90. 王都の闇
おはようございます。
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「本日も姿を見せました」
「そうか、ご苦労だった」
王太子と公爵の対話から数日後、夜陰に紛れて潜伏しているここは、王都南西側の寂れた地区の一画。
一昔前はこの辺りまで商店が立ち並び人も行交う通りであったが、近年はそれらの商店が店を閉めてしまった事もあり、日中でも人通りの少ない寂しい区画である。
その最奥ともいえる小径の突き当りにある民家の様な佇まいの店は、ここ数年人相の悪い者が出入りしていると、近隣住民からも不安の声が聞こえていた。
しかし決めてもなく現在までは監視するに留めていたが、そろそろ街を清掃する頃合いだ。
以前、第二騎士団が捕まえた強盗未遂の犯人達。それらは今、王都の北にある山脈の麓で穴を掘っている。
金に困っているという事であれば仕事をしてもらおうと、鉱山の採掘員として送り出されている。とは言え、彼らに金が入る訳ではないのは皮肉な話だが、その身をもって罪を償っているところである。
その彼らから聞いた賭博場は、国の管理下にない場所だった。ただこの情報は極秘とされ、班長以下に知らされてはいない。
それがこの看板のない店で、表向きは酒場になっていた。これはレインから聞いた話も踏まえており、レインは知らず潜入調査をした結果になっていたのである。
だが一部貴族も出入りしている為に、踏み込むには慎重に捜査を進めねばならず今まで監視するに留まっていたのだが、例のハイウェル伯爵の子息がこの店を購入したという物的証拠も見つかったため、今夜、サイクス・ハイウェルに事情を聞くという名目でこの店に踏み込む予定にしていた。
今の話は、その当人が既に店の中にいるという報告だ。
因みに、これまでここを見張っていた者は近衛騎士団に所属する者、そしてマリウスの管理下にいる職員の一人。
彼の名はノーラン・テイラー。空色の髪に青鈍色の眼を持つ爽やかな青年だ。
彼は男爵家の出身で貴族ばかりの近衛騎士団の中、普段は冴えない事務職員として雑用を熟している。しかしマリウスから一声掛かれば、隠密に優れた秘密の部署の職員となるのである。
そんな彼のユニークスキルは“スモーキー”といい、完璧に自分の姿を隠蔽する事が出来るというものだ。因みに、スキルの発動時には自分の身に煙を纏わせる映像が浮かぶという事で、“煙に巻く”という名前らしいとは余談である。
「他の貴族は?」
「はい、今日も3名ほど。全て下位の者です」
「では問題はなさそうだな」
店の前の小径が見えるギリギリの場所で、エイヴォリーは黒いフードを被ったノーランに頷いてみせる。
エイヴォリーの後ろの道には、彼の命に従っている約30名の第二騎士団員が待機していた。
「カロン」
「はい」
「魔法の使用を許可し、ここより其方に指揮を任せる。一人も逃がすな」
「承知いたしました」
ここでカロンと呼ばれた者は、第二騎士団パープル班の班長であるリスベック・カロンである。
赤紫のウエーブ掛かった艶やかな髪は夜陰に紛れて見えないものの、整ったいつもの甘いマスクはなりを潜め、鋭い眼差しを浮かべて普段とは別人のように険しい顔をしていた。
女性を見れば笑みを浮かべて声を掛ける彼も、時と場所を弁えている。というより、今は女性がいないせいもあるだろう。どちらにせよ、班長に選ばれるだけの人間である事は確かである。
「皆、聞いたね?」
背後を振り返り団員達に掛けた言葉は、無言であるが首肯をもって返ってくる。
「これより、王都南西部にある違法賭博場へ乗り込む。その場にいる者は一人も残さず全員捕縛。抵抗するなら多少の傷はつけても構わないが、止めは刺すなよ? 聞きたい事は山ほどあるからね」
―― ドンッ ――
団員達が揃って胸を叩いて了解を示すと、カロンは頷き返した。
「それでは、行って参ります」
カロンがエイヴォリーへと頭を下げて動き出す。
その後を2列になって団員達が過ぎていくも、エイヴォリーに頭を下げる事は忘れない。
