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89. 紅茶


『レオが戻って参りました』


 彼らには1度しかないこない日の夜は、レインにとってはソール(2度目)の夜。

 宿に隣接する木の上部に1匹の猫が乗り、開かれた窓へと顔を向けていた。


「そうか。それでは後程、彼のところへ行って様子を見てきてくれるかな?」

『承知いたしました』

「それと、街の様子は?」

 ロイは窓辺から室内に戻り、テーブルの席へと座る。

 すると猫は木の枝から窓辺へ跳び移ると、ロイの足元にチョコンと座りロイを仰ぎ見る。


 彼女の実家は男爵家である為、仮令猫の姿を借りようと、流石にテーブルの上に乗る事はしないのだ。冒険者になった今でも、礼節は欠かさないドーラである。


『街に残っていた傭兵は、街中を歩き回っております。街の治安を維持する為というよりも、誰かを探して動いているようです』

「クックック。ご苦労な事だね」

『笑い事ではございません。2人で行動している者を注視しておりますので、恐らくは』

「――それでは、1人で動けば問題ないのかな?」

「ロイ様?!」


 焦ったようにリーアムが口を挟むが、分かっているとロイは苦笑する。


「クルークは王都まで報告へ向かってもらっているため、暫くはドーラに連絡係として動いてもらうよ」

『承知いたしました』

「他の者からの報告は?」

『今のところは戻っておりませんので、まだ』

「国境までは日数がかかるからね。わかった、戻り次第頼めるかい?」

『はい。都度ご報告いたします』

「ドーラも気を付けてくれ」

『身に余るお言葉ですが、御心配には及びません。これでも一応は冒険者ですので』

「そう言えばそうだな。それではよろしく頼むよ」

『かしこまりました』


 そう言って立ち上がった猫は、優雅な足取りで窓枠へと跳び上がると、慣れた様子で木に飛び移り姿を消した。

 リーアムが窓を閉めに行くと、いつの間にか姿を見せていたエリックがテーブルに紅茶を置いた。


「今夜は出かけると思うが、後は頼むよ」

「かしこまりました」

 ロイに頭を下げて隣室へと下がって行くエリックが扉を閉めれば、リーアムもロイの正面へと腰を下ろした。

 リーアムは側近ではあるものの、友人として同席が許されている為咎める者は誰もいない。


「今夜は少々忙しくなりそうですね」

「ああ。レインが戻ったならば、直接聞かねばならぬ事もあるからな」


 目の前に出された紅茶を口元に運んだロイは、その安らぐ香りに薄っすらと笑みを湛えたのだった。



 -----



「パトリック殿下、お呼びと伺いました」

「エイヴォリー公、お忙しいところ申し訳ないですね」


 ここは王都キュベレーの頂にある城の一室、太陽の光が明るく降り注ぐ、王太子パトリックの執務室である。


「いいえ、丁度私も殿下に報告がございましたゆえ」

「そうですか。それは良かった」


 ニッコリと笑みを向けるパトリックは、部屋の中央にあるソファーへとエイヴォリーを促した。

 パトリックはマリウスの5つ年上の27歳、半年前に世継ぎとなる第一子が生まれた事もあり、政務を熟しながら充実した毎日を送っている。


 2人が向かい合って座れば、部屋の隅に控えていた侍従が飲み物を2人の前に出す。

「ありがとう。少し外してくれるかな」

「かしこまりました」


 そして人払いをして2人きりになった執務室には、紅茶の香りが満ちる。


「――それでは叔父上から先に」

 軽く頷き、エイヴォリーは口を開いた。


「先程マリウスから連絡があった。メイオールの国境付近に、隠されていた小麦を見付けたようだ」

「ほほう。こちらには無いと話し、裏庭に隠していたと。まぁ、最初から知れた事でしたけれどね?」


 クスクスと笑うパトリックは先程までの澄ました笑みでなく、どこか影のある笑みを湛えていた。いつもの澄ました顔は王太子としての顔で、今は身内だけに向けられる彼自身の本来の顔である。


 基本は“優しい”と称される彼ではあるが、一度牙を剥けば相手に対し完膚なきまでに叩きのめす。とは言え武力で攻めるというよりも、それ以外のあらゆる方法で制裁を加えるのだ。「兄上を怒らせるなかれ」とはマリウスの言である。



