91. 響き渡る轟音
この話では、視点が二転三転します。
予めご了承ください。
「マスター、ジェムの周りがきな臭いようですぜぇ。そろそろ潮時って感じですかねぇ」
「そうか、任せる」
「へえ。それじゃあジェムは店じまいって事でぇ。ヒッヒッヒ」
ある大きな屋敷の居間で、魔物の毛皮を乗せたソファーにゆったりとくつろいでいる男は、ロックグラスに入れられた琥珀色の液体を飲み干し、それをテーブルへと戻した。
その頃には既に、今話していた男の気配はない。
「場所を移せば良いだけだ。まぁ良くもった方だろう」
それを気にすることなく誰も居なくなった部屋で独り、黒髪の男は漆黒の眼を細めてそう呟いた。
それは折しも、レインがボンドールへと戻った日の夜の事であった。
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「パープル班が入ったようだな。こちらからも突入する、行くぞ」
―― ドンッ ――
団員達はレヴィノールの声に自分の胸を叩いて了承を示す。
この様な急撃の場合には一斉に声を出す事も出来ない為、軽く己の胸を叩いて返答とするのだ。
こうして動き出したレッド班は、エイヴォリーがいる区画の北側にある狭い扉を蹴破り、一斉に雪崩れ込んで行った。
その中にはギルノルトも含まれており、今朝知らされたこのガサ入れを「やっとか」という思いで聞いた。
ギルノルトはレインからこの店の話は聞き及んでいるし、当然例の襲撃犯が出入りしていた事もレインと共に確認して知っている。だがギルノルトが既知だと態度で示すわけにも行かず、レインが王都を離れてからも悶々とした日々を送っていたのだ。
それが漸く動き出したと、今日はギルノルトにも気合が入っている。
前方の先輩たちが室内に入り、左右に展開していく。
続いてギルノルトが入った場所は厨房で、小さな明かりがひとつ灯っているだけと薄暗く、誰もいないが奥の扉の向こうからは人が入り乱れる気配を感じる。
ギルノルトが室内に入ったと同時にデントスが厨房の扉を開けば、続く廊下へと皆が消えていった。直ぐに金属同士のぶつかる音が聴こえてくる。
ギルノルトも廊下に出ると応戦している先輩たちの間を見回し、他に人影はないかと駆け抜けて行った。
「こっちの部屋は確保!」
「こちらも確保した!」
奥から団員達の声が聞こえる。正面から踏み込んだパープル班が先行し、奥まった場所にある部屋の扉を蹴破って入っている。
ギルノルトの後ろでは、厨房へと逃げ込もうとした裸の男がガルモントに取り押さえられていた。
「大人しくしろ!」
「はなせ!!! 俺は何も知らない!!!」
ガルモントは体格が良く居るだけで安心する先輩であるが、今日はいつもの垂れ目も吊り上がり穏やかな言葉遣いもなりを潜めている。皆本気なのだ。
視線を転じれば、開かれた扉から見える正面の店側ではまだパープル班も戦闘中で、飛び交う怒号と備品が倒れる音が途切れずに続いていた。
ギルノルトは視線を前方へと戻し、廊下の先に見えた階段を目指して走り出す。そこで後ろから後輩のベンディが姿を現わした。
「ギルノルト先輩、お供します!」
「遅れるなよ」
「はい!」
他にも後ろを走ってくる仲間たちの足音が聞こえるが、ギルノルトは振り返らずに前方に見える階段を目指した。
だがその時、後方から叫び声が上がった。
「うわぁぁ!!」
――― ドォオォーーンッ!! ―――
叫び声に振り返る間もなく、ギルノルトが目指していた前方の階段方向から、爆音が響くと同時に地面が揺れた。
そして階段から爆風と煙が一瞬にして昇り、ギルノルト達がいる廊下を覆いつくし建物全体がミシミシと音を立てて崩れ始める。
ギルノルトは爆風の直撃を受け、背後にいたベンディと共に後方へと吹き飛ばされていた。
「ガハッ」
「う゛わあ゛あ゛ーーっ!!!!!」
ベンディから上がる悲鳴を聞きながら、何かに激突したギルノルトの意識は、そこで途絶えたのだった。
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エイヴォリーは第二騎士団が入ったばかりの正面小径で、店から出てくる者を待ち構えていた。
― ズバッ! ―
「ギャァー!」
