92. 動揺に沈む夜
「そんな………」
レインは、ロイが話してくれたことが真実ではないと首を振った。
そんなレインを否定する事もなく、自身も苦痛に耐えるようにして事実を淡々と話し続けるロイ。
「第二騎士団員の犠牲者は8名、負傷者は40名にものぼる。現場にいたであろう参考人たちの数は、数える事も出来ない状態だ。王都の建物ごとを倒壊させ、奴らは仲間もろとも証拠隠滅を図った。生き残った奴らの仲間は下っ端の用心棒で、組織の名も知らぬらしい」
「…………」
レインはロイを見ているが、言葉は思考を滑り消えていった。
(ギルが……死んだ………?)
唖然とするレインに、叱責が飛ぶ。
「ロイ様の話をよく聞きなさい。貴方が話を聞かねば、未来は変えられません」
囁き声だが耳に刺さるリーアムの声に、レインはハッと我に返った。
そうだ。
ロイがわざわざ時間軸を確認してきたのは、レインにこの事を変えてもらいたいからなのだ。
レインも親友が死ぬ未来など到底受け入れる事は出来ないのだから、レインがここで冷静にならねばならぬのだと自分の頬を両手で叩く。
―― パンッ! ――
そして顔を上げたレインを見たロイは、その表情に目元を緩めた。
「頼む、レイン。今は君だけが頼りなのだ」
「ああ、そうだったな。俺が絶対に皆を死なせない」
レインの言葉に深く頷き返し、ロイは再び続けた。
「生き残った者達に話を聞いたところ、カウンターにいた者が起爆させたようだ」
「地下が爆発したのに?」
「ああ。団員達との交戦中、店員らしき男が何かを唱えたらしい。直後に地面が揺れ爆発が起こったと」
「店員……」
レインはあの時カウンターに居た目つきの悪い店員を思い出し、顔をしかめた。
「私が考察するに、その男はユニーク持ちであったのだと思う」
「……どういう事だ?」
「ユニークの中には、任意で爆発を起こす事が出来るものがあるという」
「そんなユニークスキルもあるのか……」
レインは、まだましな物で良かったと胸中で苦笑する。
「それは“ファイナルマーカー”というもので、起爆したい場所へ何らかの印をつけておけば、後はいつでも発動できるというものらしい。だがそれを発動すれば、自分も爆発する。報告ではそれに該当する者がいたようであるし、そのユニークであった可能性は非常に高い」
「自分を犠牲にするのか……」
「そうだ。普通の思考の持ち主であれば、一生使う事はないものだろう」
「だが奴は、普通ではなかったんだな?」
「もしくは自分がそうなるとは知らなかったか、だね」
確かにロイの様にユニークについての資料を見た事がなければ、自分のユニークがどんなものかを詳しく知る者は少ないはず。ステータスを視て自分にユニークスキルがある事だけを知り、漠然と何が出来るかを知っていた、という可能性が大きい。
それで起爆地点が地下で自分が離れていれば、命だけは助かると思ったのかも知れない。しかし実際は……。
「どちらにせよ、死人に口なしだ。当人にその真偽を確認する事はできないが、その者のせいで建物が崩壊した事は間違いないだろう」
「では……」
「ああ。ソールではその事を必ず伝えねばならない。それさえ伝えられれば、叔父上が良いようにしてくださるだろう」
「――そうだな。総長であればきっと……」
レインとロイはその後も暫く意見の擦り合わせを行い、ロイ達を先に帰してからレインも宿舎へと戻って行ったのだった。
「おい、何処に行ってた」
レインが宿舎に戻り階段を降りたところで、壁にもたれ掛かるチャフル小隊長が声を掛けてきた。
「寝付けなくて、周辺を歩いてきました」
「ほお? それにしては長かったな」
まずい。
これはここを抜け出す際に気付かれていたのかと、一瞬にして思考が巡る。
気配を消して動いたつもりだったが、階段の近くの部屋を利用するこいつには、階段を上がる音が聴こえたのかもしれないと汗が滲む。
ロイのところで1時間程を過ごした為、出かけた事を知られていれば、確かに散歩にしては長すぎると疑われるだろう。
「巡回がてら、街を軽く回ってきましたので」
「……へえ、そんで異常はなかったのか?」
元々この街には異常ばかりだが、とは口には出来ず、「はい」と頷く。
「まあいい。ついてこい」
有無を言わさぬ口調で言い放ったチャフルは、階段を登って行く。
階段下でそれを見上げながら、レインはゴクリと喉をならした。