そんな彼らを見送って、エイヴォリーは隣の者に指示を出す。
「ノーラン、隠れていろ。飛び出してくる奴もいるであろう」
「かしこまりました」
その瞬間、ノーランの気配が完全に消えて姿も見えなくなる。ノーランは近衛騎士団に所属はしているが、武というよりも文に傾倒する人物で戦闘には加わらない非戦闘員だ。
それを見届けたエイヴォリーも、皆が向かった街灯の中へと一歩ずつ歩き出して行くのだった。
名もない店の入口前の小径に並ぶように整列した男達は、黒い制服もあって目立つ事もない。
店の出入口はここと背後に一か所だけのはずで、その背後の出入口にはレヴィノール率いるレッド班が配備されている。
「ここまで待たされたのだから、万全の備えでおもてなしをしなければな」
カロンとデントスがレヴィノール団長の執務室に呼ばれた際、同席していたエイヴォリーに言われた言葉である。
そう言って口角だけを上げたエイヴォリーは、金色の眼を細め心から楽しそうに言っていた。しかし何故か聞いていた2人の背に冷たい物が流れたのは、きっと気のせいではないだろう。
班長として団員を纏めているこの2人でさえ、エイヴォリーの気迫に飲まれそうになった瞬間でもあった。
そのエイヴォリーが満を持して突入を決めた今夜、これから王都の闇を潰すのである。
カロンが付き従う団員達に視線を向ければ、全員の視線がカロンに向かう。
大きく一つ頷いたカロンは腰から剣を抜くと、入口の扉を勢い良く開き、部下たちと共に狭い店内に消えていくのだった。
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レインが国境から戻って数日が経った現在は、ロイと共にボンドールへ来てから1週間ほどが経過していた。
戻ってきたその日の夜レインはそれまでの事を報告して以降、ロイの指示を待っている段階だ。
その後は特に動きもなく、時間を持て余すアルタと剣の練習をして過ごしているレインであった。
(俺の休暇は、後何日残ってるんだろうか……)
今まで休暇の残り日数など気にしていなかったのだが、すぐに戻ると思っていた王都へはまだ戻れる気配もない為に、少々心配になっていたレインである。
(まさか、休暇が終わったら欠勤扱いか? しかし、ロイの権限でそれは何とかしてくれるだろう……だよな?)
と要らぬ事ばかり考えていたルーナの夜、またしてもネズミが部屋に入ってきてロイとの待ち合わせ場所を伝えた。とは言え、あの穴場の倉庫である。
そうして向かって行った倉庫には既にロイがいたのだが、何か様子がおかしいとレインは気付いた。
棚の陰に隠れているロイの傍に行き、隣に立つリーアムにも会釈をするが、そのリーアムの顔色も悪い。
「どうしたんだ?」
考え込むように視線を外していたロイは、その声でレインに気付いたのかハッとした様に顔を上げた。
ロイにしては珍しい態度に、今度はレインが瞠目する。
「レイン……。今日はソールか?」
開口一番に聞かれた言葉は、レインの時間の事だった。
「え? いや、今はルーナだが。それがどうかしたか?」
「――そうか」
レインの返答を聞いたロイの表情が、それで少し緩む。
明らかにホッとした様な顔にレインは首を傾けた。
「すまないが日付が変わってなるべく早く、私のところまで来てくれ」
「宿へか? ……それは行けると思うが、俺が接触して大丈夫なのか? 何かあったのか?」
「今しがた王都より、緊急の知らせが届いた」
「緊急……?」
ロイがレインの言葉に、顔色悪く頷いた。
「先程、いつもは使われない方法で連絡が来た。魔鳥よりも早く伝達できる方法で、それを使用する場合は緊急時のみに限定されている」
「その連絡が来たという事は……」
「――ああ。王都でまずい事があった。それをソールでは事前に知らせたいのだ」
眉間にシワを刻んだまま話すロイの言葉で、レインの顔も次第に曇って行く。
それからロイは重たい口を開き、今しがた王都で起こったばかりの出来事をレインに語り始めたのだった。