そして、騒ぎに紛れて飛び出して来た者を切り捨てている。
程なく2人目が出てきたところで、目の前の扉が唐突にはじけ飛んだ。
――― ドォオォーーンッ!! ―――
何を思う間もなくそこから爆音が響き、その風圧で男がエイヴォリーの足元まで飛ばされてくる。
「ぐわぁー!」
エイヴォリーは思わず身をかがめて腕で顔を庇うも、右眼を隠している前髪も後方へと靡く程の風圧にさらされる。
その爆音は静かな街の中でひときわ大きく響き、郭壁に反響して王都中に響いたことだろう。
そして風がやみ腕を下ろせば、目の前にあったはずの建物はその一部を崩壊させ、見るも無残な姿となっていたのだった。
今日のこの任務は異例の事であり、昼間鍛錬をしていたパープル班と今夜の巡回だったレッド班を指名して行っている。崩れた建物には、エイヴォリーが信を寄せるレヴィノールと第二騎士団員達がいたのだ。
足元に転がる男を放置したまま、エイヴォリーは扉があった入口へと駆け付ける。
そして中を見れば、崩れた瓦礫に埋もれるように倒れる灰色に染まった団員達と、後ろ手に縛られたまま苦痛に身をよじる埃まみれの男達が目に飛び込んで来た。
そこへ音が戻ってきたかと思えばそれは人の呻き声で、たまらずエイヴォリーは駆け寄り、木屑に埋まった団員を抱き起した。
「おいっしっかりしろ!」
「うっ……」
その男は良く見れば赤紫の髪色で、それがカロンだと知る。
「カロン!」
呼びかけに薄っすらと目を開けたカロンは、埃にまみれた口を開いた。
「そう…ちょう……もうし…け……」
「良い、しゃべるな」
「うっ」
左腕が折れているのかだらりと垂れた腕はピクリとも動かないが、懸命に身を起こそうと藻掻くカロンを制止し、残った壁にもたれ掛からせてやる。
「救護班が来るまでここにいろ。現状は私が確認する」
そう言ったエイヴォリーは立ち上がり、店があった場所を見回した。
カウンターらしき物は半分なくなり、酒瓶だったガラス片も大量に散らばっている。店員らしき服がその中に埋まっているが、それはもう肉片といっても良い程原型をとどめていない。
思わずエイヴォリーさえも顔をしかめた。
そしていつの間にか後ろに人の気配がある事に気付き、振り返ったエイヴォリーはその者に指示を出す。
「ノーラン、救護班と応援を呼んでこい」
「はっ!!!」
再び視線を奥へ向かわせれば奥の壁は崩壊し、瓦礫が積もるその先にも人が倒れていると分かる。
握った拳に力を入れ叫びたい衝動を抑えるエイヴォリーは、瓦礫の合間を縫って奥へと向かって行った。
ところどころで呻き声が聞こえてくる。
半分以上の者が天井や壁などの建物の残骸に埋まり、身動きが取れないようだった。
辛うじて動けそうなものを助け出しながらエイヴォリーが更に奥へと向かって行けば、ますます状況は酷いものになっていった。
大きな瓦礫の中に、折り重なるようにして数名の団員が見えた。駆け寄ったエイヴォリーが瓦礫の隙間から彼らに触れ、そしてたまらず目を瞑った。
その彼らがいる3m先にはポッカリと大きな穴が出来ており、現在も勢いよく黒い煙が上がっている。
起爆点は地下であるらしいとエイヴォリーは悟る。その近くに居た彼らは爆発の影響をもろに受け、既にこと切れていたのであった。
そこへ異変に気付いて郭壁から仲間達を連れ、駆け付けて来たブルー班の班長ソリットが声を上げた。
「総長!!!」
エイヴォリーは声の主へと視線を向けた。彼らは見えていたのだから、説明は要らない。
「ソリット、皆の救出を頼む」
「承知いたしました!!」
仲間の下へと駆け出して行くソリットを見送る事なく、エイヴォリーは重なり倒れる者達の上にある瓦礫を、ひとつひとつ丁寧に撤去する。
本来ならば生きている者を先に救出するべきである事はわかっているが、どうしても彼らを早く楽にしてやりかたかったのだ。
そんなエイヴォリーに数名の団員も手伝い、瓦礫が取り除かれた場所からは4名の団員が出てきたのだった。
「うっ……」
動かぬ彼らが既にこと切れていると分かっている団員が、たまらず呻き声を上げる。
そこへ足を引きずって現れたデントスが目を見開き、その者達を見下ろして名を呼んだ。
「……ヒュース……グストル……ベンディ……ギルノルト……」