、マスターの言葉に素直に従った。ただし小さい魔物ならいざ知らず大型の魔物を呼び出す為には、自身の魔力を全て使わなくてはならないほど体に負担の掛かるものだった。しかしマスターに求められれば、何度でも喜んで従う事は言うまでもない。



 スタリキーは、今しがた扉を出て行った男の残像を振り払うように頭を振った。

 そして掛けられた言葉の意味を咀嚼し、口角を上げる。


 今の男は用事がある時だけ姿を現わし、マスターからの伝言を運んでくる。ここ数年、マスターとは殆ど顔を合わせる事はない。マスターは他に忙しく仕事をしているらしいと聞いた。

 ただスタリキーは、住む場所を与えられこうしてたまに声を掛けられると出かけて行き、その時はいつも魔物を呼び出す。


「それも立派な仕事だ」


 マスターにそう言われ、スタリキーはその言葉を受け入れた。

 求めてくれるマスターがいるだけで、スタリキーは満ち足りているのだ。



 そうして仕事だと声を掛けられれば、姿を見られぬよう布を被り馬に乗って移動する。当然スタリキーは馬に乗れない為、他の者が操る馬に同乗させてもらっている。向かう場所が何処かはしらないが、馬を進ませて10日程度のところで馬を降り、そこを通る荷馬車の前に魔物を出現させるだけだ。


「襲え」


 ただ一声かければ魔物はスタリキーの指示通りに荷馬車を襲い、荷馬車に乗っていた人間を喰って満足した様にどこかへ走って消えていく。それらがスタリキーを襲う事はなく、召喚した魔物はいつも、そこに荷馬車を残して去って行くのだ。


「おめえ、便利だな。へへへっ」


 初めてそれを見せた時、一緒にいた奴らにそう言われた。

 だがそれはマスターの言葉ではないため返事はしなかったが、言った奴らはそれを気にしもせず、残された荷馬車に飛び乗って歓声を上げていた。スタリキーはただ、それをじっと見つめているだけだった。


 スタリキーの感情は、マスターの言葉でしか揺れる事はないのだから。

 そしてそれが老人(スタリキー)という男なのである。


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