 閑話休題。



「加えてハイウェル伯の屋敷に、怪しい者が出入りしている」

「それの身元は確認できましたか?」

 器用に片眉を上げて聞くパトリック。


「そこまでは辿り着いていないようだが、それも時間の問題であろう。それにその者との絡みは判らぬが、雇っている傭兵が商人らしき者と結託し、メイオールの小麦を国外に流していたとも」

「――国外とは、ヴォンロッツォ国ですか?」

「ああ恐らくは。……パトリックも何か聞いていたのか?」

「ええ。私が叔父上を呼んだのは、その件です」


 パトリックはそこで紅茶を手に取ると、香りを楽しみつつそれを口に入れて口角を上げた。この紅茶は今年摘まれたばかりの香り豊かな物で、パトリックが愛飲するこの国南部の特産品だ。

 エイヴォリーも紅茶を手にすると、湯気の向こうのパトリックを見る。


 ヴォンロッツォ国はこの国の西側に位置する国で、大昔は領土拡大を狙い両国が武力をぶつけ合っていたものの、互いに甚大な被害が及んだために数百年前に平和条約を締結。現在は日常的に親交のある友好国となっている。


「ヴォンロッツォの筋から、国内の商会が怪しい動きをしているとわざわざ連絡をいただきました」

「ヴォンロッツォの商会がか?」

「ええ。ここ数年で急激に大きくなった商会らしいのですが、それが調べてみても仕入れ先が見えないらしいのです」


 そう言って、おどけたように肩を竦めるパトリック。

 だがパトリックが軽く言った言葉は、吟味すれば軽い言葉ではない事が分かる。


 店は品物を仕入れてこなければ、売る商品はない。自分のところで生産する工房などでも商品を流通させてはいるが、原材料になるものは必ず必要になるのだ。

 その仕入れ先がない商会など存在するはずもなく、それは仕入れ先が見えないのではなく隠していると捉えた方が筋は通る。


「それで“怪しい”という事か」

「――表立っては“商会”という事ですが、どうも何かがあるだろうと向こうは現在調査中らしいのです」

「それを今、向こうがわざわざ知らせて来たのか?」


 自国の恥になるような事をわざわざ隣国の王族に知らせてくるなど、普通では考えられない事だ。

 それにまだ調査中の段階のものであり、伝えてくるタイミングにも引っ掛かるものがある。


「まだあるのだろう?」と続きを話せと真っ直ぐに見つめてくるエイヴォリーに、パトリックはニッコリと邪気のない笑みを浮かべた。


「その商会の者が、我が国に密かに出入りしているらしいのですよ。そして何やら色々と持って帰って(・・・・・・)くる」

「…………。その言い方だと我が国に仕入れ先がある、という訳ではなさそうだな?」


 エイヴォリーの言葉に笑みを湛えたまま、パトリックは口を開く。


「その辺りはこちらで調べればならぬ事でしょう。ただそれも、そろそろ見えてくるタイミングでしょうけれど。我が弟が頑張ってくれていますからね?」

「なるほど、先程のマリウスの報告とも繋がるところがあるな。―――それでは私もそろそろ腰を上げるとするか。マリウスだけに手柄を渡す訳にも行かぬしな?」

「フッフッフ、叔父上は大人げないですね。遊びたいなら遊びたいと言えばよろしいのに」


 いたずらな笑みを向けるパトリックへ、エイヴォリーは口角を上げてみせる。


 適材適所。全体を俯瞰してみるものと自分の目線で場を切り開くもの。

 エイヴォリーもロイと同様に根っからの行動派であり、傍観しているのは性に合わないのだ。

 とは言えエイヴォリーが動けば相手に警戒されてしまう為、今までロイの報告を聞くだけでなにも出来ずにいたのだが、そろそろ我慢の限界といったところである。


「まずは足元から道を均して行かねば、その先へは進めぬからな。足元の怪しげな藪でも(つつ)いてみるか」

「王都を壊さない程度でお願いしますね。吉報をお待ちしております」

「ああ、楽しみにしていてくれ」


 涼しい顔で笑い合う2人は温くなった紅茶で喉を潤しながら、南に向いた窓からどちらともなく、青い空へと視線を向けるのだった。


いつも、拙作にお付き合いいただきありがとうございます。

誤字報告も併せて感謝申し上げます。


今話で第五章は終了です。

そしてこのタイミングで、執筆調整にて少し時間を頂戴させていただきます。

そのため次の第六章・90話は、6月13日金曜日の投稿となります。

ご迷惑をお掛けいたしますがご了承くださいませ。

それでは引き続き、レインの物語にお付き合いの程よろしくお願いいたします。

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