どこへ連れて行かれるのか。後数時間で日が変わろうとするこの時間、レインにはしなければならない事がある。
ソールになってなるべく早く、ロイの部屋に行かねばならぬのに……。
レインは焦慮に囚われながらも何とか顔には出さず、チャフルの後についていくのだった。
そうしてチャフルが足を止めたのは、宿舎の倉庫を出た対面の、屋敷の敷地にある牢屋もどきの建物だった。
その中にある部屋へ入れと促され、レインは周辺を視線だけで確認すると指示に従い入室した。
建物の1階には人の気配はなく、その中は暗く、後から入室したチャフルが、壁の明かりを灯した。
ここは窓の無い小さな部屋でテーブルも椅子も、それこそ何もない部屋だった。一体何をするのかと振り返ったところで、レインはガツンと顔面に衝撃を受けて後退った。
「っつ……」
熱を持ち始めた頬と、口の中の鉄の味にレインは咄嗟に口元を拭う。当然その腕には血が付いていた。
何をするのかと視線を上げれば、チャフルの腕が再び振り下ろされていた。
― ガンッ ―
脳内に受けた音は鈍い音。
再び後退ったレインは腕をクロスに構え、重心を下げてチャフルを睨み付けた。
「何をするんですか」
ここで下手に出なければ、要らぬ疑いを掛けられるかもしれない。ロイが表立っての動きを止めたのだから、自分も多少は注意すべきだったと反省する。とは言え、もう遅いのかも知れないとも思いつつ、レインは再び口元を拭った。
「お前、王都の回しもんだろう」
「なんのことですか……?」
「けっ、すっとぼけやがって。オルダーが連れて来た時からどうも胡散臭いと思ってたぜ。オルダーは騙せても、俺は騙せねえって事よ」
なるほど。ここは音が外に漏れる事もない部屋なのだろうと思い至る。そして傷めつけて口を割らせようという魂胆なのだろう。だが、まだ相手がチャフル一人だけなのは救いだ。
「なにを言っているかわかりません」
「フンッ、夜中にこそこそ抜け出しやがって。この街にネズミがいるのは分かってるんだ。お前はネズミの手下だろうが、よぉ?」
(チッ、こいつは馬鹿じゃなかったって事か)
レインは考えを改めた。
飲んだくればかりの傭兵たちはただの破落戸の集団かと思ったが、こいつは多少頭を働かせていたらしい。
「なにを根拠に言っているんだ」
「さてな。俺の勘だ」
「話にならないな」
「もとより、俺から話す事はねー」
「そうかよ」
ここは物が何もない空間で、4人部屋ほどの広さがあるため問題はないだろう。
レインは覚悟を決め、拳を作って腰を落とす。互いに丸腰だ。
「ほう? 俺とやり合うつもりって事か?」
「―――ああ。やられたらやり返す主義でね」
「けっ。吠えやがって――よおっ!」
話しの途中で飛び掛かってくるチャフルを、軽く身を捻って躱す。
たたらを踏んで留まったチャフルは、振り返りざま再び拳を振り上げた。
― パシッ ―
その手首を掴み後ろ手に捻りあげると、レインは足払いを掛け相手を倒す。
「グッ。――くそがあぁー!」
レインの手を力任せに振り切り、身を起こして後退したチャフルは口元に滲んだ血を拭った。
どうやら倒れた拍子に口の中を切ったらしい。これでひとつ相子だ。
「っざけやがって!」
唾を飛ばし吠えるように叫びながら再びレインへ飛び掛かるも、そんな単純な動きではレインに手を掛ける事さえ出来ないだろう。
動きを見切り再び一歩身を引けば、チャフルは腕を空ぶってよろける。そのがら空きの背中にひとつ蹴りをお見舞いすれば、チャフルは勢いよく壁に激突して倒れ込んだ。
このままこいつが伸びるまで続けても良いが、さてどうするか。
そう思った時。
背筋に悪寒が走り、嫌な気配に勢いよく振り返ったレインの目の前には、扉にもたれ掛かりこちらを見ている隊長がいた。いつのまに来ていたのかと背筋に冷たい汗を流しつつ、レインは2人から距離を取るように後退した。
(見られていたとはまずったな。流石にこいつも相手にするのは厄介だ……)
視線を扉から離す事無く、気配だけは横にいるチャフルも探る。
この状態でどちらが危険かと言えば、絶対的に隊長だとレインの感覚が訴えていた。
そんなレインの思考の中、扉の前にいる者が口を開いた。
「お前、おもしれえ奴だな」と。
ニタリと陰湿な笑みを浮かべた男を見た途端、視界の中がグニャリと歪み、レインの目の前は一瞬にして暗転したのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




